攻略記録その13 敵を倒してないのに、レベルが上がる
「今日は誰も戦わないでください!」
朝。
はじまりの街リスタの冒険者組合。
ミーナの第一声に、集められた五人の初心者たちは目を丸くした。
「……冒険者なのに?」
「はい!」
「魔物、倒さないんですか?」
「倒しません!」
「剣は?」
「抜かない!」
「薬草は?」
「採らない!」
「依頼は?」
「今日は受けない!」
「じゃあ何するんですか?」
ミーナは一瞬黙った。
「……初心者でいてください」
とうとう。
はじまりの街が初心者へ求める仕事が、
初心者のままでいることになった。
原因は昨日、街じゅうに浮かんだあの表示である。
《初心者応援期間を開始します!》
《獲得経験値 二倍》
普通なら祝う。
酒場なら乾杯する。
冒険者なら一晩中狩る。
だが今のリスタでは違った。
昨日まで四十三人いたレベル1〜5の冒険者は、異常な経験値を持つスライムのせいで五人まで減っている。
死んだわけではない。
むしろ全員元気である。
元気にレベルだけ上がりすぎた。
「いいですか」
ミーナは五人を見回した。
「経験値二倍の間、何から経験値が入るか分かりません」
一人の少年が手を挙げる。
「スライムを倒したらですよね?」
「それだけなら楽だったんです」
「え?」
「昨日、薬草を見分けただけで経験値が入った人がいます」
「えっ」
「初めて盾を正しく構えて経験値が入った人もいます」
「えっ」
「町の外へ初めて出て経験値が入った人もいます」
「えっ」
「だから今日は――」
ミーナは力強く言った。
「何もしない!」
五人が顔を見合わせた。
「それ、冒険者として一番ダメじゃないですか?」
「知ってます!」
――――
対策は単純だった。
五人を冒険者組合の一室へ集める。
椅子へ座らせる。
食事を出す。
あとは経験値二倍期間が終わるまで待つ。
「完璧です」
ポポル町長が満足そうに頷いた。
ミーナは不安だった。
「この街で『完璧』って言うと大体何か起きるんですよね……」
「心配しすぎではないか?」
「この三日間を思い出してください」
「……心配した方がよいな」
五人は椅子に座った。
何もしない。
一分。
二分。
三分。
何も起きない。
「ほら」
ポポルが笑った。
「大丈夫ではないか」
「ですね」
ミーナも少し安心した。
そのとき。
五人の一人が言った。
「あの」
「はい?」
「今日、ここに来たの初めてです」
「そうなんですね」
少女が部屋を見回した。
「冒険者組合の二階って初めて入りました」
ミーナの笑顔が消えた。
「……え?」
少女の前に文字が浮かんだ。
《新しい場所を発見しました!》
「待って」
《冒険者組合・二階》
《発見経験値を獲得しました!》
「場所を見つけただけで!?」
《初心者応援期間》
《獲得経験値 二倍》
「そこにも乗るの!?」
光。
少女の体を淡い光が包む。
《レベルが上がりました!》
「うそおおおおお!」
ミーナが叫んだ。
少女は震えながら自分の表示を見る。
「レベル……6です」
初心者。
残り四人。
「部屋から出して!」
ミーナが叫ぶ。
「いや待て!」
グレンが止める。
「外へ出れば廊下を初めて発見するかもしれん!」
「じゃあどうするんですか!?」
「この部屋に置く!」
「もう発見済みだから安全ってことですか!?」
「他に案があるか!」
「ない!」
初心者を守るため。
部屋から出せなくなった。
開始十五分。
早くも対策は軟禁になった。
――――
「じゃあ俺たちは大丈夫だよな?」
残った四人のうち、一人の少年が言った。
「俺、この部屋来たことあるし」
ミーナが確認する。
「本当に?」
「はい。登録した日に説明受けました」
「じゃあ大丈夫……かな」
「暇だなあ」
「何もしないでくださいね」
「分かってます」
少年は机の上に置かれていた冊子を手に取った。
『新人冒険者の心得』
「読むだけならいいですよね?」
ミーナが止まる。
「……読むだけ」
「はい」
「読んでも経験値って普通は……」
冊子を開く。
一ページ目。
『魔物と遭遇した場合は――』
《冒険者の基礎知識を習得しました!》
「閉じて!」
少年が反射的に冊子を閉じた。
遅かった。
《知識経験値を獲得しました!》
《初心者応援期間》
《獲得経験値 二倍》
《レベルが上がりました!》
「本を読んでもダメなの!?」
少年が叫ぶ。
ミーナは頭を抱えた。
「もう文字見ないで!」
「無茶言わないでください!」
初心者。
残り三人。
――――
「何もしない」
ミーナは黒板に大きく書いた。
「読むのもダメ」
一行追加。
「初めての場所へ行くのもダメ」
さらに追加。
「知らないものを見るのも危ない」
グレンが首を傾げた。
「見るだけでもか?」
「発見判定があるかもしれません」
「では目を閉じさせるか?」
「そこまでします!?」
「初心者を守るためだ」
「初心者を何から守ってるのか分からなくなってきました!」
そのとき。
一人の少年の腹が鳴った。
ぐうううう。
「あ」
ポポルが笑う。
「朝食をまだ食べておらんのか」
「はい」
「なら食べるとよい」
「待って」
ミーナが止めた。
「何を食べるんです?」
「これです」
少年が机の上のパンを取った。
「普通の丸パンです」
「食べたことあります?」
「もちろん」
「じゃあ……大丈夫かな」
一口。
もぐもぐ。
何も起きない。
二口。
何もない。
「よかった……」
ミーナが胸を撫で下ろす。
少年が横に置かれた小瓶を見る。
「このジャム、何ですか?」
ミーナの顔が固まった。
「触らないで」
「え?」
「初めてですか?」
「はい」
「絶対食べないで!」
だが。
少年はすでにパンへ塗っていた。
「なんでです?」
「新しい食べ物だから!」
「食べ物で経験値なんて――」
一口。
《新しい料理を食べました!》
「あるの!?」
《食事記録に登録されました》
《実績条件を達成しました》
「実績!?」
《実績》
《はじめての木苺ジャム》
「そんな実績いらない!」
《実績達成経験値を獲得しました!》
《初心者応援期間》
《獲得経験値 二倍》
光。
《レベルが上がりました!》
少年がパンを持ったまま固まる。
「……ジャム食べただけです」
「分かってます……」
初心者。
残り二人。
スライムは一匹も倒していなかった。
――――
昼。
リスタでは緊急通達が出た。
《初心者の皆さまへ》
《経験値二倍期間中、以下の行動を控えてください》
・魔物討伐
・採取
・新規地域への移動
・新技能の習得
・未読の書籍閲覧
・新しい料理の飲食
・初めて見る施設への入場
その下に。
ミーナが小さく書き足した。
《その他、初めてやること全般》
掲示板を見た冒険者が呟いた。
「もう初心者って何もできなくない?」
「言わないでください」
その横。
商人が別の看板を立てていた。
『経験値ゼロ保証生活セット』
「何ですか、それ」
「初心者向け新商品です」
ミーナの目が細くなる。
最近、商人を見るだけで嫌な予感がするようになった。
「内容は?」
「食べ慣れたパン」
「はい」
「飲み慣れた水」
「はい」
「読んだことのある本」
「はい」
「行ったことのある場所だけを記載した地図」
「地図いります?」
「新しい場所を見ないためです」
「なるほど……いや、なるほどじゃない!」
「さらに」
商人は得意げに布をめくった。
そこには。
ただの椅子。
「何ですか?」
「初心者待機椅子」
「椅子ですよね?」
「一度座ったことがある人専用です」
「再利用を売りにしないで!」
「経験値が入らない実績があります」
「実績って言っちゃった!」
すでに売れていた。
この世界では。
問題が起きる。
冒険者が攻略する。
商人が売る。
最近ずっとこれだった。
――――
一方。
道具屋。
「ようやく買えたぞ!」
ガルド・バルバロッサは回復薬を握りしめていた。
終焉都市ヴァルハラ市長。
戦争を始めた男。
現在。
初心者チュートリアル中。
《回復アイテムを一つ買ってみましょう!》
昨日は初心者用回復薬が売り切れ、進行不能になっていた。
今朝。
ようやく入荷した。
「これで先へ進める!」
ガルドが5Gを払う。
《回復アイテムを購入しました!》
《買い物に成功しました!》
「当然だ!」
《初めて道具屋で商品を購入しました》
「……初めて?」
ガルドの眉が動く。
《実績を解除しました!》
《はじめてのお買い物》
「待て」
《実績達成経験値を獲得しました!》
「待てと言っておる!」
《初心者応援期間》
《獲得経験値 二倍》
光。
《レベルが上がりました!》
ガルドが震えた。
「買い物でレベルが上がった……」
店主が拍手する。
「おめでとうございます!」
「めでたくない!」
《称号を獲得しました!》
「まだあるのか!?」
《駆け出しのお客さん》
「いらん!」
《称号を装備しますか?》
「しない!」
《称号を装備しました》
「なぜ聞いた!」
ガルドの頭上に。
《駆け出しのお客さん》
と表示された。
「消せえええええ!」
道具屋の外。
通行人が振り返る。
「あ、市長だ」
「称号ついてる」
「駆け出しのお客さんだって」
「見るな!」
ヴァルハラ市長。
威厳。
順調に消滅中。
――――
そのころ。
冒険者組合では、残る初心者二人が完全静止していた。
「もう何も触らない」
「はい」
「読まない」
「はい」
「食べ慣れてないもの食べない」
「はい」
「新しい場所に行かない」
「はい」
「知らない人とも話さない方がいいかもしれません」
「そこまで!?」
「初対面実績とか怖いので」
二人は椅子へ座った。
目の前には壁。
知っている壁。
昨日も見た壁。
完璧だった。
「これなら大丈夫です」
ミーナが言う。
ポポルも頷く。
「うむ」
一時間。
何も起きない。
二時間。
何も起きない。
「いける」
ミーナが小さく呟いた。
三時間目。
突然。
ぽん。
二人の前に表示が出た。
《累計プレイ時間が規定値に達しました》
ミーナが固まる。
「……何?」
《実績を解除しました》
《冒険者生活・十時間》
「時間でも!?」
《実績達成経験値を獲得しました!》
「何もしてないのに!」
《初心者応援期間》
《獲得経験値 二倍》
光。
一人。
《レベルが上がりました!》
二人。
《レベルが上がりました!》
ミーナは机へ突っ伏した。
「もうどうしたらいいの……」
戦わない。
ダメ。
歩かない。
ダメ。
読まない。
食べない。
新しいことをしない。
全部ダメ。
最後には。
生きて時間が経過しただけで経験値が入った。
初心者。
残り。
ゼロ。
――――
「全滅です」
夕方。
町役場。
ミーナが言った。
グレンが顔を上げる。
「死者が出たのか?」
「違います」
「では?」
「初心者が全員レベル6以上になりました」
「……」
「朝五人」
「うむ」
「現在ゼロ」
「……」
ポポルが青ざめる。
「リスタに初心者がいなくなった?」
「はい」
「はじまりの街なのに?」
「はい」
「初心者が?」
「ゼロです」
はじまりの街。
初心者人口。
ゼロ。
ポポルは椅子へ座り込んだ。
「町の存在意義が……」
「まだ町はありますから!」
「しかし初心者がおらん!」
「新しい冒険者が来れば――」
言いかけて。
ミーナが止まった。
新しい冒険者。
初回来訪。
初めての町。
初めての冒険者組合。
初めての宿。
初めての道具屋。
初めての薬草。
初めてのスライム。
初めての料理。
初めての依頼。
初心者という存在は。
初めてだらけである。
「……最悪だ」
「どうした?」
グレンが尋ねる。
「初心者って」
ミーナが顔を上げた。
「一番、実績解除しやすい人たちです」
室内が静まり返った。
「つまり?」
「経験値二倍と一番相性がいい」
ポポルが震えた。
「よいことでは?」
「悪い意味でです!」
――――
そして。
その日の夕方。
北門から一人の少年が入ってきた。
十五歳ほど。
背中に新品の木剣。
腰に小さな革袋。
見るものすべてが珍しいらしく、きょろきょろと街を見渡している。
「ここが……リスタ」
少年は笑った。
「今日から俺も冒険者だ!」
門番の顔色が変わった。
「待て!」
「え?」
「動くな!」
「えっ?」
「何も見るな!」
「えっ?」
「誰とも話すな!」
「ええっ!?」
ミーナたちが全力で走ってくる。
「そのまま!」
ミーナが叫ぶ。
「一歩も動かないで!」
「何で!?」
「あなた今レベルいくつ!?」
「1ですけど」
全員の表情が変わる。
リスタ最後の希望。
新しい初心者。
「大丈夫」
ミーナがゆっくり近づく。
「まだ何もしてないですよね?」
「はい」
「町に入っただけ?」
「はい」
「初めて?」
「はい」
ミーナが固まる。
「……初めて?」
ぽん。
少年の前。
《はじまりの街リスタを初めて訪れました!》
「来た!」
《地域図鑑に登録されました》
「いらない!」
《実績を解除しました》
《はじめての街》
「やめて!」
《初回来訪ボーナスを獲得しました!》
「ボーナスまで!?」
《初心者応援期間》
《獲得経験値 二倍》
少年が光った。
《レベルが上がりました!》
「ええええ!?」
少年が自分の両手を見る。
「俺、何した!?」
ミーナが叫ぶ。
「街に来た!」
「それだけ!?」
「それだけ!」
少年の表示。
レベル3。
まだ。
ぎりぎり初心者。
「止まって!」
ミーナが叫ぶ。
「絶対そこから動かないで!」
「でも冒険者登録を――」
「後で!」
「宿を――」
「行かない!」
「武器を――」
「買わない!」
「じゃあ俺、何しに来たんですか!?」
誰も答えられなかった。
その瞬間。
空に。
大きな文字が浮かんだ。
《初心者人口の減少を確認しました》
ミーナの顔が引きつる。
「嫌な予感しかしない」
《初心者支援効果が不足しています》
「不足してない!」
《追加支援を検討します》
「検討しなくていい!」
ポポルが窓から身を乗り出す。
「何をする気だ!?」
《初心者の成長機会をさらに増加します》
「増やさないでえええ!」
表示が切り替わる。
《初心者応援期間》
《追加特典》
《レベルアップ時》
《HP・MP全回復》
沈黙。
グレンが首を傾げた。
「それは普通に便利ではないか?」
ミーナは空を見た。
そして。
遠く。
東草原を見る。
昨日から経験値効率のおかしいスライムがいる。
一匹倒す。
レベルが上がる。
全回復する。
また倒せる。
また上がる。
また全回復。
冒険者たちなら。
この表示を見て。
必ず。
何かを思いつく。
「……グレンさん」
「何だ?」
「東門、閉めて」
「なぜだ?」
「今すぐ!」
遅かった。
広場の向こうから。
冒険者の声が聞こえた。
「おい!」
「レベルアップで全回復だってよ!」
「じゃあ回復薬いらなくないか!?」
「狩り続けられるぞ!」
「東草原行こうぜ!」
人が走り出す。
商人も走り出す。
なぜか道具屋の店主まで走り出した。
「待ってえええええ!」
ミーナが追いかける。
経験値二倍。
レベルアップ全回復。
初心者救済。
単体なら。
全部ありがたい機能だった。
組み合わせると。
ろくなことにならなかった。
はじまりの街リスタは。
初心者を守ろうとするたびに。
初心者が最も危険な存在になっていった。




