2 中谷さんが繋ぐ
その嵐君はゆっくりとしたペースでとある本のページを捲っていた。一見、文庫本のように見える絵本の「瞳の奥の虎」。嵐君が全健忘を起こす前、私が何度も嵐君に読み聞かせをした本だ。今は他の絵本と一緒に嵐君に貸している。
私は嵐君のベッドの端に勝手に腰掛ける。
「嵐君、その絵本、気に入った?」
「うん、でも、なーんかしっくりこなくて」
「しっくりこない?」
「うん」
……もしかして、私の読み聞かせじゃなくて自分で読んでいるから?
私は何だかそわそわした気持ちで嵐君に言った。
「ねぇ、嵐君。読み聞かせ、してあげようか?」
「え、中谷さんが?」
「これでも朗読には自信あります」
「うーん、そうだなぁ……ここじゃ気恥ずかしいな」
そう言って、嵐君は少し頬を赤らめた。以前の嵐君ならしなかった反応だ。以前の嵐君だったら大人しく読み聞かせられるか、照れながら私の提案にツッコミを入れてたんじゃないかな。ここでかよ、とか。
──今の嵐君は私の知り合った嵐君じゃないんだな、と改めて実感すると寂しい。
以前の嵐君は温かい人だった。私にすごく優しかった。私のわがままも泣き虫も、全部全部、頭を撫でて、抱き締めて受け止めてくれた。
だけど、今は……。
もしかしたら、を期待してそわそわしてしまった自分が情けない。全健忘を起こして全てを忘れた今の嵐君には、そんな期待をしちゃいけないのに。私は一人でもしっかりしてなきゃいけないのに。でも、嵐君に甘えたいよ……。
つい涙目になってしまった私を見て、嵐君は驚いた顔をした。駄目だな、私。嵐君の前では泣かない、そう決めていたのに。




