062.オーバーテイク
走る――。
ただひたすらに走る。
全力で走る。
魔物が行く手を塞げば一瞬で排除する。
後ろから聞こえる足音と荒い呼吸で、距離感を測る。
それらの音の広がりが、即ち隊列の長さだった。
* * * * *
第三十四階層トレイルランニングもそろそろ開始一時間を経過する。
間もなく未踏破階層である第三十四階層の階層主エリアに入るだろう。
マリオは息も絶え絶えになりながらも、必死で食らいついていた。
(クソッ。オレだけが足手まといかよ……)
すぐ後ろをフォローしているリンが舌打ちをする度に、その状況をいやというほど思い知らされていたのだ。
【身体強化】を発動していてもこのありさま。
といってもレベル1ではたかが知れていたのだった。
自業自得を噛みしめながら足を動かす。
「チッ」
また聞こえた。
そんなにオレが遅いのが腹立たしいなら先に行けよ!
誰も貴様にケツ持ちなんざ頼んじゃいねぇんだ。
上層に入って、まるでお膳立てされたような戦いを何度かさせられて、すぐにレベルアップして、その後もなんだかんだでレベルアップ。
まだ一日経ってもいないのに二度のレベルアップなど非現実的だった。
それで一瞬、自分もまだまだいけるぞなんて思ったものの、相変わらず周りの連中との差は縮まるどころか開く一方のように見えた。
オレはこんなにも弱かったのか。
迷宮の冒険者の中で自分こそが最強であり、現役世代では自分が一番レベルが高いのだと勝手に勘違いして優越感に浸っていたのだ。
大馬鹿野郎の恥晒しだ。
突然目の前に何かが飛び出してきた。
まだ命名前のブラックマンティス二匹が左右から襲ってきたのだ。
それが何であるか考えるよりも先に、マリオは背負っていたバスターソードを両手で抜きながらその一連の動作の流れで二匹を同時に斬り捨てる。
上層の昆虫系魔物の中でもアリ種よりも外骨格が硬いブラックマンティスを一刀両断にするのは並みの冒険者には不可能なのだが、それでもこのメンバーの中ではやって当然の当たり前に思わされてしまう。
実際ここまでマリオより最後尾のリンの方が接敵回数は多く、都度一撃で斬り捨てているのが音だけでわかっていた。
この女は以前から底が知れないと思っていたが、ここまでのバケモノではなかったはずだ。
やはり中層からヤンと一緒だったことで相当レベルアップしたのだろう。
なら自分はヤンについて行くことで今回どこまで強くなれるのか。
ただ戦っているだけじゃ、他の連中と同じようにやっているだけじゃ、永遠に追い越せないどころかどんどん置いて行かれちまう。
自分への憤りと強くなりたいというマグマのような熱情が、血管を駆け巡るかのように全身を満たしていくにつれて、限界寸前だった呼吸は落ち着きを取り戻し、足取りも何故か軽くなっていった。
マリオが自ら眠らせてしまっていた素質の片鱗が今、ようやくゆっくりと目を覚まそうとしていた――。
* * * * *
相手はやはり第二十四階層で戦ったデカトラ(後に正式名称トライガーと命名)だった。
波で下階層に出現した階層主を倒しても、本来の階層で再度倒す必要があるということが今この瞬間確定したのだった。
「ヤン、こいつは下で戦った時とは別モノと考えた方がいいんだな」
レオナルドがヤンに確認すると、ヤンは真剣な表情で頷いた。
ヤンたち一行が実現するまで未討伐の階層主を下階層で倒した例はなかった。
接敵したことすらなかったはずだった。
そのためあくまで代理主の場合の比較となるが、波で下階層に出現した代理主は同レベルであっても本来の階層に出現する場合の約七割程度の強さであろう、とされていた。
階層主の場合でもそうなのかどうかは、これから戦ってみればわかる。
「確かにステータスを見た感じでは、前回の二倍程度になっています」
キリトが鑑定結果をネタバレしてしまった。
てことはおそらくヤンも既にお見通しってことなのだろう。
それにしても、階層主のステータス二倍か。
代理主の場合はレベルが違っていたので単純比較できないものの、そもそも代理主自体が階層主に比較するとかなり弱いという現実もあるので、二倍はその印象以上にヤバイ気がする。
「あれの二倍って、マジかよ」
マルスがやや怯んだような表情で呟く。
自分たちもレベルアップしているものの、ちょっとイメージが追いつかない。
「アタシの出番、あるかしら~」
これが誰かは言わずもがなだが、ほぼ白旗宣言はいかがなものか。
ちなみにその隣でロックも苦虫を噛み潰してセンブリ茶を飲んだ表情をしていた。
「あのブレスも威力二倍になるってこと?」
ロスティがキリトに尋ねるが、キリトは「どうでしょうね」と答えに窮する。
「まずオレが行く」
ハリーが一歩、二歩、三歩前に出てシールドソードを構える。
さすがレベル61(ここに来るまでにまた上がった)。
「お手並み拝見」
ギリギリ聞こえないようにゲイルが呟くと、仲間を振り返って待機サイン。
「ボクも行くよ」
ハリーの隣にヤンが立つと、ハリーが一瞬意外そうな顔をした後に口の端だけで笑う。
が、次の瞬間その顔が驚きの表情に変わる。
ヤンの隣にジュノ軍曹が立っていたからだ。
「おい、どういうつもりだ」
さすがのハリーもその真意を測りかねて厳しくヤンに問い質す。
ものすごい圧だった。
「二人で援護するよ」
全く表情を変えずに短く答えるヤン。
ジュノ軍曹もハリーの怒気を孕んだ鋭い眼力を恐れずに受け止めている。
「五分……ううん、三分以内に倒すよ」
続けて出た言葉に、ハリーが再び驚く。
「なにを……」
ハリーの言葉を完全無視してヤンとジュノ軍曹が飛び出す。
「くッ」
慌てて後を追うハリー。
途中でザックを投げ捨てて身軽になり、加速する。
* * * * *
三人の様子を見ていたキキが、やや離れていた場所にいるマリオに近づく。
「あのボスは合体分離型なんです。あのサイズあのスピードで。信じられないでしょうけど事実です。下で一度戦ってますから」
キキはマリオには敬語で話すらしい。
「それで?」
マリオはなぜわざわざそんな解説を自分に聞かせるのか、と訝っている様子。
「ヤンから伝言です。分離したら一体任せるそうです」
「なに?」
反射的に「無理だ」と言いそうになるのを辛うじて堪えたマリオ。
オレに出来ると思っているということか。
「もし難しければジーグさんも一緒に、と」
キキが言いながら視線をジーグに向けると、ジーグは「え、オレ?」という顔で自分を指差す。
「なにが難しければだ、舐めんじゃねぇぞ」
「ではお願いします」
キキが静かに笑って軽く頭を下げたので、マリオはもう後へ引けなくなってしまった。
キキが離れていくと、ジーグが近寄ってきてマリオに耳打ちをする。
「おい、大丈夫なのか」
「知るか。ヤンに聞け」
「ははは。じゃあ及ばずながらオレも手伝うよ」
「及ばねぇならいらねぇぞ」
「馬鹿野郎、謙遜に決まってるだろ」
「馬鹿は余計だ」
「はいはい、悪かったよ」
ジーグのおかげでマリオの緊張もだいぶ落ち着いていた。
* * * * *
「どうも、ロックさん」
「ああ、お前か」
今度は七騎士のロックの傍で話しかけるキキ。
またヤンのお使いなのか。
トライガー戦の方はというと、ハリーが前面で壁役をしながら注意を引き、左右からヤンとジュノ軍曹が主にボディを狙ってパンチを加えていた。
あそこまで超スピード&超近接戦に持ち込むと、三つの頭はほとんど攻撃にも防御にも機能せず、従って自然にハリーの方に矛先を向けざるを得なくなるようだった。
厄介なブレスもハリーがシールドでしっかりブロックしていた。
「お前は行かなくてよかったのか」
ロックがキキに尋ねると、キキは少しだけ寂しそうに笑って頭を振った。
「ロックさんはやりたいですか」
「いや、御免被るね」
今度はロックが頭を振る番だった。
「ところであいつは……ヤンはあれで何パーセントぐらいなんだ?」
思わず「聞いてしまった」とロックは後悔しかけたが半分開き直ってもいた。
「さぁ、オレにもわかりません。まだ半分以下じゃないですか」
唖然として口を開いたままキキを見てしまうロック。
「オレたちに付き合ってくれてたんだな」
「ええ。ずっとそんな感じでしたね。上層に来てからはそれも大変そうでしたけど」
「あれはどうしたんだ。上に何かあるのか?」
やはり七騎士側でも多少は話題になっていたのかもしれない。
「父親がいるみたいです」
キキよ、そんなことまで言ってしまって大丈夫なのか。
後でヤンに怒られても知らないぞ。
「……確かエルとかいう案内人だったか」
「やっぱり知ってるんですね。さすが」
「まぁそれはうちの諜報部が頑張っただけでオレたちの手柄じゃない」
「エルさんの過去についてはどの程度?」
「いや、その辺は今回の攻略に無関係だから調査の対象外になっていたようだな」
「そうですか……」
「ああ、でもエルが最後に担当したパーティ……深淵とか言ったか。あれについては怪しい点があるからと継続調査対象になっていたぞ」
ロックもそんなことまで言ってしまって大丈夫なのか。
後ろでロスティが睨んでいるようだが。
「怪しい点とは」
「迷宮外での活動に不審な点があったらしいな。詳しくは知らんが」
「なるほどわかりました。ありがとうございます」
「そろそろ頃合いだな」
ロックが指差した方向を見ると、ハリーが刺突のチャージ体勢だった。
* * * * *
ドムッドムッ!
左右から同時にクソ重たいパンチを腹部に叩き込まれたトライガーは四肢を踏ん張りつつも、三つの頭をピクピク痙攣させて悶絶。
意図してか偶然か、所謂ハートブレイクショット的な効果をもたらしたようだ。
ハリーが例の構えに入ったと見た瞬間にジュノ軍曹は合図をもらって、ヤンの動きに合わせたのだった。
両側から挟み込まれるように打ち込まれて尚、臓器が無事だったのはさすがは上層屈指の難関ボスといったところか。
「シュッ!」
ハリーの口から鋭い呼気が発せられ、刺突レベル5が放たれた。
当然その瞬間にはヤンもジュノ軍曹も後ろに飛んで距離をとっていた。
ボゴァァァッ!!
「クソッ!」
思わずハリーが悪態を吐く。
外したのだ――。
いや、正確には「急所を」外した。
トライガーが恐るべき危機察知能力でまだ完全には自由がきかないはずの巨体を僅かにズラしたのだった。
しかしそれでも大きなダメージは与えた。
トライガーの左胸前が大きく抉れ大量の血が溢れ出す。
左前脚に力が入らなくなったトライガーは、そのまま左から地面に倒れ込むかのように体勢が崩れたが、その瞬間ピカッと光を放つ。
「来るよ!!」
ヤンが叫ぶ。
光の残像がまだ網膜に残っている段階で、大きな影が飛び出す気配。
バゴォォォッ!
分離したヘルライガー青をヤンが思い切り殴り飛ばすと、ちょうどダッシュしたばかりのマリオとジーグの目の前に飛ばされてきた。
「おおおおおおおおッ!」
マリオがダブルバスターソードを抜いて振り回しながら突撃。
まだ体勢を立て直し切れていないヘルライガー青の腹部に渾身の斬撃を食らわせる。
ガッ!
バスターソードが腹の肉にめり込んだまではいいが、そこで剣が止まってしまった。
「くそっ」
すぐにもう一本を叩きつけるとその反動で剣を抜くマリオ。
直後にヘルライガー青は冷気を全身に纏い、氷属性の魔力を放出し始めた。
「引けマリオ!」
ジーグの言葉で後方ジャンプしたマリオ。
体の前でXに重ねたバスターソードから冷気が手に伝わってきていた。
見るとバスターソードの表面に薄く氷が張っていた。
ヘルライガー青のいる辺りの地面も表面が完全に凍っている。
「ちぃっ」
思ってた以上に厄介なのを認識したマリオは腹を据える。
「出番よ!」
ナラクが嬉々として飛び出そうとした瞬間、ヘルライガー黄の前に立ちはだかったのはリンだった。
「ちょっとォ、アタシの獲物よォ~!」
野次を飛ばすが、実際にはもう諦めていたナラク。
ロックも構えた魔導弓をすぐに下ろしていた。
「こいつは私がもらう」
リンの呟きはしかし誰にも聞こえていなかった。
「天城流奥義……鎌鼬ッ!」
一歩踏み出すと同時に上段から真っ直ぐ下に振り抜いたリンの刀から透明な刃が一直線に放たれた。
ズッ……。
分厚い肉によく研がれた包丁が入るような独特の音がしたかと思うと、リンの目の前のヘルライガー黄が縦に真っ二つに割れて両側に倒れた。
その見事な断面からは一滴の血も流れることなく、ただきらきらと水分を纏った細胞が輝いているのみ。
そしてそのまま粒子となって消え去った。
「見たか?」
「……なにあれ」
ロックの問いに疑問で答えるナラク。
「今のって風魔法じゃないの? 剣から出したよね?」
ロスティもわけがわからず驚いている様子。
「ひゅ~っ。やべぇなあの女」
マルスも感嘆。
隣でレオナルドも険しい顔でじっとリンを見つめていた。
「ちょっと局長! オレの分は? 独り占めするなんて反則だろ」
そんな緊張感などお構いなしのダミアンがリンに不満をぶちまける。
「そんなものは知らん」
「知らんて、今倒したろうが! せめて半分こだろここは上司として!」
「手本を見せただけだ。上司として」
「うひゃぁ、なんだそれ。屁理屈上司ウゼェ! 次は絶対オレだからな」
既にリンは無言で歩き出していた。
「おお、リン君はすごいな」
ジーグがさきほどのリンの一撃必殺をたまたま目にして感嘆の声を出す。
「余所見すんなコラ!」
マリオが怒鳴りながら剣を奮う。
しかし渾身の力を込めた攻撃も、ヘルライガー青の毛と皮膚を突き破って肉を断つまでは届かないのだった。
(力だ、力が足りねえ。もっと腹に力を溜めて……ん? 腹……肚?)
どこかに置き忘れていた記憶の欠片に触れた。
あれは確か漆黒の探索者時代、階層突破に挑む前の演習討伐のことだった。
「肚に力を溜めるんだ。肚っていうのは腰の重心があるところだ。厳密じゃなくてイメージしやすいところでいい。エネルギーがどんどん集まって来る感じだ、わかるか?」
エルの説明だけではいまひとつピンとこないマリオだったが、それでも何度も繰り返すうちに何か下腹部が熱くなってくるような感覚になってきた。
「そうだ、いいぞマリオくん。そしたら今度はそれをどんどん大きくしながら同時に圧縮するんだ」
言っている意味がわからない。
大きくするのか小さくするのかどっちなんだ。
だが文句を言わずにやってみる。
とにかくつべこべ言わずにやってみる。
そうすれば何かが掴める。
それがエルの指導だった。
「カッカしてきたぞ」
マリオが正直な感覚を伝えると、エルはにこりとして「もっと、もっとだ」と言う。
「おわあっ、なんだこれ」
突然異質な感覚に切り替わったのでマリオが驚いて声を上げた。
「ダメだ、やめるな! そのままキープだ」
エルが珍しく鋭い声を出す。
「いいかマリオくん。今、君の力がそこにどんどん集まってきている。すごく凝縮された力だ。わかるか」
「あ、ああ、わかるぜ」
「肚の中でそいつをしっかりと捕まえておくんだ。そして今度は回転させてみよう」
「回転? なんだ、どうやるんだ?」
「しっかりイメージしなさい。今掴んでいる力の塊があるだろう。それをひとつの方向にぐるぐる回転させるんだ。ドリルみたいに」
「ドリル?」
「そうだ、ドリルだ。わかるだろう」
「ドリルはわかるが、こいつを回すってのがうわあああッ!」
「そうだ! そのまま! そのまま回し続けろ!」
また新たな感覚に襲われてパニクりかけるマリオに、エルが真剣に声をかける。
「いいぞマリオくん、そのままだ。ドリルを回せ。それを維持しながら戦うんだ」
(ドリルか……)
こんな時に何を思い出したんだオレはと思いながらも、あの時の感覚を手探りでやってみる。
(たしかこう……違う! こうか? ……こうだ!!)
ギュルルルル
マリオの耳には確かに聞こえた。
ドリルの回転音が。
そしてかつては共にあった、懐かしい感覚が今自分の中に戻ってきたのを感じた。
「え?」
「どうしたの、ヤンくん」
珍しくヘンな声でヤンが止まった。
一瞬自分が何かしたのかと思ったが、別にただヘルライガー赤を倒しただけでおかしなことは何もしていないはず。
あ、もしかして倒しちゃいけなかったの?
ジュノ軍曹がヤンの顔を覗き込むと、ものすごくニヤけた顔をしていた。
「ヤンくん?」
ちょっと怖くなったジュノ軍曹は恐る恐るといった感じでヤンの顔の前で手を振る。
「ドリルだ」
「え?」
ドリルイコール円と理解しているジュノ軍曹は慌てて周囲を探る。
するとヘルライガー青と戦っている人から確かに「気」の動きが感じられた。
「マリオ……」
ジーグは突然豹変したマリオの姿を目の当たりにして感動と安堵に包まれていた。
もちろんしっかり動きながら、だが。
ダンシングマリオの復活だった。
さっきまではまだ剣の重さを感じさせる動きだったマリオだが、今や両手に持っているのは羽根かと思わせるくらいの軽やかさであり、逆にそのまま宙に浮いてしまうのではないかというほど「舞って」いるのだった。
ザシュッ! ザシュッ!
マリオが舞う度にヘルライガー青の体から鮮血がほとばしる。
冷気をものともしないのはマリオ自身が炎を纏っているからだった。
二本のバスターソードと自分自身に【火属性付与】し、更に【火生成】で火を放つことでファイヤーマリオとなるのだ。
この自分への属性付与はエルからドリルを教わってから出来るようになった技で、セルフエンチャントとマリオは言っていたが、普通の人間がやると普通に火だるまになるだけなので絶対におすすめしないやめておけ。
この炎で地表の氷も溶かしてしまうので、足場の悪さも解消されているのだった。
そして決め手はエリンコヴィッチ准尉でお馴染みの【連撃破】だ後はわかるな。
踊る、斬る、連撃、燃やす
四つの要素を最大級の重量感と最速の動きで行い、最前線であらゆるものを薙ぎ払うのが「重戦車」マリオ。
いったいお前には異名が幾つあるんだ?
興が乗ってきたマリオにはもはや氷のブレスもほとんど無意味。
既に【身体強化】レベル1と【加速】レベル5も発動済み。
踊る踊るマリオ。
どんどん速く、どんどん強く。
ついにはヘルライガー青の左後ろ脚を両断。
そのままの勢いで左前脚も両断。
横に倒れたヘルライガー青の残りの脚も斬り飛ばすと、最後に大きく飛びあがって高速回転しながら、ヘルライガー青が断末魔代わりに放ったブレスをまともに浴びながらも、そのまま降下した勢いで首を切断。
部位破壊ボーナスがあるなら経験値が増えるはずだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!}
マリオ全身全霊の雄叫びがフィールドに響き渡った。
* * * * *
「それじゃ、次行くよー!」
階層突破を達成した直後にも関わらず、せっかちなヤン。
時間的にはここで少し早めのキャンプを設置してもいいくらいなのだが、もちろんそんな選択肢は存在しないかのように先へ進むの一択。
「ちょっと待ってくれ」
ゲイルがヤンに走り寄ってその腕を掴む。
ヤンがすぐにも走り出しそうとしていたのを慌てて止めたのだった。
「なに? 休憩必要?」
ややイライラしたように思えるヤンの様子。
「いや、聞いてくれ。オレたちはここまでだ。この先はついていく自信がない」
はっきりと実力不足を告げるゲイル。
一階層ずつゆっくりじっくり攻略するならまだやれる。
だが、少しでも先を急ごうとするヤンについていくのはもう限界だった。
普通に全力で走ってもどんどん置いて行かれそうになるのだ。
この先更に厳しくなるであろう上層の地形や魔物を相手に、そんな状態で臨むのは自殺行為だった。
万が一はぐれて孤立するようなことになったら万事休す、なのだ。
パーティのメンバーの安全のためにも、ゲイルは決断するしかなかった。
「……ごめん、ゲイルさん」
ヤンも察してくれたのか、いきなり謝罪の言葉。
「いや、お前が謝ることじゃない。これはあくまでオレたちの問題だ。さっきのボス戦も結局見てるだけだったしな。お前はお前のやれる事を全力でやってくれ、ヤン!」
両手をヤンの肩に乗せて、ぐっと力を込める。
結構本気でやったのにやはりヤンはびくともしなかった。
「リーダー、オレは行くよ」
いつの間にかキキが隣に立っていた。
「ああ、わかってる。オレからも頼もうと思ってた」
ゲイルはキキを見てニカッと笑うと、再びヤンの目をまっすぐ見る。
「頼むヤン、キキを連れていってくれ。こいつはオレたちと違ってまだやれる。役に立つはずだ」
「いいの?」
ゲイルとキキを交互に見ながら尋ねるヤン。
「ああ」
「もちろんだ」
二人が同時に返事をする。
「わかった。キキ兄ちゃん、よろしく」
「お手柔らかにな、ヤン」
二人が握手を交わすのを見てゲイルは胸が熱くなった。
「キキー、頼むぞー!」
「おれたちの分もヤンに恩を売っといてくれ」
「気を付けてなー」
セインズの三人が後ろの方から大声でキキに声をかけてくる。
片手を挙げてそれに応えるキキ。
「気にするなヤン。オレたちはこれでも結構満足してるんだ。お前のおかげだ、ありがとう」
「ゲイルさん……」
さすがのヤンもややしんみりとした様子でゲイルとセインズメンバーに視線を送る。
「次はもっとビシバシ鍛えてくれよな! 絶対だぞ」
バシッと背中を叩いて早く行け、と促すゲイル。
どうやらまたこんな無茶をやらかす気満々のようだった。
「うん! じゃ行ってくる」
「リーダー、行ってきます」
走り出したヤンとキキたちの背中を見送りながら立ち尽くすゲイル。
間もなくアーロンとエースとセイラがやってきてゲイルの体にそれぞれワンタッチ。
みんないい笑顔だった。
そうだ! 何も恥じることなんかない。
オレたちはやったんだ!
とうとうなったんだ。
階層突破者に!!
これでセインの息吹の名前は永久に塔の歴史に刻まれたのだった。
(同時に七騎士の名前も、だが)
「で、これからどうすんだお前たち」
いきなり背後から声をかけられて驚くセインズの四人。
ヤンたちが走り去った方角からダミアンがひとりだけ戻ってきたのだった。
「な、なんでいるんだよ」
ゲイルが裏返った声で尋ねると、ダミアンは面白くもないといった顔で大きく溜息をついた。
「一応護衛ってことになる。一緒に残れって師匠に言われたんだよ。ったくオレだってもっと上まで行きたかったのによぉ」
右足でドンと地面を踏みつけるダミアン。
セイラとアーロンがびくっとする。
普通の冒険者なら同じ反応をするだろう。
ダミアンもこう見えて一応保安局の人間なのだ。
冒険者にとって保安局は警察……というより公安みたいな存在だから基本おっかないんだよ。
「んじゃダミさん、オレらのために削り役やってくれない?」
ぬけぬけと頼み事をするとはいい度胸だなゲイルよ。
「あーパス。全部倒してくれってんなら考えなくもないが」
少しは怒るのかと思いきや余裕のダミアン。
この男も一体どこまで強くなったのだろうか、と値踏みするようにゲイルはその姿を見つめていた。
「リーダー、冗談はその辺にして作戦会議をしよう。キキもいないしフォーメーションから考えないと」
エースが冷静に進行役を買ってでる。
階層主を倒したばかりのこのエリアなら、しばらくのんびりしていても魔物が出る心配はないのでブリーフィングにはちょうど良いのだった。
「そんなのは昔に戻せばいいだけだろ。さんざんやってきた形だ。何も考える必要はない」
ゲイルも一応それなりに考えてはいるのだった。
「そうだとしてもちょっと休もう。小腹が減った」
アーロンが提案すると、セイラも乗っかってそうだそうだと繰り返す。
「それならホレ。師匠から預かってきたモンがある」
ダミアンがパンの入った袋をアーロンに放り投げる。
「おお、さすがヤン!」
袋を開けながら感謝の言葉を口にするアーロン。
「おいアーロン、オレにもくれ」
セイラが横から袋に手を入れる。
「待てよ今出すから」
アーロンがセイラの手をどけようとするが、セイラは袋の中でパンを掴んで引っこ抜くとそのまま噛みちぎる。
「うめぇ!」
アーロンは諦めて残りのパンをゲイルとエースにひとつずつ配って、自分もひとつ手にとる。
「あ、もう一個あるみたいだけど」
「よこせっ!」
アーロンがダミアンに向かって袋を持ち上げたところへセイラがそれを奪い取る。
「おい! いい加減にしろセイラ!」
温厚なアーロンもさすがにキレた。
「いいよいいよ、食わせとけ。オレはいいから」
ダミアンは呆れながら固辞する。
「あぁなんかすまん。うちのメンバーがガサツで」
ゲイルが謝る。
「面白くていいじゃねぇか。くははは」
本当に面白そうに笑っていたのでゲイルもそれ以上は言わなかった。
同行者が増えるのは想定外だったが、ここからセインに戻る道中もできるだけレベルアップしとかないとな、と帯を締め直すゲイルだった。
ギルドに報告すべきことも山のようにあった。





