第四話 ママ
この間話しかけてきてくれた日本人形コレクターの子──和子ちゃんが、趣味でお洋服を縫って安く売っているお店を紹介してくれることとなり、一緒に行くことになった。
「和服じゃなくてワンピースとかもあったんだね」
てっきり着物とか浴衣がいっぱいだったと思ったけど、紹介してくれたお店は和風も洋風も揃えてあるお店で、人形の表情が険しくなるものを選び、いくつか買った。
「うん。人形専門の靴屋さんもあるから、今度紹介するね」
「ありがとう‼」
「あ、そういえばこのアカウント知ってる? みみちゃんのママがやってるみたいなんだけど」
そう言って、ふいに出てきた名前にズキッと胸が痛んだ。「みみちゃんとも仲良しだったけ?」と聞けば「全く?」と彼女は首を横に振る。
「みみちゃんにママについて聞いたら、ブスは話しかけてこないでって言われちゃった」
怖い。みみちゃん、そんな喋り方するんだ。うちのママみたいで余計嫌な気持ちになった。
「辛かったね」
「うん。だから、誰の事? ってきいたの」
強い。私なら、話しかけてこないでって言われたらお腹痛くなって黙ってしまう。
「そしたら、あんたなんか絶対誘拐なんてされないよブスって言われて突き飛ばされたから。関わらないようにしてるんだ。暴力嫌いだし」
「怪我しなかった?」
「うん。大丈夫だった。お人形がクッションになってさ、もう少しで頭ぶつけるところだったんだけど、この子の頭が取れちゃってね」
彼女は和風人形の頭を撫でた。
「そっか……大変だったね」
「うん。大変だった……でも、こうして友達にお話したから、元気」
和子ちゃんは微笑む。友達。嬉しかったけど、はしゃぎすぎないように、「ありがと」と頷いた。人形も、こういう気持ちなのかもしれない。すごい険しい表情するの。
「あ、それでみみちゃんのママのはなしなんだけど、みみちゃんのママは今っぽい服作ってるんだよ。ほら」
彼女がスマホをスクロールさせると、みみちゃんが着てそうな服を小さくしたような人形用の服がいっぱい並んでいた。小さくて赤いパーカーに、ワッペンのついたジーンズ。クオリティが高くて、『販売はないんですか?』というコメントに『ありがとうございます‼ でも習作なのでごめんなさい』と返事があった。
「この習うに作るってなに」
「しゅうさく、って読むの。練習ってことだよ」
私は教えてもらったことにお礼を言いつつ、画面を見る。洋服は、練習してるようには全然見えない。本物みたいだし。
「リメイクとかしてるのかな?」
和子ちゃんが呟く。
「リメイク?」
「うん。実際に着てる服を、人形用に小さくするってやつ」
うちの人形もこういうのに興味あるのだろうか。私はおもむろに人形に見えるように動かすと、人形から表情が消えた。
多分だけど、みみちゃんママが作った服は現代的でアイドルっぽいものだから、気に入らないのだろう。この呪いの人形のほうは「ビスクドール」「ゴシックアンティーク」みたいなジャンルにいるから、多分ヴィジュアル系バンドかそのファンが着てる服じゃないと満足できない気がする。
和子ちゃんと別れ、お弁当屋さんに寄ろうとすると、丁度みみちゃんのお姉さんがいた。
幼稚園の頃まではみみちゃんと遊んでいるとみみちゃんのお姉さんがみみちゃんを迎えに来て、一緒に話をした。でももう疎遠になっているし、気まずい……と陰に隠れていれば、「ねえ」と別の方向から怒鳴り声が響いた。
「あなたこんなところで何してるの‼」
みみちゃんのママだ。
「何って、普通にお弁当買うだけだけど」
「こんな身体に悪いもの食べて‼ もうすぐテレビにだって出られるかもしれないのに‼ 自分で努力水の泡にするつもり?」
みみちゃんのママは怒っている。テレビ……そういえばみみちゃんのお姉ちゃんは芸能活動をしているんだっけ?
みみちゃんのお姉ちゃんは、はぁ、と大きくため息をついた。
「だからそういうのうざいんだって。私は別にアイドルになりたくないしモデルも興味ないしママのお人形じゃないの」
「なんてこと言うの‼」
「ママはさ、モデルにもアイドルにも女優にもなれなかったんでしょ? パパから聞いたよ。なれなかった自分の夢、私にリベンジさせようとすんのやめてよ。迷惑だよ」
みみちゃんのママはその言葉に何も返せず、ただ目を大きく見開いた。ぎゅっと手のひらを握りしめているけど、指の隙間から血が流れている。沢山力を入れて、爪が食い込んでいるんだ。
「ってかママもなれないんだからママの血引いてる私なんかなれるわけなくない? 普通に考えてさ、遺伝的に無理でしょうち。ってかママが言ったんじゃん。みみには才能ないって。みみはママにそっくりなんだから。なんで才能ない人間が他人の人生使って成功できる思ってんの? 身の程知りなよ」
みみちゃんのお姉ちゃんが言い返した瞬間、みみちゃんのママはみみちゃんのお姉ちゃんを平手打ちした。お弁当屋さんのおばさんたちが「ちょっと」「ぶつのはだめだろ‼」と怒って割って入ろうとする。
「あんたなんて生まなきゃよかった‼ あなたもみみも失敗作‼ どうして私の夢の邪魔をするの? どうして私を幸せにしてくれないの? 私はこんなに頑張ってるのに‼」
みみちゃんのママが叫ぶ。お弁当屋さんのおばさんたちは「いい加減にしなさい」「なんてこと言うの‼」と怒り出した。
みみちゃんのママは「黙れ‼」と叫び、お弁当屋さんのおばあさんの静止を振り切り走り去っていく。みみちゃんのママの走る方向は──こちらだ。
こっちに向かってきたみみちゃんのママとハッキリ目が合い、私は思わず後ずさる。
みみちゃんのママは私を食い入るように見つめた後、後ろから「ちょっとあんた‼」と追いかけてくるおばさんたちの声に驚き、そのまま走り去っていった。
お弁当も買えず私は家に帰ってきた。仕方がないので朝用のご飯パックにお醤油をかけて食べる。一応冷蔵庫には納豆が2パックあるけど、明日の分がなくなってしまう。全然家に帰ってこないし、パパの分も食べちゃっていい気もするけど可哀そうだからやめた。
「うちのママはいなくなっちゃったけどさ、いたらいたで、生まなきゃよかったとか失敗作とか言われてたのかな」
私は人形の頭を撫でる。人形は無表情だった。
「パパはどう思ってんだろ。ママが私のこと置いて出て行ったっぽいからさ、捨てるにすてられなくなっちゃったのかな。そういう法律あるんだって。親は子供育てなきゃいけない法律。保護責任なんとかなんとかだっけ、殺しちゃいけないんだよ」
人形は険しい顔をする。捨てるに捨てられないを肯定しているのか、殺しちゃいけない、を肯定しているのかよく分からない。
「最近ママから連絡来るの」
本当に、ここ最近のことだ。ママからメールが来るようになった。ママが暮らしてる人と、三人で暮らしたいらしい。
ママは私を育てるためにパパから離れて、その人と頑張って配信者になったって書いてあった。動画のチャンネルのURLも貼ってあった。
いつか一緒に出れたらって。
「パパが無理して私のこと育ててるならさ、パパ優しいし、パパを私から逃がしてあげなきゃって思うんだ」
そう言うと人形から表情が消えた。
「でもママのとこも嫌だな」
人形は険しい顔をしている。
「一緒にどっか行っちゃおうか」
人形は険しい顔のままだ。ぎゅっと抱きしめるとピンポン、とチャイムが鳴った。パパかもしれない。慌ててインターホンを確認すればみみちゃんママだった。




