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063.騎士の本懐

 第三十五階層――。


 前階層に続き前人未到の場所である。


 ここは連なる山の尾根をひたすら進む形になっていた。

 急勾配も多いが、それよりなによりきついのが横から吹き付ける強風だった。


 体感レベルで暴風雨のそれに等しい風速が出ていると思われる。


 周囲に壁になるようなものが一切ないため、風がダイレクトに叩きつけるのだった。


 もし強風に煽られてバランスを崩そうものなら横の崖から落下必至。

 なんとか助かったとしても大怪我は免れないだろう。

 なにより大きく遅れてしまうことを考えると、絶対に落ちるわけにはいかなかった。


 そんな状態で決して広くはない尾根道を全力ダッシュ。


 正直ここまでで一番きつい難所だろう。


 魔物もこれまで主力ザコだったアリとムカデはその姿こそ見せるものの、数の上では圧倒的に少数派になっており、代わりに台頭してきたのがアリ男(アリオ、後に正式名称コマンダーアギト)だった。


 シルエットはほぼ人型に近いながらも各パーツはアリ。

 要は名前のまんまのアリ人間だった。


 こいつの何が問題かといえば人型であるがための動きの多彩さに、人ほどではないがアリにはない知性があるという点だ。


 そしてやはり地形をほとんど無視して移動できる。

 人型なのに。


 三~五体で小グループになって集団戦をしかけてくるから質が悪い。


 このアリオに加えて新しく出てきたのがツノウサギ(後に正式名称イッカクウサギ)。

 額から突き出している立派な長い角が特徴。

 この角を使って岩や地面に穴をあけることができる。

 なので、突然岩場や地面から飛び出して来てそのまま角で攻撃してくるのだった。


 その飛び出しの速いの速くないのって。

 普通の人間では視界に捉えるのが難しいと思われる。

 弱点はその角攻撃の後にあって、もし攻撃で角を相手に突き刺すと高確率で自分では抜けなくなるため、攻撃をヒットさせた時が最大のピンチになるというパラドックス。


 だが、数にものを言わせて集団で攻撃してくるのはアリオと一緒で、やはり厄介極まりないのだった。


 要するに、全力ダッシュ中にこいつらを相手にするのは極めて骨が折れる作業だということを私は言いたいのであります!




* * * * *




「ハリー」


 レオナルドが走りながら声をかける。


「なんだ」


「おれたちもそろそろじゃないか」


「……オレはまだ余裕だがな」


「ひとりでも行く気があるのか」


「……」


 ハリーは黙り込んでしまった。


 レオナルドの言いたいことはよくわかる。


 さっきのボス戦でもそうだった。


 オレならまだこの先のボスとも互角にやれる。

 やれるはずだ。

 やってみせる。


 だが、確実に倒すにはヤンや他の同行者の力が必要なのも認めざるをえない。


 火力の差が顕著になってきているのもあるが、なにより魔物に対する知見や、その場での臨機応変な対応力があのヤンという子供はケタ違いなのだ。


 そう、子供……まだ子供なのにだ。


 オレにあんな指揮ができるのか。


 いや、三十四階層までならまだ考えることもできたかもしれない。

 中層で実際に一度戦っている相手だからだ。


 だが、ここから先となると話はまるっきり違ってくる。


 ヤンに頼り切った状態で、ただ一緒についていったというだけで階層突破(オーバーテイク)したなどと他人から言われるのは我慢ならない。


 それだけは確かだ。


 ならいっそもうここで――。


「ああもうっ、イライラするわねこのアリ男ッ! あっち行きなさいよホラ。シッ、シッ」


 ナラクがレイピアを伸ばしてアリオを左右に弾く。

 ロックも中間距離からアリオの足下を狙って体勢を崩すのを目的に矢を放っていた。

 ロスティは魔力温存でマルスの後ろにぴったりくっついている。

 そのマルスが一番元気よくハンマーで魔物を粉砕していたが、討伐率は五割に満たない。

 キリトはロックと並走しながら時折槍でつついて道を開ける。


 皆、倒しきるまでの火力はなくとも、今この瞬間行く手を邪魔されなければオッケーな対応で進んでいるのだった。


 そうだ。

 必然的にこうなる。


 でもこれでは意味がない。


 意味がないのだ。


「レオナルド」


 ハリーが重い口をようやく開いた。


 ここまでの全道中を思えば決して悪くはなかった。

 まぁまぁ満足のできる戦果だった。

 だがここから先は――オレたちだけの戦いだ。


「決めたか」


「ああ。場所はお前に任せる」


「わかった。よく決断してくれた」


 レオナルドが軽く目で謝意を伝えると、そのまま後続へ伝えるために速度を落として下がっていった。


(フン、どうせなら派手にやってやろうじゃないか)


 一度決めたら身も心も軽くなったような気がして、ハリーは自然に笑っていた。




* * * * *



 中ボスクラスの魔物と思われるカゼシカ(後に正式名称ウェンディア)をヤンが倒したところで、ちょうど低めの山頂部分が広いスペースになっていたので、後続を待つ小休憩となった。


 こうして休憩をとること自体が久々、というかボス戦後以外では初だった。


「ちょっといいか」


 レオナルドがヤンに声をかけた。


「どうしたの」


 早く出発したくてウズウズしている様子のヤンはどこか気もそぞろに見えた。


「おれたちはここから別行動にしたい」


「えっ、上へは行かないの?」


「ああ。ただおまえについて行くだけじゃ意味がないからな」


 面と向かって言われてハッとした様子のヤン。


 わかっていて敢えて目を反らしていた事実をこうして真っ向から突き付けられた気分はどうだ。


「ごめんなさい」


 小さくそう言って頭を下げるのが精一杯のヤン。


「なに、別に構わない。お前にはお前の目的があるんだろう。おれたちはもう少しここで遊んでいくから、気にせず先に行ってくれ」


 そう言われてもはいそうですかとすぐには言えないヤン。

 やはり相当後ろめたかったのだと思われる。


「どうした、ヤン」


 リンがやってきて、ヤンとレオナルドを交互に見ながら尋ねてきた。


七騎士(セブンナイツ)の人たちが別行動をとるんだって」


「そうか。なら仕方がない。私が護衛につこう」


 ヤンが何も言わずとも、セインズの時のダミアンのように、もし次に離脱者が出るようなら自分が残ることになるだろうとリンは知っていたのだった。


「いや、それには及ばない」


 レオナルドが少し慌てたようにリンを制する。

 ヘルライガー黄を倒したリンをおそれているのか、それとも女性がひとり混ざることによる変化を警戒しているのか。


「しかしそういうわけには……」


 言いながらリンはそっとヤンに視線を移す。


「ホントにいらないの?」


 ヤンがレオナルドに確認する。


(よし、そうだ! そのままそのまま)


 リンは心の中でヤンが押し切るのを期待するエールを送っていた。

 殊勝なことを言ったが本心はヤンについていきたいに決まっているのだ。


「大丈夫だ。帰り道はキリトの【聖なる導き(ホーリーガイダンス)】がある」


 聖なる導き(ホーリーガイダンス)とは一度通ったことのある道程を視覚的に明示してくれる聖魔法だ。

 こうした迷宮の仲や、深い森、初めて訪れる場所全般でとても重宝するのだった。


「うーん、じゃあこの階層に飽きたらちゃんとセインに帰ってよ」


「無論だ。補給の問題もあるからな」


 それはそうだ。


 ヤンがいなくなれば食料アイテムその他諸々まるっとアテにできなくなるのだから。


「リンさんもいい?」


「局としては俄かに承服し難いが、どうせ今回の行動自体が特例のようなものだ。問題ない」


 リンは内心しめしめと思っていたがおくびにも出さず、難しい顔で答える。


「じゃあわかった。大丈夫だと思うけど一応気を付けて。ハリーさんやみんなにもよろしくね」


「ああ。それとヤン……」


 レオナルドはまだ何か言いたそうにしている。


「なに?」


「後で少し時間、あるか」


「後って、これが終わったらってこと?」


「そうだ」


「いいけど、セインにいつ戻るかわかんないよ」


「そうなのか?」


「うん。まぁでもすぐ戻るかもしれないけど」


「戻ってからで構わない」


「じゃあその時」


 返答も待たずに走り去って行くヤンをレオナルドは憧れるような眼差しで見送った。


 自分たちがセインに戻ってからどうするのか、ハリーにまだ確認していなかったな、と思い出す。

 結構な時間を一緒に行動しながら、まだヤンと腹を割って話したことがなかったのを悔いていたのだった。

 そして出来れば一度でいいから立ち合ってみたかった。

 ヤンの父親にも興味はあったのだが、さすがにそこまでは欲が深すぎる。


 まさかとは思うが、このまま会うことなく迷宮の外に出て、次に会う時は敵同士なんてことになるのだけは願い下げだ、というのが偽らざる本心だったが、万が一にも口に出してしまうとそれが現実のものになってしまいそうで絶対に言えないレオナルドだった。




* * * * *




「おい待てヤン。あいつら置いてく気か?」


 走り出したヤンを追いかけながらジーグが声をかける。


「もうここでいいってさ。たぶん魔物狩りしたいんだよ」


 スピードを緩める気配もなく走るヤン。

 その隣を涼しい顔で並走するジュノ軍曹。


(王国の七騎士(セブンナイツ)か……。やはり骨のある連中だな)


 ジーグはここまできて離脱の選択をしたことを高く評価した。


 もちろん一足先にその決断をしていたセインズについても同様。


 ただ、ボス戦後の安全地帯でその決断をしたセインズと、敵のど真ん中に残る決断をした七騎士(セブンナイツ)ではやはり覚悟の差が明白だった。


 下手をしたらあいつら、代理主(ボスもどき)をもう一回全部倒しながら下りるつもりじゃないだろうな。


 いやいや充分あり得る話だ。

 あの負けず嫌いの連中がおとなしくレベリングだけで満足するはずがない。


 まさか凪化まで徹底的にやるってことはないだろうが、確実にレベルアップを狙うなら全くありえないという話でもないぞ。


 こりゃセインに戻った時が楽しみだ。


 考えながら追走していたらうっかりヤンとジュノ軍曹の姿を見失ってしまった。


(くそ、またギアを上げやがったなヤンのやつ)


「ジーグさん、ぼーっとしてると置いて行きますよ」


 キキが隣に並んできた。


「いや、おれはマリオに合わせてるだけだ」


「誰がなんだって!?」


 後ろから追い上げてきたマリオが怒声を上げる。


「マリオさんに合わせてゆっくり走ってるそうですよ」


 キキが半分笑いながら後ろのマリオに答えると、ジーグが「おいキキ黙れ!」と口を塞ごうとしたのでキキはさっと身をかわすと先へ行ってしまった。


「ふざけんな、置いてくぞコノヤロー!」


 マリオが加速してジーグを追い越していく。


「あ、おい!」


「ジーグさん、早く!」


 最後尾のリンがすぐ後ろから急かす。


「ったくどいつもこいつも、年長者をもっと大切に扱えよ……」


 ドッ!


 リンが刀の鍔でジーグの尻を後ろから叩いた。


「わかった、わかったから!」


 ジーグも本気で走り出したので、これ以上隊列が縦長になるのは回避された。




* * * * *




「さて、やるか」


 ハリーがボス戦の後で背負い直していたザックを下ろす。


 他の六人もハリーに倣ってザックを下ろす。

 ハリー以外は戦闘時に身軽になるのはヤンの指揮下に入って以来初めてだった。


「軽い、軽いわァーッ!」


 ナラクの嬌声が響く。

 同時にレイピアが空気を切り裂く音がピュンピュンと高鳴る。


 レオナルドとマルスも水を得た魚のように魔物を狩りまくっていた。


 ロックの魔導弓もここまでで一番の冴えを見せて魔物を貫く。

 破壊力が一段上がったのは、実は魔導弓のモードを切り替えたためだった。


 ロックに限らず、七騎士(セブンナイツ)のメンバーたちは各自が所持している国宝級の武器の真の力をここまで見せていなかったのだ。


 それはハリーの意思であり、メンバー全員の総意でもあった。


 帝国軍がいたことも理由のひとつであったが、なにより迷宮の中にも強者が複数いることが確認された以上、自分達の本来の実力を知られるリスクは回避するべし、と判断したためだった。


 そして実際、武具の力を抑制した状態でもここまで来られた上に、おそらくはそのことがプラスに作用してレベルアップやスキル獲得が捗った可能性が高かった。


 ただ、武具の力を最大限解放したとしてもこの上層の階層主(ボス)クラスを自分たちだけで倒すのはかなり分が悪い賭けだろうというのがハリーとレオナルドの判断だった。


 それならせめて最後くらいは思う存分暴れてレベリングだけに集中しようじゃないか。


 そんな時間無制限魔物討伐サバイバルモードが今まさに始まったのである。


「このウサギは厄介ですね」


 キリトが槍でツノウサギを叩きのめしながら愚痴る。

 さっき危うく角で腹を刺されそうになったのが癇に障ったらしい。

 虫の次にウサギが嫌い、になる可能性もワンチャンあるか。


「そんなのこうすればいいんだよ」


 ロスティが炎を地面に這わせるように広く展開すると、熱さと火に驚いたツノウサギたちがそこかしこでピョーンと飛び出してくるが地面は燃えているため、どこにも行き場がなくなって真上にピョーンと飛びあがるのだった。


 格好の的になったところを槍系魔法や、電撃で仕留めるのだった。


 そのうち何割かはロックの標的となっておいしく経験値ゲット。


「なるほど」


 何か思いついたらしいキリトが、無造作に【怒りの日(ディエス・イレ)】を放つ。


 すると射程上にいたツノウサギたちが一斉にピョーン。

 そこを【連続突き】で移動しながら突きまくるキリト。


「こうですね」


 いやいやいや。

 わざわざ追い出しだけのためにそんな物騒な魔法を使うとか、狂神官ですかあなたは。


「いいな、ウサギ狩り、オレも混ぜてくれ」


 マルスがハンマーを振り回しながら近づいてくる。


「ちょっ、危なっ!」


 ロスティがすっと回避。

 マルスはにやりと笑いながらスルー。


「あったまきた!」


 ロスティがマギカプレを掲げて詠唱を始める。


「まずい、キリトッ」


 ロックがキリトを急かしてその場からできるだけ遠くへ離脱。


 マルスは嬉々としてウサギ狩り中。


 たまたま偶然、ナラクもアリオと戦いながらロスティの射程内に入ってきてしまっていた。


 バリバリバリバリ……!!!!!


 この世の終わりかと思うような大音響が空から鳴り響いたかと思うと、あちこちに稲光が走り、一瞬遅れてドーーーーーン!


「きゃああああああっ、ちょっとなにィィィィッ!」


 雷が落ちた。

 地面が揺れる。

 閃光で目が眩む。


 ロスティの周囲半径10mほどの円状に地面がぷすぷすと焦げ臭く煙を発していた。


 何か黒いものがあると思ったらすぐに粒子状になって消滅。

 大きいのがアリオで小さいのがツノウサギか。

 普通のアリ種も何体か巻き添えを食ったらしかった。


「イエイ!」


 腰に片手を当て、親指を天に突きあげて自信満々のロスティ。


「まだいるぞ」


 離れたところからロックが注意喚起すると、直後に魔法矢が飛んできてロスティの後ろに迫っていたムカデを串刺し。


「ちぇっ、わかってたのになぁ」


 残念そうなロスティ。

 魔力を纏っている魔物はレーダーのような魔力感知に確実に引っかかるので、ロスティに死角はないのだった。




 レオナルドは敢えてひとり離れた場所で完全アウェイの包囲網の中で戦っていた。


 上層の魔物相手に、単騎でどこまで戦えるか。


 それが彼の実証すべき課題だった。


 王国三英雄として期待されるような活躍はとうとうこの塔の中ではできなかったな、とやや自虐的な感慨と共に戦っているレオナルド。


 人間相手の戦いならほとんど無敵だった氷属性も、ここでは相手次第だった。


 アディヨーグが纏える最大限の冷気を込めながらオール【斬り払い】の一振りで魔物を真っ二つにする。


(こいつらにはこれで充分だが、ボスクラスにはまだ及ばない……)


 レオナルドの自省は人知れず続いていた。



 その頃、偶然にもハリーも同じような問題意識で戦っていた。


 ハリーがイメージしていたのはマリオの戦いぶりだった。


 最初に見た時はもう過去の男という印象だったのが、いつの間にか別人になっていた。


 そしてあの重い剣を片手でそれぞれ扱いながらの舞うような動き。


 最後にヘルライガー青を芋虫状態にして見事にトドメを刺して見せたアレは本当に見事というほかなかった。


 といってマリオの真似をしたいわけではない。


 ただ、あの動きの一部を自分も取り入れて、もっと違った戦い方が可能なのではないか。


 それをこの上層の強いザコ相手に試行錯誤しているのだった。


「ダメだ! 違う!」


 怒鳴りながらシールドソードを地面に叩きつける。


(いや、それともあの女の技の方か)


 ふと頭に浮かんだリンの【鎌鼬(かまいたち)】の映像。


 習得したもののあまり使用する機会もなくオブジェ化していたスキルを思い出す。


「フンッ!」


 ハリーが【雪崩落し】レベル2を放つ。


 斜めに斬り下ろしたシールドソードの斬撃がおよそ5mほど先まで届く。


 アリオが三体巻き込まれて真っ二つ。


 射程こそ短いが、リンの技を斜めにしたようなものには違いなかった。


(こっちならどうだ)


 今度は斜め下から斬り上げての【雪崩落し】レベル2。


「よし」


 上からでも下からでもいけるじゃないか。


 混戦で複数の敵を確実に減らすのにおあつらえむきだった。


 これはハリーのレベルが62になっていたからこその威力であり、習得した当時のレベル20後半程度のステータスでは大したタメージにならなかったはず。

 だからこそ埋もれさせてしまっていたのだった。


(フン、こいつはいい土産ができた)


 ハリーは満足そうに剣身を眺めると、もう一度斬り下ろして魔物を五体討伐。


「ふははははは! はははははは!」




「なにあれ?」


 ロスティが不安げな顔でハリーの高笑いを見ている。


「大方、またなにか掴んだんだろう」


 ロックが羨望の眼差しで見ていたが、すぐに自分の弓に視線を戻す。


「おれもまだまだっ!」


 【連射】レベル4で雨あられと矢を振らせる。


 それを見て慌てて広域魔法の詠唱を始めるロスティ。


 そっと後ろに下がりながら槍でアリオを突き回すキリト。


 マルスはいつの間にかバーニングモードで炎と化して暴走中。


 ナラクは相変わらずくねくねやりながらレイピアもくねくねさせてひらすら突きまくっていた。


 しっかり魔物と向き合って戦えば、充分にやれるじゃないか。


 もう夜中の二時を過ぎていたが、まだまだ宴は終わらない七騎士(セブンナイツ)たちであった。




* * * * *




 まだまだ疾走中のヤン一行。


 ヤン一行とは言うものの、その実態はひとり先行するヤンと間にジュノ軍曹を挟んで、だいぶ引き離されてそれを追う残り四人という形だった。


 誰もが時間の感覚を半ば失っていたが、とっくに深夜になっていた。


 セインを出てからもう十八時間ほど。

 いやまだ十八時間というべきか。


 現在位置が第三十五階層であることを考えると、迷宮の歴史始まって以来の爆速で進んでいることになる。


 初心者御用達の底層でさえ、一日で進むのはどんなに速くとも三階層までと言われているのだ。


「なぁ、まさかこのまま一晩中走り続けるのか」


 ジーグがそろそろキャンプを張った方がいい、というつもりでキキに尋ねたのだがこの上層は基本的にメインルートも設定されていなければ、キャンプ場所も確保されていない未開発層でもあるため、迂闊にキャンプをするのはハイリスクなのだった。


「ヤンに言ってくれ」


 そっけないキキの返事。

 この中で一番元気そうなキキだったが、その声のトーンには疲れの色が感じられた。


 そしてヤンの背中は全く見えない。

 ジュノ軍曹も同じく視界の彼方。


 キキとジーグが気配察知持ちなので、それで辛うじて追いかけているのだった。


 リンは相変わらず最後尾でだが、今は舌打ちもせず静かに無言で追走していた。


 体術ではヤンどころかダミアンにも太刀打ちできないのがわかったため、徹底的に基礎体力と体幹トレーニングで鍛え抜いた成果が今のリンを支えていた。


 一方マリオの方はひらすら自分のドリルを維持しながら走ることに専念していた。


 さっきのボス戦でレベルアップした時に習得した【体力回復】スキルで自動的に減った体力が僅かずつ回復するようになったのもあるが、やはり身体全体のエンジンが別モノになったのと燃費が劇的に改善されたのが大きかった。


 完全復活とともに生まれ変わったマリオはすっかり自信を取り戻していた。




「ヤンが止まった。ボスエリアだな」


 キキが加速する。

 ヤンが止まっている時が唯一の距離を縮めるチャンスなのだった。


「急げ!」


 それを見たジーグが振り返って後続を鼓舞すると、自分もスピードを上げた。

 既に全力疾走状態だったのでそれは即ち【身体強化】をかけたことを意味する。


 もちろん後続も全員【身体強化】持ちだったので続く。

 ヤンのドリルに巻き込まれた者は、好むと好まざるに関わらず強化系スキルを習得せざるをえないところまで漏れなく追い込まれるという証拠だった。




* * * * *




「待てヤン!」


 キキの大きな声が響くとヤンが足を止めて振り返った。


 やっと追いついた。

 追いついたと思ったら既に階層主(ボス)は倒されていてヤンは次の階層へ進もうとしていたので慌てて呼び止めたのだった。


「キキ兄ちゃん」


「みんな限界だ。それにもう夜中だぞ。ここで休んで明日また進もう」


「うん、みんなはそうして。ボクはこのまま行くから」


 ヤンの目を見てわかった。

 あれは絶対に引かないヤツだ。

 キキは半ば諦めながらも、後続のために引き延ばす。


「なぜだヤン。どうしてそこまで急ぐ。五年間待ったんだ。今一分一秒を焦る必要があるのか?」


 キキの疑問はもっともだった。


「今、ボスを倒した時にわかったんだ。とうちゃんが上にいる。たぶん四十階層」


「四十階層なら安全階層(セーフレイヤー)じゃないか。急ぐ必要はないだろ」


「違うんだ、キキ兄ちゃん。早く……早く行かないと……」


 突然ヤンが涙目になったのでキキは慌てた。

 心底動転したと言っていい。

 こんなヤンを見るのは初めてだったからだ。


「ごめん。みんなには悪いけどボクひとりでもここから先のボスを全部倒して、早くとうちゃんのところに行かなきゃ」


 既に決定事項として告げているヤン。


「いや全部ってお前……」


 大波の時、上層後半の階層主(ボス)はひととおり確認出来ていた。

 出現するのは階層主(ボス)でも、場所は攻略済みの中層なので必ずしも倒さなくとも先へ進むことができたのだった。


 あの時ヤンはおそらく鑑定だけしていたのだろうとキキは推測する。


 であれば初対戦で圧勝もヤンなら充分あり得る。


「これ、みんなの分。もしついてくるなら、だけど」


 そう言って近づいてきたヤンがキキに手渡したのはバルベル軟膏・極赤と黒だった。

 セインズに使用した後なので残り半分ほどだったが、まぁ足りるだろう。


「それじゃ」


 言い残すと一瞬で姿が見えなくなってしまった。


「はぁ」


 大きく溜息をついて、振り返るとようやく後続が追い付いてきたところだった。

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