066.孤独のドリル
とうちゃんが帰って来なかったその日からヤンの生活は一変した。
もうとうちゃんを待つことも、とうちゃんと一緒に迷宮に行くこともなくなってしまったのだ。
「今回の仕事はちょっと大変だからな、ヤンは留守番だ」
出かける前の晩にとうちゃんがヤンに言った。
当時はわからなかったが、四年ぶりの階層突破に挑むということであれば確かに「大変」ではある。
だが、あの時のとうちゃんの顔――いつになく緊張した様子や不安のようなものはまだ七歳だったヤンにもなんとなく感じられた――は、はっきりと記憶に刻まれていた。
留守番している間、ヤンも不安だった。
どこか落ち着かずそわそわして、稽古にも身が入らなかった。
とうちゃんが帰ってこない、という事実は帰って来る予定の日の夜遅くになってから、ペンデルトン支部長とラノックおじさんがヤンに直接告げた。
「お前のとうちゃんが迷宮で行方がわからなくなった。今から出来るだけ大勢集めて探しにいく。心配だろうけど、お前はここでオレも一緒に待とう」
ラノックおじさんが真剣な、でもどこか悲しそうな顔でそう言った。
ペンデルトン支部長は「全力をあげて探し出すから心配するな」と言ったが、唇の色が薄紫色になっていてなんだか寒そうだった。
直後にヤンはいきなり外に飛び出して行こうとしたが、外に待機していた保安局数名に捕まえられまた家の中に戻された。
後にこの時の保安局員(既に退局済)が語ったところによると、幼い子供とは思えない力で正直大人の暴漢を取り押さえるよりも大変だった、ということだった。
「ヤン……頼むから無茶しないでくれ。お前にまで何かあったらオレはもう……」
ラノックおじさんが連れ戻されたヤンを抱きしめて泣き崩れた。
家の奥からちらっとエリナおばさんの顔が見えたと思ったら、目が合う前にすぐに引っ込んだ。
ラナとエリックをこちらに来させないようにしていたのだと思った。
ヤンは心ここに非ずのまま、足下も覚束ず、ぐるんぐるん世界が回っているような気分でただ待っていた。そうするしかなかった。
ほどなく、オスカーおじさんがやってきてそのまま一緒に夜を明かしてくれたのだった。
おくすり堂にギルドマスターが来たのは後にも先にもこの時一度きりだった。
* * * * *
その日から暫く――といっても結構な長さだった――の間、入れ替わり立ち替わり誰かしらがヤンの近くに付いていた。
これには二つ理由があって、
一つは、ヤンが自ら父親を探しに行くのを阻止する
一つは、ヤンに何らかの危害が及ぶのを阻止する
ということで、ギルド側は既にエルの失踪に第三者の関与を疑っていたことがわかる。
エルの捜索は二週間に及び、捜索に動員した人員は延べ五百人規模に達した。
ただ、場所が上層の第三十三階層という、通常ならSランク冒険者及びB級案内人以上しか入れないエリアだったことが問題だった。
冒険者を四十人動員しても案内人が五人なら八人五班での捜索になる。
これではひとつの階層をくまなく捜索するだけでも丸一日がかりになってしまうのだった。
まして第三十二階層、第三十三階層と階層が上がるにつれて捜索の難易度も跳ね上がって行く。
捜索に入ったはいいが、結局魔物と戦っている時間が大半という日も少なくなく、捜索は一向に進まなかった。
ギルド側はこの時期にしては魔物の数がかなり多かったことを確認しており、ピンポイントでこのタイミングに魔物が増えた事に対して、作為的なものを感じる者も少なからずいたが、実際に対処できることもなく、ただ無為に時間だけが経過していった。
* * * * *
ヤンが監視を解かれて自由になったのは一ヵ月以上経過してからだった。
最初ヤンはなんとかして上層に潜ろうとした。
一番はモンドに頼んで上層の試掘に同行させてもらう、あるいは隠れて入ることだったのだが、ギルドが上層の試掘自体を無期限停止にしてしまったために、完全に可能性を絶たれてしまったのだ。
冒険者の方も、上層の依頼自体がほとんどなくなり、依頼外で探索に入る者もいなかったので、どのみちアウト。
ギルド側はエルの失踪の要因に未知の魔物や未知のトラップの可能性も考慮していたため、上層へ入ること自体がリスクになり得るという立場をとっていたのだった。
そんな時にセインのギルドハウスでたまたま会ったオスカーから聞いたのが迷宮について長い間研究しているというゲルハルト・エッシェンバッハなる人物のことだった。
「こんにちはー」
教えられた場所にあった古くて汚い家屋の戸口で大きな声を出すヤン。
しかし返事がない。
「こんにちはー。誰かいませんかー」
暫く待ったが返事はなかった。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
玄関ドアを叩いてみる。
「こんにちはー。ゲルハルトさーん、いませんかー。こんにちはー」
同じ相手に何度も頼み事をするのはもうこの頃のヤンにとって全然苦ではなかったので、なんとしても相手が出てくるまでは帰らない覚悟だった。
ドンドンバキッ!
「あっ……」
うっかりドアを叩き壊してしまった。
「ごめんなさーい。ドア壊しちゃいましたー。こんにちはー」
なにかシュールな気配が漂ってきているぞ。
「うーん、どうしよう」
ヤンの頭の高さの部分が壊れて完全に向こう側にへこんでしまっていた。
「ま、いっか」
ドゴッバギッドガッガガン!
物凄い大音響を立ててドアが完全に破壊された。
バキッ!
終いには残骸になったドアの端を番から引きはがして玄関を完全なオープン状態に。
「失礼しまーす。ヤンでーす。入りまーす」
一応断りを入れたという体でヤンは中に入っていった。
「ゲルハルトさーん、いませんかー。こんにちはー」
誰もいない狭い部屋の中で四方に向きを変えながら叫ぶヤン。
「玄関のドア、壊れてましたよー」
おい、嘘をつくな嘘を。
ガタッ。
物音がした方向をヤンが見ると、床の一部がせり上がってきた。
そこがパカンと上に開くと、中からヒゲモジャの埃の塊のようなものが出て来た。
「誰じゃ騒々しいっ」
イメージ通りのシワガレ声。
「あ、こんにちは。ヤンです。ゲルハルトさんですか?」
「いかにもワシがゲルハルト博士じゃ。おぬし今ヤンと言ったな。もしやエルの息子か?」
「はいっ、そうです!」
エルの息子かと聞かれて一瞬表情が曇ったヤンだが、すぐに声を張り上げて返事をする。
「この場所は誰に聞いた?」
「オスカーおじさんに聞きました」
「ほぉ、あやつとは親しいようじゃの」
「うん、少しは仲良しだよ」
「少しか……ぬははは、面白いヤツじゃ」
ゲルハルトは白い顎ヒゲをさすりながらヤンを見つめる。
「ヤン、ちょっと来なさい」
そう言うとまた床の下に潜っていってしまったので、ヤンも少し遅れて続く。
床の下にあったのは地下室。
地下にある部屋というのを初めて見たヤンは興味津々。
「なんで床の下にこんな部屋を作ったの?」
「ふむ、その質問に対する答えは幾つかあるが、おぬしに説明してもわかるまい」
「えー、それはわかんないよ」
「うむ、そうじゃろ」
「そうじゃなくて、ボクにわかるかわからないかは聞いてみないとわからないってこと」
「ぬははは、そうかそうか」
二、三度頷くとそのまま机の上で手を動かして何か探しているゲルハルト。
話の続きをヤンは待っていたが、一向に始まらない。
「ねぇ、続きは?」
「ん? なんの続きじゃ」
「床の下の部屋の話」
「それはさっきしたじゃろ」
「してないよ」
「おぬしにはわからん」
話がループしていた。
ヤンは続きを諦めて新しい質問をすることにした。
「ねぇ、ここで何してるの」
「迷宮の研究じゃ」
「研究ってどんな研究?」
「迷宮の研究じゃ」
「だから迷宮の何を研究してるの」
「迷宮の研究じゃ」
ヤンはなんだか面白くなってきていた。
「迷宮の何が面白いの」
「うむ、何もかもじゃ。この迷宮は驚きに満ちておる」
「何に驚いたの?」
「迷宮じゃ」
今のは質問がよくなかったのだろうとヤンは考えた。
「迷宮で一番驚いたことはなに?」
「この迷宮はまるで生きているように変化しておるのじゃ」
「生きてる? 迷宮が?」
「そうじゃ」
「えー、でも迷宮って生き物じゃないよね」
「当たり前じゃ。生きているようじゃと生きているは違う」
「そっか。でもどうして生きてるようだって思うの」
さぁ本領を発揮してきました、子供のどうしてコンボ。
「魔物を生み出し、魔物が消え、また魔物が生れる。魔物が増え、高潮になり、また潮が引く。かと思うと今度は波が来て、しばらくすると波が引く。凪になる。凪が終わる」
ヤンは途中でよくわからなくなっていた。
「知っておるか。この迷宮を傷つけても自然にその傷は治るんじゃ」
「どういうこと?」
「例えばおぬしの父親、エルが迷宮の壁に穴を開ける。すると二日もせんうちに穴が塞がっとるんじゃ」
「え! とうちゃんが壁に穴を開けたの?」
「あ、いや、今のは例え話じゃ」
「穴を開けたの?」
「……さて、ワシは知らぬ」
「とうちゃんと内緒の約束してたんなら、その約束ボクが引き継ぐから教えて! いいでしょ!」
いやいや、さすがいそんな話が通るものか。
「約束は絶対じゃぞ」
通るんかーい。
「うん、絶対」
「ワシと話したことは全部約束に入るぞ」
「うん、わかった。オスカーおじさんにも内緒にする」
「あ、あいや、あやつには別に言っても構わん。約束しておるからの」
「じゃあ約束仲間だね。オスカーおじさんとボクとゲル爺の三人で約束仲間!」
「ゲ、ゲルじい?」
ゲルハルト改めゲル爺が不意をつかれてキョドる。
「うん、ゲルハルト爺さんだからゲル爺」
「ワシはゲルハルト博士じゃ」
「うん、わかった。ゲル爺はゲルハルト博士だね」
「そのゲル爺というのはやめるんじゃ」
「どうして?」
「な、なんとなく気にいらん」
「そのうち慣れるよ。それでとうちゃんは穴を開けたの?」
ゲル爺はぶつぶつと何かを呟きながら俯いていたが、やがて根負けしたように話し出した。
「ワシの実験に付き合ってもらったのじゃ。迷宮の修復機能についてのな」
「迷宮のシュウフクキノウ?」
「さっき話したじゃろ。穴を開けても元に戻るんじゃ」
「へぇー。だから迷宮が生きてるって思ったんだね」
「その通りじゃ」
「でも穴が勝手に治るなら穴を開けても大丈夫ってことだよね?」
「ん、どういうことじゃ?」
「近道するために壁に穴を開けてもすぐ塞がっちゃうなら誰にも見つからないし怒られなくて済むってことでしょ?」
「……そういう考え方もあるのぅ。ふむ、面白い」
「壁じゃなくて天井とか地面に穴は開けられないの?」
「地面はここで試してみたが、この通り穴は塞がらなかったのじゃ」
「あ、それで床の下に部屋を作ったんだ!?」
「まぁそういう意味もある」
「じゃあじゃあ天井は? ボスを倒さなくても上に行ける?」
「それはわからぬ。じゃがおそらく無理じゃろう」
「どうして?」
「迷宮の意思がそれを許さぬはずじゃ」
「迷宮のイシ?」
「ずるをしちゃいかん、ということじゃ」
「あ、そういうことか」
なぜそれで納得できるのか。
「じゃあ下は? 地面に穴を掘って下の階に行くのはどうなの?」
「……じゃからここの地面ではダメじゃたと言ったじゃろ」
実際にゲル爺が自分で掘ったのだが、地下一階と少しぐらいまで掘ったらそこから下は硬くてとても掘り進むことが出来なかったのだ。
「うーん。でも下の階に出るまで掘ったら違うかもしれないよ」
「二十九階層まで掘るということか?」
「ねぇ、ボク掘ってみてもいい?」
「なにっ?」
「あ、でも約束が……」
ヤンはふと黙り込んでしまった。
「その約束というのはエルとの約束か」
「……うん」
「ならワシもその約束仲間に加えてくれんかの」
「えっ? ああ、そっか。それなら話しても大丈夫だね」
おいおい、そんな簡単に……。
それやっていくと結局約束破り放題になるんじゃないのか。
「そうじゃ、問題ないぞ」
「でも一応念のためゲル爺は後ろ向いててほしいな」
「なに、後ろ? ドリルならエルのを見たことがあるから構わんぞ」
「え!? とうちゃんドリル見せちゃったの? ダメじゃん」
「なにワシとエルとオスカーしか知らんことじゃ。安心せい」
「オスカーおじさんも!? とうちゃんったらもう……」
ヤンは心底がっかりした様子でうな垂れるが、すぐに気を取り直して宣言する。
「じゃあ二十九階層まで行ってくる」
ヤンはドリルを出すなりゲル爺の地下研究室の地面に突き刺した。
ドガッ!
ゲル爺が自分の失敗談を語る間もなくドリルが回転を始めた。。
ギュルルルルルルル……
あっという間にドリルが完全に地面に埋まり、そのままヤンの手も地面の下へ入っていくのを見てゲル爺驚愕。
ヤンは地面すれすれにしゃがみ込んで右腕を地面に突っ込みながら左手でゲル爺にバイバイと手を振って笑顔でそのまま地面に消えていった。
「なんと!」
ゲル爺は驚いて穴のすぐ淵まで近づくと中を覗き込むが、もうどこまで掘ったのが全くわからないくらい完全な闇になっていてドリルの音だけが微かに聞こえていた。
エルのドリルはこの部屋でほんの短い時間だけ見せてもらっただけなので、実際にドリルを使うところを見たのは初めてなのだった。
そのあまりの早さ、迫力に圧倒されたゲル爺。
同時に、自分が掘ろうとした時はカチコチだった地面に、ヤンのドリルはまるで柔らかい砂でも掘るかのようにアッサリと穴を穿っていったのが信じられない思いだった。
やがてずっと目に光が戻ると呟いた。
「掘った土は排出されぬのか……面白い」
さすがの科学者っぷりであった。
ヤンが穴の中に消えてしまってから三時間後、空きっぱなしの玄関からヤンが戻って来た。
「ゲル爺ただいまー!」
「おお、ヤン! どうじゃった。下まで行けたのか」
「うん、全然余裕だった。ゲル爺も来ればよかったのに」
確かにまだ穴はあったのだから確認のために行くという選択肢もあったな、と今更ながらゲル爺は後悔した。
「む、いかん!」
突然思い出したかのように慌てて研究室(地下)へ戻って行くゲル爺。
「おおおおおおお!」
「どうしたの、ゲル爺」
ゲル爺の声に驚いてヤンもすぐに地下へ下りると、ヤンが開けた穴の前に立って目を見開いていた。
「もう塞がりかけておる。こんなに早い修復は初めてじゃ」
ヤンも気になって穴を覗き込むと、確かに穴の幅が狭くなっていた。
これだとヤンの体でも通るのは難しそうだった。
もう一点、下の階まで貫通したはずなのに、穴の奥が真っ暗なのも不思議だった。
「すごい、ほんとに迷宮って生きてるんだね」
「そうじゃ。少なくとも外の世界にある他の迷宮でこんな現象は起きたことがない」
「ふーん、そうなんだ。この塔が特別ってことなんだね」
「そうじゃ。特別なのは明らかじゃ」
「だからゲル爺は研究してるの」
「うむ。面白いからのぅ」
あははははは。
ぬははははは。
笑い声がハモる。
エル失踪後にヤンが心から笑ったのはこの時が初めてだった。
* * * * *
その日から、ヤンは毎日ゲル爺のところに入り浸るようになった。
入り浸るといっても、本当の目的は研究室からドリルで第二十九階に下りることだったのだが。
驚くべきことに、第二十九階に出た場所から今度は上に向かって掘り続けるとゲル爺の研究室に出ることが出来たのだった。
ゲル爺の「迷宮はずるを許さない」仮説は一部修正が必要になった。
未踏破階層にはずるで到達できない、と。
但し、この仮説もエル失踪の真相により覆されるのだがそれはまだ先の話だった。
それはさておき、ヤンはこのドリルの階層移動により、セインより下の階層であればどこにでも行くことができるようになった。
しかも一直線にショートカットができるため、通常は数日かかる移動が一時間弱で済むというまさに非常識の極み的存在になってしまった。
そして実を言えばエルのいなくなった階層へも行くことだけなら出来たのだが、それだけは絶対にゲル爺が許してくれなかった。
ヤンもいつも無茶無鉄砲なくせにこの点だけはゲル爺の言うことに従った。
ヤンの単独迷宮探索は時には数日間に及ぶこともあり、そういう時には予めゲル爺のところに泊まりに行くとエリナには伝えて出てくるのだった。
実に巧妙。
こうして、ヤンの迷宮ドリルが始まった――。
* * * * *
迷宮でやる事は変わらない。
基本的にはとうちゃんとやっていたことの反復。
大事なのはとにかく基礎トレーニング。
徹底的に繰り返し、加重を増やしていく。
それから動体視力の訓練と格闘術の稽古。
格闘術は直接とうちゃんに教えてもらえたことは決して多くはなかった。
呼吸。
構え。
足捌き。
基本の打撃技。
崩し技。
返し技。
急所技。
型を繰り返し、とうちゃんと組手をやる。
たったそれだけだ。
だからいつもとうちゃんと組手をしているイメージでやる。
とうちゃんを感じながら戦う。
実質その先はヤンが独自に考えて作ったオリジナル格闘術になっていった。
知識もノウハウも何もなかったので、迷宮内の魔物相手に実戦訓練で試行錯誤した。
特定の魔物に対して、異なるアプローチで何度も戦う。
魔物の数もだんだん増やしてみたり、異なる魔物を混ぜてみたり。
代理主も、数えきれないほど戦ったので、どの代理主がどのレベルでどんな行動パターンなのかも完全に頭の中に記憶してしまった。
ある意味ゲル爺よりも迷宮博士なのではないかというレベル。
来る日も来る日も、繰り返し。
誰にも見られず、誰にも知られず(唯一ゲル爺を除く)。
たったひとり、迷宮に潜ってトレーニング。
孤独のドリルは三年間続いた――。
* * * * *
実はヤンにはもうひとつ秘密があった。
ゲル爺の仮説とは関係なく、ヤンが史上最初に発見した現象があったのだ。
それが「全域踏破ギフト」である。
ヤンはセインから下りてくるので、底層は一番遠く、なかなか行く機会がなかった。
そこで一度底層徹底攻略という計画で潜った時があった。
底層を第一階層から順に各階層の全エリアを見て回るのだ。
それは将来案内人になった時に役に立つと思ったのと、とうちゃんに聞いた時にそこまでやる案内人はいないと言っていたからだ。
誰もいないなら自分がやる。
いざとなればドリルで近道もできるのだからほかの人よりも絶対に有利だ、と。
そんなわけで第一階層をしらみ潰しに歩き回って、最後にだだっ広い空間を何か落ちてないかとこれまた隅から隅まで歩いていた時に突然音が鳴ったのだった。
ピポパピポンポーン。
「うわっ、え? レベルアップ?」
レベルアップの時のように頭の中に響いたが、それとは全く違う音。
そして呼び出してもいないのにステータス画面のようなウインドウが開いて、
『第一階層の全域踏破おめでとう』というメッセージと共に『ギルトを受け取る』というボタンが表示された。
「なにこれ、なんかくれるのかな」
ヤンが何の躊躇いもなく押すと、ピロリンとまた違う音が鳴ってステータス画面が勝手に表示された。
そこには【地図化】というスキルが新たに追加されていたのだった。
ヤン歓喜!
迷宮内の自分が通った場所を地図ウインドウ上に表示するという超便利な、いやむしろ迷宮探索に一番必要だろと思われるようなスキルがまさかこんなところでこんな手段で入手できるとは!
ヤンはすぐに第二階層でも同じようにやってみた。
但し今度は【地図化】を使用しているので物凄く効率が良い。
あっという間に『第二階層の全域踏破おめでとう』。
ギフトは【暗視】スキルだった。
これでメインルート以外の場所もベルトーチなしで進める。
次の第三階層では【鑑定】スキル。
まさかのレアスキルがこんな序盤の階層で手に入るとは!
そしてヤンは実はこの時既にレベル1を習得していたため、ここでレベル2となった。
そう、迷宮のギフトで得たスキルは重複した場合自動でレベルアップするのだった。
これも未知の情報。
こうして底層を徘徊しながらスタルツに入る頃には、【罠解除】【隠密】【隠蔽】まで習得。
ギフトにはスキル以外もあり、普通にポーション等のアイテムが出る時もあった。
これがランダムなのか固定報酬なのかは不明。
試しに同じ階層でもう一度全域踏破をしても何も起こらなかったことから、少なくとも一人一回であることは確認できた。
では他の人間ならどうか、と試してみたかったのだがそもそもお忍びで迷宮探索をしている身分のため、誰かに何かを話すのは御法度。
ゲル爺との約束もあったので断念。
ヤンはこのギフトの件をどうするかについてだいぶ悩んだ結果、自分の胸にしまっておくことにした。
当然ゲル爺にも内緒にすることになる。
なんとなく自分がずるをしているような感覚があって後ろめたかったのもある。
一度隠し事にしてしまうとなかなか打ち明けるタイミングがない、というのもある。
とうちゃんに一番最初に話したい、自分が発見したすごい秘密として、というのもある。
ヤンの置かれた境遇の色んな要素が複雑に絡まってヤンの気持ちに作用したのだ、としか言えなかった。
ただこのギフトはヤンに迷宮内での達成感をもたらす唯一のものだった。
だから夢中になってそれを追い求めた。
とうちゃんの消息を求める気持ちの代償として。
こうしてヤンは、この迷宮を知ることがとうちゃんの手掛かりに辿り着く唯一の方法なのだと考えるようになっていった。
条件を満たしたらすぐに案内人になって、上層に入る資格を目指す。
目標もより具体的になっていった。
ゲル爺が心配するほど、落ち着いた思慮深い子供になっていった。
だが、その心の中は七歳のあの日からずっと変わっていなかったのだ。
トレーニングの合間、一息つきたい時、そして何より寂しい時。
そんな時、ヤンはドリルを回した。
ギュルルルルルル。
ドリルの回る音。
それがとうちゃんと一緒にいた時間、二人で回したドリルの音に重なる。
今は一人分しかないけれど――。
* * * * *
とうちゃん……。
どこ行っちゃったんだよ、とうちゃん。
絶対帰ってくるって約束したじゃないか……。
とうちゃんのウソつき。
おれ、もっと頑張るから……。
スキルだってちゃんと練習してうまく使えるようになる。
すぐにとうちゃんに追いついてみせるから……。
だから早く帰って来てよ、とうちゃん!!
なんでだよ……。
――とうちゃんのバカヤロウ。
会いたいよ、とうちゃん。





