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ラスボス前の街が、はじまりの街に宣戦布告した結果――レベル93の将軍が木の棒でスライムと戦う羽目になった  作者: 出水克幸
戦争・チュートリアル編

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攻略記録その8 強すぎて、三回殴れません

《木人に攻撃を3回当てよう!》

進行度。

《2/3》

ヴァルハラ兵は、

空を見上げていた。

ついさっきまで目の前にあった木人が、

ない。

遠い空の彼方で、

小さな点になっている。

初心者訓練用木人。

推定飛距離。

不明。

「…………」

兵士は自分の拳を見る。

「あと一回なんです」

ミーナが答えた。

「そうですね」

「あと一回だけ」

「はい」

「なのに」

兵士は空を指さした。

「相手がいません」

「吹っ飛ばしましたからね」

「戻ってきますか?」

「木人に帰巣本能はありません」

「ですよね」

その後ろ。

四千九百九十九人。

さらに。

木人。

十一体。

ヴァルハラ防衛隊長グレンは、

訓練場全体を見渡した。

「……状況を整理する」

副司令ドランが頷く。

「はい」

「兵は五千」

「はい」

「木人は十一」

「はい」

「一人につき三回攻撃を当てれば、戦闘訓練終了」

「はい」

「ただし」

グレンは、

地面に残った木片を見る。

「普通に殴ると木人が死ぬ」

「木人は生きておりません」

「今そこは重要ではない」

問題だった。

ヴァルハラ兵は、

強い。

非常に強い。

魔王城から徒歩十五分という立地で、

毎日のように竜や悪魔と戦っている。

攻撃一発の威力が、

初心者を想定して作られた木人の耐久力を、

遥かに上回っている。

つまり。

三回殴る必要があるのに、

一回しか殴れない。

強すぎるせいで。

「……ミーナ殿」

「はい」

「これは」

グレンは苦い顔で言った。

「弱い方が有利なのでは?」

ミーナは少し考えた。

「初心者向けですからね」

「強者が不利な訓練など聞いたことがない」

「今、体験してますよ」

「嬉しくない」

その時。

訓練場の端から、

一人の少年が歩いてきた。

昨日、

冒険者登録したばかりの新人だった。

木剣。

布の服。

レベル一。

少年は、

ヴァルハラ兵たちを見た。

五千人。

黒い鎧。

巨大武器。

殺気。

その中央。

初心者用木人。

少年は少し迷った。

「あの……」

グレンが振り返る。

「なんだ」

「僕も訓練していいですか?」

五千人が少年を見る。

少年が一歩下がった。

グレンはすぐに言った。

「すまん。好きに使え」

「いいんですか?」

「ああ」

兵士たちが道を開ける。

少年は木人の前へ立った。

木剣を構える。

「えい!」

ぽこん。

《1/3》

「えい!」

ぽこん。

《2/3》

「えい!」

ぽこん。

《3/3》

ぱぱーん。

《訓練成功!》

「やった!」

少年が喜ぶ。

五千人が、

無言で見ていた。

少年は首を傾げた。

「……どうしたんですか?」

誰も答えない。

新人。

三秒。

訓練終了。

ヴァルハラ精鋭。

一人。

木人を大気圏近くまで飛ばす。

グレンが呟いた。

「完璧だ」

ドランも頷いた。

「見事でした」

少年が困惑する。

「普通に三回叩いただけですけど」

グレンは言った。

「それができん」

「え?」

「我々には」

少年は五千人を見る。

さらに困惑した。

「……三回叩けないんですか?」

その言葉が、

ヴァルハラ兵たちの胸へ刺さった。

竜を倒せる。

悪魔を倒せる。

魔王軍の砦も落とせる。

でも。

木の人形を、

壊さず三回叩けない。

「隊長」

兵士の一人が言った。

「非常に屈辱的です」

「ああ」

「魔王軍に知られたくありません」

「俺もだ」

ミーナが呟く。

「序盤のチュートリアルが、終盤勢のプライドを削っていく……」

グレンが振り返る。

「今、何と言った」

「何でもありません」

――――

「力を抜け!」

グレンの号令が響いた。

五千人のヴァルハラ兵による、

史上最大規模の、

手加減訓練が始まった。

第一陣。

十二名。

木人の前へ立つ。

「武器は使うな!」

「はっ!」

「素手!」

「はっ!」

兵士たちは拳を構える。

グレンが叫ぶ。

「三回だ!」

「はっ!」

「絶対に壊すな!」

「はっ!」

「始め!」

十二人が、

慎重に拳を振る。

ぽこん。

十一体。

成功。

一体。

バキッ。

木人の首が落ちた。

「止めろ!」

グレンが叫ぶ。

兵士が固まる。

《1/3》

目の前。

首なし木人。

「…………」

兵士が言った。

「まだ一回です」

ミーナが答える。

「分かっています」

「あと二回」

「そうですね」

「首がありません」

「見れば分かります」

兵士は胴体を見た。

「胴を殴っても?」

「やめてください」

「なぜ」

「残り十体になるからです!」

修理係の老人が走ってきた。

「お前ら何してるんだ!」

「訓練です」

「訓練で訓練設備を破壊するな!」

もっともだった。

グレンは額を押さえた。

「もっと力を抜け」

「抜いています!」

「足りん!」

「これ以上抜くと攻撃になりません!」

「なら攻撃になるギリギリまで抜け!」

兵士が驚く。

「そんな細かい調整を戦場でしたことがありません!」

「今日覚えろ!」

初心者訓練だった。

少なくとも、

今朝までは。

――――

第二陣。

木人。

十体。

兵士たちは、

さらに慎重になった。

一人が、

人差し指を伸ばす。

つん。

《攻撃として認識されませんでした》

兵士の眉が動く。

もう少し強く。

つん。

《攻撃として認識されませんでした》

「……木人のくせに」

ミーナが言った。

「怒らないでください」

「判定が厳しい」

「訓練ですから」

少し強く。

こつ。

《1/3》

兵士の目が輝いた。

「入った!」

周囲の兵士まで喜ぶ。

「その力だ!」

「覚えろ!」

「今の角度!」

二発目。

こつ。

《2/3》

「あと一回!」

訓練場全体が静かになる。

兵士は、

魔王軍の将軍と対峙するかのような顔で、

人差し指を構えた。

ゆっくり。

慎重に。

こつ。

《3/3》

ぱぱーん。

《訓練成功!》

「よし!!」

五千人から歓声が上がった。

「やったぞ!」

「三発入った!」

「完璧だ!」

「壊してない!」

兵士は拳を突き上げた。

少年冒険者が、

遠くからその光景を見ていた。

「……あの人たち」

隣の新人が答える。

「すごく強いらしいよ」

「指で木人叩いて喜んでるけど」

「事情があるんだよ」

初心者たちは、

少しだけ大人になった。

世の中には、

聞かない方がいい事情がある。

――――

だが、

新しい問題が発生した。

「隊長!」

ドランが呼ぶ。

「どうした」

「このやり方では遅すぎます!」

「何人終わった」

「二十七名!」

グレンが空を見る。

太陽。

そこそこ高い。

残り。

四千九百七十三名。

「……確かにな」

一人三回。

木人を壊さないよう、

慎重に。

慎重に。

慎重に。

その結果。

一人当たり一分以上。

五千人。

木人十体。

ざっくり。

かなりかかる。

ミーナが言った。

「チュートリアルで軍の進軍が止まるって、やっぱり設計上想定されてないですよね」

「想定する方がおかしい」

「初心者向けですもんね」

「五千人で来た我々にも問題はある」

グレンは少し学習していた。

ドランが手を挙げる。

「隊長」

「なんだ」

「もっと早い方法があります」

グレンが嫌な予感を覚える。

「言ってみろ」

「三発を同時に撃ち込みます」

「同時?」

「三人一組」

ドランは兵士を三名呼んだ。

「同じ木人へ、同時に一撃」

三名が木人を囲む。

「待て」

ミーナが言った。

「何だ」

「それ、三回扱いになります?」

「試せば分かる」

「攻略法を実地で検証しないでください」

「時間がない」

三名。

構える。

「せーの!」

こつ。

こつ。

こつ。

《1/3》

三人が止まった。

グレンも止まった。

ミーナが言った。

「同時攻撃、一回判定ですね」

ドランが木人を見る。

「なぜだ」

「同時だからじゃないですか?」

「三人が攻撃した」

「でも一回のタイミングです」

「理不尽だ」

「こういう仕様です」

「仕様という言葉で全てを済ませるな!」

ミーナはちょっと傷ついた。

便利だったのに。

――――

次。

槍兵が提案した。

「連続突きならどうでしょう」

「やってみろ」

槍は危険なので、

訓練用の木棒。

構える。

一瞬。

ぱぱぱっ。

三連撃。

速い。

見事な技だった。

《1/3》

「…………」

兵士が固まる。

ミーナが木人を見る。

「速すぎて一つの技扱いですね」

グレンが眉を寄せる。

「では、間を空ける必要がある?」

「たぶん」

「どのくらい」

「知りません」

「調べろ」

「私、受付嬢です!」

結局。

三回の攻撃として認められる間隔を、

兵士たちが検証し始めた。

速すぎる。

一回。

少し遅く。

二回。

もう少し。

三回。

グレンが叫ぶ。

「覚えろ!」

五千人の兵士が、

真剣な顔で見ている。

一。

こつ。

間。

二。

こつ。

間。

三。

こつ。

《訓練成功!》

ドランの目が光った。

「これだ」

兵士たちが一斉に頷く。

「攻撃間隔を統一!」

「三発!」

「威力は木人が壊れない程度!」

「全隊へ伝達!」

命令が、

五千人へ広がっていく。

その光景を見ていたミーナが呟いた。

「コンボ練習みたいになってきた……」

グレンが聞く。

「コンボ?」

「連続攻撃です」

「最初からそう言え」

「でも連続扱いされると一回なんですよね」

「面倒だな!」

格闘術の常識と、

初心者訓練の判定が、

絶妙に噛み合っていなかった。

――――

そこから、

ヴァルハラ軍の本領が発揮された。

統率。

反復。

標準化。

終盤の軍隊が、

初心者チュートリアルを本気で攻略し始めた。

「第一列!」

こつ。

こつ。

こつ。

《成功!》

「交代!」

第二列。

こつ。

こつ。

こつ。

《成功!》

「次!」

第三列。

こつ。

こつ。

こつ。

《成功!》

一切無駄がない。

兵士が終わる。

横へ抜ける。

次の兵士。

三発。

交代。

三発。

交代。

木人十体が、

恐ろしい速度で処理を始めた。

ミーナが呟く。

「完全に周回作業になってる」

「何だそれは」

「同じことを何度も効率よくやることです」

グレンが列を見る。

「軍事訓練も同じだ」

「確かに」

妙なところで、

ゲームと軍隊の相性がよかった。

だが。

五百人ほど終わったところで、

再び問題が起きた。

一人の兵士が、

木人の前へ立つ。

構える。

一発。

こつ。

《1/3》

二発。

こつ。

《2/3》

三発目。

その瞬間。

後ろから、

別の兵士がくしゃみをした。

「へっくし!」

兵士がびくっとする。

拳が少し強くなる。

ドゴン。

木人が、

地面へめり込んだ。

《3/3》

ぱぱーん。

《訓練成功!》

兵士は喜んだ。

「成功!」

修理係の老人が叫んだ。

「成功じゃねえ!!」

木人。

頭だけ地上に出ている。

ミーナがしゃがむ。

「判定は通ってますね」

老人が怒鳴る。

「判定より木人を見ろ!」

「確かに」

「確かにじゃねえ!」

残り九体。

グレンは頭を抱えた。

「先が長い……」

その時。

遠くから、

声がした。

「戻ってきたぞー!」

全員が振り向く。

町の門。

数人のリスタ住民が、

何かを担いでいる。

長い。

木製。

見覚えがある。

空へ飛ばされた、

最初の木人だった。

「森に刺さってたぞ!」

「よく見つけましたね!?」

ミーナが驚く。

木人は、

頭から木に突き刺さっていたらしい。

ところどころ焦げている。

なぜ焦げているのかは、

誰も聞かなかった。

木人を吹き飛ばした兵士が、

駆け寄る。

「俺の!」

「お前のではありません」

兵士は木人を見る。

進行度。

《2/3》

あと一回。

グレンが言った。

「やれ」

兵士は、

ものすごく慎重に拳を構えた。

五千人が見守る。

「壊すなよ」

「はい」

こつ。

《3/3》

ぱぱーん。

《訓練成功!》

兵士は両拳を突き上げた。

「終わったあああああ!!」

今日一番の歓声が上がった。

昨日まで、

魔王軍と戦う精鋭だった。

今日。

木人を三回叩けたことを、

心の底から喜んでいる。

ミーナは思った。

チュートリアルとは、

恐ろしい。

人間の価値観を、

一日でここまで変える。

――――

夕方。

ようやく。

最後の兵士が、

木人へ三回目の攻撃を当てた。

こつ。

《3/3》

ぱぱーん。

《訓練成功!》

そして。

五千人分の案内が、

一斉に切り替わる。

《戦闘訓練をクリアしました!》

歓声。

「終わった!」

「帰れる!」

「やったぞ!」

「ヴァルハラへ帰還だ!」

五千人が、

今度こそ本気で喜んだ。

グレンも拳を握る。

「よし!」

ドランが叫ぶ。

「全軍!」

兵士たちが整列する。

「帰還準備!」

「おおおおお!!」

ミーナは、

少し離れた場所で案内板を見ていた。

嫌な予感がした。

「……あ」

グレンが振り返る。

「何だ」

「まだです」

五千人の歓声が止まった。

「何が」

ミーナは、

案内を指さした。

文字。

《戦闘の基本を覚えました!》

その下。

新しい項目。

《次は実際の冒険へ出発してみましょう!》

グレンの顔が引きつる。

《初心者の洞窟へ行ってみよう!》

沈黙。

五千人が、

誰からともなく、

西を見る。

リスタ西方。

小さな丘。

その麓に、

洞窟がある。

新人冒険者が、

初めて挑むための場所。

ミーナが説明する。

「一本道です」

グレンが聞く。

「広さは」

「四人くらいで入る想定です」

「五千人いる」

「知ってます」

「中に何がある」

「スライムと、小さいコウモリと、ゴブリンが少し」

「全部逃げるな」

「たぶん」

「目的は」

ミーナは案内の続きを読んだ。

そして。

黙った。

「何だ」

「……宝箱です」

「宝箱?」

《洞窟の奥にある宝箱を開けてみましょう!》

グレンが少し安心する。

「それだけか」

「はい」

「一人一つ?」

ミーナは、

もう一度文字を見る。

嫌な予感。

ものすごく嫌な予感。

「たぶん」

「たぶん?」

「初心者洞窟の宝箱」

ミーナはゆっくり顔を上げた。

「一個しかありません」

五千人が、

静まり返った。

グレンが聞いた。

「再び出るのか?」

「時間が経てば」

「どのくらい」

「一日一回です」

沈黙。

五千人。

宝箱。

一個。

一日一回。

グレンは計算しなかった。

計算したくなかった。

ドランも計算しなかった。

知りたくなかった。

ミーナだけが、

小さな声で言った。

「……十三年と八か月くらいですね」

グレンが叫んだ。

「帰還する頃には魔王が寿命で死んでるわ!!」

初心者訓練場に、

絶叫が響いた。

強すぎて三回殴れなかった五千人。

次に立ちはだかったもの。

魔王でも。

竜でも。

悪魔でもない。

初心者洞窟。

宝箱。

一個だった。

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