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070.エルドリア

 エルの死から七日後に、セインにてギルド葬を執り行うことが決定した。


 オスカーはいち早く移送宝珠(オーブ)を使ってセインに戻り、セイン支部からエンダ以下の階層へ向けてその通達を出した。

 これはギルド葬参列への準備期間の必要性に迫られたための措置であった。


 そしてセインはと言うと、ヤンがエルを背負って戻ってくる直前まで、ゲイルたちの報告による階層突破(オーバーテイク)達成と、ヤンたちの更なる上層への挑戦の話題で持ち切りになっており、既にお祭り騒ぎになっていた。


 そんな喧噪の中へ、エルの亡骸を背負ったヤンが帰って来た。


 ヤンの通る道の周囲から順に水を打ったように静かになり、人々はほとんど動きを止めてみんなヤンとエルの姿を目で追った。

 この時はまだエルの生死については不明だったにも関わらず、ヤンたちの只ならぬ気配を察して、静寂が波紋のようにセインの町全体へ広がっていったのだった。


 かつての英雄エルの帰還。

 四階層連続突破の新たな英雄ヤンの帰還。


 そんな話がセイン全体に広がるまでものの一時間もかからなかった。


 ヤン到着の知らせを受けたギルドにより、正式にエルの死亡とギルド葬の開催がセインでも告知された。


 セイン支部ではギルドの応接室をシリアが急ごしらえで安置部屋にして、棺もミリアリアが緊急発注を急かしに急かして超特急で納品させた。

 すぐにヤンがエルを棺に収め、ジュノ軍曹が冷却魔法をかけて保存。


 こうして人が面会できる状態になったところへ、いの一番で飛んできたのがセインの息吹(セインズブレス)の五人。

 キキが直接ゲイルたちに伝えに行ったのだった。


「ヤン、大丈夫か」


 ゲイルがヤンに声をかける。

 今まで誰も聞いたことのないような優しい声音だった。


「うん、いっぱい話もできたんだ」


 いつもの明るさの一割ぐらいのテンションで答えたヤンだが、少しはふっきれているような感じがしたのでゲイルも安心して、棺に近づいていった。


「エルさん……」


 途端にボロボロ涙をこぼすと、ゲイルはそのまま跪いて泣き崩れてしまった。

 アーロン、エース、セイラもエルの棺の周りに集まって、涙した。


 エルとエル道場門下生との久しぶりの再会であり、最後の別れであった。




* * * * *




 ギルド葬の告知は簡潔だった。


『ギルド葬は七日後。参列希望者は万難排して可及的速やかにセインに来られたし』


 通常は安全層(セーフレイヤー)間を移動するだけでも五日はかかるのだが、オグリムからセインまで七日というのは、それこそヤンが上層でやったトレイルランニング方式でもなければ到底不可能だった。


 よってオグリム、スタルツの人々のほとんどは諦めざるを得なかったのだが、中には意地でも行くという人もいて、そういう人のために特急移動便が組まれた。


 当該支部で用意できる最高の案内人(ガイド)と護衛のパーティ付きで最大三十名まで、という空前絶後の団体移動だった。


 もちろん、オグリム便、スタルツ便共にあっという間に定員一杯になった。


 この団体移動イベントだけでも塔では異例の大きな事件だったので、各町でも大いにその話題で盛り上がったのだった。


 特に中層については安全に通れるようにと、セインとエンダの高ランクパーティを可能な限り総動員して凪化作戦が遂行され、見事成功。

 その作戦の中心になったのは『セインの息吹(セインズブレス)』と『マグマリオ』だった。


 こうして少なくともエンダの町の人々は、時間の都合さえつけば誰もがセインに行ける状態になったのだ。




* * * * *




 ヤンたちがセインに戻った次の日。

 帝国軍チームがエンダに下りることになった。


 実は前日、ジュノ軍曹はセインに戻ったその足でムンバ少佐に報告という名の陳情に向かっていた。


 どういう沙汰が下るのかと内心怖れを抱いていたジュノ軍曹をよそに、ムンバ少佐はその場で待つように伝えると、一旦部屋を出てなんとボッツ少将を連れて戻ってきたのだった。


「軍曹、ご苦労だった」


 いきなりボッツ少将から直接言葉をかけられて緊張しまくりのジュノ軍曹。


「は、はい。畏れ入ります。ジュノ軍曹、只今任務から戻りました」


「それで、どうだった」


「え?」


「楽しかったか」


「え、あの……えと……はい。でも大変でした」


「それはそうだろうな。ハッハッハ」


 ボッツ少将の低くてよく響く声が、自分の目の前で笑っているのを見てなんとも不思議な気分になるジュノ軍曹。


 こんなボッツ少将を今まで見たことがあっただろうか。

 ムンバ少佐がボッツ少将の隣でやたらとリラックスしているのもおかしな光景だった。

 この短い間に帝国軍の軍規が緩むような何かがあったのだろうか。


「ジュノ軍曹、これを」


 ムンバ少佐が何か書類のようなものを差し出してきた。

 目を通したジュノ軍曹はあまりの驚きに声も出せず。


「今ここでサインするんだ」


 ムンバ少佐がペンを差し出す。


 慌てて受け取り、「失礼します」と一旦断った上で横にあった机で書類にサインをすると、そのままムンバ少佐に返した。


「閣下……」


 ムンバ少佐が書面をボッツ少将に手渡す。


「うむ」


 ボッツ少将は厳しい表情に戻って書類に目を通すと、そのまま何も言わずにムンバ少佐に戻した。


「ペク・ジュノ軍曹!」


「はいっ!」


 突然ムンバ少佐が威勢よく呼んだので、背筋を伸ばして起立姿勢を取るジュノ軍曹。


「本日現刻を以て除隊を認める。これで君は晴れて自由の身だ」


 言い終わった途端に満面の笑みを浮かべるムンバ少佐。


「あ、ありがとうざいますっ!!」


 深々と礼をするジュノ軍曹――もといジュノ元軍曹。


「でも少佐、どうして……」


 まるで自分の申し出を予知していたかのような手際の良さに、顔を上げて質問せずにはいられないジュノ元軍曹。


「君がヤン君たちと行ってしまった後、我々で話し合ったんだ。君は軍の命令だから、ではなく君自身の希望でヤン君と行動を共にしたんだろう?」


「それは……」


 さすがに口ごもるジュノ元軍曹。


「ははは、もう我々に遠慮する必要はないんだよ。君はただの民間人なんだ」


「そういう訳にはいきません」


 キッパリと真正面から否定するジュノ元軍曹に、ムンバ少佐もボッツ少将も思わず苦笑い。


「まぁそういう君だから敢えて我々の方で除隊させようとなったんだ」


階層突破(オーバーテイク)を達成するも名誉の負傷により除隊。なかなか立派な戦歴ではないか。ハッハッハ」


 またしてもボッツ少将が豪快に笑っている。

 ジュノ元軍曹はほっぺをつねりたくなるのを我慢していた。


「これを」


 ムンバ少佐が何か小さなアクセサリーを渡して来た。


「除隊章だ。元帝国軍人であることの証になる。もし帝国領内に来ることがあったらこれを見える場所に付けておきなさい。帝国軍人向けのサービスが受けられる。何より余計なトラブルに巻き込まれることもなくなるだろう」


 帝国は軍の福利厚生として、退役及び除隊となった者に徽章を付与することで生涯に渡って現役の軍人と同様のサービスを帝国領内で保証しているのだった。


「今度帝都に来る時はヤン殿も一緒にな。是非私自ら歓迎させてほしい」


 ボッツ少将が少し照れた様子で言ってきたのでジュノ元軍曹はまたもや驚いた。

 まさか帝国の少将閣下ともあろう方がそんなことを言ってくれるなんて。


「はい、必ず」


「そうか。それは楽しみだ。ハッハッハ」


「閣下、その時は是非私も……」


 ムンバ少佐がご相伴に預かりたく申し出る。


「フフン、考えておこう。ハッハッハ」


 めちゃめちゃご機嫌だった。


「ジュノ君、我々は明日の朝ここを立つ。エンダ残留組もいい加減ヤキモキしているだろうからね。それで、もしよければヤン君と見送りに来てほしい」


 ムンバ少佐たちにもエルとヤンの件は耳に入っていたが、敢えてそこには触れなかった。


「もちろんお見送りさせていただきます」


 再び深く頭を下げると、ジュノ元軍曹は目頭が熱くなるのを感じた。

 さっと目を拭ってから上体を起こす。


「今まで本当にお世話になりました。この御恩は決して忘れません」


 こうしてジュノ元軍曹は帝国軍人から民間人になったのだ。


 翌朝、ヤンとジュノ元軍曹他数名に見送られてボッツ少将、エルモンド大佐、ノックホルト中佐、ムンバ少佐、エリンコヴィッチ准尉の五人は、エンダ所属のA級案内人(ガイド)ドレッド・ヤノーシュの案内でエンダへ向かって出発した。


 帝国軍はその後、エンダで無事残留組と合流し、すぐにスタルツへ移動して残留組と合流。

 一旦休んで隊を再編成した上でギルド側と調整し、再び大所帯でオグリムまで下りていって無事駐留部隊とも合流すると、そのまま帝都へ戻っていった。


 ボッツ少将は階層突破者(オーバーテイカー)に名を連ねた唯一の帝国軍人であるジュノ軍曹を伴って帰還しなかったことで、軍上層部のみならず皇帝陛下や宰相からも厳しく追及されたが、最後まで一貫した供述と態度を貫き、最終的には無事赦免されたのだった。


 後日、ボッツ少将らがオグリム支部のシド課長とマッカーシー支部長と秘密裡に会合を設け、今後の継続的な人員育成のための派遣について合意を取り付けていたことが判明。


 実際その後、半年に一度の頻度で、ボッツ少将の帝国第四師団から十人単位で三組ずつ、底層でのレベリングを目的とした合宿が行われるようになった。




* * * * *




 エルの遺体は、実際には式典の日の三日前には火葬され(疫病防止とゾンビ化防止のため)、ヤンの生家があった場所近くのアリアの墓の隣に埋葬されていた。


 こうしてエルはアリアの下に戻ることができたのだった。


 ヤンが二人の墓前で手を合わせていると、後ろから近づく人影が二つ。


 もちろんヤンは事前に察知しているので、ゆっくり立ち上がると振り向いて先に声をかける。


「こんにちは。なんか珍しい組み合わせだね」


 オスカーとリンがそこに立っていた。



「親子水入らずのところを邪魔して悪いね」


 オスカーが全く悪びれる様子もなく告げる。


「ヤン、実は報告があってここに来た」


 一方のリンの方はいかにも申し訳ないという苦悶といってもいい表情をしていた。


「報告?」


「君の御両親も関係している十二年前からの一連の出来事について、今日容疑者の刑が執行された」


「え?」


 唐突な告白にちょっと頭が追いつかないヤン。


「エルさん殺害の目的で迷宮に潜入していた外部勢力があったのは知っているね」


「うん」


 オスカーの説明でようやく焦点が合い始めたヤン。


「迷宮内の事情に詳しい人物が手引きをした可能性が高いとみて、監査局と保安局に協力してもらって内々で調査をしていたんだ」


 なるほど、それでリンさんも一緒なのかと納得したヤン。


「その人物が特定されて本人の自白もあったので今日、刑が執行された」


 努めて冷静に話そうとして無機質無愛想になってしまうリン。


「刑って、もしかして……」


「外部と内通して迷宮を危険に晒し、実際に死者を出した。これは完全に外患誘致罪に当たる。量刑は最高刑だ」


「…………」


 リンの説明に、頭が真っ白で何も言えなくなってしまったヤン。


「誰なの」


 精一杯努力して問う。


「オグリム支部案内課課長のエンリケ・メンドーサだ」


「エンリケさんが……」


 見習い案内人(ガイド)なり立ての時期にオグリム支部でお世話になっていたのだ。


 直接接する機会が多いわけではなかった。

 ちょっとクセはあるが、顔を合わせると気さくに声をかけてくれる楽しい人だったのに、とヤンは言葉に出来ない複雑な気分になった。


「誤解しないで欲しいのは、彼は悪意があって手を染めたわけではない。まぁ本人は報酬のためだと言っていたが、少なくとも相手の目的までは知らなかったらしい」


 ヤンの気持ちを察したのか、オスカーが少しフォローするようなことを言う。


 それを聞いてリンは意外そうな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して続ける。


「ヤンに顔向けが出来ない、本当にすまないと言っていた。そして向こうで君の両親に許しを請う、とな。彼の最後の言葉だ。」


 ヤンはエンリケの顔を思い浮かべる。


「どうして……」


「一応調書は取ってあるから、もし希望するなら見られるようにも出来るが」


「……考えておく」


 ヤンは今見てもかえって混乱するだけな気がした。


 リンは頷いた後、また報告モードに戻る。


「その他、スタルツ支部冒険課のオリバー課長とエンダ支部案内課のレイチェル・シャーマインの二名も間接的に関与があったとして懲戒処分の対象となった」


「懲戒って、辞めさせられちゃうの?」


「いや、罰金と出勤停止だ。彼らもやはり事情は全く知らなかったらしい」


「それに二人とも深く反省しているようだったしね」


 リンの説明にまたもオスカーが優しいフォロー。


 あの二人がそんな殊勝に反省するなんて俄かには信じがたいが、それだけ事態を深刻に受け止めていたのかもしれない。


「他にも職員で関与していた者が数名いたが、残念ながら既に辞職して外の世界だ」


 無念そうに話すリン。


「なんにせよ、ギルド職員の風紀を今一度引き締める必要があるね」


 と、今度は厳しい表情で告げるオスカー。


「ハッ」


 リンは自分に向けられた言葉と理解して姿勢を正す。


「そんな訳でギルドとしてやれる事はやったという報告と、改めてお詫びをと思ってね」


 オスカーがヤンのすぐ前まで近づいてくると、そのまま胸に手を当て片膝を付き頭を下げた。


「君と御両親には本当に申し訳ないことをした。責任者として心から謝罪する」


 慌ててリンも同じ姿勢をとる。


「そんな! オスカーおじさんのせいじゃないよ。謝らないで」


 ヤンはオスカーの肩に手を置いて、立つように促すが、オスカーは頭を垂れて動かない。


 その時、ヤンは見た。

 オスカーの頭の下の地面に雫が数滴落ちるのを。


 ヤンは思わず胸が詰まったが、努めて明るく振る舞う。


「わかったから、もういいよ。もうすぐギルド葬なんだし、二人とも忙しいんでしょ」


 それでも動かないオスカーとリン。


「ほら、立って立って! ボクもう行っちゃうよ。これから稽古なんだから」


 さんざんヤンが催促してようやく二人は立ち上がった。


「私もたまにここに来てもいいかね」


 オスカーがヤンに許可を求める。


「もちろんだよ。とうちゃんも喜ぶよ」


「ありがとう、ヤン君」


「あの、私も――」


「いいよ」


 リンも続けて許可をもらおうと口を開いたが食い気味にヤンが許可した。

 ちょっと赤くなるリン可愛い。


 こうして塔内部のスパイ問題については、一旦解決となったのだった。




* * * * *




 ギルド葬当日。


 十七年ぶりのギルド葬となった今回は単なる葬儀としてではなく、第三十四階層からの連続六階層突破という前代未聞の偉業を称える意味もあり、更には第四十階層という新たな安全層(セ-フレイヤー)に到達したことの祭典でもあった。


 ヤン自身が湿っぽい葬式よりお祭りみたいにやった方がとうちゃんも喜ぶ、と言ったとか言わなかったとかいう噂もまことしやかに囁かれつつ、集まった塔民は盛大に楽しく送り出してやろうという方向で完全に一致していたのだった。


 こうしてバルベル迷宮に人が踏み入って以来、最大規模のイベントが開催された。


 オグリムからは、運営に必要な最低限の人数だけ残して全ギルド職員が参加。

 スタルツからも、同じくほとんどのギルド職員が参加。

 実質、特急移動便でやって来たのはほぼギルド職員という結果に。


 エンダについてはなんとギルドのエンダ支部を一週間完全に業務を停止して全員参加。

 そしてもちろんセイン支部は丸一日休業。


 セインに数百人規模の人が集まったのはもちろん初めてのことだった。


 宿は完全にパンク状態。

 飲食店はどの店も満員御礼で大行列。


 その他、普段は閑古鳥が鳴いているような店でも「せっかくセインまで来たんだから」という記念買いで随分と潤ったらしい。



 式典はセインの中央広場で行われた。


 この日に間に合わせるためにガンツの工房が職人を総動員して何日も徹夜で仕上げたエルの銅像の除幕式がメインイベントだった。


 盛大な拍手と共に幕が外され、金色の全身像が現れた時の大歓声はエンダまで届いたと言われる。


 そしてオスカーの演説。

 弔辞であり祝辞であり塔の未来に対するビジョンを明確に打ち出した名スピーチとして、後世に語り継がれることとなるのだった。


 尚、スピーチの最後で、新しい安全階層(セーフレイヤー)の名前が正式に発表された。


 その名は『エルドリア』――。


 最後に階層突破(オーバーテイク)を達成した『セインの息吹(セインズブレス)』『七騎士(セブンナイツ)』を壇上に挙げての表彰が行われた。


 誰がどの階層を攻略したのか、という事実認定の扱いについてはギルド側で相当揉めたらしいのだが、案内人(ガイド)であるヤンを前面に出してしまうのはギルドの規約的に問題になるということで、今回はあくまで冒険者パーティを階層突破者(オーバーテイカー)とし、具体的にどの階層云々には一切触れず「六階層突破の偉業達成者」と一括りにするという非常にグレーな処理となったのだった。


 とはいえ、お祭り騒ぎの間は誰も細かいことは気にしないもので、実際に「そう言えば」と誰かが言い出したのは全てが終わって暫く経ってからだった。


 セインでは、ギルド葬終了後も一週間はお祭り騒ぎが続き、一ヵ月は人多すぎ問題は解決されないままだったと言う。




* * * * *




 ギルド葬の翌日、ヤンたちは七騎士(セブンナイツ)を見送った。


 各人が王国の要職である七騎士(セブンナイツ)は、役目を終えたらすぐに帰るだろうと思われていたのだが、さにあらず。

 せっかくのお祭り騒ぎを見ていきたいとわざわざ滞在を延長していたのだった。


 早朝だったので見送りはヤンの他には階層突破者(オーバーテイカー)のメンバーにダミアン、ペンデルトン支部長、モルドー冒険課課長を加えたの計九名。


「世話になった」


 相変わらずぶっきらぼうなハリーだが、なんとヤンに手を差し伸べた。


 ヤンは笑いながらその手を取って握手を交わす。


「次会う時は敵かなー」


「おい、冗談はよせ」


 ヤンの言葉にハリーは一瞬強張りながらも苦笑いで返す。


「冗談じゃないかもよ。だって今、顔がマジだった……」


「アナタは少し黙ってなさい、ね」


 ロスティがハリーの後ろから茶化したのか釘を刺したのか微妙な声音で割り込むも、すぐにナラクに口を塞がれる。


「ヤン、次はもっといい勝負にしてみせる」


 レオナルドがヤンに手を差し出すと、ヤンも手を伸ばし握手。


 この二人はセインで二度立ち合いをやったのだが、いずれもヤンの圧勝。

 レオナルドは剣を抜き、魔法有りでも素手で魔法ナシのヤンに秒殺されたのだった。

 一切手加減なしのヤンがマジで鬼畜だと七騎士(セブンナイツ)側からは驚愕の声が、そして見学していたリンやキキ、ペクなどからは非難の声が上がったのだった。


 実際にはだいぶ手加減していたヤンとしては相当不本意だったが甘んじて受け入れた。


 また、自分もヤンとやりたいと息巻いていたマルスやロスティも、レオナルドの負けっぷりを見て一瞬でその気が失せたらしく、静かに見学だけして帰っていったのだった。


「うん、まぁ頑張って」


 余裕のヤンにレオナルドもハリー同様苦笑い。


 その横ではロックがキキと言葉を交わし、握手をしていた。


 ナラクはジーグとダミアンとマリオの三人を相手に過剰なスキンシップチャンレジをしていたが、誰が見ても迷惑そうに避けられていた。


 こうして比較的あっさり淡泊に、エンダに向けて出発していったのだった。



 七騎士(セブンナイツ)は今回の迷宮滞在で各人のレベルが12~17も上がっており、来る前と今現在では完全に別次元レベルの存在に成長していた。


 その一点だけをしても、期待を遥かに超えた成果だったと言える。


 王都に帰還後、彼らがどのような報告をして王国側が何をどのように判断したかはこの段階ではまだわからない、ということにしておく。


 また一方でエルとヤンの事情を一部ではあるが知ってしまった七騎士(セブンナイツ)たちが、自ら忠誠を捧げる国家に対してどのような考えを持つに至ったのかについても、まだ誰一人その心中を表明した者はいなかったのである。




* * * * *




 エルドリアの開拓が始まった。


 資材の運搬は大きなリュックタイプの拡張バッグ(そこなし)・大を使ってヤンが八面六臂の活躍を見せた。


 実際問題としてエルセインに自力で到達できる人間はヤンぐらいで、後は万全な状態のSランクパーティでなければ辿り着くことは難しいのだった。


 ただ、そこはセインズの五人が立候補してヤンと一緒に何十往復もしてくれた。


 セインズにとっては資材運搬依頼の報酬を受け取りながら、ヤンのサポートでレベリングもできるという一石二鳥の美味しい仕事だった。


 なにより今やヤンに次ぐ猛者とされているキキがいるのだ。


 そして実際にはもう一組、ヤンには常に新生チームヤンが同行していた。

 ダミアン、オンドロ、ペクの三人だ。

 タッツォールはスタルツで案内人(ガイド)の仕事があるので残念ながら不参加。


 オンドロはまだまだレベル不足で毎度苦戦していたが、いざとなればスキルを使って逃げればいいので生存能力という意味では遜色なかった。


 資材をある程度運んだ段階で、とうとう職人たちを移動させることになった。


 上層を全階層凪にするのはさすがに非現実的だったが、可能な限り凪化をしつつ、出来なかった階層はチーム・ヤンとセインズにリン、ダミアン、マリオ、ジーグの四人も加わってなんとか職人たちを守りながら進み、無事にエルドリアまで送り届けることが出来た。


 これを三度、やった。

 正確には凪化した階層が元に戻る前に、エルドリアまでの送りを二回強行した。


 これでようやく本格的な町造りが可能になった。


 ある程度住居や宿が出来たところで、今度は居住希望者を移動させるため三往復。


 ギルド支部の建物が出来ると、オスカーはすぐにギルド本部をエルドリアへ移動することを決定し、早速実施した。

 オスカー自身も支部長を兼務する形でエルドリアに異動し、一番高い安全層(セーフレイヤー)から指揮を執ることになった。


 第四十一階層以上は「新層」という呼称に決定し、Sランク冒険者に限定して開放しつつ、まずは情報収集を兼ねた探索を高額依頼として発注。


 また、採掘推進局でも上層の試掘をどんどん上の階層に進めたところ、なんと金鉱を発見。

 ギルドのみならず塔全体にセンセーショナルに報じられると採掘員に応募が殺到。

 塔の財政がこれで一気に上向くと予想され、上層採掘の強化が命じられた。

 上層で金が出たなら新層ではいったい何が出るのか、との期待感も爆上がり。


 しかしながら、Sランク冒険者が圧倒的に足りなかったため、上層高階層や新層の探索は一向に進展しなかった。




* * * * *




 ヤンはエルドリア所属のA級案内人(ガイド)として、セインとの往復依頼をこなす日々。


 チームヤンの面子もタッツォール(エンダ所属)以外はエルドリアに集結。

 メンバーに新たにペクを迎えて総勢五人となっていた。


 リンはダミアンと二人、保安局のエルドリア屯所を立ち上げた。


 まだまだ道半ばだが、エルドリアは徐々に町の形を整えつつあった。


 そんな中、ヤンはもうひとつの計画を始動させようとしていた。



「師匠、また冒険者向けのドリルやるんだって?」


「うん。今のままじゃ、いつまでたっても新層の攻略なんて無理だからね」


「セインか、エンダか?」


「あ、オグリム以外は全部でやるよ」


「はぁ? 誰がやるんだよ、そんなあちこちで」


「メニュー決めてその通りやるだけだから誰でもできるでしょ」


「そりゃそうだけどよぉ。魔物の討伐とかはちょっと違うだろ」


「そこは専用で高ランク冒険者にサポートを依頼するよ」


「はぁ~ん、そういうことか。じゃあオレらは出番なし?」


「なに、サボリたいの? ダメだよ、ダミアンはボクのメニューでやるんだから」


「え、オレは参加する方でいいの? よっしゃ!」


 意外な反応にちょっと意表を突かれたヤン。

 でも、そっちの方がダミアンらしい、と思い直す。


「新層に挑戦してほしい冒険者向けにボクが上層で直接やるよ」


「おお、そいつぁ楽しみだぜ。で、他にはどんなヤツが参加するんだ?」


「『正義(ジャスティス)』はまだ無理かな?」


「ああ、ディオたちか。あいつらはまだちょっと厳しいんじゃないかなぁ」


「そっか、じゃあセインのドリルに回そう。あとは……『MAX』かな」


「うわぁ、マリオんとこじゃねぇか。面倒くせぇ」


「あと保安局から何人か」


「局長もか?」


「もちろん」


「ますます面倒くせぇ」


「ははは、じゃあいいドリルになりそうだね」


 渋面のまま頭を振るダミアン。


「そう言えばオンドロはその後どう?」


「だいぶマシになってきたな。それでなくても、あいつのスキルはズルと紙一重だから」


 ここ、エルドリアに来てからというもの、ダミアンとペクが一緒にオンドロを徹底的に鍛えていたのだった。


「じゃあもうダミアンにも勝てる?」


「まだそこまでじゃねぇよ。まぁ百回やったら一回ぐらいは可能性はあるかもな」


「ふーん」


「おっと、そろそろ行かねぇとペクにドヤされちまう」


「これから稽古だっけ」


「ああ。今日もオンドロを泣かしてやるぜ。じゃあな、師匠」


 言いながら走り出すダミアン。

 

 オスカーに頼んで作ってもらった稽古場がエルドリアにはあるのだった。

 当面はヤンたちと保安局とで管理運営を任されていた。

 更に上を目指す者たちが日々己を鍛え続ける場所として。


「ヤン、久しぶりだな」


「あ、ジーグさん。来てたんだ」


 ダミアンと反対側からジーグが姿を見せた。


「今行ったのはダミアンか。最近の調子はどうだ?」


「別に普通だけど」


「新層へはまだ行ってないのか」


「四十一階層なら二回だけ行ったよ」


「マリオか?」


「うん」


「で、本当はどうなんだ」


「え?」


「ひとりで行ってるんだろ」


「そんなことしてないよ。ギルドに怒られちゃうから」


「ゲル爺から聞いてるぞ」


「えっ……もう! ゲル爺のおしゃべり!」


「四十一階層はもう全部見ちゃったから、早く誰かにボス倒してほしいんだけどなぁ……。マリオさん、ボクが手を出すならボスとはやらないって意地張っちゃってて全然なんだよ。あ、ジーグさん代わりに案内人(ガイド)やってくれたらマリオさんもその気になるかも」


「おいおい、オレを殺す気か」


「えー、行けるでしょ」


「無理だな。あと5レベルは上げないと」


「じゃあ、あと一カ月で」


「無茶言うな」


「いいから。とりあえず四十一階層ちょっと覗いてみようよ」


「だから殺す気か。新層の魔物は圧が半端なさすぎて神経が磨り減るんだよ」


「耐性スキルを覚えるかも!」


「プラス思考にもほどがあるぞ」


「武器もあるから」


 拡張バッグ(そこなし)からやたらとイカついサバイバルナイフを取り出すヤン。


「防具は?」


「当たらないようにして」


「お前と一緒にするな。オレは人間だ」


「元Sランク冒険者なのに?」


「さらっとディスってくるのをやめろ」


「いいから行こうよ。レベル上がるかもよ」


「ちょっとだけだぞ。様子を見るだけでいいんだオレは」


「様子見ね、うん様子見」


 延々と言葉のジャブを打ち合いながら、二人は新層への移動エリアに歩いて行った。




-第一部・完-

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