第六話 ちょうだい様
最近駅前にできた子供向けスイミングスクールのプールには、ちょうだいさまという神様がいるらしい。
誰もいないプールで、ぴちょん、ぴちょんと、水の音が絶え間なく響く日に、「ちょうだいさまちょうだいさま、お越しください」と唱える。
するとプールから「ちょうだいさま」が出てきて、願いを叶えてくれるそうだ。
願いを叶える代償はないけど、失礼だったりお礼を言わなかったりすると、身体を取られたり殺されたりするらしい。
そのプールは、温水機能も搭載されており春夏秋冬問わず通えて、大人たちは併設のカフェテリアで待っていることも出来ると話題のプールだ。神様なんている気がしない。誰かの作り話だと思う。
だって、そういう神様って、汚いところにいそうだから。歩いてるとギシギシ鳴るような、汚くて臭いって言うと怒られるような場所。歴史があるんだよなんて注意されるようなイメージだ。
でもそのプールは綺麗だし、出来てまだ一年というところ。
プールの前は家だったけど、家主は土地を売ったお金で駅のそばのタワーマンションに引っ越したらしい。誰も死んでない。だからいわくつき感もない。
なのにパパは「駅前に新しく出来たプールはちょうだいさまっていうよく分からないおばけが出て危ないんだよ」と言う。
私はすぐ察した。
パパは私を新しいスイミングスクールに通わせたくない。
だってそのプールが出来たころ、ポストにチラシが入っていた。書かれていた値段はいつも私が通っているスイミングスクールの3倍。
大人っていつもそう。「でも夏休み期間の体験期間はいつものスイミングスクールより安いんだよ」と教えれば、その間だけ行っていいことになった。
うちにはママがいない。私が4歳くらいの頃に「離婚」というものをしたらしい。最初は死んだって言われてたけど、小学校に入り薄々離婚したのを察して、パパに聞いたら頷いた。
パパは嘘つきなのだ。スイミングスクールだってそうだし。
でも、夏休みの間は体験期間でいつも通ってるプールより安くなるんだよと説得したら、夏休み限定で綺麗なプールに通えることになった。
土日だけだけど。
平日は、いつもの古いプールだ。
「だから、土日だけ新しいとこに行くんだよ」
休日出勤のパパを見送った私は、部屋に置いてある人形に話しかけた。
怪獣の着ぐるみを着ているこの人形は元々ゴミ捨て場にあり、ついてきたのでうちの子にした。
どう考えても、この子は呪いの人形っぽい。
正直拾った時は、投げやりだった。
パパなんか私のことどうでもよさそうだし。今だったら、多分拾ってない。汚いし。
この人形を拾った時、沢山洗剤で洗ったけど、すんごい汚かった。
洗っても洗ってもベッタベタ。家庭科の教科書に重曹で綺麗にするとあって、重曹に埋めた。その後、お酢を注ぎ込んだ。
そしてようやく、ベタベタじゃない。ベッドに入れられる状態になったのだ。
そんないわくつきの人形だけど、悪さをする気配はなかった。
顔も怪談系ドラマやホラー映画に出てきそうだけど、伸びる髪がそもそもない。坊主。
でも、顔が変わる。
人形は嬉しいとか肯定を示すときはとんでもない形相になり、嫌を示すときは無表情になる。
そういう人形のルールを知らないと振り回される。
私だって人形を燃やす動画──人形が嫌がりそうなものと人形が元々着ていたゴスロリ服に似たブランドのサイト──人形が好きそうなものを交互に見せることで、やっと分かったことだし。
分かる前は大変だった。唐突に変な顔する、意思表示してくるわりに意思疎通できない人形だったから。
パパよりマシだけど。
パパは無口だ。全然褒めてくれないし、注意ばっかり。私が何か言うと部屋からいなくなったりする。それを近所のおばさんに言うけど、「不器用なのよ」と肩を落とすのだ。私が図工で不器用だと「もうちょっと頑張ろうねって言うのに」
だからお人形が変でもパパよりマシ。ただ最近面倒くさい。
どんな服を見せてもすごい形相をする。ゴスロリだけが好きじゃない……かもしれない。
現に今日は恐竜の着ぐるみを着せているけど、着せる前も着せた後もすごい形相をしていたし、「かわいー」と言えばやっぱり顔を尋常じゃなく険しくさせ、「手足短くてかわいー」と付け足すと表情が消えた。
手足短いって言われるのが嫌だったらしい。ホラー動画の特集を身ながら、「伸びる髪ないな」と言ったときも同じ反応だった。
問題はそのあと。
人形の機嫌を損ねると、頑張って終わらせたドリルの宿題が消全部消しゴムで消されてる。漢字練習帳だって、画数が多い感じを狙ってくる。
「新しいプール嬉しい?」
人形から表情が消える。
私は人形の頭を撫でた。険しい顔になった。本当に分かりづらい。
新しいプールに人形も連れていく。最近、箱の中身が分からないフィギュアが流行っていて、みんなそれをつけてる。テレビの特集もやっているくらい人気だけど、パパは「箱の見えないものに2000円って」と、反対しそうな雰囲気だったので、欲しいとも言ってない。
なので最近、この人形をつけて出歩いている。周りの子の反応は「えええ髪の毛千切っちゃったの?」だ。人形の髪の毛を千切っちゃう乱暴な子だと思われてる。
「顔つよ先生いるらしいよ」
クラスの女の子の話によると、新しいプールにはめちゃくちゃカッコいい先生がいるらしい。
先生目当てに見学する保護者も多いようで、そこまで来るとちょっと気持ち悪い。
人形は無表情だった。
「私も興味ない」
そう言うと人形はすごく顔を険しくしてきた。嬉しいらしい。カッコイイ人が嫌いなのかもしれない。一緒に女の子アイドルの歌番組を見てた時はものすごい表情をしていたから、多分、カッコイイ男が嫌い、もしくは男嫌いなのかもしれない。
この子の髪の毛がないのって、男子に髪の毛いたずらされたからなのかな。元からないのかな。
「温水プールに興味あるんだよね。あと綺麗らしいから。新しいプール」
人形から表情が消える。温水嫌いなのかな。
「新しい温水プールに、ちょうだいさまって神様がいるんだって」
人形は無表情だ。
「新しい施設ってそういうのいなそうじゃない? 汚いプールのほうが居る気がするっていうか、いつもさ、私の通ってるプールのほうがいそう」
人形は険しい顔になった。肯定か否定か分からない。
「神様好き?」
無表情に変わった。
「ちょうだいさまみたいなヤバいのはいると思う? そのプールに」
表情が険しくなる。
話すのが大変だ。
肯定と否定の区別は出来るけど否定と無関心の区別が出来ないから。こっくりさんシステムを導入したいけど、人形は表情を変えられても動かないので分からない。
仮にこっくりさんみたいなことをしても、この人形とこっくりさんでやってきたヤバいものが対峙することになりそうで面倒くさい。
「ちょうだいさまにお願いしてさ、あなたの拒否と無関心の区別できますようにってしたら分かると思う?」
人形が表情を消す。
「じゃあちょうだいさまにお願いはいいや」
そう言うと人形の表情が怖くなった。
お願いしてほしくなかったらしい。相変わらずこの人形は分かりづらい。




