攻略記録その2 はじまりの街、戦争の準備が初心者すぎる
宣戦布告を受けた翌朝。
はじまりの街リスタでは、
史上初となる戦時動員が行われた。
中央広場。
町長ポポルは、集まった戦力を見渡した。
「……みんな」
四十三人。
「今日は来てくれてありがとう」
返事はなかった。
代わりに、
ガチャ。
ガチャ。
ガタ。
ゴト。
装備の合っていない音が鳴った。
ポポルはもう一度、集まった者たちを見る。
最前列。
冒険者歴十二年。
リスタ警備隊長バッツ。
三十八歳。
この町では間違いなく最強である。
レベル十八。
その横。
冒険者歴五年の戦士。
レベル十四。
さらにその横。
弓使い。
レベル十二。
魔術師。
レベル十一。
僧侶。
レベル九。
ここまではいい。
問題はその後ろだった。
「昨日登録した人ー」
十五人が手を挙げた。
「一昨日は?」
八人。
「今週?」
さらに七人。
ポポルは数えた。
四十三人中、
三十人。
冒険者歴、一週間未満。
ポポルは少し考えた。
「……思ったより若い組織だったね」
警備隊長バッツが答える。
「若いというか、ほぼ新人です」
一番後ろにいた少年が手を挙げた。
「あの」
「なんだい?」
「昨日、剣を買ったんですけど」
「うん」
「まだ抜いたことがありません」
ポポルは優しく笑った。
「今日、練習しよう」
「戦争の前日に!?」
誰かが叫んだ。
―――
リスタ町役場。
午前八時三十分。
第一回戦争対策会議。
出席者は、
町長ポポル。
警備隊長バッツ。
冒険者ギルド受付主任ミーナ。
道具屋主人ダン。
農家代表マルコ。
宿屋の女将。
そして、
なぜかパン屋。
「では」
ポポルが言った。
「戦争の準備をしよう」
全員が頷く。
机の中央には、
ヴァルハラから届いた宣戦布告書が置かれていた。
何度読んでも、
宣戦布告だった。
バッツが立ち上がる。
「まず、敵戦力を確認します」
壁に地図を貼る。
「終焉都市ヴァルハラ。人口約十二万」
室内が静かになる。
「十二万……」
農家マルコが呟いた。
リスタ人口。
三千二百。
単純計算でも約三十七倍。
「守備兵は?」
ポポルが尋ねる。
「正確には不明です」
「だいたいで」
「少なく見積もって二千」
静寂。
宿屋の女将が手を挙げた。
「帰っていい?」
「まだ始まったばかりだよ」
「もう終わってない?」
もっともだった。
バッツが続ける。
「ただ、宣戦布告したからといって、全軍が来るとは限りません」
空気が少し明るくなる。
「そうだよね」
「相手も魔王城を守らなきゃいけないし」
「何人くらい来る?」
「常識的に考えれば――」
バッツは腕を組んだ。
「百人」
全員が絶望した。
「多い!」
「こっちは四十三人だぞ!」
「でも全部来られるよりは!」
「比較対象がおかしい!」
パン屋が手を挙げる。
「質問」
「どうぞ」
「ヴァルハラの兵士って強いの?」
バッツが黙った。
「……強いらしい」
「どのくらい?」
「一人でオーガを倒せる程度と聞いた」
全員が黙った。
リスタでは、
オーガが一体出れば、
町を挙げて避難する。
「百人来るの?」
「たぶん」
「オーガを一人で倒す人が?」
「たぶん」
「百人?」
「だから、たぶんだ!」
バッツも怖かった。
―――
「まず防壁を作ろう」
ポポルの提案で、
全員が町の東門へ移動した。
新街道は東から伸びている。
つまり、
ヴァルハラ軍が来るなら東門。
リスタの東門は立派だった。
高さ三メートル。
木製。
二年前に作り直したばかり。
ポポルが誇らしげに見上げる。
「どうだい」
バッツは答えなかった。
「バッツ?」
「町長」
「うん」
「ヴァルハラには竜がいます」
「そうだね」
「この門」
「うん」
「竜より弱いですよね」
ポポルは門を見る。
「……まあ」
「ヴァルハラの兵士は、竜と戦います」
「……そうだね」
「意味あります?」
沈黙。
ポポルは考えた。
「気持ちの問題かな」
防壁は精神論になった。
それでも何もしないわけにはいかない。
町民総出で補強を始めた。
丸太を追加。
板を二重にする。
縄で縛る。
釘を打つ。
二時間後。
東門の耐久力は、
およそ一・三倍になった。
バッツが腕を組む。
「よし」
ポポルが尋ねる。
「どう?」
「オークなら止まります」
「ヴァルハラ兵は?」
「止まりません」
「じゃあ次いこう」
―――
次。
落とし穴。
東門前。
新人冒険者二十人が、
必死に地面を掘っていた。
「深さは?」
ポポルが聞く。
「五十センチです!」
「もうちょっと深くしよう」
「どのくらい?」
バッツが答える。
「最低二メートル」
新人たちの顔色が変わった。
「二メートル!?」
「無理です!」
「スコップ四本しかありません!」
「午後までかかります!」
バッツが言った。
「戦争とはそういうものだ」
その時。
農家マルコが穴を覗いた。
「これ、人が落ちても出てこられるぞ」
全員が止まった。
五十センチ。
確かに、
ちょっと転ぶだけである。
「じゃあ槍を立てる?」
新人の一人が言った。
ポポルが首を振った。
「危ないだろう」
「敵ですよ!?」
「でも刺さったら痛いよ」
「戦争ですよ!?」
根本的に向いていなかった。
結局。
落とし穴の底には、
槍ではなく、
大量の泥が入れられた。
「これなら転ぶ」
「転ぶね」
「鎧が汚れる」
「嫌だね」
「よし」
何が「よし」なのかは誰にも分からなかった。
―――
次。
武器。
リスタ武器屋。
店主ダンが在庫を並べた。
鉄の剣。
十二本。
銅の剣。
二十一本。
木剣。
三十本。
短弓。
十一張。
槍。
八本。
鍋。
六個。
ポポルが最後を指した。
「鍋?」
「盾が足りない」
「なるほど」
新人冒険者たちは真剣に装備を選び始めた。
「僕、剣で」
「私は槍」
「弓あります?」
「鍋でもいいですか?」
「持ち手を腕に通せば盾になる」
「本当に?」
「たぶん」
その横で、
バッツだけが頭を抱えていた。
「違う」
ポポルが聞く。
「何が?」
「全部だ」
「でも武器だよ?」
「ヴァルハラの武器を見たことがありますか?」
「ない」
バッツは以前、旅商人から聞いた話を思い出していた。
竜の骨を混ぜた剣。
炎を纏う槍。
魔術を弾く盾。
斬った相手を凍らせる斧。
そして、
持ち主の血を吸って強くなる呪剣。
「向こうは」
バッツは言った。
「剣から炎が出るらしい」
店内が静かになった。
新人が自分の銅剣を見る。
「僕のは?」
「出ない」
別の新人が聞く。
「槍は?」
「出ない」
「鍋は?」
「料理ができる」
「戦争で!?」
「腹は減る」
ダンが胸を張った。
誰も反論できなかった。
―――
昼。
対策会議は食堂に移った。
全員が薬草パンを食べながら話し合う。
ポポルが言った。
「やっぱり、戦わない方法も考えよう」
全員が頷いた。
最初からそうしてほしかった。
ミーナが手を挙げる。
「謝罪文を送りませんか?」
「いいね」
「どんな内容にする?」
ミーナは紙を用意した。
「まず、《わくわく冒険タウン》についてお詫びします」
「うん」
「そして、看板は送らない」
「うん」
「愛称募集も中止する」
「うん」
「これでどうでしょう」
全員が頷いた。
完璧である。
ポポルが少し考えた。
「でも」
「はい」
「せっかく作った看板、もったいないね」
「燃やしましょう」
「えっ」
「燃やしましょう」
ミーナは二回言った。
この町で唯一、
状況を理解し始めている人間だった。
「じゃあ」
ポポルが言う。
「裏側を使えないかな」
「裏側?」
「表を削って」
嫌な予感がした。
「《ようこそ! 勇者の最終休憩地ヴァルハラへ!》とか」
ミーナは机に額をつけた。
「町長」
「なに?」
「何も書かないでください」
「でも」
「何も」
「はい」
強かった。
―――
午後一時。
見張り台。
新人冒険者アルトが、
東の街道を監視していた。
昨日登録したばかり。
レベル二。
初めて覚えた技は、
《強く振る》。
その程度の少年だった。
「何か見える?」
下から声がする。
「まだです!」
アルトは遠眼鏡を覗く。
街道。
森。
丘。
何もない。
「本当に来るのかな」
隣の新人が言った。
「来ない方がいいよ」
「でも宣戦布告されたんだろ?」
「大人同士で話し合えばいいのに」
まったくその通りだった。
その頃。
約二十キロ先。
五人の男が歩いていた。
黒い鎧。
巨大な剣。
重装盾。
長槍。
戦斧。
全員、
ヴァルハラ防衛隊所属。
今回の任務は、
リスタへの使節同行。
正確には、
戦争開始前の最後通告を届けるための護衛だった。
総勢五名。
防衛局長の見積もり通りである。
先頭を歩く男が言った。
「しかし、本当に五人も必要か?」
「市長命令だ」
「相手はリスタだろ?」
「ああ」
「三人でよくないか?」
「不測の事態に備えろとのことだ」
五人は納得した。
これでも彼らは、
かなり慎重に行動していた。
ヴァルハラ基準では。
―――
午後二時。
リスタ東門。
アルトがあくびをした。
「平和だなあ」
遠眼鏡を覗く。
そして。
止まった。
「…………」
もう一度見る。
街道の向こう。
黒い影。
五つ。
ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「来た?」
隣の新人が聞く。
「……たぶん」
「何人?」
「五人」
沈黙。
「五?」
「うん」
「百人じゃなくて?」
「五人」
下にいたバッツが叫ぶ。
「どうした!」
アルトが答える。
「敵です!」
広場が騒然となる。
「何人だ!」
「五人です!」
全員が止まった。
そして。
歓声が上がった。
「五人!?」
「勝てるぞ!」
「四十三対五だ!」
「八人がかりで一人だ!」
「いける!」
「やれる!」
「数では勝ってる!」
ポポルまで笑顔になった。
「よかった!」
ミーナだけが嫌な予感を覚えた。
「待ってください」
誰も聞いていない。
「五人しか来ないんじゃなくて」
全員が武器を取る。
「五人で十分だと思われてるんじゃ……」
聞いていない。
東門前。
四十三人が並ぶ。
最前列。
警備隊長バッツ。
レベル十八。
その後ろ。
中堅冒険者十二人。
さらに後ろ。
新人三十人。
剣。
槍。
弓。
木剣。
鍋。
ありとあらゆる装備を構える。
ポポルは城壁の上から声を張った。
「みんな!」
「おお!」
「相手は五人!」
「おお!」
「こっちは四十三人!」
「おおお!」
「きっと話し合える!」
「そこ!?」
士気が少し下がった。
やがて。
五人の姿がはっきり見えた。
先頭の男。
身長二メートル近い。
背中には、
人間の身長ほどある大剣。
二人目。
全身を覆う重装鎧。
盾には、
巨大な竜の頭蓋骨。
三人目。
槍を持っている。
穂先から時々、雷が落ちている。
四人目。
斧。
なぜか燃えている。
五人目。
普通の剣。
それだけだった。
リスタ側全員が、
最後の男に少し安心した。
「あれなら普通だ」
「一人は普通だ」
「なんとかなりそう」
その瞬間。
最後の男がくしゃみをした。
「へっくし!」
腰の剣から衝撃波が飛んだ。
街道脇の大岩が、
真っ二つになった。
リスタ側。
沈黙。
誰かが言った。
「普通ってなんだっけ」
誰も答えられなかった。
―――
ヴァルハラ兵五人は、
東門の百メートル手前で止まった。
先頭の隊長が、
リスタ側の防衛陣を見る。
四十三人。
木製の門。
浅い溝。
泥。
粗末な柵。
鍋を持つ兵士。
隊長は眉を寄せた。
「……妙だな」
部下が聞く。
「何がです?」
「防衛陣だ」
「はい」
「罠が見えない」
「確かに」
「これだけ露骨に門前へ兵を並べている」
「はい」
「にもかかわらず、魔術罠も対竜杭も呪詛陣もない」
「……つまり?」
隊長の目が細くなる。
「隠している」
五人に緊張が走った。
「なるほど」
「さすがにそうですよね」
「何かあると思っていました」
なかった。
本当に何もなかった。
「特にあの溝」
隊長が指さす。
五十センチの落とし穴。
底は泥。
「不自然すぎる」
「浅いですね」
「あえて浅くしている」
「ということは……」
「踏んだ瞬間、何かが作動する可能性が高い」
ただの泥だった。
隊長は別の場所を見る。
「そして、あの丸い金属盾」
鍋である。
「見たことがない形状だ」
「魔力反応もありません」
「それが逆に怪しい」
鍋である。
「未知の対魔術兵器かもしれん」
ただの鍋だった。
五人は武器を構えた。
「全員、警戒しろ」
「はい!」
「リスタを侮るな」
「了解!」
百メートル先。
ミーナは彼らの様子を見ていた。
「……あれ?」
ヴァルハラ兵が止まっている。
進んでこない。
何かを警戒している。
「もしかして」
ミーナは足元を見る。
泥の穴。
木の柵。
鍋。
「こっちのこと、強いと思ってる?」
あり得ない。
しかし。
ヴァルハラ側からすれば、
弱すぎる防御設備は、
弱すぎるという理由で理解できなかった。
罠がない。
だから、
高度に隠蔽された罠だと思った。
防具がない。
だから、
見たことのない防具だと思った。
戦力が低い。
だから、
何か別の切り札があると思った。
ミーナの目が細くなった。
「……これ」
初めて。
リスタ側に、
勝ち目らしきものが生まれた。
強さではない。
戦術でもない。
勇気でもない。
ただ、
弱すぎて、
相手が勝手に深読みしている。
ミーナはゆっくり手を挙げた。
「全員」
バッツが振り返る。
「なんだ?」
「何もしないでください」
「は?」
「絶対に」
ミーナはヴァルハラ兵を見る。
「何もしないで」
新人が聞く。
「それで勝てるんですか?」
ミーナは答えた。
「分かりません」
「ええ!?」
「でも」
五人のヴァルハラ兵は、
泥の穴を前にして作戦会議を始めている。
「今のところ」
ミーナは言った。
「私たちより向こうの方が、私たちを怖がっています」
こうして。
はじまりの街リスタは、
史上初めて、
何もしていないのに敵軍の進撃を止めた。
なお。
この時点でヴァルハラ兵五名は、
リスタ側に最低でも三種類の未知兵器が存在すると判断していた。
一つ。
《浅すぎる落とし穴》。
一つ。
《魔力反応のない円形金属盾》。
そして。
もう一つ。
門の上に置かれた、
巨大な木製看板。
布をかけられていて、
文字は見えない。
隊長がそれを睨む。
「……あれは何だ」
部下が答える。
「分かりません」
「切り札か?」
「可能性はあります」
その正体は、
昨日処分できなかった、
例の観光看板だった。
《ようこそ! わくわく冒険タウン・ヴァルハラへ!》
戦争の原因そのものが、
リスタ最大の秘密兵器として、
城門の上に置かれていた。




