攻略記録その27 魔王、キャンプしただけで全回復する
「ここでいいだろう」
リスタを出て、まだ五分。
魔王は街道脇の平原を指さした。
地面は平らで、近くには小川があり、少し離れた場所には木も生えている。初心者が初めて野営をするには、どう考えても十分な場所だった。
ガルドも周囲を見渡して頷く。
「異論はない。さっさとテントを張って終わらせるぞ」
二人の前には、例の初心者向け表示が浮かんでいる。
《初心者実践編》
《はじめての二人旅》
《町の外でキャンプをしてみましょう!》
《完了報酬》
《チュートリアル進行度+15%》
《相棒状態ボーナス+5%》
ガルドは現在87%。
これを終えれば、計算上は107%。
「ようやく終わる」
魔王は42%。
「我はまだ62%か」
「先輩を敬え」
「その言葉をもう一度言ったら世界を滅ぼす」
「お前は元からその予定だろうが」
口論は後回しにして、ガルドは支給された初心者用テントを地面へ置こうとした。
《ここには設置できません》
「……なぜだ」
少し右へ移動。
《ここには設置できません》
左。
《ここには設置できません》
前。
《ここには設置できません》
魔王が地面を見た。
「平地だぞ」
《地面が傾いています》
二人で黙って地面を見る。
どう見ても平らだった。
「どこが傾いている」
ガルドがしゃがみ込む。
草が一本、風に揺れているだけだ。
「目では分からん」
「なら、あちらは?」
魔王が三歩先を指した。
ガルドがテントを置く。
《ここには設置できません》
《障害物があります》
「障害物?」
二人で探す。
あった。
小石。
親指ほどの大きさだった。
「……これか?」
ガルドが小石を拾い、放り投げる。
再びテントを置く。
《ここには設置できません》
「まだ何かあるのか!」
今度は魔王が地面へ顔を近づける。
枯れ枝。
「これか?」
取る。
《ここには設置できません》
「次は何だ!」
《別の設置物と干渉しています》
二人。
周囲を見る。
何もない。
魔王が眉を寄せた。
「見えぬ設置物か?」
ガルドが数歩歩いて、地面を蹴る。
「いや。この辺り、街道の判定が見た目より広いんじゃないか?」
「判定?」
「リスタではよくある」
「よくあるで済ませるな」
ガルドは少し考え、テントを斜めに回した。
四十五度。
《設置できます》
二人。
止まる。
「……なぜだ」
「知らん」
「真っ直ぐは駄目で、斜めならよい?」
「そうらしい」
魔王もテントの端を見る。
半分。
岩にめり込んでいた。
「こっちの方が明らかに干渉しているぞ」
《設置できます》
「もう置け」
「納得できん」
「俺もだ!」
ガルドが決定する。
ぽん。
テントが完成した。
《テントを設置しました!》
《キャンプ地点を作成しました》
その半分は岩へ埋まったままだった。
魔王はしばらく見つめたあと、静かに言った。
「空間魔術か?」
「違う気がする」
――――
《次は焚き火を作ってみましょう!》
《必要素材》
《薪×3》
ガルドが周囲を見る。
「木ならある」
「切ればよい」
ところが。
《目的地を表示します》
青い光の線が地面に現れた。
二人はそれを目で追う。
街道を戻り。
そのまま。
リスタ方面へ伸びている。
「……森は反対側だぞ」
魔王が言った。
「知っている」
《最寄りの薪を表示しています》
「最寄り?」
二人は光を追った。
三分後。
到着。
リスタ外周。
木製の柵。
一本だけ青く光っていた。
《薪》
ガルド。
「これは町の柵だ」
魔王。
「木ではある」
「壊すな!」
「薪が必要なのだろう?」
「市の設備だ!」
「貴様の市ではない」
「そういう問題じゃない!」
少し離れたところに、本物の落ち枝が落ちている。
拾う。
《薪を入手しました》
「こっちでいいではないか!」
《目的地を更新しました》
次。
井戸の横に置かれた木箱。
《薪》
「それ備品だ!」
魔王が首を傾げる。
「この案内、木製なら何でも薪にしていないか?」
「嫌なことに気づくな」
三つ目。
ポポルの家の前。
ベンチ。
《薪》
二人。
「帰ろう」
結局。
案内を完全に無視して。
森で三本拾った。
《薪×3を集めました!》
魔王が空中表示を睨む。
「最初から森を指せ」
――――
キャンプ地へ戻る途中。
草むら。
がさり。
小型の狼。
《平原狼》
《Lv8》
ガルド。
木剣。
魔王。
初心者用杖。
二人とも止まった。
「ちょうどいい」
ガルドが剣を構える。
「協力チュートリアルの続きになるかもしれん」
「我に雑魚を狩れと?」
「今のお前、火の玉六だぞ」
「言うな」
狼が飛びかかる。
ガルドが避け、木剣を叩き込む。
《7ダメージ》
魔王。
《火の玉》
《6ダメージ》
狼。
《HP 72/85》
「硬い」
「初心者用としては普通だ!」
戦闘。
続く。
ところが狼が突然、魔王を無視して後ろへ走り出した。
「逃げた?」
「追え!」
二人で追う。
狼。
街道から一定距離まで走ったところで。
止まる。
くるり。
来た道。
戻る。
「何だ?」
狼は最初にいた草むらまで戻ると。
《戦闘状態が解除されました》
次の瞬間。
《HP 85/85》
二人。
止まる。
「……全快したぞ」
ガルド。
「見た」
「我々が削った分は?」
「なかったことになった」
「なぜだ!」
もう一度。
攻撃。
追う。
一定距離。
狼。
帰る。
《HP 85/85》
魔王。
「待て」
「何だ」
「こいつ」
「ああ」
「自分の縄張りから一定距離を離れると、戦いそのものを忘れるぞ」
ガルド。
考える。
「なら」
狼。
攻撃。
ガルドがわざと後退する。
狼。
追う。
距離。
ぎりぎり。
ガルドが一歩。
前。
狼。
戻らない。
一歩。
後ろ。
狼。
くるり。
《戦闘状態が解除されました》
「ここだ」
魔王。
「境界がある」
二人。
地面を見る。
何もない。
「見えないのか」
「そうらしい」
魔王が片足だけ向こうへ出す。
狼。
帰る。
戻す。
狼。
襲う。
また出す。
帰る。
「……」
魔王。
少し楽しくなる。
「何度でも止められる」
「遊ぶな!」
――――
《キャンプへ戻りましょう!》
表示に急かされ。
二人は狼を放置して戻った。
今度は料理。
《初心者シチューを作りましょう!》
《必要素材》
《肉×1》
《野菜×1》
《水×1》
ガルドは支給品を鍋へ入れる。
「肉」
入れる。
「野菜」
入れる。
「水」
入れる。
《初心者シチューが完成しました!》
ぽん。
鍋の中。
湯気。
二人。
止まる。
魔王。
「火は?」
「まだつけてない」
「煮込む時間は?」
「ない」
魔王がシチューを覗く。
完全に出来ている。
「我でも、これは無理だ」
「魔王が料理の常識側に来るな」
ガルドが一口。
「……普通に温かい」
「なぜだ」
「知らん」
魔王も食べる。
《初めて料理を作りました!》
《料理技能を習得しました》
魔王。
「これで料理を習得した扱いなのか?」
「材料入れただけだな」
「世界の調理師が泣くぞ」
――――
夕方。
やっと。
《テントで休んでみましょう!》
二人とも疲れていた。
特に魔王。
チュートリアル中は初心者補正で表面上隠れているものの、本来の状態はラスボス戦から逃げた直後。
ガルドがふと魔王の状態を見る。
《魔王本人》
《本来HP》
《21,483/300,000》
「お前」
「何だ」
「ほとんど死んでるぞ」
「勇者にやられた」
「その状態でよくキャンプ大会に来たな」
「初心者補正中は痛みが薄い」
「便利なのか不便なのか分からんな」
魔王がテントを見る。
「寝た程度で、この傷が治るとは思えんが」
《休みますか?》
《はい》
「チュートリアルだ。押せ」
「分かっている」
魔王。
押す。
暗転。
一秒。
朝。
鳥。
ちゅんちゅん。
二人。
起きる。
「……」
「……」
魔王。
身体。
見る。
《HP》
《300,000/300,000》
沈黙。
ガルド。
「全快」
魔王。
「全快した」
「腕の傷は?」
「ない」
「勇者に切られた胸は?」
「治っている」
「呪いは?」
確認。
《状態異常》
《なし》
魔王。
「……消えた」
《MP》
《完全回復》
《技能使用回数》
《完全回復》
魔王がゆっくり立ち上がる。
「終焉の炎」
《使用可能》
「黒星落とし」
《使用可能》
「魂喰らい」
《使用可能》
「全部戻っている」
ガルドも表示を見る。
「世界最高峰の聖女より、このテントの方が強くないか?」
「……」
魔王は初心者用テントを見る。
「持って帰る」
「俺もそう思った」
「魔王城の各階へ設置する」
「ヴァルハラの救護所にも置く」
二人。
完全に同じ発想。
《相棒として同じ結論に達しました》
《友情度+1》
「今は黙っていろ!」
――――
「待て」
ガルドがテントを見る。
「なら装備も直ったか?」
魔王。
終焉王杖。
確認。
《耐久度》
《12/100》
「直っていない」
鎧。
《耐久度》
《8/100》
ガルド。
「身体は再生するのに鎧は直らんのか」
「我の身体より鎧の修理の方が難しいらしい」
「宿屋もそうだ」
「なぜ装備だけ別なのだ」
「鍛冶屋の仕事がなくなるからじゃないか?」
「妙なところで経済を守るな」
――――
さらに。
《休息ボーナス》
《次回獲得経験値+20%》
二人。
「いらん」
《連続休息ボーナス》
《二泊目以降――》
「泊まらん!」
すぐ。
キャンプ撤収へ。
《テントを片づけてみましょう!》
魔王。
「これで終わりだな」
ガルド。
「俺はこれで100%を超える」
「羨ましくはない」
「顔が悔しそうだぞ」
二人でテントを畳む。
《キャンプを撤収しました》
《はじめての二人旅》
《達成!》
ガルド。
《87% → 102%》
「終わった!」
魔王。
《42% → 57%》
「まだ半分以上ある!」
ガルド。
両手。
上げる。
「ようやく自由だ!」
《チュートリアル進行度が100%を超えました》
「そうだ!」
《最終確認へ進みます》
ガルド。
止まる。
「……最終確認?」
《チュートリアル卒業試験》
ガルド。
「まだあるのかああああ!」
魔王。
腹を抱えて笑った。
「先輩」
「殺すぞ!」
――――
その時。
別の表示が浮かんだ。
《キャンプ地点の撤収を確認しました》
《復活地点を更新します》
ガルド。
「復活地点?」
魔王。
「何だそれは」
《キャンプ作成時》
《この地点を一時復活地点として登録しました》
二人。
止まる。
「聞いてないぞ」
「説明された記憶はない」
《パーティーメンバーと復活地点を共有しました》
ガルド。
「共有?」
魔王。
「いつ?」
履歴。
《昨夜》
《「共有しますか?」》
《はい》
二人。
「……押したな」
「読まずに」
「押した」
表示。
《現在、一時復活地点は撤収されています》
《以前の復活地点へ戻します》
ガルド。
「俺はリスタだろう」
「我は魔王城だ」
《共有復活地点を確認しています》
二人。
顔。
上げる。
《パーティーリーダー》
《魔王本人》
ガルド。
「待て」
魔王。
「我がリーダー?」
《リーダーの以前の復活地点を優先します》
魔王。
「以前の復活地点?」
記憶。
蘇る。
魔王城。
最深部。
ラスボス戦。
勇者。
薬草。
逃走。
「……まさか」
《共有復活地点》
《魔王城・最深部》
ガルド。
「待て!」
――――
「復活しなければいい」
魔王が言った。
「そうだ。死ななければ問題ない」
二人。
少し安心。
《キャンプ終了時》
《拠点へ戻りますか?》
選択肢。
《はい》
《いいえ》
ガルド。
「リスタへ戻る機能か?」
「おそらく」
「歩くより早い」
魔王。
「押せ」
ガルド。
「お前が押せ」
「なぜ我が」
「リーダーだろ」
「こんな時だけ認めるな」
魔王。
《はい》
押す。
《登録された共有拠点へ帰還します》
二人。
「……共有?」
青い光。
「待て」
「キャンセル!」
《帰還処理中は操作できません》
「待てええええ!」
光。
爆発。
二人。
消えた。
――――
同時刻。
魔王城最深部。
勇者一行。
まだいた。
「どこへ逃げた!」
勇者が魔王専用退避路を睨む。
大魔導士は壁の転移痕を調べ、聖女は負傷者を治療している。
レオンもいた。
「魔王さん、リスタに行ってたりして」
勇者。
「なぜリスタだ」
「僕、変なことがあるとだいたいリスタに戻るので」
「魔王まで貴様基準で考えるな」
その瞬間。
玉座の前。
青い光。
「来る!」
勇者。
聖剣。
抜く。
大魔導士。
杖。
構える。
聖女。
結界。
剣聖。
前。
光。
弾ける。
出てきた。
魔王。
初心者用木杖。
布袋。
キャンプ用鍋。
そして。
ガルド。
初心者用木剣。
布帽子。
丸めた寝袋。
「……」
勇者。
「……」
魔王。
「……」
ガルド。
「……」
レオン。
笑顔。
「おかえりなさい」
「帰ってきたくて帰ったのではない!」
魔王の絶叫が、玉座の間へ響いた。
――――
勇者。
魔王を見る。
「どこへ逃げていた」
「……キャンプだ」
「何?」
「キャンプ」
勇者。
沈黙。
魔王。
胸を張る。
「一泊した」
「なぜ?」
「チュートリアルだ」
「何の?」
「初心者の」
勇者。
長い沈黙。
レオン。
「僕もやりました」
「貴様は黙っていろ!」
大魔導士が魔王を見て、顔色を変える。
「待ってください」
「何だ」
「魔王の魔力」
全員。
見る。
《魔王本人》
《HP 300,000/300,000》
勇者。
「……」
魔王。
「……」
勇者。
「全快している?」
魔王。
少し。
嬉しそう。
「寝た」
「それだけで!?」
「初心者用テントで」
勇者。
聖女を見る。
聖女。
魔王を見る。
聖女。
自分の杖を見る。
「……私、何のために」
「落ち込まないでください!」
レオンが励ました。
――――
さらに。
ガルド。
周囲を見る。
「ところで」
勇者。
「何だ」
「ここ」
「魔王城最深部だ」
「ヴァルハラより先に戻ったな」
グレン。
この場に。
いない。
ガルド。
数秒。
「……俺」
「どうした?」
「自分の街に帰りたかったんだが」
魔王。
「我の復活地点が優先された」
ガルド。
「相棒を解除しろ!」
《相棒状態》
《継続中》
「解除!」
《共同チュートリアル終了後24時間は解除できません》
「二十四時間!?」
勇者。
「相棒?」
二人。
「違う!」
また。
完全に声が揃った。
《相性の良さを確認しました》
《友情度+1》
「今それを出すなああああ!」
――――
その時。
魔王城の床。
別の表示。
《以前のボス戦エリアへ復帰しました》
魔王。
嫌な予感。
「待て」
《中断されていた戦闘を再開します》
勇者。
聖剣。
構える。
「ちょうどいい」
魔王。
「待て!」
《魔王》
《HP 100%》
勇者。
「全快しているな」
「キャンプしたからな!」
《戦闘再開》
ガルド。
「俺は?」
《パーティー共有状態を確認》
ガルド。
「待て」
《魔王本人の相棒として》
《戦闘へ参加します》
「待てええええ!」
世界を守る都市の市長は。
初心者チュートリアルを終わらせるためにキャンプへ行き。
復活地点を共有した結果。
魔王と一緒に。
ラスボス戦へ強制参加させられた。




