攻略記録その8 強すぎて、三回殴れません
《木人に攻撃を3回当てよう!》
進行度。
《2/3》
ヴァルハラ兵は、
空を見上げていた。
ついさっきまで目の前にあった木人が、
ない。
遠い空の彼方で、
小さな点になっている。
初心者訓練用木人。
推定飛距離。
不明。
「…………」
兵士は自分の拳を見る。
「あと一回なんです」
ミーナが答えた。
「そうですね」
「あと一回だけ」
「はい」
「なのに」
兵士は空を指さした。
「相手がいません」
「吹っ飛ばしましたからね」
「戻ってきますか?」
「木人に帰巣本能はありません」
「ですよね」
その後ろ。
四千九百九十九人。
さらに。
木人。
十一体。
ヴァルハラ防衛隊長グレンは、
訓練場全体を見渡した。
「……状況を整理する」
副司令ドランが頷く。
「はい」
「兵は五千」
「はい」
「木人は十一」
「はい」
「一人につき三回攻撃を当てれば、戦闘訓練終了」
「はい」
「ただし」
グレンは、
地面に残った木片を見る。
「普通に殴ると木人が死ぬ」
「木人は生きておりません」
「今そこは重要ではない」
問題だった。
ヴァルハラ兵は、
強い。
非常に強い。
魔王城から徒歩十五分という立地で、
毎日のように竜や悪魔と戦っている。
攻撃一発の威力が、
初心者を想定して作られた木人の耐久力を、
遥かに上回っている。
つまり。
三回殴る必要があるのに、
一回しか殴れない。
強すぎるせいで。
「……ミーナ殿」
「はい」
「これは」
グレンは苦い顔で言った。
「弱い方が有利なのでは?」
ミーナは少し考えた。
「初心者向けですからね」
「強者が不利な訓練など聞いたことがない」
「今、体験してますよ」
「嬉しくない」
その時。
訓練場の端から、
一人の少年が歩いてきた。
昨日、
冒険者登録したばかりの新人だった。
木剣。
布の服。
レベル一。
少年は、
ヴァルハラ兵たちを見た。
五千人。
黒い鎧。
巨大武器。
殺気。
その中央。
初心者用木人。
少年は少し迷った。
「あの……」
グレンが振り返る。
「なんだ」
「僕も訓練していいですか?」
五千人が少年を見る。
少年が一歩下がった。
グレンはすぐに言った。
「すまん。好きに使え」
「いいんですか?」
「ああ」
兵士たちが道を開ける。
少年は木人の前へ立った。
木剣を構える。
「えい!」
ぽこん。
《1/3》
「えい!」
ぽこん。
《2/3》
「えい!」
ぽこん。
《3/3》
ぱぱーん。
《訓練成功!》
「やった!」
少年が喜ぶ。
五千人が、
無言で見ていた。
少年は首を傾げた。
「……どうしたんですか?」
誰も答えない。
新人。
三秒。
訓練終了。
ヴァルハラ精鋭。
一人。
木人を大気圏近くまで飛ばす。
グレンが呟いた。
「完璧だ」
ドランも頷いた。
「見事でした」
少年が困惑する。
「普通に三回叩いただけですけど」
グレンは言った。
「それができん」
「え?」
「我々には」
少年は五千人を見る。
さらに困惑した。
「……三回叩けないんですか?」
その言葉が、
ヴァルハラ兵たちの胸へ刺さった。
竜を倒せる。
悪魔を倒せる。
魔王軍の砦も落とせる。
でも。
木の人形を、
壊さず三回叩けない。
「隊長」
兵士の一人が言った。
「非常に屈辱的です」
「ああ」
「魔王軍に知られたくありません」
「俺もだ」
ミーナが呟く。
「序盤のチュートリアルが、終盤勢のプライドを削っていく……」
グレンが振り返る。
「今、何と言った」
「何でもありません」
――――
「力を抜け!」
グレンの号令が響いた。
五千人のヴァルハラ兵による、
史上最大規模の、
手加減訓練が始まった。
第一陣。
十二名。
木人の前へ立つ。
「武器は使うな!」
「はっ!」
「素手!」
「はっ!」
兵士たちは拳を構える。
グレンが叫ぶ。
「三回だ!」
「はっ!」
「絶対に壊すな!」
「はっ!」
「始め!」
十二人が、
慎重に拳を振る。
ぽこん。
十一体。
成功。
一体。
バキッ。
木人の首が落ちた。
「止めろ!」
グレンが叫ぶ。
兵士が固まる。
《1/3》
目の前。
首なし木人。
「…………」
兵士が言った。
「まだ一回です」
ミーナが答える。
「分かっています」
「あと二回」
「そうですね」
「首がありません」
「見れば分かります」
兵士は胴体を見た。
「胴を殴っても?」
「やめてください」
「なぜ」
「残り十体になるからです!」
修理係の老人が走ってきた。
「お前ら何してるんだ!」
「訓練です」
「訓練で訓練設備を破壊するな!」
もっともだった。
グレンは額を押さえた。
「もっと力を抜け」
「抜いています!」
「足りん!」
「これ以上抜くと攻撃になりません!」
「なら攻撃になるギリギリまで抜け!」
兵士が驚く。
「そんな細かい調整を戦場でしたことがありません!」
「今日覚えろ!」
初心者訓練だった。
少なくとも、
今朝までは。
――――
第二陣。
木人。
十体。
兵士たちは、
さらに慎重になった。
一人が、
人差し指を伸ばす。
つん。
《攻撃として認識されませんでした》
兵士の眉が動く。
もう少し強く。
つん。
《攻撃として認識されませんでした》
「……木人のくせに」
ミーナが言った。
「怒らないでください」
「判定が厳しい」
「訓練ですから」
少し強く。
こつ。
《1/3》
兵士の目が輝いた。
「入った!」
周囲の兵士まで喜ぶ。
「その力だ!」
「覚えろ!」
「今の角度!」
二発目。
こつ。
《2/3》
「あと一回!」
訓練場全体が静かになる。
兵士は、
魔王軍の将軍と対峙するかのような顔で、
人差し指を構えた。
ゆっくり。
慎重に。
こつ。
《3/3》
ぱぱーん。
《訓練成功!》
「よし!!」
五千人から歓声が上がった。
「やったぞ!」
「三発入った!」
「完璧だ!」
「壊してない!」
兵士は拳を突き上げた。
少年冒険者が、
遠くからその光景を見ていた。
「……あの人たち」
隣の新人が答える。
「すごく強いらしいよ」
「指で木人叩いて喜んでるけど」
「事情があるんだよ」
初心者たちは、
少しだけ大人になった。
世の中には、
聞かない方がいい事情がある。
――――
だが、
新しい問題が発生した。
「隊長!」
ドランが呼ぶ。
「どうした」
「このやり方では遅すぎます!」
「何人終わった」
「二十七名!」
グレンが空を見る。
太陽。
そこそこ高い。
残り。
四千九百七十三名。
「……確かにな」
一人三回。
木人を壊さないよう、
慎重に。
慎重に。
慎重に。
その結果。
一人当たり一分以上。
五千人。
木人十体。
ざっくり。
かなりかかる。
ミーナが言った。
「チュートリアルで軍の進軍が止まるって、やっぱり設計上想定されてないですよね」
「想定する方がおかしい」
「初心者向けですもんね」
「五千人で来た我々にも問題はある」
グレンは少し学習していた。
ドランが手を挙げる。
「隊長」
「なんだ」
「もっと早い方法があります」
グレンが嫌な予感を覚える。
「言ってみろ」
「三発を同時に撃ち込みます」
「同時?」
「三人一組」
ドランは兵士を三名呼んだ。
「同じ木人へ、同時に一撃」
三名が木人を囲む。
「待て」
ミーナが言った。
「何だ」
「それ、三回扱いになります?」
「試せば分かる」
「攻略法を実地で検証しないでください」
「時間がない」
三名。
構える。
「せーの!」
こつ。
こつ。
こつ。
《1/3》
三人が止まった。
グレンも止まった。
ミーナが言った。
「同時攻撃、一回判定ですね」
ドランが木人を見る。
「なぜだ」
「同時だからじゃないですか?」
「三人が攻撃した」
「でも一回のタイミングです」
「理不尽だ」
「こういう仕様です」
「仕様という言葉で全てを済ませるな!」
ミーナはちょっと傷ついた。
便利だったのに。
――――
次。
槍兵が提案した。
「連続突きならどうでしょう」
「やってみろ」
槍は危険なので、
訓練用の木棒。
構える。
一瞬。
ぱぱぱっ。
三連撃。
速い。
見事な技だった。
《1/3》
「…………」
兵士が固まる。
ミーナが木人を見る。
「速すぎて一つの技扱いですね」
グレンが眉を寄せる。
「では、間を空ける必要がある?」
「たぶん」
「どのくらい」
「知りません」
「調べろ」
「私、受付嬢です!」
結局。
三回の攻撃として認められる間隔を、
兵士たちが検証し始めた。
速すぎる。
一回。
少し遅く。
二回。
もう少し。
三回。
グレンが叫ぶ。
「覚えろ!」
五千人の兵士が、
真剣な顔で見ている。
一。
こつ。
間。
二。
こつ。
間。
三。
こつ。
《訓練成功!》
ドランの目が光った。
「これだ」
兵士たちが一斉に頷く。
「攻撃間隔を統一!」
「三発!」
「威力は木人が壊れない程度!」
「全隊へ伝達!」
命令が、
五千人へ広がっていく。
その光景を見ていたミーナが呟いた。
「コンボ練習みたいになってきた……」
グレンが聞く。
「コンボ?」
「連続攻撃です」
「最初からそう言え」
「でも連続扱いされると一回なんですよね」
「面倒だな!」
格闘術の常識と、
初心者訓練の判定が、
絶妙に噛み合っていなかった。
――――
そこから、
ヴァルハラ軍の本領が発揮された。
統率。
反復。
標準化。
終盤の軍隊が、
初心者チュートリアルを本気で攻略し始めた。
「第一列!」
こつ。
こつ。
こつ。
《成功!》
「交代!」
第二列。
こつ。
こつ。
こつ。
《成功!》
「次!」
第三列。
こつ。
こつ。
こつ。
《成功!》
一切無駄がない。
兵士が終わる。
横へ抜ける。
次の兵士。
三発。
交代。
三発。
交代。
木人十体が、
恐ろしい速度で処理を始めた。
ミーナが呟く。
「完全に周回作業になってる」
「何だそれは」
「同じことを何度も効率よくやることです」
グレンが列を見る。
「軍事訓練も同じだ」
「確かに」
妙なところで、
ゲームと軍隊の相性がよかった。
だが。
五百人ほど終わったところで、
再び問題が起きた。
一人の兵士が、
木人の前へ立つ。
構える。
一発。
こつ。
《1/3》
二発。
こつ。
《2/3》
三発目。
その瞬間。
後ろから、
別の兵士がくしゃみをした。
「へっくし!」
兵士がびくっとする。
拳が少し強くなる。
ドゴン。
木人が、
地面へめり込んだ。
《3/3》
ぱぱーん。
《訓練成功!》
兵士は喜んだ。
「成功!」
修理係の老人が叫んだ。
「成功じゃねえ!!」
木人。
頭だけ地上に出ている。
ミーナがしゃがむ。
「判定は通ってますね」
老人が怒鳴る。
「判定より木人を見ろ!」
「確かに」
「確かにじゃねえ!」
残り九体。
グレンは頭を抱えた。
「先が長い……」
その時。
遠くから、
声がした。
「戻ってきたぞー!」
全員が振り向く。
町の門。
数人のリスタ住民が、
何かを担いでいる。
長い。
木製。
見覚えがある。
空へ飛ばされた、
最初の木人だった。
「森に刺さってたぞ!」
「よく見つけましたね!?」
ミーナが驚く。
木人は、
頭から木に突き刺さっていたらしい。
ところどころ焦げている。
なぜ焦げているのかは、
誰も聞かなかった。
木人を吹き飛ばした兵士が、
駆け寄る。
「俺の!」
「お前のではありません」
兵士は木人を見る。
進行度。
《2/3》
あと一回。
グレンが言った。
「やれ」
兵士は、
ものすごく慎重に拳を構えた。
五千人が見守る。
「壊すなよ」
「はい」
こつ。
《3/3》
ぱぱーん。
《訓練成功!》
兵士は両拳を突き上げた。
「終わったあああああ!!」
今日一番の歓声が上がった。
昨日まで、
魔王軍と戦う精鋭だった。
今日。
木人を三回叩けたことを、
心の底から喜んでいる。
ミーナは思った。
チュートリアルとは、
恐ろしい。
人間の価値観を、
一日でここまで変える。
――――
夕方。
ようやく。
最後の兵士が、
木人へ三回目の攻撃を当てた。
こつ。
《3/3》
ぱぱーん。
《訓練成功!》
そして。
五千人分の案内が、
一斉に切り替わる。
《戦闘訓練をクリアしました!》
歓声。
「終わった!」
「帰れる!」
「やったぞ!」
「ヴァルハラへ帰還だ!」
五千人が、
今度こそ本気で喜んだ。
グレンも拳を握る。
「よし!」
ドランが叫ぶ。
「全軍!」
兵士たちが整列する。
「帰還準備!」
「おおおおお!!」
ミーナは、
少し離れた場所で案内板を見ていた。
嫌な予感がした。
「……あ」
グレンが振り返る。
「何だ」
「まだです」
五千人の歓声が止まった。
「何が」
ミーナは、
案内を指さした。
文字。
《戦闘の基本を覚えました!》
その下。
新しい項目。
《次は実際の冒険へ出発してみましょう!》
グレンの顔が引きつる。
《初心者の洞窟へ行ってみよう!》
沈黙。
五千人が、
誰からともなく、
西を見る。
リスタ西方。
小さな丘。
その麓に、
洞窟がある。
新人冒険者が、
初めて挑むための場所。
ミーナが説明する。
「一本道です」
グレンが聞く。
「広さは」
「四人くらいで入る想定です」
「五千人いる」
「知ってます」
「中に何がある」
「スライムと、小さいコウモリと、ゴブリンが少し」
「全部逃げるな」
「たぶん」
「目的は」
ミーナは案内の続きを読んだ。
そして。
黙った。
「何だ」
「……宝箱です」
「宝箱?」
《洞窟の奥にある宝箱を開けてみましょう!》
グレンが少し安心する。
「それだけか」
「はい」
「一人一つ?」
ミーナは、
もう一度文字を見る。
嫌な予感。
ものすごく嫌な予感。
「たぶん」
「たぶん?」
「初心者洞窟の宝箱」
ミーナはゆっくり顔を上げた。
「一個しかありません」
五千人が、
静まり返った。
グレンが聞いた。
「再び出るのか?」
「時間が経てば」
「どのくらい」
「一日一回です」
沈黙。
五千人。
宝箱。
一個。
一日一回。
グレンは計算しなかった。
計算したくなかった。
ドランも計算しなかった。
知りたくなかった。
ミーナだけが、
小さな声で言った。
「……十三年と八か月くらいですね」
グレンが叫んだ。
「帰還する頃には魔王が寿命で死んでるわ!!」
初心者訓練場に、
絶叫が響いた。
強すぎて三回殴れなかった五千人。
次に立ちはだかったもの。
魔王でも。
竜でも。
悪魔でもない。
初心者洞窟。
宝箱。
一個だった。




