攻略記録その4 薬草一枚、八ゴールド
《それでは、道具屋さんへ行ってみましょう!》
ヴァルハラ防衛隊長グレンは、
目の前に浮かぶ文字を睨んでいた。
「……行かなければ駄目なのか」
「駄目です」
冒険者ギルド受付主任ミーナが答えた。
「飛ばす方法は」
「ありません」
「金で解決できないか」
「できません」
「脅せば」
「私を脅しても術式は消えません」
「…………」
グレンは振り返った。
部下四人も、
まったく同じ顔をしていた。
魔王軍との戦場なら頼もしい精鋭たちである。
現在。
全員の頭上に、
黄色い矢印が浮かんでいた。
《道具屋はこちら!》
「行くぞ」
グレンは歩き出した。
「隊長」
「なんだ」
「我々はいま、何をしているのでしょう」
「考えるな」
五人は黙って矢印に従った。
宣戦布告から始まった両都市初の軍事衝突は、
現在、
町内見学になっていた。
――――
リスタの道具屋は小さかった。
木造二階建て。
店先には樽。
干した薬草。
虫除け。
ロープ。
たいまつ。
《初心者さん大歓迎!》
と書かれた旗。
グレンは旗を見ないことにした。
「いらっしゃい!」
店主の老婆が笑顔で出迎えた。
「初めてかい?」
「なぜ分かる」
「頭の上に矢印が出てるからねえ」
グレンは上を見る。
黄色い矢印。
消したい。
ものすごく消したい。
その時。
目の前の案内板が切り替わった。
《道具屋では、冒険に役立つアイテムを購入できます!》
「知っている」
《まずは薬草を一つ買ってみましょう!》
「知って――」
グレンが止まった。
店先。
籠の中に、
薬草が山積みになっていた。
見覚えがある。
ヴァルハラでも売っている傷薬草だ。
グレンは値札を見る。
《薬草 八G》
「…………」
もう一度見る。
《薬草 八G》
グレンは店主を見た。
「老婆」
「なんだい」
「この数字は」
「八だね」
「その後ろに何か書き忘れていないか」
「G?」
「違う」
「何を?」
「ゼロを」
店主は首を傾げた。
「ゼロ?」
「二つほど」
「なんで?」
グレンは薬草を一枚持ち上げた。
葉。
匂い。
魔力。
どう見ても本物。
「……八百ではないのか」
「八だよ」
「八千」
「高いねえ」
「八万」
「誰が買うんだい」
グレンは黙った。
部下が一人、
横から値札を覗いた。
止まった。
次の兵士も見る。
止まった。
五人全員が、
薬草と値札を交互に見た。
ミーナが不安になる。
「どうしました?」
グレンが聞いた。
「ミーナ殿」
「はい」
「これは普通の薬草だな」
「そうですよ」
「特売か?」
「いいえ」
「傷んでいる?」
「今日摘んだものです」
「盗品?」
「どうして薬草八ゴールドでそこまで疑うんですか?」
グレンは答えた。
「ヴァルハラでは」
一呼吸置く。
「二千四百ゴールドだ」
今度は、
リスタ側が止まった。
「…………はい?」
「二千四百」
店主の老婆が笑った。
「またまた」
「本当だ」
「薬草だよ?」
「ああ」
「これだよ?」
「ああ」
老婆は一枚持つ。
「これが?」
「それが」
「二千四百?」
「二千四百」
老婆は薬草を見る。
グレンを見る。
また薬草を見る。
「……あたし」
「なんだ」
「六十年くらい八ゴールドで売ってるんだけど」
「そうか」
「もしかして」
老婆の手が震え始めた。
「ものすごく損してた?」
「ヴァルハラで売っていたならな」
老婆は椅子に座った。
「ばあちゃん!」
ミーナが駆け寄った。
「大丈夫!?」
「六十年……」
「ばあちゃん!」
「六十年……!」
「比較しちゃ駄目!」
グレンは腕を組んだ。
「理由は分かっている」
ミーナが振り返る。
「理由?」
「ヴァルハラ周辺では薬草が育たん」
「どうしてです?」
「畑を作ると魔物が踏み荒らす」
「ああ……」
「地下栽培も試した」
「それなら安全じゃないですか?」
「地下竜が出た」
「なんで!?」
「知らん」
「温室は?」
「炎竜が落ちた」
「薬草に恨みでもあるんですか、そっちの土地!」
結果。
ヴァルハラで使われる薬草の多くは、
遠方から護衛付きで運ばれる。
輸送中には魔物が出る。
盗賊が出る。
たまに魔王軍も出る。
一本の薬草が店頭へ並ぶまでに、
かなりの人間が命を懸けていた。
「だから二千四百」
「なるほど……」
ミーナは納得しかけて、
改めて店を見る。
籠いっぱいの薬草。
八ゴールド。
その横。
さらに籠。
奥にも籠。
裏庭にも生えている。
そして。
道端にも生えていた。
グレンが、
ゆっくり窓の外を見る。
「……あれも薬草か?」
ミーナも見る。
「はい」
「道路脇にあるが」
「雑草みたいに生えますから」
五人のヴァルハラ兵が、
一斉に窓へ近づいた。
本当に生えている。
一本。
二本。
十本。
もっとある。
グレンが低い声で言った。
「国家予算が生えている……」
「ただの薬草です!」
――――
ぽん。
グレンの前に案内が出た。
《薬草を一つ買ってみましょう!》
「そうだった」
全員がチュートリアルを思い出した。
グレンは八ゴールドを出す。
老婆へ渡す。
薬草を一枚受け取る。
ぱあっ。
《薬草を手に入れた!》
《これで怪我をしても安心です!》
グレンは手元の薬草を見る。
「安心ではない」
「初心者向けですから」
「俺の怪我はだいたい薬草では治らん」
「どういう怪我をしてるんですか?」
《道具屋の使い方を覚えました!》
グレンの表情が少し明るくなる。
一つ終わった。
ようやく一つ。
次へ行ける。
そう思った。
「老婆」
部下の一人が言った。
「薬草を百枚くれ」
グレンが振り返った。
「待て」
「隊長」
「何をしている」
「買い物です」
「任務中だぞ」
「百枚買っても八百ゴールドです」
別の兵士も言う。
「私も二百枚」
「お前まで!」
三人目。
「家族に五十枚」
四人目。
「私は三百」
グレンが叫んだ。
「待て待て待て!!」
店主の老婆は目を輝かせていた。
「毎度あり!」
「売るな!」
「なんでだい!」
「我々はさっきまで敵軍だったんだぞ!」
老婆は首を傾げた。
「でも今は客だろ?」
グレンが言葉を失った。
リスタ。
恐ろしい街だった。
敵兵にもチュートリアルを受けさせ。
敵兵にも薬草を売る。
しかも格安で。
「隊長」
部下が小声で言った。
「ヴァルハラへ持ち帰れば……」
「言うな」
「一枚二千四百で」
「言うな」
「百枚なら二十四万――」
「計算するな!」
しかし。
遅かった。
ヴァルハラ兵四人。
全員の目が、
薬草を見る目ではなくなっていた。
グレンは頭を抱えた。
「お前たちは軍人だろう!」
部下が答えた。
「軍人にも生活があります」
「正論を言うな!」
その時。
店の外から声がした。
「薬草が高く売れるって!?」
誰かが叫んだ。
「ヴァルハラじゃ二千四百ゴールドだって!」
「本当か!?」
「道端に生えてるぞ!」
「抜け!」
グレンの顔が上がった。
ミーナも上がった。
店主の老婆も上がった。
窓の外。
町民が、
薬草へ向かって走り始めていた。
一人。
二人。
十人。
子供までいる。
「待ってえええええ!!」
ミーナが店を飛び出した。
「それ初心者用だから!」
「一本二千四百!」
「売るな!」
「畑に植える!」
「抜くな!」
「仕事辞める!」
「辞めるな――――!!」
数分後。
リスタ名物だった、
道端の薬草が消え始めた。
グレンは呆然とその光景を見ていた。
戦争を止めに来たわけではない。
経済を壊しに来たわけでもない。
ただ。
チュートリアルで、
薬草を一枚買っただけだった。
ぽん。
グレンの前に、
次の案内が浮かんだ。
《次は宿屋へ行ってみましょう!》
グレンは読んだ。
そして。
目を閉じた。
「……宿屋はいくらだ」
ミーナが答える。
「一泊十ゴールドです」
グレンの目が開いた。
「十?」
「はい」
ヴァルハラ兵四人も振り返った。
グレンは嫌な予感しかしなかった。
「ヴァルハラでは」
ゆっくり言う。
「一泊、千八百ゴールドだ」
ミーナの顔から血の気が引いた。
二人は同時に、
魔法板を見る。
《次は宿屋へ行ってみましょう!》
「…………」
「…………」
グレンが言った。
「行きたくない」
ミーナも頷いた。
「私もです」
しかし。
黄色い矢印は、
元気いっぱい宿屋を指していた。




