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ラスボス前の街が、はじまりの街に宣戦布告した結果――レベル93の将軍が木の棒でスライムと戦う羽目になった  作者: 出水克幸
戦争・チュートリアル編

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9/21

攻略記録その9 宝箱一個に、五千人並びました

《初心者の洞窟へ行ってみよう!》


《洞窟の奥にある宝箱を開けてみましょう!》


ヴァルハラ防衛隊長グレンは、


その文字を見た。


次に、


目の前の兵士たちを見た。


五千人。


もう一度、


文字を見る。


宝箱。


一個。


「……ミーナ殿」


「はい」


「さっきの計算をもう一度頼む」


「嫌です」


「俺も聞きたくない」


「じゃあ聞かないでください」


「だが確認は必要だ」


ミーナはため息をついた。


「宝箱は一日一回」


「ああ」


「全員が一人一回開ける必要があると仮定すると」


「ああ」


「五千日」


「ああ」


「約十三年と八か月」


グレンは遠くを見た。


十三年。


魔王軍との戦争が終わっている可能性がある。


ガルド市長が引退している可能性もある。


若い兵士なら結婚して、


子供が生まれて、


その子供が冒険者登録できる年齢に近づいていてもおかしくない。


「十三年後」


グレンが呟く。


「我々は何歳だ」


ドランが答える。


「考えない方がよろしいかと」


「そうだな」


《洞窟へ向かいましょう!》


黄色い矢印が、


容赦なく西を指した。


「行くしかないか」


ミーナが言う。


「まず四人くらいで確認しましょう」


「なぜ四人」


「初心者の洞窟は、だいたい四人くらいで入る場所なので」


グレンが五千人を見る。


「残り四千九百九十六人は?」


「待機」


五千人の軍隊が、


たった一個の初心者用宝箱のために待機する。


歴史上、


かなり情けない軍事行動だった。


――――


リスタ西部。


《はじめての洞窟》。


名前からして、


完全に初心者向けだった。


入口には看板。


《推奨レベル 1~5》


グレン。


レベル七十八。


ドラン。


レベル七十一。


槍兵。


レベル六十七。


重装兵。


レベル六十九。


四人は看板を見上げた。


「……入っていいのか?」


グレンが聞いた。


ミーナが答える。


「禁止はされてません」


「推奨レベルを七十以上超過している」


「推奨ですから」


「最近その言葉が信用できなくなってきた」



《おすすめクエスト》を必須だと思い込み、


五千人でスライムの順番待ちをしかけたばかりである。


言葉は、


よく読まなければならない。


それをレベル七十八になってから学んでいる。


「行くぞ」


グレンたちは洞窟へ入った。


後ろから、


ミーナもついてくる。


「お前も来るのか」


「案内役ですから」


「危険では?」


「推奨レベル五ですよ?」


もっともだった。


洞窟の中は、


暗くなかった。


壁にランプ。


足元も平ら。


分かれ道もない。


グレンが周囲を見る。


「一本道か」


「初心者さんが迷子になりますから」


「洞窟で道に迷うことを覚えるのも冒険では?」


「最初から心を折ってどうするんですか」


それも正しい。


少し進む。


道の中央。


木箱が置かれていた。


グレンが止まる。


「罠か」


「違うと思います」


「なぜ洞窟の中央に木箱がある」


「初心者用なので」


「説明になっているようで何も説明していないぞ」


ドランが剣の柄へ手をかけた。


「私が調べます」


慎重に近づく。


木箱。


普通。


魔力反応なし。


罠なし。


呪いなし。


ドランが蓋を開ける。


中。


リンゴ。


一個。


「…………」


グレンが見る。


「リンゴだな」


「リンゴです」


「なぜ洞窟の木箱に」


ミーナが言った。


「回復用じゃないですか?」


「保存状態が良すぎる」


「初心者用なので」


「万能すぎないか、その言葉」


ドランはリンゴを戻した。


その瞬間。


ぽん。


《アイテムを見つけたら拾ってみましょう!》


ドランが止まる。


「…………」


グレンが言う。


「取れ」


「いりません」


「俺もいらん」


「携帯食料は十分あります」


《リンゴを拾ってみましょう!》


ドランはリンゴを見る。


「この世界は」


低い声で言った。


「不要な物を持たない自由すら認めてくれないのですか」


ミーナが呟いた。


「チュートリアル中の寄り道って、だいたい寄り道じゃないんですよね」


「何だそれは」


「こっちの話です」


ドランはリンゴを取った。


ぱあっ。


《リンゴを手に入れた!》


「嬉しくない」


《少し体力を回復できます!》


「満タンです」


グレンが肩へ手を置いた。


「分かるぞ」


二人の間に、


奇妙な友情が生まれた。


――――


少し進む。


突然。


道の前後から、


ゴブリンが飛び出した。


三匹。


前。


二匹。


後ろ。


「挟撃!」


ドランが剣を抜く。


グレンも構える。


その瞬間。


洞窟の前後に、


鉄格子が落ちた。


ガシャン!


「閉じ込められた!」


ミーナが叫ぶ。


グレンが周囲を確認する。


敵。


五匹。


逃げ道。


なし。


「なるほど」


グレンの顔が戦士へ戻った。


ようやく。


彼の理解できる世界だった。


「敵を倒せば開く類だな」


「たぶん」


ゴブリンが襲いかかる。


グレンは大剣へ手をかけ――


止めた。


初心者洞窟。


木人を一撃で空へ飛ばした経験が、


頭をよぎる。


「……素手でいいか」


ミーナが頷く。


「洞窟を残したいなら」


グレンは拳を握った。


ぺち。


ゴブリンが倒れる。


ドラン。


ぺち。


槍兵。


ぺち。


重装兵。


ぺち。


五匹目。


ぺち。


全滅。


五人は、


鉄格子を見る。


開かない。


「…………」


グレンが言った。


「終わったぞ」


開かない。


ドランが周囲を見る。


「もういません」


開かない。


ミーナの眉が寄る。


「こういう時は」


「何だ」


「一匹どこかに残ってます」


「五匹倒した」


「でも開かないので」


全員が洞窟を見る。


岩。


木箱。


壁。


天井。


何もいない。


一分。


二分。


グレンが苛立つ。


「敵の気配はない」


ミーナがしゃがんだ。


木箱の裏を見る。


いない。


岩陰。


いない。


すると。


重装兵が、


天井を見上げた。


「隊長」


「なんだ」


「いました」


天井の隅。


小さなコウモリ。


一匹。


逆さにぶら下がっている。


誰も襲ってこない。


ただ、


寝ている。


「……あれも?」


ミーナが頷いた。


「敵扱いみたいですね」


グレンが拳を握る。


「攻撃してこないぞ」


「でも残ってます」


「寝ているぞ」


「残ってます」


グレンは天井を見る。


コウモリ。


すやすや。


鉄格子。


閉じたまま。


「起こすのか」


「倒さないと進めなさそうですね」


「かわいそうでは?」


ミーナが、


グレンを見た。


「竜を四匹倒した人の台詞とは思えませんね」


「竜は襲ってきた」


「成長しましたね」


「何がだ」


結局。


ドランが石を軽く投げた。


こつ。


コウモリが落ちた。


《敵を全て倒しました!》


ガシャン。


鉄格子が開く。


グレンは、


倒れたコウモリを見た。


「……釈然としない」


ミーナが言った。


「全滅させるまで先へ進めない場所って、最後の一匹探す時間が一番長かったりするんですよ」


「なぜそんなことを知っている」


「受付に苦情が来るので」


納得できた。


――――


さらに進む。


道が、


妙に長くなった。


敵が出ない。


箱もない。


罠もない。


ただの一本道。


グレンの足が止まる。


「……嫌だな」


ミーナが聞く。


「何がです?」


「急に何も出なくなった」


ドランも頷く。


「私も嫌な予感がします」


しばらく歩く。


その先。


小さな泉。


隣には看板。


《疲れたら休もう!》


グレンが泉を見る。


水は澄んでいる。


魔力が満ちている。


「回復泉か」


「そうですね」


「そして、その先だけ道が広い」


「そうですね」


「扉が大きい」


「そうですね」


「壁の装飾も急に豪華になった」


「そうですね」


グレンはミーナを見る。


「いるな」


「いますね」


「何が」


「ボスです」


扉を開ける。


広い部屋。


中央。


巨大な青いスライム。


普通のスライムの、


五倍ほど。


《おおきなスライム》


推奨レベル。


《5》


グレンが黙った。


大きなスライムも、


グレンを見た。


ぷるん。


「これがボスか」


「初心者にとっては」


「なるほど」


グレンは、


少し考えた。


今までなら、


鼻で笑っていただろう。


だが。


この数日。


薬草。


木人。


初心者冒険者。


色々見た。


レベル一にとって、


これは確かに恐ろしい敵なのだろう。


グレンは大剣を抜かなかった。


「ドラン」


「はい」


「手加減するぞ」


「はい」


ミーナが少し笑った。


以前なら、


「一撃で終わらせればいい」


と言っていたはずだ。


四人は、


おおきなスライムを囲んだ。


ぺち。


ぷるん。


ぺち。


ぷるん。


ぺち。


ぷるん。


最後。


グレン。


ぺち。


スライムが倒れた。


《ボスを倒しました!》


グレンが呟く。


「……時間がかかった」


「全部一撃で消すよりは洞窟に優しいです」


「冒険者の評価としてどうなんだ、それは」


奥の扉が開く。


その向こう。


小さな部屋。


中央。


宝箱。


一個。


全員が止まった。


ついに。


十三年八か月問題の原因と、


対面した。


――――


宝箱は、


ごく普通だった。


木製。


鉄枠。


鍵なし。


グレンが近づく。


「俺が開ける」


「待ってください」


ミーナが止めた。


「何だ」


「まず確認しましょう」


「何を」


ミーナは、


目の前に浮かんでいる文章を指さした。


《洞窟の奥にある宝箱を開けてみましょう!》


「《宝物を手に入れましょう》じゃないですね」


グレンが見る。


確かに。


《開けてみましょう》。


それだけ。


「だから?」


「開けるだけでいいんじゃないですか?」


「……中身を取らずに?」


「試す価値はあります」


グレンが宝箱へ手をかける。


ゆっくり。


開く。


ぱか。


中。


初心者用回復薬。


一個。


十ゴールド。


そして。


ぱあっ。


《宝箱を開けました!》


《洞窟探索成功!》


グレンの目が見開かれる。


「……終わった」


ミーナも驚く。


「終わりましたね」


「中身を取っていない」


「はい」


「取らなくてもいい」


「文章どおりなら」


グレンが、


宝箱の蓋を見る。


閉める。


ぱたん。


宝箱。


そのまま。


消えない。


グレン。


ミーナ。


ドラン。


全員が、


宝箱を見る。


グレンが言った。


「ドラン」


「はい」


「開けろ」


ドランが開く。


ぱか。


《宝箱を開けました!》


《洞窟探索成功!》


ドランが固まった。


「……終わりました」


「閉めろ」


ぱたん。


槍兵。


開く。


ぱか。


《洞窟探索成功!》


閉める。


重装兵。


ぱか。


《洞窟探索成功!》


沈黙。


ミーナが、


ゆっくり宝箱を指さした。


「これ」


「うむ」


「中身を取らない限り」


「ああ」


「何回でも開けられます」


グレンの目が、


鋭くなった。


「五千人」


「はい」


「いける」


十三年八か月が、


突然、


数時間になった。


ミーナが頭を抱えた。


「こんな攻略法でいいんですかね……」


グレンは言った。


「書いてある通りやっただけだ」


「そうなんですよね」


「中身を取れとは書いてない」


「そうなんですよね!」


ミーナは、


初心者用回復薬を見た。


そこにある。


誰も取らない。


宝箱も消えない。


攻略法。


どうやら、


人間が思っているほど、


目的を理解してはいない。


決められた条件。


それだけを見ている。


ミーナの表情が、


少し変わった。


「……これ」


グレンが聞く。


「何だ」


「覚えておいた方がいいかもしれません」


「宝箱を開け閉めする方法を?」


「違います」


ミーナは、


浮かぶ文字を見る。


「書いてある条件と、本当にやらせたいことが」


一瞬だけ間を置く。


「同じとは限らない」


グレンは黙った。


「つまり?」


「攻略するときは、文章をちゃんと読む」


「初心者向けの教訓だな」


「今、レベル七十八が覚えましたけど」


「言うな」


――――


問題は、


洞窟を出た後だった。


「全軍!」


グレンが叫ぶ。


五千人が整列する。


「宝箱は中身を取るな!」


兵士たちがざわつく。


「開けるだけだ!」


「はっ!」


「開けたら閉めろ!」


「はっ!」


「次の者へ譲れ!」


「はっ!」


ドランが補足する。


「洞窟内の敵は最初の隊が処理済み! 不用意に触るな!」


「はっ!」


ミーナが手を挙げる。


「一つ問題があります」


グレンが嫌そうに見る。


「今度は何だ」


「洞窟、四人くらいで入る想定です」


「知っている」


「五千人が順番に入ると」


「何時間だ」


「かなり」


グレンは考える。


軍隊。


五千人。


一本道。


宝箱。


一個。


「……流れ作業にする」


ミーナが嫌な予感を覚える。


「流れ作業?」


「入口から一列」


「はい」


「歩き続ける」


「はい」


「宝箱へ到着」


「はい」


「開ける」


「はい」


「閉める」


「はい」


「別の出口は?」


「奥にあります」


「なら止まる必要がない」


ドランの顔が明るくなる。


「なるほど!」


兵士たちが、


一列に並び始めた。


ミーナは洞窟を見る。


一本道。


敵を全滅させないと進めない区画。


ボス部屋。


宝箱。


出口。


そして五千人。


「あ」


「何だ」


「これ」


ミーナは呟いた。


「完全に横スクロールですね」


グレンが眉を寄せる。


「横?」


「いえ。何でもありません」


――――


作戦開始。


一番。


入る。


歩く。


二番。


入る。


三番。


四番。


五番。


規則正しく進む。


最初の戦闘区画。


敵は、


いない。


鉄格子も開いたまま。


次。


長い通路。


回復泉。


全員無視。


ボス部屋。


おおきなスライム。


いない。


宝箱。


ぱか。


ぱたん。


次。


ぱか。


ぱたん。


次。


ぱか。


ぱたん。


《探索成功!》


《探索成功!》


《探索成功!》


五千人の軍隊が、


宝箱を開けては閉め、


開けては閉め、


開けては閉める。


宝箱係の修理老人が、


心配そうに見ている。


「蝶番が先に死ぬぞ」


誰も答えなかった。


五百人。


ぱか。


ぱたん。


千人。


ぱか。


ぱたん。


千五百人。


ぎい。


ぱたん。


二千人。


ぎぎ。


ぱたん。


老人の顔色が変わる。


「待て」


二千五百人。


ぎぎぎ。


ぱたん。


「待てって!」


三千人目。


兵士が、


蓋へ手をかける。


ぱか――


バキン。


蝶番が、


取れた。


宝箱の蓋が、


兵士の手に残った。


沈黙。


《宝箱を開けました!》


ぱあっ。


《洞窟探索成功!》


兵士は、


蓋を持ったまま振り返る。


「……成功しました」


老人が叫んだ。


「宝箱は失敗してるわ!!」


ミーナが額を押さえる。


残り。


約二千人。


宝箱。


蓋なし。


グレンが聞いた。


「蓋を戻せるか」


老人が怒鳴る。


「今まで三千回開け閉めする想定で作ってねえよ!」


もっともだった。


そして。


蓋を失った宝箱を前に、


次の兵士が立った。


《宝箱を開けてみましょう!》


兵士は、


箱を見る。


開いている。


「…………」


ミーナも見る。


グレンも見る。


全員、


同じことを考えた。


開いている宝箱は、


開けられない。


ミーナが呟く。


「……詰みましたね」


グレンが叫んだ。


「またか――――!!」


その瞬間。


洞窟の外から、


凄まじい馬の足音が響いた。


誰かが叫ぶ。


「伝令――!」


兵士が飛び込んでくる。


「グレン隊長!」


「今度は何だ!」


「ガルド市長が!」


グレンの顔が固まる。


「……市長が?」


「救出部隊五千名まで帰還しないため!」


ミーナが嫌な予感しかしない顔になる。


伝令兵が叫んだ。


「ご本人が、こちらへ向かっています!」


沈黙。


グレン。


ドラン。


五千人。


ミーナ。


全員が、


東の方角を見た。


終焉都市ヴァルハラ市長。


ガルド・バルバロッサ。


リスタ来訪歴。


当然。


ない。


ミーナが、


小さな声で言った。


「……また一人増えますね」


グレンが両手で顔を覆った。


初心者チュートリアル。


参加予定者。


五千六人目。


今度は。


この戦争を始めた本人だった。

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