第二話 みみちゃん
徹底的に人形を洗ったけど、新品のように綺麗になることはなかった。ただずっと洗っても学校に遅刻してしまうので、外に干して日光で何とかしてもらうことにする。
朝ごはんを食べてパパからの夜ごはん代をランドセルにしまって学校に行くと、教室ではクラスメイトのみみちゃんが、みんなにスマホの写真を見せていた。
「みみちゃんのお姉ちゃんモデルやってるんでしょ、すごーい」
「今度きお恋出るんでしょ?」
みみちゃんはクラスで一番可愛い人気者。
そしてきお恋というのは『記憶に残る恋がしたい』という配信動画だ。配信者とかモデルの男女が集まって、一週間おきに仮のカップルを作って過ごして、記憶に残る恋が生まれるか? と実験するもの。クラスでは配信のたびにその話題で盛り上がる。それに
みみちゃんはアイドルみたいな子で、男子にすごく人気だ。足の速い男の子はみんなみみちゃんが好きなんじゃないかと思う。
私はみみちゃんと保育園、幼稚園と一緒で、よくお互いの家を行き来する仲だった。
でも小学校に入ってから一緒じゃなくなった。
みみちゃんは明るくて、ドッジボールとかダンスが得意な子たちと話すのが好きだけど、私は違うから。
保育園と幼稚園にいた頃に仲良くしてたのは、みみちゃん含めみんながドッジボールとかダンスに興味がなくて、『これが好き‼』があんまりなかったからだと思う
だから、別にいじめられてるわけじゃないし、みみちゃんがみみちゃんの好きな子と一緒にいるようになっただけだけど、なんとなく気まずい。
トイレで一緒になったりすると私はなるべく空気でいるようにしている。でもたまにみみちゃんと一緒にいる子がじっと私を見ている気がして、とても苦しい。
そしてパパは、そういうこっちの気まずさを一切知らないので、「ちゃんとみみちゃんと一緒に帰るんだぞ」と何気なく言ってくるし、クラス替えの時期は必ず「みみちゃんと一緒だといいな」と言ってくる。
もうみみちゃんとまともに話すなんて、三年くらいしてないのに。
席替えのたび隣になったらどうしようって、こっちはお腹を痛くしてるのに。でも、今更仲良くないなんて言えないから、適当に嘘ついて誤魔化している。
そしてそれは、みみちゃんも同じ。だってみみちゃんのママは会うと私とみみちゃんがすごく仲が良い前提で話をするし、私がみみちゃんのおうちに行かないことも、習い事がいっぱいあるからだと思い込んでるから。
スイミングスクールしかないし、スイミングスクールだって駄目って言われて行けないのに。
放課後、私は近所のお弁当屋さんでお弁当を買って家に帰った。二人分だけど、両方私のぶんだ。
前にパパの分もと買ってきたことがあったけど、「パパはお仕事で食べてくるからわざわざ買わなくていいよ」とメモ書きがあったので、そこからなにもしてない。勝手に買ったのは私だったけど、なんかすごくモヤモヤしたから。その後、お弁当屋さんのおばさんたちに「パパ喜んでた?」と嬉しそうに聞かれて、「うん‼」って嘘ついたのもチクチクした。全然喜んでくれなかったって、言いたかった。おばさんたちがニコニコしてたから。
だからたまに、二人分買って、一人分のお弁当を冷凍庫にいれて、次の日の夜ごはんにしてる。お弁当屋さんで買わなくなるとおばさんたちに心配されるし、定期的に「パパの分は?」って言われるから。
だから今日はお弁当を二人分買って、おばさんたちに「誘拐気をつけなよ」と心配してもらって、家に帰ってきた。
お弁当を机に置いて、私は人形を干していた庭に向かう。人形はとんでもない形相で日に当たっていた。触ったら乾いている感じだったので、最後のダメ押しとしてエタノールスプレーを満遍なく吹きかけて、宿題をしてからまた人形の回収に向かった。
「一緒に食べる? お弁当」
私は人形に話しかける。人形はとんでもない形相を継続しているので肯定と受け取った。私はリビングでお弁当を広げ、人形を机に置く。抱えながら食べてもいいけど、せっかく洗ったのに頭の上に食べ物をボロボロこぼしたくない。
「こうやって家で誰かと食べるの久しぶりだな」
呟くととんでもない形相をしていた人形から表情が消えた。
「パパは日付が変わる頃に帰ってくるし、その後私が起きる前に家を出るんだよ。だから、私が誘拐されても気付かないかも。っていうか、学校がいないよって言わないかぎり無理そう」
人形は無表情のままだ。
「パパ忙しいんだって。本当かどうかわかんないけど。本当は家に帰ってくるの嫌なだけだったりして」
人形は無表情のままだ。
「呪われてても一緒にいてくれるなら嬉しいかも」
呟くと人形はとんでもない形相に変わってぶるぶる震え出した。前に怖い映画で見た、悪魔に取りつかれた女の子の動きみたいだ。私はおかしくなって笑い、テレビをつけた。ニュースでは誘拐について流れている。犯人が全く分からないらしい。
「これ犯人あなた?」
問いかけると人形から表情が消えた。
翌日、運が悪いことにトイレに行くと、みみちゃんがいた。みみちゃんは扉越しに中に入ってる友達に話しかけているらしく、元々トイレの個室の中にいた私は出られなくなった。
「ゆかまだー? いつまで入ってんの? 早くしてよ」
ガンガンガンガンッと、みみちゃんは扉を叩いている。扉の向こうの子は「まだー」と強い口調で返した。怖いな、と個室から出る気がどんどんなくなってくるけど、これが二人……というかみみちゃんたちのノリだ。
「ってかさ、みみのパパ超かっこよくない? お姉ちゃんきお恋で一番可愛しパパ顔強いしみみもうちの学年で一番じゃん。お母さんもヤバいの?」
「うちのお母さんは……まぁ、お姉ちゃんに似てるなとは思うよ」
「どんなお母さん?」
「キツい。ってかうるさい。お姉ちゃんはモデルとかしてて家に帰ってこないし、パパは外のカフェで仕事してるから、家帰るとママと私なんだけど、めちゃめちゃ面倒くさいんだよね。こういうカッコしてると私のみみちゃん返してとかマジで言うし。あの人マジで私のこと気に入らないから。そんな気に入らないなら作り直せばいいのに」
「私はそのままのみみが好きだよ」
「ありがと」
待っていれば扉の開く音がした。その後、手洗い場で手を洗っているらしく、水の音が聞こえてくる。
「ってかさ、名前なんだっけ、みみと保育園、幼稚園、一緒にいた子。あの子の親マジでいつもいなくない? この間の授業参観もいなかったし、運動会も一人で食べてなかった? 触れちゃダメ系の家なの?」
壁の向こうの声にドキッとした。だってそれって私のことだから。
「なに触れちゃダメ系って」
「きのちゃんの家みたいな、お母さん早くに死んじゃった系。きのちゃんのパパは授業参観、よく見るけど」
「いや、全然違うよ」
みみちゃんは面倒くさそうに否定した。私はついホッとする。
「あの子の母親、ホストにめっちゃ貢いで、めっちゃ借金して、逃げたんだよね。で、今、父親しかいないんだよ」
「えっぐ? まじ?」
「うん。ママが言ってたから」
「じゃあ今何してんの? 捕まった?」
「めちゃめちゃお金持ちのおじさん? と暮らしてるらしいよ」
「運やっば。めっちゃもってるじゃん。すげー」
「そのおじさんと動画配信してるらしい。美容ルーティーンみたいな。アツエリチャンネルって」
「アツエリって?」
「アツシ☆エリカのカップルチャンネル。これ、ほら、こっちの女の人があの子のママだよ」
「え、登録者20万やば。ごめん絶対二人くらいって思ってた。ってかめっちゃ綺麗」
「ね、わかーい」
「でもさ、この間、暴露とかされてたし、めっちゃ再生数減ってるんだって」
「えー」
「私自分のママがそんなんだったら死んじゃうな」
「ねー」
みみちゃんは半笑いで話す。お腹がギュッとして、みみちゃんと友達が出て行った後も私はその場から動けなかった。
だって全部、本当のことだから。




