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ラスボス前の街が、はじまりの街に宣戦布告した結果――レベル93の将軍が木の棒でスライムと戦う羽目になった  作者: 出水克幸
戦争・チュートリアル編

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攻略記録その3 秘密兵器は、戦争の原因でした

「……あれは何だ」


ヴァルハラ防衛隊長グレンは、リスタ東門の上を睨んでいた。


門の上。


大きな長方形の何かに、布がかけられている。


左右には兵士らしき者が五人。


先ほどから、妙にそれを気にしている。


「魔導砲でしょうか」


部下が言った。


「砲身が見えん」


「術式兵器では?」


「魔力反応もない」


「では……?」


グレンの目が細くなった。


「だからこそ怪しい」


五人の間に緊張が走った。


なるほど。


魔力を発さない兵器。


あるいは、完全に魔力を遮断している。


こちらに存在を悟らせないための新型兵装かもしれない。


何しろ、ここは《はじまりの街》。


弱者が集まる場所だからこそ、


何かしらの防衛手段を隠していても不思議ではない。


「隊長」


「なんだ」


「あの浅い溝も?」


グレンは東門前を見る。


深さ五十センチほどの穴。


底には泥。


「普通に考えれば、何の役にも立たん」


「はい」


「つまり普通ではない」


「なるほど」


違う。


普通に何の役にも立たない。


ただの失敗した落とし穴である。


―――




「まずいです」


一方。


東門の内側。


冒険者ギルド受付主任ミーナは、額に汗を浮かべていた。


「何がだ?」


警備隊長バッツが尋ねる。


ミーナは門の上を指さした。


「あれです」


大きな布。


その下。


昨夜、処分するはずだった看板。


《ようこそ! わくわく冒険タウン・ヴァルハラへ!》


戦争の原因、そのものだった。


バッツの顔が引きつる。


「なんである」


「町長です」


二人が振り返る。


ポポル町長は、申し訳なさそうに笑った。


「燃やすの、もったいなくて」


「戦争よりですか?」


「木は大事だからねえ」


「町長」


「はい」


「今すぐ下ろしてください」


「うん」


ポポルは門の上へ声を張った。


「それ、下ろしてー!」


新人冒険者たちが動き始める。


遠くから見ていたグレンが、大剣に手をかけた。


「動いたぞ」


「やはり、あれを使う気では」


「警戒しろ」


門の上。


「そっち持って!」


「重い!」


「布引っかかってる!」


「縄外せ!」


「どの縄!?」


「看板の!」


「三本ある!」


「全部だ!」


「一気に!?」


「あっ」


全員の動きが止まった。


布が、


ふわりと舞った。


青空。


虹。


笑顔のスライム。


小さな剣を掲げる冒険者。


そして中央。


《ようこそ!》


《わくわく冒険タウン・ヴァルハラへ!》


百メートル先。


ヴァルハラ兵五人が、


完全に止まった。


リスタ側も、


完全に止まった。


風だけが吹いた。


ひゅうううう。


グレンが言った。


「…………」


部下も言った。


「…………」


「読め」


「隊長」


「読め」


「見えていますよね?」


「貴様の口から確認したい」


部下は覚悟を決めた。


「《ようこそ! わくわく冒険タウン・ヴァルハラへ!》」


グレンのこめかみに、


太い血管が浮いた。


「完成していたのか」


「はい」


「しかも城門上に掲げて」


「はい」


「我々を待っていた」


リスタ側から、


ミーナの絶叫が飛んだ。


「違います!!」


グレンが顔を上げる。


ミーナは必死だった。


「それは昨日撤去する予定だったんです!」


「なら、なぜそこにある!」


「町長が木を惜しみました!」


グレンがポポルを見る。


ポポルが小さく頭を下げた。


「いい木だったので」


「理由になっていない!」


敵味方が初めて、


同じ意見になった。


―――


グレンたちは東門の手前まで進んだ。


四十三人のリスタ側が、一斉に身構える。


鍋も含めて。


グレンはそれを見て一瞬だけ首を傾げたが、


今は看板の方が重要だった。


「リスタ町長ポポル!」


「はい!」


ポポルが手を挙げる。


「ヴァルハラ市長ガルド・バルバロッサ閣下より、最後通告を預かっている!」


「最後通告?」


ポポルがミーナを見る。


「一個前が宣戦布告だったよね?」


「順番は気にしないでください」


グレンが巻物を開く。


「要求は三つ!」


全員が息を呑む。


「第一!」


グレンが叫んだ。


「《わくわく冒険タウン》なる愛称を永久に撤回せよ!」


ポポルが答える。


「分かりました!」


即答だった。


グレンが一瞬止まる。


「……第二!」


「はい!」


「当該看板を破棄せよ!」


ポポルが看板を見る。


少しだけ惜しそうな顔をする。


ミーナが横から睨んだ。


「……分かりました」


「今、迷ったな?」


「気のせいです」


「第三!」


グレンは紙を読み上げる。


「今後、ヴァルハラの名称、紋章、軍旗その他文化的資産を、許可なく《親しみやすく》することを禁止する!」


ポポルは首を傾げた。


「具体的には?」


「別紙にある」


グレンは読み上げる。


「《終焉都市ヴァルハラ》を《冒険者さん応援シティ》へ変更しない」


「しません」


「双頭竜の市章を笑顔にしない」


「しません」


「軍旗を七色にしない」


「しません」


「魔王城へ向かう案内板に《ラスボスまであとちょっと!》と書かない」


ポポルが少し考えた。


「それ、分かりやす――」


ミーナが口を塞いだ。


「書きません!」


グレンは巻物を閉じた。


「以上だ」


ポポルが一歩前へ出る。


「全部受け入れます」


「……本当に?」


「はい」


「もう愛称は募集しない?」


「しません」


「看板も作らない?」


「作りません」


「虹も?」


「使いません」


グレンはしばらくポポルを見た。


やがて。


大剣から手を離した。


「ならば」


リスタ側に緊張が走る。


「我々に交戦の意思はない」


一瞬の静寂。


そして。


「助かったああああ!」


リスタ側から歓声が上がった。


剣を下ろす者。


地面に座り込む者。


泣き出す新人。


鍋を脱ぐ者。


「終わった!」


「戦争終わった!」


「生きてる!」


「俺まだ一回も剣抜いてない!」


「それは練習しろ!」


ミーナも大きく息を吐いた。


終わった。


戦力差二千倍。


奇跡的に、


誰一人戦わずに済んだ。


ポポルが笑顔でグレンへ歩み寄る。


「いやあ、よかった」


「ああ」


「やっぱり話し合いは大切だねえ」


「最初からそうしてくれ」


「本当に申し訳なかった」


ポポルが頭を下げる。


「せっかく来てもらったし、お茶でも――」


カァン。


鐘が鳴った。


全員が止まった。


カァン。


もう一度。


グレンたち五人が、


反射的に武器を抜いた。


「敵襲か!」


「違います!」


ミーナが叫んだ。


だが。


その顔は、


なぜか戦争中より青かった。


「……嘘でしょう」


「どうした?」


バッツが尋ねる。


ミーナはグレンたちを見た。


「この人たち」


「うむ」


「初めてリスタに来ましたよね?」


グレンが眉を寄せる。


「それがどうした」


「東門の入街線を越えました」


「だから?」


ミーナは額を押さえた。


「始まります」


「何がだ」


ぽん。


グレンの目の前に、


半透明の板が浮かんだ。


《ようこそ!》


グレンが大剣を構える。


「なんだこれは!」


続けて文字が出る。


《はじまりの街リスタへようこそ!》


グレンがミーナを見る。


「消せ」


「無理です」


「消せ」


「私には無理です!」


リスタは、


世界中から駆け出し冒険者が集まる街である。


当然。


何も知らない若者も大量に来る。


剣の抜き方を知らない。


薬草の使い方を知らない。


宿屋に金が必要だと知らない。


スライムを撫でようとして噛まれる。


そうした事故があまりにも多かったため、


百年以上前。


初回来訪者を対象とした、


《冒険者導入案内術式》


が街に組み込まれた。


対象条件。


リスタへの入街記録がないこと。


ただ、それだけ。


身分。


年齢。


職業。


レベル。


敵か味方か。


一切関係ない。


ゆえに。


レベル七十八。


竜討伐経験四回。


魔王軍との交戦回数百二十七回。


ヴァルハラ防衛隊長グレンも。


リスタでは。


初心者だった。


《まずは武器を装備してみましょう!》


グレンは自分の大剣を見る。


すでに持っている。


ぱあっ。


魔法板が光った。


《すごい! できました!》


「…………」


グレンの頬が引きつった。


「今のは何だ」


「褒められました」


「分かっている」


《次は町の外で魔物と戦ってみましょう!》


「我々は今、町の外から来たんだが」


《最初の相手にはスライムがおすすめです!》


沈黙。


ヴァルハラ兵の一人が言った。


「隊長」


「言うな」


「しかし」


「言うな」


「スライムを倒せと」


「読めている!」


その時。


道端の草が揺れた。


がさっ。


ぷるん。


青いスライムが一匹、


街道へ出てきた。


五人の精鋭兵が、


一斉にそれを見る。


スライムも五人を見る。


ぷるん。


《スライムが現れた!》


グレンは目を閉じた。


「……ミーナ殿」


初めて名前で呼ばれた。


「はい」


「これは必ずやらねばならないのか」


「初回来訪時は」


「断った場合は」


「案内が消えません」


グレンが目を開く。


「いつまで」


「終わるまで」


「どこまである」


ミーナは指を折った。


「魔物討伐、道具屋、宿屋、教会、冒険者ギルド、それから町長への挨拶ですね」


五人がポポルを見る。


ポポルは笑顔で手を振った。


「最後にまた会おうね」


グレンの顔から、


表情が消えた。


「……戦争の方が早くないか?」


「やめてください」


グレンはもう一度、


スライムを見る。


ぷるん。


大剣を抜く。


ミーナが叫んだ。


「待ってください!」


「なんだ!」


「それで斬ったら東門ごと消えます!」


グレンが剣を見る。


《竜断大剣グラム》。


竜の首を一撃で落とすための武器。


確かに、


スライム相手には少し威力が高い。


グレンは大剣を戻した。


「ではどうしろと」


「素手で十分です」


「素手」


「はい」


「俺が?」


「はい」


「これを?」


「はい」


グレンはしゃがんだ。


目の前。


ぷるん。


三十年間、


数え切れないほどの魔物と戦った。


竜も斬った。


悪魔も殺した。


魔王軍の将とも戦った。


だが。


これほど戦いたくない相手は初めてだった。


グレンが右手を上げる。


スライムが震えた。


「……すまん」


ぺちん。


ぷるん。


スライムがひっくり返る。


《スライムを倒した!》


ぱぱぱぱーん。


派手な音が鳴った。


《おめでとう!》


グレンの拳が震える。


さらに文字が現れる。


《これであなたも立派な冒険者です!》


「俺は三十年前から冒険者だ!!」


東門に、


グレンの絶叫が響き渡った。


誰も笑わなかった。


笑えば殺されそうだったからである。


やがて。


次の文字が現れる。


《それでは、町の中へ行ってみましょう!》


《まずは道具屋さんです!》


グレンが天を仰いだ。


「……まだ始まったばかりか」


ミーナは申し訳なさそうに頷いた。


「はい」


こうして。


終焉都市ヴァルハラから、


最後通告を届けるために派遣された五人の精鋭は、


一度も剣を交えることなく。


はじまりの街リスタで、


初心者講習を受けることになった。


戦争は、


ひとまず延期。


理由。


《チュートリアル未完了》。


そしてこのあと。


グレンたちは道具屋で、


さらなる衝撃を受けることになる。


店先に積まれた薬草。


一枚。


八ゴールド。


ヴァルハラでの価格。


二千四百ゴールド。


戦争より先に、


経済が壊れようとしていた。

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