↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は派遣です。契約外の溺愛はお断りします!〜異世界へ通勤したら、婚約破棄させるはずの王太子に本気で求婚されました〜  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/40

第31話 世界中に、次の台詞が表示されました

玉座の間から逃れ、私たちは王宮の長い回廊を地下へと向かって走っていた。

背後からは、貴族たちの悲鳴と怒号、そして硬いものがぶつかり合うような異様な音が絶え間なく響いてくる。


「っ……くそ、なんだこれは!」


先頭を走っていたヴィルヘルムが、突然空を睨みつけて足を止めた。

私もそれに気づき、息を呑んだ。

大理石の壁、窓の外の空、そして私たち自身の足元の床。

視界に入るあらゆる場所に、青白い光を放つ無機質な文字列が浮かび上がっていたのだ。


『近衛兵A:王太子を捕らえろ! 彼は錯乱している!』

『貴族B:逃げろ、悪女が魔術を使ったぞ!』

『リリーナ:殿下を助けて! 誰か!』


それは、会社が用意した『修正用台本』の決定台詞だった。

今までは私のような派遣スタッフの端末や、対象者の脳内に直接(修正圧として)干渉していた指示が、世界の処理能力を超えたのか、物理的なテキストとして空間そのものに強制表示され始めたのだ。


「……殿下。これが、会社が私たちを『資産』として管理している証拠ですわ」


私は震える声で言った。

システムの強制力は、表示された台詞をその人間に無理やり言わせようと、周囲の人間たちに容赦なく襲いかかっていた。


「がぁっ……! あ、頭が割れるっ……!」


少し離れた回廊の先で、一人の近衛兵が頭を抱えて蹲った。

彼の頭上には『王太子を捕らえろ!』という指示が出ている。彼はヴィルヘルムへの忠誠心からその行動を拒否しようとしているのだが、システムは彼に激痛を与え、剣を抜く衝動へ追い込んでいた。


「よせ! 剣を置け!」


ヴィルヘルムが近衛兵に駆け寄ろうとしたが、ギルベルトがそれを制止した。


「殿下、いけません! 彼らは今、強烈な修正衝動に抗いきれない。近づけば斬られます!」


ギルベルトの言葉通り、痛みに耐えかねた数名の兵士たちが、虚ろな目のままこちらへ向かって剣を振り上げて走り出していた。

彼らには殺意などない。ただ、表示された台詞と行動を強要されているだけだ。


「……くそっ、このままでは皆が壊れてしまう!」


ヴィルヘルムが歯を食いしばる。

彼自身も、頭上に薄っすらと『罪人ヨリエルを斬り捨てる』という赤い文字列が浮かびかけていたが、彼の強靭な精神力がそれをバチバチと弾き飛ばしている状態だった。


「急ぎましょう、殿下! 大元である地下の『契約核』を破壊しなければ、この強制力は止まりません!」


私が叫ぶと、ヴィルヘルムは力強く頷き、再び走り出した。

リリーナも、ギルベルトの背中を追いかけながら必死にドレスの裾を握りしめて走る。


「私の台詞は『誰かに助けを求めて泣き叫ぶ』ことみたいです……。でも、もう泣きません。私は、私の足で走ります!」


彼女の頭上にも指示文が点滅していたが、彼女はそれを完全に無視し、自らの意思で前へ進んでいた。

かつては「可哀想なヒロイン」として泣くことしかできなかった彼女が、今は誰よりも強い足取りで破滅の台本に抗っている。


私たちは迫り来る修正衝動に駆られた兵士たちの攻撃を、ヴィルヘルムとギルベルトの剣で最小限に弾き飛ばしながら、王宮の最深部――地下の宰相専用区画へと続く重厚な鉄の扉の前に辿り着いた。


「この奥だ。だが、この扉は……」


ヴィルヘルムが扉の鍵穴を確認し、顔をしかめた。

そこには、宰相の金庫と同じ、強力な魔力錠が幾重にも施されていた。


「私の魔力でこじ開けるには、数分かかる。その間に追手が来れば……」

「わたくしがやりますわ」


私はヴィルヘルムの前に進み出た。

私の業務端末は、星名部長の強制介入によってエラーを吐き続けているが、システムとの接続自体はまだ完全に切れていない。

私は端末の設備台帳から扉の魔力錠を選び、正規の【保守・避難時強制解錠】画面を開いた。


「契約核の異常で、勤務中のスタッフと現地住民が危険区域に閉じ込められています。これは設備保守条項上の緊急避難です」


世界修正の警告ログと現在地を添付し、私は手順書通りに解錠申請を送信した。管理者の許可がなくても、人命に関わる場合だけ起動できる保守機能だ。


《緊急保守条項第八条を適用。一時解錠を実行します》


鉄の扉の表面に浮かんでいた魔法陣が一つ、また一つと光を失っていく。

魔力で固められた扉を、契約上の安全手順が内側からほどいていった。


ガコンッ!

最後の魔法陣が砕け散り、重たい鉄の扉がゆっくりと内側へ開いた。


「開きましたわ! 急いで……っ!」


私が振り返りかけた、その瞬間だった。


《警告:管理者承認を経ない緊急保守操作を検知しました》

《防衛プロトコルを起動します》


端末の画面が真っ赤に染まり、強烈な電撃のような痛みが私の両手を襲った。


「きゃあっ!」

「依子!」


私が端末を取り落としそうになるのを、ヴィルヘルムが背後から抱きとめてくれた。

手のひらが焼け焦げるように熱い。会社側が、私のシステム干渉を物理的なダメージで妨害しにきたのだ。


「大丈夫か!?」

「はい、なんとか……。でも、早く行かないと」


私は痛みを堪えながら、開かれた扉の奥を指差した。

その先には薄暗い地下通路が続き、最奥をもう一枚の重厚な金属扉が塞いでいた。扉の隙間から漏れる青白い光が、心臓のような間隔で明滅している。

この世界を狂わせている『契約核』は、あの向こうだ。


端末が、漏れ出した反応に含まれる未知の物質を解析する。


《契約核内に『因果結晶』を検出》

《現地住民の大規模な感情変動から生成。世界間転送燃料として貯蔵中》


ようやく、星名部長たちが悲劇に固執した本当の理由が見えた。

契約金だけではない。人を極限まで泣かせ、恐れさせ、絶望させるほど、異世界派遣を動かす高価な燃料が生まれる。彼らは住民の心を、転送資源として採掘していたのだ。


その時、私の業務端末が鋭い音を立て、新しい通知を吐き出した。


《緊急通報回線への送信要求を検知》

《送信者:ミサキ》

《送信可能時間:残り九十秒》


「ミサキ先輩……!」


現代側でも、彼女が境界庁への細い回線をこじ開けようとしている。

私たちが契約核へ辿り着くまでの時間と、ミサキ先輩が証拠を送れる時間。二つの世界で、別々のカウントダウンが同時に走り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。