第九話 いないふり
新しいプールでの体験講習二回目。
講習が始まるのをプールサイドで待っていると、女の子たちに声をかけられた。
「果港小の子だよね?」
私はうなずく。私の通っている学校の名前だ。
「果港小ってさ、お母さんが誘拐してたんでしょ? きおこいのまいちゃんのママ!」
お母さんと誘拐という言葉で、すぐ分かる。みみちゃんのママだ。人形を拾ってしばらくして、私は連れ去りにあいかけた。犯人はみみちゃんのママ。危ないところを近所のおじいちゃんといなりあげに助けてもらった。
その後、ネットで色々見たけど、みみちゃんのママは昔、芸能人になるのを目指していたらしい。でもオーディションにいっぱい落ちて、オーディションが受けられない年齢になってからは、自分の子供にその夢を託した。
でもみみちゃんは幼稚園のころからお花屋さんになりたい子で、みみちゃんのお姉ちゃんであるまいちゃんは、きおこいに出たりしたけど、あんまりそういうの好きじゃなかったらしい。
おねえちゃんをオーディションで勝たせるため。
そしておねえちゃんの代わりになる女の子がほしくて、いっぱい誘拐してたみたいだ。
あと、前に和子ちゃんが見せてくれたみみちゃんママのお人形のお洋服。
あれは誘拐した子が着ていた服を、人形用のアイドル衣装にリメイクして売っていたらしい。
そういうのがいっぱいニュースであったので、みんな気になるんだろう。私、小学校のこととか何にも言ってないのに。誰が言ったんだろう。
「会ったことある?」
私は頷く。
「どんな人だった?」
「普通のお母さんだよ、あんまり変な感じじゃない」
私は嘘をついた。私のことを攫おうとしたときも、お弁当屋さんでみみちゃんのおねえちゃんを怒っていた時も、どっちも普通じゃなかった。変だった。
でも、ホラーみたいに何かに憑りつかれてるんじゃなくて、本当に変わっちゃったんだなって分かる感じ。だから余計怖かった。今私が持ち歩いているよく分からない人形のほうが、100倍くらいマシ。
「かわいいこ誘拐されてたんでしょ? アイドルになれそうな」
「たぶん」
「じゃああたし大丈夫だ。かわいくないもん」
「そんなことないよー」
女の子たちは勝手に盛り上がる。こういう時すぐ否定しないと、悪く言われる。そういうのが面倒だけど、ちゃんとやらないといじめられる。そう思ってすぐに否定しようとしたけど、ひとりの女の子が「そういうの不謹慎って言うんだよ」と注意した。
「ふきんしん?」
「死んじゃってる子いっぱいいるんだから。それにそんなこと言ってると殺しに来ちゃうよ。それに、同じ学校だったら怖かっただろうし」
「確かに……ごめん。同じなら狙われちゃってたよね」
女の子たちは私に謝る。私は「いや……」と首を横に振った。
なんだか気まずい雰囲気だけど、想像してた感じにならなかった。
こういうの、テストじゃなかったの?
可愛くないって、ちゃんと否定しなきゃいけないテスト。
もしかして、「かわいくないから大丈夫」って言っていた女の子は、ただ思ってたことをいってただけなのかな?
「じ、実は、お弁当屋さんにすごく、いっぱい大きい声でしゃべってるの見て、ちょっと怖い時、あったかも」
「え~」
周りの女の子たちは、辛そうな顔をした。さっきと違って興味津々な感じは薄い。
「じゃ、じゃあさ……最近出るって言うけど、ほんとだったりする?」
輪の中の女の子が首を傾げた。
「最近出る? 何が?」
「その子のお母さんが、おばけになって、子供探して回ってるって。夢が諦められなくて、成仏できなくて。だから遅い時間まで歩いていると、連れていかれちゃうって、そういう噂が……」
「こーら!」
頭の上から声が振ってくる。春木先生だった。
「生身の人間だぞ相手は、駄目だぞ」
春木先生は普段のはつらつな感じと違って、厳しい顔で怒る。女の子たちは「はあい」と返事をして、ぴたっと気を付けをした。
私も無言でそれにならう。
みみちゃんのママが、成仏できずにいる。そして連れてかれる。遅い時間まで歩いていると。
私はプールの水面を眺める。
なんでも願いを叶えてくれる、ちょうだい様。
みみちゃんママが成仏できずおばけになっているなら、なんでちょうだい様に願わないんだろう。幽霊とそれっぽい神様なら、一緒な感じがするけど。
でもみみちゃんママの願いが叶ったら。
私は連れてかれるのかな。
プール講習が終わり、私はプールのスタッフルームに向かった。理由は講習会のお金の振込用紙がないから。パパが失くしたのだ。
パパは忘れっぽいし、都合が悪くなると忘れたふりをするので、どっちか分からない。振込用紙だってわざと失くしたのかもしれない。私はモヤモヤしながら扉の前に立つ。
学校は必ずノックをと言われているけど、こういう時わかんない。ノックして「学校じゃないんだから」とか言われたらちょっと嫌。そっと部屋に入る。
ちょうど中に人がいた。鎌田先生だ。よかった春木先生じゃなくて。先生は元気すぎる。鎌田先生は元気が無さすぎるし、やっぱりパパに似てて嫌な気持ちするけど、春木先生への嫌さと鎌田先生の嫌さは全然違う。鎌田先生への嫌な感じはほぼ八つ当たりだし。
そっと鎌田先生にちかづくと、鎌田先生はスマホのカメラを棚から抜き取っていたところだった。
まずいところを見たかもしれない。私は無言で後ずさる。気配を消すのは得意。すごく前、パパがママからなにか連絡が来たっぽいところに居合わせてしまって、その時も気配を消して見ないふりをして乗り切ったから。私はいったん部屋を出てから、大きめにノックをした。見てませんアピールのつもりだ。あと普通に、振込用紙がほしい。パパが失くしたから。何でこんなことに。パパのせいだ。
「誰かいませんかー」
声をかける。返事がない。居留守されてる。やっぱりなんか危ないやつじゃん。鎌田先生悪いことしてるんだ。悪いことしてるから出てくれない。パパが振込用紙を失くしたばっかりに。
「どうしたー?」
鎌田先生に居留守をされる私に、春木先生が声をかけてきた。もういや。振込用紙を失くしたパパへの恨みと、今もなおスタッフルームに立てこもっている鎌田先生への恨みが増す。
鎌田先生が出てきて振込用紙渡してくれれば良かったのに。なんで春木先生。
「実は、パパが振込用紙失くしちゃって、講習会の」
「あ~失くしたんだな? パパのせいにしちゃ駄目だぞ」
ほら。
私の予想は当たった。こうなると思った。
パパはよく渡したプリントを失くす。私はちゃんと渡してる。そして新しいのを貰おうとすると、人のせいにしちゃ駄目って言われる。
パパの失くしもの、大体私のせい。
パパも頑張ってるから、あんまりそういうことがあったって言わないようにしてる。傷つきそうだから。お仕事頑張ってるし。
知られないようにしてるけど、知ってほしいって思う時もある。特にパパが授業参観に来てくれない時。
「ちょっと待っててくれな、中入っていいぞ」
春木先生は扉をガラッと開ける。中には鎌田先生がいた。
「あれ、鎌田先生いたんすね」
春木先生は不思議そうにしている。私が来ていたのに鎌田先生はなんで出なかったんだろうと不思議そうだ。「あの人棚をいじってたんです」って言いたいけど、普通に怖い。みみちゃんママのこともあるし、知らない大人は怖い。仕返しとかされたらいやだし。
こっちには呪いの人形があるけど、あくまで「っぽい」がついている。漢字ドリルで画数の多い漢字だけ消してくる呪いだ。春木先生は別に漢字ドリルなんてしない。歯が立たない。負けちゃう。
そんな鎌田先生は、気怠そうな顔で「ああ、ハイ」と言うだけだった。学校でそんな返事の仕方したら、絶対怒られる。大人ってそう。学校じゃ挨拶しろって言うけど、大人同士あんまり挨拶しないし。
「振込用紙、悪いけど今日切らしてるんだよな……系列のところから持ってくるから、遅くなってもいいか? ちゃんと車で送ってくから。今日俺戸締りしなきゃいけないからすぐは無理でさ」
春木先生に送ってもらうの、嫌すぎる。私が失くした前提で話してくるし。私、失くしてないのに。嫌だなぁと思っていれば鎌田先生が「俺が見てますよ、その生徒」とスマホを見ながら言った。
「春木先生は、系列に振込用紙取りに行って、俺がその生徒と待ってるほうが、春木先生後々遠回りしなくて済むと思います。俺が今日、閉めやるんで」
「そ、そうか?」
春木先生は「でも」と濁すが、「俺がチャリで行ってもバイトなんで、用紙貰えるか分かんないし」と付け足す。春木先生は戸惑いがちに「じゃあ、よろしく」と鎌田先生に私を頼んでしまった。
どうしよう。
鎌田先生と春木先生を待つことになってしまった。




