いとこと私
約一月ぶりです。
叔父と初めて会ったあの日から数日後、宰相である叔父の休みの日に父と母と兄と私の四人―――と護衛のみなさんと共に、叔父の家であるフィルティシア公爵家に来ていた。
「ようこそいらっしゃいました、兄上、義姉上、フォルティス殿下、ライキアーナ殿下」
屋敷で出迎えてくれたのは、叔父とその妻である叔母、そしていとこである少女だ。
「紹介しますね、殿下。こちらが妻のシェリアライアです。シェリーとお呼びください」
するとすぐに、叔父が叔母をそばに呼び寄せて紹介をしてくれる。それが終わると次はいとこをそばに寄せた。
「そしてこの子が娘のルシャリナ。ルーシャとお呼びください」
「ルーシャ?」
「はじめまして、でんか。ルシャリナです。ルーシャと呼んでください」
「えっと、ライキアーナです。ライカってよんでください」
彼女が私たちのいとこか。ちっちゃいなー。まあ、私よりは大きいけどさ。でもま、仲良くなれそう。
が! ルーシャ! 兄を色っぽい目で見るな!! なんか怖い!
「あの………、お名前をうかがってもよろしいですか?」
わあ! ルーシャの目が完全に恋する乙女だ。兄、逃げて! 自己紹介とかいいから逃げて!!
「あ………、フォルティス・シエラ・ゴルティアです。小さな姫君」
って、何で兄もそんな甘い台詞吐いてんの!!
「フォルティスさま………、私のおうじさま……」
「おやおや。フォルティスは早速ルーシャと仲良くなったみたいだね。ルーシャ、ライカとも仲良くしてあげてね?」
「もちろんです、おじさま!」
さすがにそれを見かねたらしい父がルーシャに一声かけてくれるが、多分無駄。完全に恋する乙女と化したルーシャに何言っても止まらないと思う。
………………事実、ルーシャの目が微妙に怖い。ルーシャ、兄が恋しいのはわかったから、こっち睨むな。
そう思っていると、不意にパシりと音が響く。何の音かと思っていると、それは、叔父がルーシャを軽くではあるが、叩いた音だった。
「ルーシャ。殿下を睨むな。不敬にあたる」
「へ?」
「フォルティス殿下とライキアーナ殿下のほうがルーシャよりも偉いんだ。そのような方を睨むなど、不敬以外に表現方法は無い」
「ふえっ」
「シュバルツ殿下。娘が申し訳ございません。如何せん、まだ幼子。どうかご容赦お願い致します」
……すごい、叔父が完全に臣下として父を見ている。臣下として、父に許しを請うている。
そんな叔父の姿に、叔母もその横に寄り添い、頭を下げた。
だが、父はまだ何も言わない。何かを、待っているのだろうか。
「フィルティシア公爵」
「はい、殿下」
「足りんぞ」
「分かっております。――――ルシャリナ」
そうしていると、完全に主と臣下となった父と叔父が会話を進める。
そのうちで、呼ばれたルーシャは体をびくりと震わせた。
「ルシャリナ。こっちへ来なさい」
そんなルーシャに、叔父は自分の方へ来るよう言うが、体を震えさせているルーシャが動けない。
「ルシャリナ!!」
そんなルーシャに、叔父は叱責のように大きな声を上げる。そうしてようやく、ルーシャの足が動き始めた。
そして、ルーシャが叔父の横につくとすぐに、叔父はルーシャを無理やり跪かせた。
「申し訳ございません、シュバルツ殿下。娘にはよく言い聞かせますので……」
「ふむ。………ライカ、どうする? ライカが決めなさい」
「え?」
「睨まれたのはライカだ。ライカが許さないと言えば、ルーシャを罪に問うし、許すのならば、今は何もしない」
……………………………。
ねえ、父。それを私のような子供に決めさせるのはどうかと思うんだけど。
「ねえ、ライカ。ライカはルシャリナと仲良くしたい? それとも、もう嫌?」
「なかよくしたい………」
「じゃあ、許せばいいんじゃない? 次があったら、知らないけどね」
母、こあい。なんていうか、久しぶりに母の本気の恐怖を見た気がする。
「で、どうする? ミルシアの言うとおり、許すか?」
「うん」
何というか、母も怖いし、ルーシャも今日あったばっかりでそんなのも、嫌だし。
そして、私のその答えを聞いた父は、満足そうにうなずく。そしてその表情をきついものに戻して、叔父とルーシャの方へ向きなおす。
「フィルティシア公爵。ライカも言っているし、今回は許す。が、次はないぞ」
「ありがとうございます。ルシャリナ、お前も礼を言いなさい」
「あ、ありがとうございます、でんか」
………うん、父も叔父も怖いからか、ルーシャの反応が微妙だ。とりあえず、言ってみる的な感じ。
でも、ルーシャが完全に怯えてる。怯えきってる。さっきからちらちらと兄や私の方を見てる。逆に怖い。
「ルシャリナ。今後は殿下らに不敬を働かないように」
「はい……」
そんなルーシャに叔父が念を入れるものだから余計怖い。反射的に兄に隠れていた。
「おい、何なんだ」
「だって、ルーシャがこあい」
「だからって、僕に隠れるな。義母上のところにでも行け」
「かあさまも怖い」
「………義母上、こいつが何かに怯えているようですよ」
「あら、どうしたのライカ。ほら、おいで?」
って、兄! 何故に母を呼ぶ。母、呼ばないで。怖いから!
「や」
「ライカ?」
だ、だからそんな怖い目でこっち見ないで! 母、怖いから!
「やーっ!」
「どうしたの、ライカ。ほら、おいで?」
「や! にいさまがいい!!」
母が怖いから!!
「義母上、構いませんからお願いします」
って、何で私を母に引き渡そうとするの、兄!? ぎゃあっ、嫌だぁっ!!
「やだあっ!」
「あ、こら。離れろっ!」
「やだぁっ!」
とにかく必死に兄にしがみつく。離されないよう必死にしがみつく。兄が必死で足を揺らして私をはがそうとするが、子供の根性馬鹿にすんな!
「やにゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「やだじゃないだろう! いいから義母上のところへ行けっ!」
「やらあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あ、あの…………ライキアーナ殿下?」
「ぎにゃあああああああああ!」
………あ。しまった、ついルーシャから声をかけられた瞬間に叫んでしまった。そのせいでルーシャが若干逃げてる。
「ああほら、ライカ。ルーシャが怯えているよ? ルーシャとお友達になりたいのだろう? なら、お話しなさい」
そのせいで、父がにこやかにほほ笑みながらルーシャとお話するよう促してきた。
「ルーシャ、殿下とお話しておいで。不敬は働かないようにね」
「はい」
うう、ルーシャが完全に怯えてて怖い。完全に兄に隠れようとするのだが、兄はとことん逃げている。
「にっさまひどいっ!」
「ひどくない。お前が一番彼女と年が近いんだ。仲良くすればいい」
「にいさまもいっしょがいー!」
「やかましい。ほら、行って来い」
ぎゃー! 兄、背中押すなぁっ!!
「ぴぎゃーっ!!!」
結論、涙腺決壊。猛ダッシュで兄から逃げて、母に飛びついた。そして号泣し倒した。
「かあしゃま、にいしゃまがいじめるー!」
「よしよし、フォルトったらひどいわねぇ」
「ひどい~、ひどい~」
うわーん! 兄ひどいー!
―――でも、大好きだーい!!
ルシャリナはいつの日か、
ライバルになる…………かもしれない。
ならないかもしれない。