第十一話ちょうだい様の正しいルール
新しいプールに通い始めて、2週間が経った。あれからすごく鎌田先生と喋ったりすることはない。逆に鎌田先生の態度がぎこちなくなった。
気持ちは分かる。私と前のみみちゃんみたいだから。知り合いになったけど、知り合いとしてどう接していいか分かんない。私も同じ。パパの知り合いらしいけど変に馴れ馴れしくして、なんだこいつって思われたくない。
一方で、プールの子たちとは少し話すようになった。
「そっちの学校さあ、9月に運動会ある?」
講習が終わり更衣室に戻ろうとすると、他の子たちがのんびり声をかけてきた。
「11月だよ」
「いいなあ。うちの学校9月なんだよ! 暑くて死んじゃうよ~! ママたちが怒っててさ~学校に言ってるんだけど駄目なんだって~」
みんなうんざりしている。9月の運動会。うちの学校は何年か前に何人かバタバタ熱中症で倒れてから11月になった。
「プール大会になんないかなぁ」
「無理でしょ絶対、プール自体ないんでしょ? そっちの学校」
うなだれる女の子に別の子がとどめをさす。
「プールがない?」
プールがないって何だろう。どの学校にもプールはあるはずなのに。
「不審者が出たんだって。それでさー学校の屋上にプール作ることになったんだけど、それまではプールの授業無しでさ。水も抜いてて、この時期にプールの授業ないなんて死んじゃうよー」
不審者。
怖い。成仏できてないらしいみみちゃんママも怖いけど。そういうのも怖い。怖いことがいっぱいだ。
「じゃあちょうだいさまにお願いすれば?」
女の子の一人が言う。
「ちょうだいさまってそんなプール復活も出来るのかな?」
「不審者を消しちゃうとか」
「えー死んじゃうってこと? バチ当たりそう。そういうお願いしたら、呪いになって戻ってくるって言うじゃん。私がお願いしたらさ、うちのハムが殺されちゃったらやだー」
女の子がブンブン顔を横に振る。他の子が「この子ハムスター飼ってるんだよ」と教えてくれた。
「じゃあ、屋上のプール早くできますようにって言えばいいんじゃない?」
「でもさー、それって私のお願いが、プールになるってこと? ちょうだいさまって、一人一回?」
「分かんない」
みんな首をかしげる。
「そもそもさ、ちょうだいさまのルールってなんでみんな知ってるのに、みんなそれは分かんないんだろう」
一人がぽつりと言った。
「ちょうだいさまって知ってる?」
質問の矛先が私に向いた。私はちょうだいさまのルールを知ってる。学校で女子たちが話をしていた。
「うん、学校の子たちから聞いたから」
「学校? なんで? 果港小の子って、他にいなくない?」
確かに。学校の女の子たちは、このプールに通ってない。
「ルールはなんて感じ?」
「え……誰もいない、このプールで、水の音が絶え間なく響く日に、ちょうだいさまちょうだいさま、お越しくださいって」
「夜のプールじゃないの?」
ほかの子が首をかしげた。
「夜だよ。ちょうだい様が出るの。それに一人でいなきゃだめだし」
「え」
ちょうだい様は夜限定の神様?
それも一人でお願いするの?
「夜のプールって閉まってて入れないんじゃ……」
「うん。だから、こそっと隠れてお願いするんだよ。中学生コースの人たちが言ってた。非常口に隠れてると見つからないんだって。ずっといるとさすがにバレるけど、プールの傍の非常口に隠れて、そのまま一階の階段の小窓から出るって」
「ええ、怒られそう」
「あと、春木先生にお願いするとか」
「春木先生?」
「大会近いと、特訓付き合ってくれるらしい。勿論、親の許可いるらしいけど。だから特訓しますって言って、特訓もして、ちょうだい様にお願いする、みたいな。でも一人きりってルールだから、春木先生にどっか行って貰わなきゃ駄目だね」
「へぇ……」
ちょうだい様にはちゃんとしたルールがあるらしい。全然知らなかった。
「でもなんで、私の学校の子、プール通ってないのに知ってたんだろう」
呟くと、一人の子が「塾とか?」と私を見た。
「塾でさ、このプール通ってる子とか、中学生とか高校生がいたんじゃない?」
「ああ……」
「それで、又聞きだから、全然違うルールになっちゃったとか。だってこのプール通ってたら、ルールちゃんと分かるだろうし。こうやってほら、違うってなるから」
確かに。ちょうだい様のルールをちゃんと把握してなかったら、こうして指摘される。
でも何で、このプールで広がってるルールのほうが正しいってみんな分かるんだろう。
「みんなはちょうだい様におねがいしたことはある?」
「私は無い」
「私も」
みんな無かった。小学生コースのみんなは無いらしい。
「中学生コースは19時くらいまでいられるみたいだけど。小学生コースは18時までじゃん。多分夜って20時とか21時とかでしょ? うちらは無理だよね。一旦帰って、家抜け出して、プール来てちょうだいさまにお願いしてさー家帰るってなったら、ダルい」
確かに。ダルい。どうしてもってお願いが無い限り頑張れない。
「それに屋上のプールは早くできてほしいけど、私だけ損じゃん。皆は夜にプールに入ってお願いしなくてもプールに入れるのズルいよ。ズル。私だけ頑張んなきゃいけないのおかしいし」
プールを切望していた女の子が不満げに頬を膨らませた。
「しかもちょうだい様って、本当にいるか分かんないしね。絶対いるなら別だけど」
そう言うと、それまで黙っていた女の子が「いるよ」と、勇気を振り絞るみたいに呟いた。
「え」
「いるもん。私、お願いしたら、タイム早くなった」
「え、ちょうだい様に会ったの?」
「会ってないけどお願いしたら、タイム早くなったから……」
「えーじゃあ、効果あるんだ……」
「うん。それに……」
「なーにしてるんだ?」
後ろからにょきっと春木先生がこちらをのぞきこんできた。ちょうだい様に願ったらしい女の子がハッとした顔で口をつぐむ。
「春木先生、今、ちょうだい様の話をしてて」
「ああ、ちょうだい様かあ」
どうやらちょうだい様は春木先生公認らしい。「願いがかなったことをあんまりぺらぺら話すと、よくないぞお」と笑う。
「どうしてー?」
「だって、ちょうだい様って一人でお願いしなきゃいけないんだろう? お願い事がしたい誰かと同じ日に来てしまったら、願いが叶わなくなるんじゃないのか?」
「確かに」
生徒たちは顔を見合わせた。
春木先生も、ちょうだい様のルールを把握しているらしい。
「先生」
私は初めて、春木先生に自分から声をかけた。だからか、先生は少し嬉しそうな顔をした。
「なんだ?」
「先生はちょうだい様にお願い事をしたことはありますか」
私の質問に、他の子たちは「あー! 私も聞きたい!」と盛り上がる。
「ないな」
春木先生は首を横に振る。
「えーどうして? 先生なら夜遅くまでいるからお願いし放題じゃん」
「そうだよそうだよ」
「だって、願いは自分で、努力して叶えるものだから。それに神様は、大人ならちゃんと自分でなんとかしなさいって、叶えてくれないよ」
なんか、校長先生の話みたいだ。神様は大人の願いは叶えない。差別だ。よく「神様はみんなのことを見てるよ」って言うのに。
私も大人になったら、神様にみてもらえなくなるのかな。
神様がいるなんて思えたことないけど。信号ずっと赤になるときあるし。




