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ラスボス前の街が、はじまりの街に宣戦布告した結果――レベル93の将軍が木の棒でスライムと戦う羽目になった  作者: 出水克幸
初心者冒険者がラスボス前の街に行く

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攻略記録その26 魔王、初心者チュートリアルを始める

「我は魔王だ」


「はいはい」


「世界を滅ぼす者だぞ」


「分かりましたぞ。ではまず、冒険者組合へ行ってみましょう!」


「聞けえええええ!」


 はじまりの街リスタ、北門。


 魔王。レベル100。世界の最終敵。


 そんな存在の頭上に、どう考えても似合わない表示が浮かんでいた。


《はじめての街》


《リスタへようこそ!》


《初心者向け案内を開始します!》


 どう見ても初心者だった。


 その正面では、リスタ市長ポポルがいつもの笑顔を浮かべている。


「いやあ、それにしても立派な鎧ですな!」


「我は魔王だと言っている!」


「最近は最初から凝った格好をされる方も多いですからな」


「格好ではない!」


 苛立った魔王が黒い翼を広げる。


 濃密な闇が噴き出し、大地が低く震えた。空まで暗くなり、本来なら周囲の人間が悲鳴を上げてもおかしくない光景だった。


 ところが。


《初心者が周囲を怖がらせないよう》


《演出を簡略化しました》


 ぽふっ。


 黒煙が、申し訳程度に出た。


「……」


 ポポルが感心したように手を叩く。


「おお、手品までできる!」


「殺すぞ」


《初心者同士のトラブル防止のため》


《威圧的な発言をやわらかく補正します》


「皆殺しにするぞ!」


 魔王の口から出た言葉が、途中で勝手に変換された。


「みんなと仲良くしたいぞ!」


 沈黙。


 ポポルの笑顔がさらに深まる。


「よい心がけですな!」


「違う!」


――――


「帰る」


 魔王はそれ以上付き合わず、踵を返した。


 北門を抜けて、一歩。


《チュートリアル進行中です》


《推奨経路から外れています》


「知らん」


 二歩目。


《まずは冒険者組合へ行ってみましょう!》


 三歩目。


《まずは冒険者組合へ行ってみましょう!》


 四歩目。


《まずは冒険者組合へ行ってみましょう!》


「しつこい!」


 ならば空から抜ければいい。


 そう判断して翼を広げた瞬間、今度は身体そのものが重くなった。


《初心者向け移動説明が完了していません》


《飛行移動を一時制限します》


「なぜだ! 我の翼だぞ!」


《まずは》


《歩く》


《走る》


《ジャンプ》


《を覚えましょう!》


「……ジャンプ?」


 ポポルが近くの地面を指さした。


「この辺りで一度跳んでみましょう!」


「なぜ我が」


《ジャンプしてみましょう!》


「断る」


《ジャンプしてみましょう!》


「断る!」


《ジャンプしてみましょう!》


「断ると言っている!」


 五分後。


 世界を滅ぼす者は、誰もいないところを確認してから、小さく膝を曲げた。


 ぴょん。


《ジャンプできました!》


《すごい!》


「……」


 背後からポポルの拍手が聞こえる。


「お上手!」


「殺すぞ」


「仲良くしたいぞ!」


「補正を切れええええ!」


――――


 その頃、道具屋の前では。


「なぜだ!」


 終焉都市ヴァルハラ市長、ガルド・バルバロッサが、別の初心者向け表示に怒鳴っていた。


《装備を一度変更してみましょう!》


 右手には初心者用木剣。腰には本来使っているヴァルハラ製短剣。


 だが、短剣へ手を伸ばすたびに。


《ヴァルハラ製装備は現在のチュートリアル進行度では推奨されません》


 と拒絶される。


「俺の街の装備だぞ!」


 そんな抗議が通るはずもなく、ガルドはもう何日もリスタの初心者講習に拘束されていた。


「ガルドさん」


 道具屋店主が遠慮がちに声をかける。


「何だ!」


「木剣から布の帽子へ変更してみては?」


「武器から帽子は装備変更と言わん!」


《装備部位が異なっても達成できます》


「達成できるのか!」


 ガルドは即座に布帽子を被った。


《装備を変更しました!》


「終わった!」


 歓喜したのも束の間。


《次は》


 ガルドの笑顔が固まる。


《ステータスを確認してみましょう!》


「まだあるのかああああ!」


 その絶叫が、通りの向こうまで響いた。


 ちょうど冒険者組合へ向かっていた魔王が足を止める。


「……今の声」


 ガルドも振り返った。


 視線が合う。


「……」


「……」


「魔王?」


「市長?」


 一拍。


「なぜ貴様がここにいる!」


 二人の声が見事に重なった。


――――


 数分後。


 リスタ中央広場では、ガルドと魔王が向かい合っていた。


 周囲の住民は、なんとなく危険を感じて少し離れている。


 ただ一人、ポポルだけが楽しそうだった。


「お知り合いでしたか!」


「知り合いという言葉で済ませるな!」


 ガルドが怒鳴る。


 魔王も負けじと指を突きつけた。


「こいつの街を滅ぼそうとしている!」


《威圧表現を補正します》


「こいつの街と交流したい!」


「またか!」


 ガルドが黙る。


 魔王をじっと見る。


「……貴様」


「何だ」


「今、初心者補正が入ったな?」


 魔王の顔が止まった。


 逆に魔王は、ガルドの頭上に浮かぶ称号を見る。


《駆け出しのお客さん》


「……貴様もか」


「……お前もか」


 世界を守る街の市長と、世界を滅ぼそうとする魔王。


 両者はこの瞬間、初めてほんの少しだけ分かり合った。


――――


「我は魔王城へ戻りたい」


「俺はヴァルハラへ戻りたい」


「戻れないのか?」


「チュートリアルが終わらん」


 魔王は鼻で笑った。


「愚かだな。初心者向けの案内ごとき、我なら一刻で終わらせる」


 ガルドの眉が動く。


「言ったな」


「言った」


「勝負するか」


「何を?」


「どちらが先にチュートリアルを終えるかだ」


 魔王は一瞬だけ考えた。


「世界を救う勇者が今頃、我を探している」


「俺の街も市長不在だ」


「……」


「……」


「受けよう」


 ポポルが嬉しそうに拍手した。


「初心者同士、切磋琢磨ですな!」


「初心者ではない!」


 二人の声がまた揃った。


 その直後。


《チュートリアル進行度》


《ガルド 63%》


《魔王 4%》


 魔王の顔が引きつる。


「待て」


 ガルドがにやりと笑った。


「どうした、四%」


「貴様、六十三%だと?」


「先輩だからな」


「初心者の先輩になるな!」


「四%が何を言う」


「一時間で抜く」


「やってみろ」


 魔王は即座に歩き出した。


《次の目的》


《冒険者組合へ行ってみましょう!》


「行けばよいのだな」


 全力で駆ける。


《走るを習得しました!》


《経験値を獲得しました》


「いらん!」


 さらに速度を上げようとした瞬間。


《初心者の安全のため移動速度を制限します》


 魔王の走りが、突然競歩くらいまで落ちた。


「なぜだ!」


 ガルドが横を普通に歩きながら言う。


「走るな。一定以上で補正される」


「知っているなら先に言え!」


「敵に教えるか」


「チュートリアルで敵対するな!」


――――


 冒険者組合へ着いた魔王は、乱暴に扉を開けた。


《冒険者組合を発見しました!》


《経験値を獲得しました》


「経験値を出すな!」


「こんにちは!」


 受付嬢が何事もなかったように微笑む。


「我は――」


「言うだけ無駄だ」


 後ろからガルドがぼそりと言った。


「冒険者登録ですね?」


「違う」


 魔王の前に選択肢が浮かぶ。


《はい》


《いいえ》


「我は魔王だ」


《選択肢から回答してください》


「我は魔王だ!」


《選択肢から回答してください》


 ガルドが腕を組む。


「はいを押せ。進まんぞ」


「我は冒険者ではない」


「俺も市長だ」


「それで?」


「登録した」


 魔王はしばらく選択肢を睨みつけたあと、震える指で《はい》を押した。


《冒険者登録を開始します!》


「屈辱だ」


――――


「では、お名前をどうぞ」


「魔王」


「役職ではなく、お名前です」


「魔王」


「ですから、お名前を」


「魔王!」


《入力された名称は一般名詞を含みます》


《本当にこの名前で登録しますか?》


「はい!」


《すでに使用されています》


「誰だああああ!」


 受付嬢が名簿を確認する。


「『魔王』さん、三名いらっしゃいますね」


「三人!?」


「『真・魔王』さんも」


「何だそれ!」


「『魔王二世』さん」


「知らん!」


「あと、『魔王(本物)』さん」


「それにしろ!」


《すでに使用されています》


「そいつ誰だ!」


 後ろでガルドが腹を押さえ始めた。


「笑うな!」


「いや……これは……」


「笑うな市長!」


「魔王(本物)が取られてるぞ」


「殺す!」


《威圧表現を補正します》


「友達になりたい!」


「最悪だ!」


――――


 十五分後。


 登録名は《魔王本人》で決着した。


「なぜ我が偽物対策をせねばならん」


「次に職業を選んでください」


 魔王の顔が上がる。


「職業?」


《おすすめ》


《戦士》


《魔法使い》


《僧侶》


《盗賊》


《弓使い》


《生産職》


「魔王」


《選択できません》


「魔王」


《選択できません》


「我の職業は魔王だ!」


《上級職です》


「上級職!?」


 ガルドが少し得意そうに言う。


「初級職からだ」


「黙れ!」


 さらに、余計な情報が表示された。


《魔王への転職条件》


《レベル90以上》


《闇属性適性S》


《王国敵対度100》


《配下1000体以上》


《城を一つ以上所有》


《世界規模イベントを一度以上発生》


 魔王の胸が少しだけ張る。


「全部満たしている」


《現在の初心者登録では反映されません》


「なぜだ!」


《まずは初級職を選択してください》


 世界のラスボスは、初級職からやり直すことになった。


――――


「……魔法使い」


《魔法使いを選択しました!》


《初級魔法》


《火の玉》


《を習得しました》


 魔王は自分の手を見る。


 本来なら、その指先から世界を焼く《終焉の炎》すら放てる。


 だが今は。


「燃え尽きろ」


 ぽん。


《火の玉》


《6ダメージ》


 練習用かかしの端が、少し焦げた。


 ガルドが呟く。


「六」


「言うな」


「魔王」


「言うな」


「六」


「殺す!」


「仲良くしたい!」


「補正まで笑いに来るな!」


――――


《職業を選択しました!》


《初心者用装備を受け取りましょう!》


 受付嬢が差し出したのは、木の先端に丸い石がついただけの杖だった。


《初心者用の杖》


《魔力+2》


 魔王は、自分が持つ本来の杖を見下ろす。


《終焉王杖アポカリプス》


《魔力+870》


「いらん」


《受け取ってください》


「我にはこれがある!」


《現在のチュートリアルでは》


《初心者用装備の使用を推奨します》


 次の瞬間。


《終焉王杖アポカリプス》


《魔力+870》


 矢印。


《魔力+2》


「同じにするな!」


 受付嬢は初心者用杖を差し出したまま微笑む。


「こちらの方が軽いですよ」


「そういう問題ではない!」


 ガルドが横から木剣を持ち上げる。


「受け取れ」


「貴様」


「俺はもう通った道だ」


「その顔をやめろ」


「どんな顔だ」


「先輩面だ!」


「先輩だからな」


「殺す」


「仲良くしたい」


「もう補正が先回りしてる!」


――――


 三十分後。


 魔王は初心者用杖を装備していた。


《チュートリアル進行度》


《魔王 18%》


「一時間で抜くどころか、まだ十八ではないか!」


 ガルドの表示も更新される。


《ガルド 64%》


 魔王が目を疑う。


「貴様も一しか進んでいないではないか!」


「俺もだ!」


「何をしていた!」


「ステータスを開いた」


「それだけ?」


「それだけで一%だ」


 魔王は初めて、ガルドにほんの少し同情した。


「……長いな」


「ああ」


――――


 次の課題は買い物だった。


《道具屋で回復薬を一つ買ってみましょう!》


 魔王は懐を確認する。


《所持金》


《8,420,000G》


 ガルドの目が止まった。


「お前、金持ってるな」


「魔王だからな」


「貸せ」


「嫌だ」


「市長だぞ」


「知るか」


 道具屋の棚には初心者用回復薬。


《5G》


「百本」


 魔王が言う。


 店主は首を振った。


「まず一つ買ってみましょう!」


「百本」


《チュートリアル中は購入数が制限されています》


《1》


「一個しか買えない!」


 仕方なく五Gを支払う。


《はじめてのお買い物!》


《実績を解除しました》


「……」


《称号を獲得しました》


 ガルドの顔色が変わる。


「待て」


《称号》


《駆け出しのお客さん》


 魔王の頭上。


 そして。


 ガルドの頭上。


《駆け出しのお客さん》


 二人並んで。


 完全なお揃い。


 店主が微笑んだ。


「お揃いですね」


「消せええええええ!」


――――


 夕方。


 リスタ中央広場。


 ガルドと魔王は、初心者装備のまま石段に並んで座っていた。


「進行度は?」


「二十二」


「俺は六十七」


「差が縮まらん」


「甘く見るな」


「貴様、何日これをやっている」


「聞くな」


 しばらく、二人とも空を見上げる。


 先に口を開いたのは魔王だった。


「勇者は今頃、我を探しているだろうな」


「グレンも俺を探しているだろう」


「……」


「……」


 置かれた立場だけは、ほぼ同じだった。


 世界の終盤にいるはずの最重要人物が二人。


 今や、はじまりの街で初心者講習を受けている。


 そこへポポルが一枚の紙を持って駆けてきた。


「お二人とも!」


「何だ」


「何だ」


「初心者さん向けに、ちょうどよい催しがありますぞ!」


 二人が同時に嫌な顔をする。


「初心者ではない」


 差し出された紙には。


《初心者歓迎!》


《二人一組》


《協力チュートリアル大会》


 と書かれていた。


「参加者が一人足りなくて困っていたところです」


「断る」


「断る」


《チュートリアル進行中の冒険者に》


《おすすめイベントがあります》


 二人。


「待て」


《参加すると》


《チュートリアル進行度》


《+20%》


 今度は二人とも黙った。


 ガルドが魔王を見る。


 魔王もガルドを見る。


「……」


「……」


「一時休戦だ」


「異論はない」


 世界を守る都市の市長と、世界を滅ぼす魔王。


 二人は初めて手を組んだ。


 目的は世界平和でも、共通の敵を倒すためでもない。


 初心者チュートリアルを、一刻も早く終わらせるためだった。

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