攻略記録その26 魔王、初心者チュートリアルを始める
「我は魔王だ」
「はいはい」
「世界を滅ぼす者だぞ」
「分かりましたぞ。ではまず、冒険者組合へ行ってみましょう!」
「聞けえええええ!」
はじまりの街リスタ、北門。
魔王。レベル100。世界の最終敵。
そんな存在の頭上に、どう考えても似合わない表示が浮かんでいた。
《はじめての街》
《リスタへようこそ!》
《初心者向け案内を開始します!》
どう見ても初心者だった。
その正面では、リスタ市長ポポルがいつもの笑顔を浮かべている。
「いやあ、それにしても立派な鎧ですな!」
「我は魔王だと言っている!」
「最近は最初から凝った格好をされる方も多いですからな」
「格好ではない!」
苛立った魔王が黒い翼を広げる。
濃密な闇が噴き出し、大地が低く震えた。空まで暗くなり、本来なら周囲の人間が悲鳴を上げてもおかしくない光景だった。
ところが。
《初心者が周囲を怖がらせないよう》
《演出を簡略化しました》
ぽふっ。
黒煙が、申し訳程度に出た。
「……」
ポポルが感心したように手を叩く。
「おお、手品までできる!」
「殺すぞ」
《初心者同士のトラブル防止のため》
《威圧的な発言をやわらかく補正します》
「皆殺しにするぞ!」
魔王の口から出た言葉が、途中で勝手に変換された。
「みんなと仲良くしたいぞ!」
沈黙。
ポポルの笑顔がさらに深まる。
「よい心がけですな!」
「違う!」
――――
「帰る」
魔王はそれ以上付き合わず、踵を返した。
北門を抜けて、一歩。
《チュートリアル進行中です》
《推奨経路から外れています》
「知らん」
二歩目。
《まずは冒険者組合へ行ってみましょう!》
三歩目。
《まずは冒険者組合へ行ってみましょう!》
四歩目。
《まずは冒険者組合へ行ってみましょう!》
「しつこい!」
ならば空から抜ければいい。
そう判断して翼を広げた瞬間、今度は身体そのものが重くなった。
《初心者向け移動説明が完了していません》
《飛行移動を一時制限します》
「なぜだ! 我の翼だぞ!」
《まずは》
《歩く》
《走る》
《ジャンプ》
《を覚えましょう!》
「……ジャンプ?」
ポポルが近くの地面を指さした。
「この辺りで一度跳んでみましょう!」
「なぜ我が」
《ジャンプしてみましょう!》
「断る」
《ジャンプしてみましょう!》
「断る!」
《ジャンプしてみましょう!》
「断ると言っている!」
五分後。
世界を滅ぼす者は、誰もいないところを確認してから、小さく膝を曲げた。
ぴょん。
《ジャンプできました!》
《すごい!》
「……」
背後からポポルの拍手が聞こえる。
「お上手!」
「殺すぞ」
「仲良くしたいぞ!」
「補正を切れええええ!」
――――
その頃、道具屋の前では。
「なぜだ!」
終焉都市ヴァルハラ市長、ガルド・バルバロッサが、別の初心者向け表示に怒鳴っていた。
《装備を一度変更してみましょう!》
右手には初心者用木剣。腰には本来使っているヴァルハラ製短剣。
だが、短剣へ手を伸ばすたびに。
《ヴァルハラ製装備は現在のチュートリアル進行度では推奨されません》
と拒絶される。
「俺の街の装備だぞ!」
そんな抗議が通るはずもなく、ガルドはもう何日もリスタの初心者講習に拘束されていた。
「ガルドさん」
道具屋店主が遠慮がちに声をかける。
「何だ!」
「木剣から布の帽子へ変更してみては?」
「武器から帽子は装備変更と言わん!」
《装備部位が異なっても達成できます》
「達成できるのか!」
ガルドは即座に布帽子を被った。
《装備を変更しました!》
「終わった!」
歓喜したのも束の間。
《次は》
ガルドの笑顔が固まる。
《ステータスを確認してみましょう!》
「まだあるのかああああ!」
その絶叫が、通りの向こうまで響いた。
ちょうど冒険者組合へ向かっていた魔王が足を止める。
「……今の声」
ガルドも振り返った。
視線が合う。
「……」
「……」
「魔王?」
「市長?」
一拍。
「なぜ貴様がここにいる!」
二人の声が見事に重なった。
――――
数分後。
リスタ中央広場では、ガルドと魔王が向かい合っていた。
周囲の住民は、なんとなく危険を感じて少し離れている。
ただ一人、ポポルだけが楽しそうだった。
「お知り合いでしたか!」
「知り合いという言葉で済ませるな!」
ガルドが怒鳴る。
魔王も負けじと指を突きつけた。
「こいつの街を滅ぼそうとしている!」
《威圧表現を補正します》
「こいつの街と交流したい!」
「またか!」
ガルドが黙る。
魔王をじっと見る。
「……貴様」
「何だ」
「今、初心者補正が入ったな?」
魔王の顔が止まった。
逆に魔王は、ガルドの頭上に浮かぶ称号を見る。
《駆け出しのお客さん》
「……貴様もか」
「……お前もか」
世界を守る街の市長と、世界を滅ぼそうとする魔王。
両者はこの瞬間、初めてほんの少しだけ分かり合った。
――――
「我は魔王城へ戻りたい」
「俺はヴァルハラへ戻りたい」
「戻れないのか?」
「チュートリアルが終わらん」
魔王は鼻で笑った。
「愚かだな。初心者向けの案内ごとき、我なら一刻で終わらせる」
ガルドの眉が動く。
「言ったな」
「言った」
「勝負するか」
「何を?」
「どちらが先にチュートリアルを終えるかだ」
魔王は一瞬だけ考えた。
「世界を救う勇者が今頃、我を探している」
「俺の街も市長不在だ」
「……」
「……」
「受けよう」
ポポルが嬉しそうに拍手した。
「初心者同士、切磋琢磨ですな!」
「初心者ではない!」
二人の声がまた揃った。
その直後。
《チュートリアル進行度》
《ガルド 63%》
《魔王 4%》
魔王の顔が引きつる。
「待て」
ガルドがにやりと笑った。
「どうした、四%」
「貴様、六十三%だと?」
「先輩だからな」
「初心者の先輩になるな!」
「四%が何を言う」
「一時間で抜く」
「やってみろ」
魔王は即座に歩き出した。
《次の目的》
《冒険者組合へ行ってみましょう!》
「行けばよいのだな」
全力で駆ける。
《走るを習得しました!》
《経験値を獲得しました》
「いらん!」
さらに速度を上げようとした瞬間。
《初心者の安全のため移動速度を制限します》
魔王の走りが、突然競歩くらいまで落ちた。
「なぜだ!」
ガルドが横を普通に歩きながら言う。
「走るな。一定以上で補正される」
「知っているなら先に言え!」
「敵に教えるか」
「チュートリアルで敵対するな!」
――――
冒険者組合へ着いた魔王は、乱暴に扉を開けた。
《冒険者組合を発見しました!》
《経験値を獲得しました》
「経験値を出すな!」
「こんにちは!」
受付嬢が何事もなかったように微笑む。
「我は――」
「言うだけ無駄だ」
後ろからガルドがぼそりと言った。
「冒険者登録ですね?」
「違う」
魔王の前に選択肢が浮かぶ。
《はい》
《いいえ》
「我は魔王だ」
《選択肢から回答してください》
「我は魔王だ!」
《選択肢から回答してください》
ガルドが腕を組む。
「はいを押せ。進まんぞ」
「我は冒険者ではない」
「俺も市長だ」
「それで?」
「登録した」
魔王はしばらく選択肢を睨みつけたあと、震える指で《はい》を押した。
《冒険者登録を開始します!》
「屈辱だ」
――――
「では、お名前をどうぞ」
「魔王」
「役職ではなく、お名前です」
「魔王」
「ですから、お名前を」
「魔王!」
《入力された名称は一般名詞を含みます》
《本当にこの名前で登録しますか?》
「はい!」
《すでに使用されています》
「誰だああああ!」
受付嬢が名簿を確認する。
「『魔王』さん、三名いらっしゃいますね」
「三人!?」
「『真・魔王』さんも」
「何だそれ!」
「『魔王二世』さん」
「知らん!」
「あと、『魔王(本物)』さん」
「それにしろ!」
《すでに使用されています》
「そいつ誰だ!」
後ろでガルドが腹を押さえ始めた。
「笑うな!」
「いや……これは……」
「笑うな市長!」
「魔王(本物)が取られてるぞ」
「殺す!」
《威圧表現を補正します》
「友達になりたい!」
「最悪だ!」
――――
十五分後。
登録名は《魔王本人》で決着した。
「なぜ我が偽物対策をせねばならん」
「次に職業を選んでください」
魔王の顔が上がる。
「職業?」
《おすすめ》
《戦士》
《魔法使い》
《僧侶》
《盗賊》
《弓使い》
《生産職》
「魔王」
《選択できません》
「魔王」
《選択できません》
「我の職業は魔王だ!」
《上級職です》
「上級職!?」
ガルドが少し得意そうに言う。
「初級職からだ」
「黙れ!」
さらに、余計な情報が表示された。
《魔王への転職条件》
《レベル90以上》
《闇属性適性S》
《王国敵対度100》
《配下1000体以上》
《城を一つ以上所有》
《世界規模イベントを一度以上発生》
魔王の胸が少しだけ張る。
「全部満たしている」
《現在の初心者登録では反映されません》
「なぜだ!」
《まずは初級職を選択してください》
世界のラスボスは、初級職からやり直すことになった。
――――
「……魔法使い」
《魔法使いを選択しました!》
《初級魔法》
《火の玉》
《を習得しました》
魔王は自分の手を見る。
本来なら、その指先から世界を焼く《終焉の炎》すら放てる。
だが今は。
「燃え尽きろ」
ぽん。
《火の玉》
《6ダメージ》
練習用かかしの端が、少し焦げた。
ガルドが呟く。
「六」
「言うな」
「魔王」
「言うな」
「六」
「殺す!」
「仲良くしたい!」
「補正まで笑いに来るな!」
――――
《職業を選択しました!》
《初心者用装備を受け取りましょう!》
受付嬢が差し出したのは、木の先端に丸い石がついただけの杖だった。
《初心者用の杖》
《魔力+2》
魔王は、自分が持つ本来の杖を見下ろす。
《終焉王杖アポカリプス》
《魔力+870》
「いらん」
《受け取ってください》
「我にはこれがある!」
《現在のチュートリアルでは》
《初心者用装備の使用を推奨します》
次の瞬間。
《終焉王杖アポカリプス》
《魔力+870》
矢印。
《魔力+2》
「同じにするな!」
受付嬢は初心者用杖を差し出したまま微笑む。
「こちらの方が軽いですよ」
「そういう問題ではない!」
ガルドが横から木剣を持ち上げる。
「受け取れ」
「貴様」
「俺はもう通った道だ」
「その顔をやめろ」
「どんな顔だ」
「先輩面だ!」
「先輩だからな」
「殺す」
「仲良くしたい」
「もう補正が先回りしてる!」
――――
三十分後。
魔王は初心者用杖を装備していた。
《チュートリアル進行度》
《魔王 18%》
「一時間で抜くどころか、まだ十八ではないか!」
ガルドの表示も更新される。
《ガルド 64%》
魔王が目を疑う。
「貴様も一しか進んでいないではないか!」
「俺もだ!」
「何をしていた!」
「ステータスを開いた」
「それだけ?」
「それだけで一%だ」
魔王は初めて、ガルドにほんの少し同情した。
「……長いな」
「ああ」
――――
次の課題は買い物だった。
《道具屋で回復薬を一つ買ってみましょう!》
魔王は懐を確認する。
《所持金》
《8,420,000G》
ガルドの目が止まった。
「お前、金持ってるな」
「魔王だからな」
「貸せ」
「嫌だ」
「市長だぞ」
「知るか」
道具屋の棚には初心者用回復薬。
《5G》
「百本」
魔王が言う。
店主は首を振った。
「まず一つ買ってみましょう!」
「百本」
《チュートリアル中は購入数が制限されています》
《1》
「一個しか買えない!」
仕方なく五Gを支払う。
《はじめてのお買い物!》
《実績を解除しました》
「……」
《称号を獲得しました》
ガルドの顔色が変わる。
「待て」
《称号》
《駆け出しのお客さん》
魔王の頭上。
そして。
ガルドの頭上。
《駆け出しのお客さん》
二人並んで。
完全なお揃い。
店主が微笑んだ。
「お揃いですね」
「消せええええええ!」
――――
夕方。
リスタ中央広場。
ガルドと魔王は、初心者装備のまま石段に並んで座っていた。
「進行度は?」
「二十二」
「俺は六十七」
「差が縮まらん」
「甘く見るな」
「貴様、何日これをやっている」
「聞くな」
しばらく、二人とも空を見上げる。
先に口を開いたのは魔王だった。
「勇者は今頃、我を探しているだろうな」
「グレンも俺を探しているだろう」
「……」
「……」
置かれた立場だけは、ほぼ同じだった。
世界の終盤にいるはずの最重要人物が二人。
今や、はじまりの街で初心者講習を受けている。
そこへポポルが一枚の紙を持って駆けてきた。
「お二人とも!」
「何だ」
「何だ」
「初心者さん向けに、ちょうどよい催しがありますぞ!」
二人が同時に嫌な顔をする。
「初心者ではない」
差し出された紙には。
《初心者歓迎!》
《二人一組》
《協力チュートリアル大会》
と書かれていた。
「参加者が一人足りなくて困っていたところです」
「断る」
「断る」
《チュートリアル進行中の冒険者に》
《おすすめイベントがあります》
二人。
「待て」
《参加すると》
《チュートリアル進行度》
《+20%》
今度は二人とも黙った。
ガルドが魔王を見る。
魔王もガルドを見る。
「……」
「……」
「一時休戦だ」
「異論はない」
世界を守る都市の市長と、世界を滅ぼす魔王。
二人は初めて手を組んだ。
目的は世界平和でも、共通の敵を倒すためでもない。
初心者チュートリアルを、一刻も早く終わらせるためだった。




