第七話 新しいプール
ウキウキで新しいプールに行った私は早速、後悔していた。
「先生かっこいー‼」
「本当にステキー」
「先生‼ これどうすればいいですか?」
顔つよ先生こと、春木先生に生徒が群がっている。前に興味本位でアリの巣穴に砂糖を落として見たけど、それみたいだ。
うわあ~と思いながら、私はプールサイドで楽しそうにしている春木先生とその生徒たちをプールの中から眺める。
私がいつも通っているスイミングスクールでは、最初に先生が今日することを話して、各々練習に取り組み、先生が巡回しながらあれこれ指導する。
先生はお年寄りでほぼ死にかけ、生徒が溺れてもまず助けてもらえ無さそうな雰囲気のおじいちゃん先生。節々から、死んじゃいそうな雰囲気がする。でも、溺れかけた生徒がいたときはオリンピックの選手みたいな泳ぎ方で助けていた。
一方、一度に三人くらい助けられそうな春木先生は、「こうして泳ぐんだよ」と見本を見せ生徒にキャアキャア言われたあと、プールの中に入りもしない生徒に構っているだけだけだった。
だからかもしれない。普通にキラキラした感じがキツい。新しいプールに行きたいなんて言わなきゃ良かった。おじいちゃん先生のところに帰りたい。
「きも」
心でも読まれたのかとびっくりして振り返ると、私より年上っぽい女の子たちが、春木先生のいる反対方向のプールサイドを睨んでいた。
そこには春木先生より年上っぽい、30歳くらいの男の人が立っている。鎌田先生だ。
「あいつ絶対犯罪者だよ。ママもキモいって言ってた。先生みたいな人がこの間、小学校盗撮して捕まったのニュースで見たし」
「うわー鎌田やりそう」
「ね、キモいもん。しかもあいつ、あんなおじさんみたいなのに大学生なんだって」
「うっそ、余計キモい」
「ストーカーチー牛っていうらしいよ。お姉ちゃんが言ってた」
「なにそれ」
「優しくしたり話しかけたりするだけで勘違いして寄ってくるんだって」
「うえ~」
ものすごい言われようの鎌田先生を見る。
鎌田先生は変な泳ぎ方の生徒に「危ない」と言い、フォームが崩れてる生徒には「真っすぐ」と、単語しか話さない。
ちょっとパパに似ていて嫌な感じがするけど、春木先生はもっと嫌だったので私は鎌田先生のほうで泳ぐことにした。
私はハシゴを使ってプールの中に入る。軽く壁を蹴ってけのびをしながら泳ぎに入った瞬間──、
「腕」
泳いで早々単語の注意を受けた。腕をちゃんと伸ばせということらしい。
もう嫌になってきた。パパに似すぎだから。
あれ、そうなるとパパはストーカーチー牛ということだろうか。
学校で友達に相談してみようか悩む。パパに「パパってストーカーチー牛なの?」って聞くのもありだ。でも女の子たちの話し方的に、絶対いい言葉じゃない。パパが授業参観に行けないって言ってきた時に繰り出す必殺技にしようかな。
「足」
折り返しで泳いでいるとまた注意を受けた。単語すぎて何か、妖怪に見える。妖怪腕くれとか足くれみたいな。ちょうだい様ってこんな感じなのかな。
やがて講習の時間が終わり、私はプールから上がった。
鎌田先生側のプールの生徒たちは私以外、皆プールサイドに上がっていたようで、ハシゴのそばにいた鎌田先生がなんの感情もなさそうな目で私を見下ろしていた。
「すいません」
変な圧を感じた私はすぐに謝った。
「なにも」
鎌田先生は単語しか話さない。
私が上がるのを見届けてから、鎌田先生は春木先生のほうへ視線をうつした。
女子児童たちが春木先生にキャッキャしている様子をジッと見ている。
春木先生は優しい笑みで女子生徒の頭を撫でていた。なにかうまくいったらしい。
頭を撫でてもらう。
羨ましいなと思った。私はパパに褒めてもらったことがない。テストで何点取っても「そうかぁ」しか言わないし、逆上がりが出来ても「よかったなぁ」と他人事だ。
なんでパパは他の皆みたいに褒めてくれないんだろう。すごいねって言ってくれたっていいのに。テストだっていい点とってるし。
私はなんだか嫌な気分になりながら、その場を後にした。
更衣室で着替えていると、後から春木先生に教えてもらっていた女子たちがやってきた。みんな「二重のとこさー」「一重のここが~」と話をしている。整形したいらしい。
最近学校でもそんなような話を聞く。テレビでもやってた。
お弁当屋さんのおばあちゃんが話していたけど、おばあちゃんたちが小学生だった頃は、整形なんて単語、口に出したこともなかったらしい。なにを話していたのと聞けば、縄跳びか鉛筆か香り付きの消しゴムと言っていた。
時代というより学区による気がする。私の小学校では、動画配信で盛り上がるし、整形の話はしない。隣の小学校では大繩がブームになっていて、大会に出るみたいな話もあるし。うちの小学校だと「大縄って低学年の子がする」ってイメージだし、色々あるのかも。
「でもお金ないじゃん‼ バイトも出来ないし、だからちょうだいさまにお願いしようと思って‼ お金欲しいって」
「ちょうだい様ってお金のことも叶えてくれるのかな? 顔変えてほしいのほうが早くない?」
「だって顔変えてくださいって言ってさ、私のイメージ通りの顔になるか分かんないじゃん。頭の中でイメージしな私唇はアイドルの感じが良くて、目はチーに好かれないやつがいいの‼ それにさー可愛い顔がいいです‼ って言って、チェックシャツに軽ーく茶色に染めただけのいかにもチー牛にべったりされたらキモいもん‼」
「わかるー」
女の子は盛り上がっている。
正直顔を変えることより、チー牛について話をしているときのほうが盛り上がっている気がしないでもない。
「私、ちょうだいさまに顔を変えてもらおうかな」
ぽつりと一人の女の子が呟く。
「えー大丈夫?」
「だってママ、整形許してくれないんだもん。手術だから危ないし、するなら自分で働いたお金でしなさいって。いつになるか分かんないもん」
「じゃあ私もちょうだいさまに顔変えてもらおうかな……」
ちょうだいさまに顔を変えてもらう。
無理じゃないかな、とちょっと思った。
だってちょうだいさまって、おばけとかなんだろうけど、昔ながらの池とか井戸にいるならまだしも、温水プールにいる幽霊って、ちょっと……幽霊としてダサいというか軽いというか……。
驚かせるくらいしか出来なさそう。
私はロッカーを開けた。きちんとお座りさせていた人形がうつぶせになっていた。
誰かにいたずらされてるのか、人形が自主的に伏せてるのか分からない。なんでこんな二択になってるのかといえば、この人形が動くからだ。私の漢字ドリルにいたずらするし、消しゴムの大事にしている角を丸くしてくる。
誰かにいたずらされてたら嫌だな。
私は怖くなってお財布を確認した。この人形が勝手に動いてるぶんにはいい。だってこの人形は変だから。でも勝手に誰かが動かしていたなら、財布からお金を抜かれていたりとかそういう実害の可能性が出てくる。
けど、財布の中身は無事だった。人形が自主的に伏せたのだろう。心配させる嫌がらせかも。
お座りさせなおすと、勝手にカタン……と人形がロッカーの中で倒れて伏せた。もう一回座らせるけどまたうつ伏せに倒れてくる。反抗期だこれ。保険の教科書でやった。
面倒なので伏せたまま着替えを始める。湿った水着の格闘しながら脱ごうとすると、バチンッと音が響き突然照明が落ちた。
「え、なに」
「停電」
「こわいこわいこわいこわい何」
「やだ、何こわいよ」
みんな怯えている。私は今まさに脱ごうとしていたので最悪だった。脱いでる途中に停電なんて勘弁してほしい。最悪な気持ちになりながら勘で着替えていると、ちょうど着替え終わったところでバチン、と明りが戻った。
着替え終わった瞬間に明りが戻るなんて。運が悪い。ロッカーを見ると伏せていた人形が直立していた。
電気消したのお前か、と聞こうか悩むけど、皆いるしここでなんか喋ったら変人扱いを受けていじめられる。
私は人形を見返して、帰り支度を整え更衣室を後にした。




