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あれ以来、1つだけ変わった事があった。
ギョロの行為だ。
前は外でパンを渡してきたのに、小屋の中で食べさせようとしてくる。
ドアを開けっぱなしにして、俺を招こうとするが無視する。
閉じ込められたら逃げ場がない。
ウッドデッキの手すりに止まって、一向に動かない俺に今日もギョロは諦めて外でパンを渡してきた。
俺はそれを食べると、さっさと縄張りに引き返して行く。
ギョロはそんな俺を右腕を上げて見送らずに走って追いかけてきた。
ギョロは俺が近くの森に引っ越してきた事に気づいていた。
俺が低空飛行で毎日周辺の森に去って行くのを見ていたからだろう。
俺がよく寝床にしている場所は小川が側にある木だ。
俺がそこに止まると、ギョロは木の根本に座り込んで俺を見上げて動かなくなってしまう。
時折、ギョロは自分の広い肩を叩いて俺に期待の眼差しを寄越すが、見ないふりをする。
そしていつもは暗くなったら諦めて帰るくせに、今日は日が暮れても帰らなかった。
お前、帰れよ。
そんな思いは届かず、夜空に満月が浮かんでも焚き火もせずに居続けるギョロに俺はとうとう降参した。
何の予告もなく俺がギョロの広い肩に止まると、一瞬驚いていたがすぐに満面の笑顔に変わった。
小屋に向かって歩き出すギョロ。俺が大人しく肩に止まったままでいると、歩く速度が速くなった。
小屋に着くと、ギョロは緊張した面持ちでドアを開けて、俺の様子を見ながら中に入った。
ギョロは俺を気遣ってか、ドアは閉めなかった。
俺は居室をぐるりと見回した。誰も住んでないんじゃないかと思うぐらい飾りけがなく、なんだか寂しい感じの部屋だった。
そんな中、ベッドの横に置いてある止まり木は酷く目立っていた。
長い木は帽子掛けのようにも見えるが、枝に葉っぱが付いているから違うのだろう。
俺がそこに止まると、ギョロは嬉しそうにニマニマしていた。
暫く俺の姿を見ていたが、俺が首を後ろに回して背中の羽に嘴を乗せて寝たふりをすると、ギョロはようやくベッドで横になった。
静かな部屋、息遣いでギョロが眠ったことを悟ると、俺は通常の体勢に戻した。
ギョロのベッドを見る。
ドアが開きっぱなしで満月の光りが入っているから、ギョロがこちらを向いて寝ている事はなんとなく分かった。
目を見ても石にならない俺としては、ギョロはただの人間だ。しかも、こうして眠っていれば普通の人間と変わりない。
むしろ魔鳥である俺の方が危険だろう。
襲うつもりはないが、首を狙って本気で引っ掻けば簡単に…。
それなのにこうして無防備に眠られると、複雑な気分になった。