第十話 こわいはなし
全部パパのせいだ。むすっとしながら椅子に座る。プール内も更衣室も廊下も、閉館時間が近いことで薄暗くなっていた。私と先生は施設に入ってすぐの受付そばのソファに座っていた。
「親に連絡は」
鎌田先生はギリギリ二単語の会話を持ちかけてくる。私は「しました」と返した。メッセージをいれたけど、どうせパパは見ない。パパは通知だけ見てそのまま既読つけない時と、本当に読んでない時があって、面倒くさい。
「……それ今流行ってるやつ? 中身が、分かんないってやつ」
鎌田先生が私が鞄につけているお人形を横目に見た。
「ちがいます」
「へー」
「ゴミ捨て場で拾ったやつです」
「え、怖、汚い」
鎌田先生は驚いていた。スタッフルームで謎の行動をして居留守するような鎌田先生でも怖いと思う人形なんだこれ。
「洗ったんです。重曹とかもかけて」
「へーよく見れば、すんごい険しい顔してる。なにこれ、大丈夫なの?」
鎌田先生が引いた。スタッフルームで謎の行動をして居留守するような鎌田先生でも引く人形なんだこれ。
「ホラーとかさ、そういうにハマる年なのは、仕方ないだろうけど、汚いよ普通に、ゴミ捨て場のものとか」
普通に注意された。スタッフルームで謎の行動をして居留守をするくせに。
パパに似てるのもあって、恨みが募る。でも八つ当たりなのも、ちゃんと分かってる。それに春木先生に対しては、本当に何もされてないのに嫌って思ってるだけだし。今だって、振込用紙遠くまで取りに行ってもらってるし。
「鎌田先生は、おばけいると思いますか」
質問すると、鎌田先生は黙った。自分の質問だけ答えさせて無視してくるのかと思えば、「あー……」とよく分かんない声を出す。
「いてほしくは、ある。映画とかゲームに出てくるような、グロ系とか、怪物みたいなのは……嫌だけどさ」
「なんで」
「死んだ人間には、会いたいから」
辛いこと全部飲み込むみたいな言い方で鎌田先生が呟いた。不貞腐れた子供みたいな目だ。パパがよくやるやつ。
「化け物がでてくるようなのは、普通にフィクションだし、馬鹿らしいし、ああいうのはさ、怖がらせて金儲けするために色んな大人が会議とかしてるし? そういうのだから」
鎌田先生が突然饒舌になった。パパが嘘つく時に似てる。
「じゃあ、ママは知ってますか」
「は?」
めちゃくちゃキツい言い方だった。委縮すると「ママって何」と続きを促される。
「なんか……かわいい子を、捕まえるママが出るって……聞いて」
「そういうのは薫陶の亜種だよ」
「くんとうのあしゅ?」
「ああ、分かんないかまだ。小学生は」
鎌田先生は誰もいない受付を眺めながら話す。パパみたいだった。パパも私と目を合わせない。
「こう、危ない道とかさ、すんごい、グロい事件があるとしてさ、通じないじゃん。幼稚園生くらいのときは分かんなかったけど、今になって分かることってない」
ママの離婚。
すぐ思いついたけど言わなかった。だって、それを言うと空気がざわざわするから。こういうことなのかも。幼稚園の時ならたぶん言ってた。
「分かんないだろうから、おばけがいるって言って、その道を怖がらせて通れないようにする、みたいな。ちゃんと説明しても分かんないだろうから、怖い話をわざわざ作る」
「へー、じゃあ怖い話でみんなを守ってるってことですか?」
「でも結局嘘。作り話だから」
鎌田先生はどうでもよさそうに話す。
「それにさ、嘘ついて得するようにするやつもいるから」
「得?」
「まんじゅうこわいみたいな? 小学生ってさ、落語とか聞きに行かされない? 授業のあまりみたいな時間で」
そんな時間はない。今は。これからあるのかもしれない。私は首をひねる。
「あるんだけどさ、男がいて、そいつはまんじゅうが好きなんだけど、まんじゅうが怖いって嘘つくの。みんなそいつを怖がらせようとして、まんじゅう持ってきてくれるから。嘘ついてまんじゅう貰おうとするわけ。結果は成功」
「へー」
逆ドッキリみたいな感じなのかも。
「周りに嘘つかないと、饅頭貰えない男の話。まぁ、饅頭程度ならいいんだろうけど、金でやったら捕まるから嘘は駄目だよ」
鎌田先生は忠告してくる。もしかして振込用紙、私が嘘ついてるって疑ってるのかも。
「振込用紙、本当にパパが失くしたんです」
「へー」
「本当です」
「別に疑ってない」
鎌田先生は投げやりに返した。
「本当に?」
「疑われるの嫌なのに疑わないでほしい」
鎌田先生はげんなりしていた。申し訳ない。
「ごめんなさい」
「こういうことよくあるの?」
「パパ、よく忘れる」
「そういう病気?」
「普通に……忘れるだけ。お仕事のことは覚えてる」
「うわ……」
鎌田先生が顔色を悪くした。薄暗い中でも分かるくらい、嫌そうな声だった。
「パパ側の覚えはあるわ。はあ」
鎌田先生がパパ、と呼ぶの、不思議だ。なんか「父親」とか「お父さん」って呼んでそうなのに。
「それパパに言ってる?」
「なにを」
「失くしものして、自分じゃないか疑われてるの」
「言ってない。パパ傷つきそうだし」
「言ったほうがいいよ。今日言いな。実際、帰り遅くなってるし。何かあってからじゃ」
鎌田先生は少しだけ優しい口調に変わった。
「思い知らせたほうがいい」
でもすぐに冷たい口調に変わる。
「思い知らせたほうが」
念を押すみたいに。
鎌田先生と待っていると、プールにパパがやってきた。
「こんな時間までなんで……」
どうやらメッセージをちゃんと読んでないらしい。混乱状態だ。いつもこう。送るメッセージをちゃんと読まない。仕事のメッセージはちゃんと読んでるみたいなのに。私のだけ。
「鎌田くん?」
私のそばにいた鎌田先生を見て、パパが驚いている。知り合い?
鎌田先生はぼんやりパパを見ていた。なにかを思い出そうとしている。
「職業体験……」
パパの言葉に、「ああ」と鎌田先生が目を見開く。
「すみません、その節はどうも、ごめんなさい。まさか、ここで会うとは思わず、会社だったら違うんですけど、すみません」
鎌田先生はパパを思い出したらしく、謝りっぱなしだ。不思議に思っていれば、パパが「鎌田くんが中学のころ、パパの会社に、職業体験に来てて、お仕事の体験をしに」と説明する。じゃあ、前からの知り合いだったんだ。
「えっ……プールで働いてたの……? 今大学生だっけ」
「ハイ。バイトで」
「そっか」
パパは鎌田先生がプールでバイトしているのが不思議みたいだ。なんでだろ。鎌田先生は「娘さんだったんですね」と私を見た。
「ああ、うちの娘……まさか鎌田くんがいるなんて……普段は、別のプール通ってるんですけど、夏休みだけ体験にって、綺麗だからって……」
「そうなんですね」
「でも鎌田くんがいるなら、こっちに通うのも……」
「やめたほうがいい」
鎌田先生はすぐに断った。すごい勢いだった。あまりの勢いに普段淡々としているパパも驚いている。
「夏休みに安く体験させて、友達作らせて、その後秋に割高にするんで。シルバーウィークに合わせて、特訓とかって名目で。元のプール問題ないなら、元のがいい」
「そ、そっか、ありがとう」
「いえ……っていうか、あの、疑われてましたよ」
鎌田先生は視線を落とし、身体を左右に揺らしながら俯きがちに言う。
「え」
「振込用紙、失くしたんじゃないかって。普通に周りの大人は、子供が、パパが失くしたって言っても、パパのせいにしてるって思うんで。パパが失くしたんだなあなんて、思わないから。色々、言われてて、色々言った奴が振込用紙取りに行ってるんで、あれですけど」
すごい早口だった。「そうだったんですね」とパパはいつになく傷ついた顔で私を見る。ちょっとむっとした。普段私が何を言っても受け取ってる感じがしないのに。鎌田先生の言うことはこんなにすんなり届く。
「まぁ、忙しいでしょうし、俺も、全然、人のこと言えないので、よく、弟に同じことしてたし、一応、報告っていうか、まぁ、以上です」
振込用紙を失くしたことを春木先生に疑われたの、鎌田先生に聞こえてたらしい。やっぱり居留守してたんじゃん、とモヤモヤした。なんか棚から出し入れしてたから、居留守せざるをえないんだろうけど。
「ありがとう鎌田くん」
「別に。お礼は、いいです。そこ座れるんで、そのうち振込用紙持ってくる人間が出てくると思うんで。俺は施錠とかあるんで、俺は閉め作業してきます」
鎌田先生はそそくさと去っていく。足音がだんだん聞こえなくなって、しーんと静まり返った。パパは何にも言わない。パパが次に喋ったのは、春木先生が戻ってきた時だった。ごめんなさいって沢山謝って、春木先生や鎌田先生に感謝を伝えていた。
でもその後、私と二人になってからは何にも言わなくなった。
真っ暗な帰り道、パパが「鎌田くん」と呟く。私が疑われてたことの話をするのかなと、ちょっと期待した。
でも駄目だった。
「鎌田くんに変なこと言ってないか」
注意だった。
「変なことって何」
「鎌田くん、色々苦労しているから。あんまり迷惑かけないようにしなさい」
パパはそれだけ言って、また黙る。期待して損した。いっつもパパはこうなのに。がっかり。もう期待なんかしない。
家に帰ってお人形に「パパは私のことなんてどうでもいいのかも」と言うと、翌日漢字ドリルの画数の多い漢字だけやっぱり消されていた。今度、100円ショップで鍵を買って引き出しにつけようと思う。お人形も味方じゃない。




