第28話 断罪式が、一日前倒しになりました
「ヨリエル・フォン・ローゼンベルク! 王家侮辱の教唆、および王太子殿下への不敬罪で同行を命じる!」
夜明けの光が王宮の窓を白く染め始めた頃。
私の自室の扉が乱暴に蹴り破られ、完全武装したグランツ宰相の私兵たちが雪崩れ込んできた。
剣の柄に手をかけ、威圧的に私を取り囲む男たち。
断罪式――いえ、宰相が仕組んだ『公開審問』が、強引に一日前倒しされた結果だった。
「……ノックの仕方もご存じないのね。無作法なこと」
私は寝間着からすでに完璧なドレスへと着替えを済ませており、優雅に扇を広げて彼らを冷たく見下ろした。
昨夜、旧礼拝堂でギルベルトから事態の急変を知らされた私たちは、即座に動いた。
宰相の隠し金庫を開ける本来の鍵――銀の懐中時計は、今も宰相が肌身離さず持っている。
だが、ヴィルヘルムが一度だけ金庫を開いた時、端末の保守記録には魔力錠を迂回した波長が自動保存されていた。保守画面から一度だけ再現できるその波長を使えば、鍵なしで金庫を再び開けられる。
私が正面で宰相を引きつける間に、ギルベルト卿がリリーナさんを救出し、二人で裏帳簿を回収する。それでも、圧倒的に時間が足りない。
だからこそ、私は自ら囮になることを提案したのだ。
『わたくしが正面から逮捕され、審問の壇上に立ちます。わたくしが時間を稼いでいる間に、ギルベルト卿とリリーナさんは別経路で証拠を揃えてください』
『だが、それでは君が一人で宰相の悪意に晒されることになる!』
『殿下。わたくしはクレーム対応のプロですわ。理不尽な要求を捌いて時間を稼ぐのは、事務員の得意分野です』
ヴィルヘルムは苦渋の表情を浮かべたが、最後には私の覚悟を尊重してくれた。
必ず助けるという彼の言葉と、昨夜のキスの温もりを胸に刻み、私は今、自らの足で破滅の舞台へと歩み出そうとしている。
「さあ、案内なさい。どうせ行く場所は同じなのでしょう?」
私が毅然と言い放つと、私兵たちは一瞬気圧されたように顔を見合わせたが、すぐに荒々しく私の両脇を固め、王宮の大広間へと連行していった。
審問の場として用意された玉座の間は、異様な熱気に包まれていた。
壁際には無数の貴族たちが詰めかけ、中央には赤い絨毯が敷かれている。
そして、一段高い玉座の前に立つのは、漆黒の軍服を纏った王太子ヴィルヘルム。
その傍らには、勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべるグランツ宰相が控えていた。
「罪人、ヨリエル・フォン・ローゼンベルクを連行いたしました!」
私兵の声が響き、広間中の視線が一斉に私へと突き刺さる。
軽蔑、嘲笑、そして悪女の転落を期待する残酷な好奇心。
これが、会社が高値で売ろうとしている『悲劇のクライマックス』の空気だ。
「ヨリエル嬢。あなたには数々の容疑がかけられている」
グランツ宰相が、わざとらしく芝居がかった声で口を開いた。
「リリーナ男爵令嬢への度重なる暴行と嫌がらせ。そして、昨日の茶会においては、彼女を脅迫して殿下への求愛を拒絶させた教唆の疑い。……何より、王太子殿下を蔑ろにした不敬罪だ」
「すべて事実無根ですわ。わたくしは脅迫などしておりません」
私は扇を閉じ、宰相の濁った目を真っ直ぐに見据えながら反論した。
受け身になって俯くつもりは毛頭ない。私がここで堂々と時間を稼げば稼ぐほど、ギルベルトたちが裏帳簿を確保する確率は上がるのだ。
「往生際が悪いぞ、ヨリエル!」
「証拠があるなら出してみなさいな。憶測だけで婚約者を罪人に仕立て上げるなど、王国の法が許して?」
私の強気な態度に、周囲の貴族たちがざわめき始める。
宰相は微かに眉をひそめ、苛立たしげに自らの胸元にある『銀の懐中時計』に触れた。
あの時計こそが、裏帳簿の隠された金庫の本来の鍵だ。
だが、ギルベルト卿たちが使うのは、私が魔石に移した一度限りの保守用波長。宰相が時計を持ったまま油断している今こそ、金庫を開ける唯一の好機だ。
時間は、もう少し必要なようだ。
その時、私の視界の端で、透明な業務端末が毒々しい赤色に点滅し始めた。
《警告:物語の進行に著しい停滞を検知しました》
《物語運営部より、強制介入を実行します》
ビキィッ!という、空間そのものが軋むような嫌な音が脳内に響いた。
星名部長だ。彼女は私がただの囮として時間を稼いでいることに気づき、この状況を無理やり台本通りに終わらせるため、システム側から強権を発動したのだ。
「……っ」
広間の空気が、急激に重くなる。
役割契約の強制力が極限まで高まり、空間そのものがヴィルヘルムに『正しい結末』を強要し始めたのだ。
「殿下」
宰相が、ヴィルヘルムに向かって深く頭を下げた。
「この悪女は、これ以上王室に置いておくわけにはいきません。どうか殿下の口から、正式なる婚約破棄と、彼女の追放を宣言していただきたい」
宰相の言葉を合図にするように。
ヴィルヘルムの頭上に、システムが生成した巨大な光の文字列が浮かび上がった。
それは、派遣スタッフである私にしか見えない、この舞台の絶対的な『決定台詞』。
『ヨリエルとの婚約を破棄する』
その台詞が、システムからの強烈な『修正圧』となって、ヴィルヘルムの身体と脳を縛り付けるのがわかった。
彼の顔から血の気が引き、額には脂汗が浮かんでいる。
口を開き、その文字列を読み上げれば、システムによる激痛から解放される。そして物語は悲劇の結末を迎え、彼は翌日、処刑される運命へと突き進むことになる。
「……でん、か」
私は思わず声を漏らした。
昨日、彼が記憶を失うほどの痛みを味わったことを知っている。
システムが強制する台詞。それに逆らうことがどれほどの苦痛を伴うのか。
ヴィルヘルムは震える手で自らの胸の奥――『選択記録帳』をしまったポケットを強く握りしめ、ゆっくりと顔を上げた。
青い瞳が、痛みに耐えながらも、私を真っ直ぐに捉えている。
運命の断罪式が、今、最大の山場を迎えようとしていた。




