第五話 お大事に
私はすぐに玄関に向かって扉を開く。
「みみちゃんママこんばんは」
「こんばんは、今一人?」
「あ、パパはまだ仕事で……」
早速一人か聞かれた。こういう時きつい。一人なの? って聞かれると、自分が独りぼっちなのを思い出して苦しい。思い出すも何も私はずっと一人だから。
「そう、丁度良かった。ゆっくりお話ししたかったのよ。最近みみと遊ばないでしょ? 前はおうちに遊びに来てくれたのに。みみ、最近変な子とばっかり遊んでるから……」
「変な子?」
「そう。将来付き合う必要もないような、話す意味もない子。ダンスなんかしてたところでアイドルにもなれなそうな可愛くない子たち。芸能界と関係あるような子とか、もっと華やかな子だったらまだしも、本当にがさつでうちを汚すような、煩い目立ちたがり屋ばっかりうちに来るから、すっごく嫌だったの」
「……」
みみちゃんママは切羽詰まった様子だ。私の家の中を探ろうとするみたいに視線をぎょろぎょろ動かしている。
「ねえ、ひとりだったら夕飯一緒に食べない? みみもいるし、お父さんいないなら丁度いいわよね?」
「いや……大丈夫です。一人じゃないです。ご飯もうあるので」
パパはいないけど、人形はいる。私は一人じゃない。しかしみみちゃんママはぶんぶん首を横に振った。
「嘘、嘘よ、あなたは一人のはず‼ だって知ってるもの‼ お父さんお仕事で帰ってこないって‼ お父さんちゃんと用意してくれてないんでしょう? お弁当やさんのおばさんに聞いたわよ? あなたいつもあそこのお店でお弁当買ってるんでしょう? 身体に悪いわよ。買ったお弁当なんて。ちゃんと手作りで愛情のこもったご飯じゃないと可愛く育たないわよ。うちのご飯ならとっても美味しいし手作りだからすっごく体にいいの。いい子になれるわ。お父さんは料理作ってもくれないんでしょう? 普段から悪い食べ物を食べていると体に悪いわよ。せっかく可愛く生まれたんだから素材を生かさなきゃ。ねえ。お父さんあなたのことひとりぼっちにしてるんだから、寂しいわよね、一人は辛いでしょう? 寂しいでしょう? 普段からずっと寂しい思いをしてると体に悪いわよ。せっかく生まれてきたんだから」
──うちの子になって?
じっと鼻先ギリギリまで近づかれて、私は思わず後ろに後ずさりしようとした。するとすぐ腕を掴まれぐいぐい引きずられる。
「やだ‼ やだ‼ 助けて‼ 助けて‼ 助けて‼」
叫ぶけれどみみちゃんママはものすごい勢いで引っ張ってくる。そのまま玄関から外に引きずり出された。家の前には車が止まっている。
「やだ‼ やだ‼ 助けて‼ 助けてっ……いやっ助けて‼」
「みみも駄目だしもう本当に全部どうにもならないの。でも今日あなたを見て今度こそ上手くいくかもしれないって思ったのよ。あなたはお母さんに捨てられてるから、他の子みたいに家に帰りたいって言わないだろうし、お父さんも、ホストと蒸発した母親の子供なんて、育てるのも嫌だろうし、それなら私が育てなおしてあげればいいって思ったの‼ ふふ‼」
みみちゃんママが笑いながら私の腕を引っ張って引きずってくる。そうして車に引きずり込まれそうになった瞬間──、
「ワンワンッワンワンワンッグゥゥッ」
犬が横から飛び出してきて、みみちゃんママの腕に嚙みついた。「あんた何やってんだ‼」とおじいさんがすごい剣幕で駆けてきて、私の腕をみみちゃんママから引きはがす。
「何するの‼ やめてよ‼ 痛い、痛い」
「グゥウウウウウッ」
犬はみみちゃんママの腕を噛み千切りそうな勢いで噛みつき続け、おじいさんは騒ぎを聞きつけ集まってきた人に「警察呼べ‼ 誰か」と怒鳴りつけたあと、私を背に庇い、「大丈夫だぞ、大丈夫だからな、もう大丈夫だぞ」と背中をとんとん叩く。みみちゃんママは犬に噛まれ、周りの人に抑えられながらも必死にこっちに手を伸ばした。
「うちの子になって、うちの子‼ うちの子になって‼ うちの子になって‼ うちの子になれ‼ なれ‼ なれ‼ なれないなら死ね‼ 死ね‼ うちの子にならないなら生まれてくるな‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼」
みみちゃんママは叫ぶ。その絶叫は、通報により到着した警察官の手でみみちゃんママがパトカーに乗せられ扉が閉まるまでの間、止むことが無かった。
あれから、私はお爺さんに付き添ってもらい、警察の人と少しお話をした。
ただ、パパがいないとあんまり詳しい話が聞けないとかで、今度またゆっくりお話ししなきゃいけないらしい。警察の人がいなくなった後は、お爺さんが「お父さんが帰るまでは心細いだろうから」と言って、一緒に玄関の段差のところに座って話をしながら一緒にパパを待ってくれることになった。
「早起きはしてみるもんだな」
お爺さんが、ほっと息を吐きながら頭をかく。
そういえばお爺さんの散歩は朝だけだ。本当は朝と夜に散歩するのが犬的にはいいらしいけど、疲れるからしないと前に言っていた気がする。
「昼寝してたら、婆さんにたたき起こされたんだ」
「え……」
お婆さんはずいぶん前に病気で死んでしまったはずだ。不思議に思っているとお爺さんは「夢に出てきたんだよ」と付け足す。
「迎えに来てくれたと思ったら、なにしてんだって怒られてな。最近婆さんに備えてる大福をおやつに食って寝るのを繰り返してたから、それかと思ったら散歩しろって言いだして、で、起きたらこいつの尻が目の前にあって今にも引っかけられそうだったから慌てて出てきたんだ」
「そうだったんですね……」
「婆さんか、いなりあげの虫の知らせか、どっちかだな」
おじいさんは自分の頬をかく。ちょっとだけ寂しそうだった。
「どっちもお前さんのこと好きだし、特に婆さんは子供が好きだし、お前を気にかけてたから」
「お爺さん……」
お婆さんとは、小さい頃からずっとお話をしていた。何年かずっと見かけないことが増えて、後から死んじゃったって分かったのだ。
「それに、お前さんのお父さんからも、娘をよろしくって頼まれてたから、本当に今日は間に合ってよかった」
「パパが……?」
「ああ。会うたびに言ってたぞ。丁度お前さんのお父さんが駅に着くくらいと、俺がこいつと散歩する時とかち合うんだ。お前の話嬉しそうにしてた」
「嘘……」
「嘘なわけあるか。一年くらい前に弁当買ってやったんだろ? あの話いまだにするぞ。弁当屋にも言ってるみたいでな。どっちがぼけてるか分かんなくなる。同じ話ばっかり」
お爺さんは笑みを浮かべた。じゃあお弁当屋さんがたびたびお父さんの分について聞いてくるのって、普通に聞いてるんじゃなくてお父さんがしゃべってるから……?
「でもそんなこと、一言も言ってくれない……」
「そっか……お前さんの前ではかっこつけてるんだなぁ」
お爺さんはしみじみ話す。
「かっこつけてる?」
「ああ。強がってるんだよ。婆さんもそうだった」
「お婆さんも?」
「自分の気持ちを伝えることが、どうしても出来ない人間がいるんだよ。俺なんかはもう、あれ、それ、とかで単語にならないが、上手く話をしようとしたり、嫌われたくないとかってな。だからなんとか行動で示そうとするんだが、そういう奴らは大抵、不言実行もへたくそだから、まぁ大変だな。相手するほうも。ああ、不言実行って学校で習ったか? 意味わかるか?」
「うん」
「まぁ、うちの婆さんの場合は……言い辛かったのもあるだろうがな……子供が好きなのに、俺の身体のせいで、母親にしてやれなかった。だから、あいつは、幸せじゃなかったかもしれな──」
「グウウウウウウウウウウウガアアアアアアアッ」
突然いなりあげが唸りだし、お爺さんの足に噛みついた。お爺さんは慌てて立ち上がる。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い‼ なんだお前は突然‼ 腹減ったのか‼」
「グウウウウガアアアッ」
「なんだなんだなんだもう‼ ……あ、お前さんの父さんやっと来たな……」
お爺さんは曲がり角に視線を向けている。確かに、走っているお父さんの姿が見えた。
「じゃあ俺は帰るから、二人でちゃんと話しろよ、痛いッ おい、いなりあげ」
「ウウウガアアアアアアアッ」
お爺さんは去っていくけど、いなりあげはほぼお爺さんの太ももに噛みつき、しがみつくようにしている。私は「ありがとうございました! いなりあげもありがとう!」とお礼を言うけど、両方たぶん聞こえてない。
ややあって、お父さんがこちらに向かって駆けてきた。
いつもの顔と違う、泣きそうな、どうしていいか分からない迷子になった子が、お母さんを見つけたみたいな目をしてる。心配してくれてたんだな、私のこと大切だったんだなと、はっきりわかった。
「パパ……」
私はパパに声をかける。パパは私をそのままぎゅっと抱きしめた。
私がみみちゃんママに車に乗せられそうになった事件は、すごくおおごとになってしまった。
というのも、みみちゃんママというか──みみちゃんのおうちから、最近起きてた誘拐事件の子供たちがいっぱい見つかったからだ。
ニュースによると傍から見れば普通にお母さんぽいので、子供と歩いていても特に怪しまれなかったらしい。テレビの人が言っていた。
ネットでは『子ガチャじゃん』と書かれていて、同じクラスの男子がその意味を先生に質問して、「そんな言葉自体存在してはならない」「そんな言葉を使う人間は許されない」と先生は怒っていた。
そしてみみちゃんは転校した。
ただ、噂によるとみみちゃんママは『刑務所に入る前に入るところ』に行く途中の車でなにかあったらしい。
容疑者を運んだ車が事故に遭ったって臨時ニュースが流れて、他の人は無事って流れた後、みみちゃんのお母さんの写真がアップになったところで、お父さんがすぐにテレビを消してしまったから。
「おーい、準備できたかー‼」
「今行くー‼」
休日朝、玄関でパパが私を呼んでいる。
今日はパパと人形と三人で遊園地に行く予定だ。最近パパの上司が変わったとかで休みが増えたらしい。前は過労死するところだったと言っていた。怖い。
「はぐれないでね」
私は人形の頭を撫でる。相変わらずツルツルだ。カツラでも買おうかなと思うけどこれだけツルツルだと滑っちゃうし、髪はチクチクしてかぶれそうだし、カツラをいるか聞いたら表情が消えていたので多分この子も望んでないだろう。相変わらず、歓迎とか嬉しいは険しい顔をして主張してくるから。
私は人形の頭だけをショルダー鞄に入れつつ、パパのもとへ向かっていく。
みみちゃんママのニュースが流れていた時、私は人形を抱えていた。
人形は、無表情じゃなかった。
すごく……険しい顔をしていた。すぐに無表情に戻っていたけど。
一瞬、この人形が悪さしたんじゃないか疑うけど、もしこの人形が呪いの人形だったら、それをエタノールに浸したりノロウイルス殺すやつに漬け置きしたり、乾かすのが怠いという理由でドラム式洗濯機で乾燥三回重ねがけしてる私なんか、原型なく殺されているだろう。
人形がいくら綺麗好きとはいえ、乾燥三回重ねがけはキツいだろうから。
この人形はただ、感情表現が変わってるだけの人形だ。そういう意味で、呪われた人形かも。
私は人形の頭を撫でる。相変わらず人形はとんでもない顔をしていた。
『次のニュースです。昨日未明、都内●●区、陽刑台9丁目の路上にて動画配信クリエイターの不手アツシさん61歳、肥田えりかさん32歳が、近くにあった建設現場の崩落事故に巻き込まれ、二人とも意識不明の状態で市内の病院に搬送され、死亡が確認されました』
『動画配信されてたんですよね。アツ★エリチャンネルとかって言ってたかな。いつも音とか、結構酷くて……防音対策はしてるって一点張りで、揉めてるみたいでしたね。上もそうだし、下も、左右もっていう、ハハ』
『事故起きてるよって言われて、みんなで助けなきゃって思って行ったら、その……身体はゴミ箱に突っ込むみたいになってて』
『救急車呼んでたんですけど、もう……素人でも分かる感じ、でした。こう……子供に見せちゃダメだって話になって、ブルーシート借りて隠したんですけど……男性も女性もどっちもですよ。男性のほうは下半身が……っていう。女性は女性で、口が、鉄骨で……』




