第23話 台本の外で、私たちは作戦会議をします
「断罪式――いえ、次回の公開審問まで残り九日。ここから先は、情報を完全に共有して動きます」
王宮の奥深く、結界の張られた隠し部屋。
私は大きなマホガニーの円卓に白紙の羊皮紙を広げ、羽ペンを手にした。
王太子ヴィルヘルムと、男爵令嬢リリーナ。この世界の中心人物二人が、現代のいち派遣社員である私を囲むように身を乗り出している。
「まず、私たちの最終目標は二つです。一つはグランツ宰相の不正を暴き、失脚させること。もう一つは、わたくしたちを縛る『役割契約』そのものを無効化し、会社の干渉を断ち切ること」
私がスラスラと羊皮紙に要点を書き出していくと、ヴィルヘルムが腕を組んで頷いた。
「ただし、役割契約は一つの操作では止まりません。復旧時に保全したログによれば、停止には三つの条件が必要です」
私は羊皮紙に、三本の線を引いた。
「第一に、中心配役である殿下、リリーナさん、そして私が、自分に与えられた役を理解した上で拒絶すること。第二に、この王国の名で登録された『運営同意』を、正当な王権者が正式に撤回すること。第三に、現代側の監督機関――境界庁が、会社の運営免許を停止することです」
「同意そのものが偽造でも、システム上は王国の承諾として残っているということか」
「ええ。だからこそ、殿下ご自身の言葉で無効を宣言していただく必要があります」
「わかった。公開審問を逆に利用し、国の記録に残る形で撤回する」
役を拒み、現地の同意を撤回し、運営者の資格を止める。
心、国、会社側の三層をすべて外さなければ、この契約は別の命令に形を変えて残り続けるのだ。
「宰相の不正を暴くには、あの夜に手に入れ損ねた『裏帳簿』が不可欠だ。帳簿庫を開ける鍵は、やはり宰相が肌身離さず持っている銀の懐中時計で間違いない」
「ですが殿下、宰相は警戒を強めています。あの時計を奪うのは至難の業では?」
リリーナが冷静な指摘を挟む。
彼女の言う通りだ。狩猟祭での暗殺失敗以降、宰相は近衛兵すら信用せず、私兵を周りに配置している。
「だからこそ、奪うのは『公開審問の場』しかない」
ヴィルヘルムの青い瞳に、冷徹な知性の光が宿った。
「断罪式という舞台は、宰相が私を失脚させるための最高の見せ場だ。彼は必ず、その場にすべての証拠と権力を持ち込んでくる。私が糾弾され、王位継承権を剥奪される瞬間を特等席で見るためにな」
「つまり、敵が一番油断するその瞬間を狙って、罠を張り巡らせるのですね」
「その通りだ。私は王太子の権限を最大限に使い、公開審問に中立派の貴族と王国記録院の書記官を入れる手配をする」
ヴィルヘルムの言葉に、私は頼もしさを感じて小さく息を吐いた。
彼が公的な場と王国側の記録を整えてくれるなら、私はミサキ先輩と境界庁へ繋ぐ裏の段取りに集中できる。
「わたくしは、運営会社のシステムログから、彼らがどのような演出で断罪式を進めようとしているか、進行表を完全に洗い出します」
私は業務端末を空中に呼び出し、復旧セッションに残っていたデータを開いた。
「彼らが用意した台詞のタイミングや、修正圧がどの瞬間に強くかかるか。それを事前に把握できれば、カウンターを合わせることができますわ」
「私も、協力します」
リリーナが、凛とした声で名乗りを上げた。
彼女の瞳にはもう、ヒロイン特有の怯えたような光はない。
「私が眠るたびに見る『夢』は、会社が用意した次のシーンの映像です。誰がどの位置に立ち、どんな言葉でヨリエル様を責め立てるか。そのすべてを私が書き起こして、依子様のデータと照らし合わせます」
「助かるわ、リリーナさん。あなたの記憶力と観察力は、私たちにとって最高の武器よ」
私が微笑むと、リリーナは誇り高く頷き返してくれた。
ヴィルヘルムが権力と物理的な盤面を整え、リリーナが未来の映像を予知し、私がシステムのログと証拠を統合して段取りを組む。
誰一人として欠けてはならない、完璧な役割分担だった。
「身分も、生まれた世界も違う私たちが、こうして一つの机を囲んでいる。……奇妙な縁だが、悪くないな」
ヴィルヘルムが、羊皮紙に書かれた私たちの作戦図を見下ろして、ふっと口角を上げた。
私も同感だった。
現代のオフィスで、孤独にキーボードを叩いていた時よりも、今のほうがずっと「仕事をしている」という充実感がある。彼らは私を交換可能な駒としてではなく、対等な当事者として頼ってくれているのだから。
「さて、依子」
不意に、ヴィルヘルムが私の本名を呼んだ。
その響きに心臓がドクンと跳ねるのを必死に無視して、私は「はい」と背筋を伸ばした。
「一つ懸念がある。私たちが断罪式で宰相の不正を暴き、台本を壊したとして、君の言う『会社』はそれを黙って見過ごすのか?」
その鋭い指摘に、私は表情を引き締めた。
「見過ごさないでしょうね。彼らは強制的に世界を書き換える『自動修正』や、最悪の場合は世界そのものを巻き戻す権限を持っているかもしれません。だからこそ、もう一つの目標である『役割契約の無効化』が必要なんです」
「どうすれば、その契約とやらを壊せる?」
私は業務端末の深い階層のシステムログを表示させた。
私が強制回収を逃れた際の、システムのエラー履歴の解析結果だ。
「この世界の住人を縛っている役割契約は、決して無形の魔法ではありません。会社がシステムを通じてこの世界に干渉するためには、必ず物理的な『中継地点』が必要です」
「中継地点……」
「はい。データのログを遡った結果、この王宮の敷地内に、常に本社と通信を行っている巨大なデータ送受信の反応がありました。それが、この世界の台本を管理している『契約核』です」
私が端末の画面に王宮の図面を投影し、反応があった地点を赤く光らせる。
その場所を見た瞬間、ヴィルヘルムとリリーナの表情が同時に険しくなった。
「……ここは」
「王宮の地下、ですね」
リリーナがゴクリと息を呑む。
ヴィルヘルムの青い瞳が、赤く点滅するその地点を鋭く射抜いていた。
「ああ。ここはただの地下ではない。グランツ宰相だけが立ち入りを許されている、専用の厳重保管区画だ」
「宰相の専用区画……」
私は息を吐いた。
やはり、すべては繋がっている。宰相は単に会社に台本を発注しただけでなく、王宮の地下に彼らのシステムを物理的に招き入れ、自らの手で守っていたのだ。
「断罪式で宰相を失脚させると同時に、地下にある『契約核』を破壊しなければ、私たちは永遠にこの台本から逃れられませんわ」
厳しい事実だった。
だが、隠し部屋の机を囲む私たちの心に、もはや諦めはなかった。
「上等だ。敵の心臓の場所がわかったのなら、あとはそこを抉り出すだけだ」
ヴィルヘルムの低く力強い声に、私とリリーナは深く頷いた。
役割を押し付けられた三人の反撃が、今、ここから始まるのだ。




