4 中谷さんの小さな図書館
ノックも無しに院長がここ──中谷さんの病室の扉を開けた。院長は汗だくだ。何処から走ってきたのやら。患者同士での噂では院長は高血圧らしいが、こんなに無理をして大丈夫なのだろうか。
院長が、はぁ……と息をつく。
「雨宮君、君は最近、こんなことばかりだな」
「好きでなってるわけじゃないッスけどね……」
「そろそろ、全健忘の時期なのかもしれん」
「は……?」
渋い顔をして言った院長の言葉が、呑み込めなかった。全健忘……?それって、言葉通りなら自分のことも周りのことも全部忘れるってことだよな。中谷さんのことも。そんなの困る。今の俺が消えたら、誰が中谷さんにツッコミを入れるんだよ。泣き止ませる為に頭を撫でるんだよ。抱き締めるんだよ。今の俺が消えるなんて、絶対にあっちゃいけないことだ。
しかし、院長は残酷な現実を俺に突き付けてくる。
「……雨宮君。これで三度目だ。君は過去に二度、今と同じ状態になり全健忘を起こしている。全健忘を起こしたという記憶も時間と共に失われているようだ。今の自分で居られるうちに悔いのない行動をしなさい。それから、」
院長はそこで言葉を区切り、慈愛の籠もった目で俺を見た。
「無理を言うようだが、どんなに時間が掛かってもいい、必ず記憶を取り戻して今の君に戻りなさい。君はもう一人じゃないんだ、君が居ないと中谷さんが困るんだからな」
情けない。情けないけど、何か涙が溢れてきたんだけど。中谷さんも泣き出す。
……じゃあ、たまには俺も中谷さんに甘えようかな。さっきの絵本を何度も読み聞かせてほしい。他の絵本も。もう中谷さんが読み聞かせしてくれるなら、何でもいい。傍に居たい。




