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5-1 勇者アンドリュー

連載を長期中断します。詳しくは活動報告をご覧ください。

 



 勇者の剣と一般的に呼ばれている神剣は、正式には「均衡の(つるぎ)」と言うらしい。


 本来は魔王を討伐するための剣ではなく、この剣自ら討伐されるべき存在(もの)と、使い手を選んでいるそうで、相応しい()が来ると剣の方が勝手に使い手の前に現れる、とされているようだ。

 魔王を倒す勇者の剣として知られているのは、実は単なる結果論で、単純に好戦的かつ人族に繰り返し侵略してきた魔族の王を倒すために多く使われてきた歴史からで、事実、時には暗愚と言われた人族の王や、非道な行いを繰り返すエルフの魔導師が討伐対象となったと記録に残っているらしい。



 伝聞調ばかりなのは、今、正に自分の目の前でその説明をされていたからだった。


 アンドリューの右手には、握ってもいないのにくっついて離れない均衡の剣があり、目の前には剣を追いかけてきたセインガルズ王国からの使いが居る。

 空を飛んできた剣に追尾魔法でも掛けていたのか、窓から飛来してきた剣がアンドリューの右手に収まった後、さほど時を置かずしてやって来たのだ。


 一度剣を抜き放てば、持ち主も剣を認めたということで手から離れる様になるが、剣が定めた相手を倒す義務が生じ、しなければ苦痛に苛まされるという「それは呪いの剣だろう」と突っ込みたくなるような追加説明を披露してくれた。


 確かに、右手から左手に持ち替えることはできても、手から離れない上に、なんとなく剣を抜きたいという欲求が段々と強くなって来ている。今は耐えられるが、そのうちに居てもたってもいられなくなるのかもしれない。……まだ剣を抜いていないのに、既に呪われている様で非常に苛立たしかった。


 剣の定めた相手というのは刀身に名前が映るので、抜いてみて誰なのか確認させてほしい、セインガルズ国は王族が代々剣の守護を務めてきたので、映った相手を討伐する際、国を挙げて協力をさせて貰うというのがあちらの言い分であった。




「──それで、剣に選ばれておめでとうございます、とでも言いたいのか?」


 ルーデヴェルデ伯爵家の現状を知っているであろう使者……宮廷魔導師長マードックと名乗った老人へと、アンドリューは冷ややかに告げた。

 王家の使いは、本来は王の代弁者であるから丁重にもてなすのが普通だ。が、アンドリューはそんな(いとま)を与えず、上座を譲ることもしなかった。

 勇者認定されたから身分の上下の軛を外れたと言うよりも、今現在、ルーデヴェルデ伯爵家は喪に服していたからであり、家族全員がその対応に追われていたからであり──姉のセレナウィーゼが亡くなった理由が、セインガルズの王女にあるからだった。

 対外的には姉が王女を暗殺しようと画策したことになっている。姉は抗議の自害をしたが、それすらも、罪の意識に耐えられなかったからだと言わんばかりの対応をされ、姉の無実を確信していた家族は、姉を陥れた王家そのものに深い憤りを感じていた。


「セインガルズ王家から使者が来たと思えば、謝罪でもなくお悔やみの言葉を述べるでもなく、まず、勇者の剣か」

「均衡の剣の主を探すという急務ゆえの無礼、平にご容赦を。姉君様の事は誠にご愁傷様でした。……伯爵夫人が体調を崩されていることも、聞き及んでおります」


 頭を下げる魔導師だったが、アンドリューの目には慇懃を通り越して無礼に見える。こちらが口にしたから頭を下げているという態度が透けて見えるのだ。


「あくまでも個人的な意見ではありますが、エリスリーゼ王女の毒殺未遂事件に関して、結果以上の情報を口にできぬことも、申し訳なく思っております」


 国ではなく、一個人を主張すればどうとでも言えるだろう。書面ならば後に残るが、言葉だけなら消えてなくなり、姉の名誉は回復されず、ルーデヴェルデ伯爵家も今のままでは王女の暗殺を謀った身内を輩出した家として、今代で終わってしまう。

 アンドリューが勇者となれば、少なくとも取り潰しは免れる。迷う必要もないだろうと言わんばかりの態度に、張り付いて離れない均衡の剣でうっかり切り付けないようにするのに、かなりの忍耐が必要だった。





 姉のセレナウィーゼが、隣国フランデルの第二王子、テオドールと結婚したいと言い出したのが数年前のこと。

 セインガルズに留学しに来ていた第二王子と同じ学園に通っていただけの共通点しかないと思っていた姉が、突然そんなことを言った為、家族中が驚いたものだった。


 伯爵家ではあっても、所詮地方領主の娘だ。他国とはいえ王族の縁談なぞ、格を考えれば断りたくても断れない。それでも、第二王子が帰国の途に就く時に側妃として連れて行きたいと言われれば、尚更父親で現当主であるアレクセイを初め、家族は心穏やかには居られなかった。

 伯爵では身分が低いと言うのなら、国の有力貴族に養女として迎えて貰い、正妃として迎え入れる方法もあるのに、最初から側妃と明言されることは、いつかは身分のある別の女性を迎えるのだと言われたも同然だったからだ。

 婚姻相手の身分が高かろうとも、大切な家族を誰が最初から日陰の身に置きたいなどと思うだろうか。


 娘の意思を確認したが、騙されている訳でもなく、脅されている訳でもなく、側妃でいいから王子と婚姻すると言うのだからお手上げだった。


 アンドリューもその場に居たので、姉に納得のいく理由を説明するように請うと、セレナウィーゼは

「あまり大きな声では言えないのだけれど、側妃と明言されているのは理由があるの」

 と前置きをして教えてくれた。


 王太子である第一王子と第二王子は同い年。王妃から生まれたのが現王太子である第一王子で、第二王子は側妃から生まれた子であるようだ。

 第二王子自身は王になりたいと思うほどの野心はなく、兄である第一王子には、はっきりと「王である兄上の補佐として、国に身を捧げたい」と申し入れている。

 だからと言っては何だが、母親が違っても比較的兄弟仲は悪くなく、定期的な交流を欠かさずに行っているために、翻意を疑われることはない。


 だが、問題はお互いの母親の方だった。

 なんとしてでも我が子を王位につけたいと権勢を競い、足を引っ張り合うのは日常茶飯事であり、時には暗殺者を差し向けたり、毒殺を試みたりと醜い争いを繰り返している。

 だから、婚姻さえも周囲に配慮をせざるを得ないらしい。


 第一王子は当たり前の様に国の為になる相手と婚約しているが、第二王子は相手の身分如何によってはまたぞろ王位を狙っている……あるいは第二王子自身でなくても、生まれた子供を王位に就けようと画策していると疑われ兼ねない。

 それでも、せめて結婚する相手は自分で選んだ女性を、と相手を探した時に恋に落ちたのがセレナウィーゼだったようだ。


「別にそれだったら普通に結婚すればいいだろう」

 公爵家の娘ならまだ身分が高いから警戒されるのは分かるが、伯爵家の娘がなぜそんなに警戒されなければいけないのか分からないとルーデヴェルデ伯爵は言い、アンドリューも、セインガルズの方がフランデルよりも国力が上だからそんなことを言われるのかと思った。

 だが、セレナウィーゼは首を横に振った。


「そのルーデヴェルデの名が問題だったみたい」


 第二王子も国に黙って婚約はできないから、妻に望む前に打診をしたようだ。

 第二王子に相応しい人物かどうかセレナウィーゼの事を調査し、返ってきた返事が、ルーデヴェルデ辺境伯の娘との結婚では王妃が納得しないかもしれないというものであった。


「私自身は、領地だけは大きい田舎領主の娘だって感覚だったんだけど、辺境伯となるとただの伯爵よりも格上の認識なのね」


 辺境伯は国境付近を領土とする領主に授けられた称号だが、家族の認識は、セレナウィーゼの感覚とほぼ等しい。

 確かに領地だけは広く、与えられている権限も、他の領に比べれば大きいかもしれないが、ほとんどが荒野の様なあまり役に立たない土地だ。本来家を出ることになる三男……アンドリューの事だが、二男と併せて長男の補佐をしてほしいから、できれば領外へ行かないでほしいと言われているくらい広大ではあるが、伯爵家の領域を越えた先、中立地帯を挟んでの向こう側は魔族の領域だった。

 好戦的な魔族であっても普段は自らの領域から出てはこないが、戦争になれば真っ先に侵攻される場所だから、自分たちで判断し、行動しなければ蹂躙されて終わってしまう。

 向こうが襲ってこない限りはこちらから戦う事はしないが、魔王が代替わりするとふらふらと魔族が迷い込んでくる為、宣戦布告する権利は辺境では必要な権限であり、何も特別権力が強い訳ではない。


 そして、国外へ行くと特にルーデヴェルデ辺境伯の評価は高いらしい。先祖代々その地に住み、魔族と戦ってきた武門の誉れと言われ、特に現ルーデヴェルデ辺境伯の三人の息子の武勇は、国外まで轟いているのだと言う。

 アンドリュー自身もそれなりに剣の腕に自信はあるが、二人の兄に勝てたためしがないので、騎士団を抜けて既に父の補佐をしている長兄と、入れ替わりに騎士団に入っている次兄が勇名を轟かせているのは知っているが、その中に自分まで含まれるとは思ってもみなかった。

 兄達と違って領地から出たことがないアンドリューのしたことと言えば、魔族との小競り合いでちょっと活躍したかもしれない、くらいだ。


「要は、権力争いが激化して武力を持ち出してきた場合の事を警戒されているんだと思うの」


 側妃の子ならば継承権は低くなるので、そもそも争いにならないと示すことができると言う事のようだ。


 その後、お忍びで領地までやって来た第二王子が、セレナウィーゼを正妃だと思っているので、絶対にとは言えないまでもこれ以上の妃を迎えるつもりはない事と、第一王子が王になった暁には、正妃にするつもりでいると明言してくれた為に、日陰の立場なれども安心して送り出すことができたのだが、待望の第一子が男の子だったと連絡が来たばかりのある日、セインガルズ国の第一王女エリスリーゼとフランデルの第二王子──この時は既に公爵になっていたが──テオドールとの婚約が発表されたのであった。





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