第一話 ゴミ捨て場のお人形
最近、このあたりで子供の誘拐が多発している。狙いは女の子。この間は赤いパーカーに、ワッペンのついたジーンズをはいてる女の子が誘拐されたらしい。私が通っているスイミングスクールは、お金がないので送迎バスがない。心配性なパパは、事件が落ち着くまでプールを禁止してきた。
私はヤダって言ったけど、パパは勝手にお休みの連絡を入れてしまった。
そのわりに、パパは夜ごはんのお金をテーブルに置いて仕事に行く。
小学校の帰りにコンビニやスーパーで買ってきなさいってことだけど、その間、ひとりぼっちの私が誘拐されちゃうかもしれないのに。
それならスイミングスクール行ったっていいじゃんって反論したら、屁理屈言わないのって怒られた。
理不尽だ。いつもこう。私に対して「もう小学五年生なんだから」って言うときもあれば「まだ小学五年生なんだから」って言う時もある。今回は「まだ」のパターン。
今日の授業参観だってそう。教室の後ろはみんなのママで賑わっていて、中にはちらほら誰かのパパが混ざっていたけど、私のパパは来なかった。
私は前から言ってた。
ちゃんと他の人のパパも来るよって。
「きのちゃんのパパも来るって」
「別にパパだけじゃないから目立たないよ」
何度言ったって駄目だった。
「きのちゃんの家は特殊だから」
「母親ばっかりで俺が行けばお前が、からかわれたりぞ」
そればっかり。
──じゃあママは。
ギリギリのところで言うのはやめた。だってママはいないから。授業参観に来るなんて絶対ないから。
だから何か良いことないかな……なんて思って夕暮れの帰り道を歩いていると、ゴミ捨て場のゴミ入れの隙間から足が見えた。
一瞬ドキリとしたけど、じっくり見れば人形の足だった。捨てられたのだろう。
こういうの、怖い話で知ってる。
ゴミ捨て場で拾った人形が捨てても捨てても戻ってくる人形だ。いらないって捨てられて、拾われて、やっぱり捨てられる。
いらないもの扱い、邪魔者扱いされ続ける。可哀そう。全然他人事じゃない。汚いけど、私はゴミ捨て場に足を踏み入れた。
私が拾う。
ついでに、パパに嫌がらせもする。
私は人形の足を引っこ抜いた。パパは帰ってくるの遅いから、玄関に置いておこう。一回驚かせたあと、ちゃんと洗ってうちの子にする。そのつもりで引っこ抜いた人形は、髪の毛が無かった。ツルツル頭に、黒い目、服はロリータ系で、大きさは40センチくらいだと思う。30センチ定規よりちょっと大きいくらいだから。
赤ちゃんの絵文字みたいな顔してる。地区センターとかで赤ちゃんの遊び方教室に使われてるイラストみたいな、ふにゃっとした感じ。等身は2等身くらい、ぬいぐるみ感がある。触った感じはツルツルのゴムっぽいのに。
パパ、玄関でこの人形見たら、絶対驚く。
そのまま連れて行こうとすると人形の顔がめちゃくちゃ険しくなって、ガタガタ左右に顔が揺れた。
「えっ」
私は思わず人形を地面に落としてしまった。人形の顔は引っこ抜いたときと同じ無表情に戻っている。
連れて行っちゃ駄目ってこと……?
というか顔の変わる人形って、完全に呪いの人形では……?
でも呪いの人形なら一旦持ち帰って、捨てられたことに恨んで怒りだすものでは?
なんで連れて行こうとしたら怒るの?
とりあえず怒らせるのは怖いので、私は人形をゴミ捨て場に戻し、家に帰ることにした。
「はーあ」
翌朝のこと、私はリビングのテーブルを見てため息を吐く。
今日も今日とてパパはお仕事だ。パックご飯と納豆だけボンと置かれた朝ごはんと、夜ごはん代の千円。用意してもらってるだけありがたいと思ったほうがいいんだけど、昨日、私がテーブルの上に置いてあった『他の子のパパ五人くらいいた‼』というメモは回収されつつ返事がない。
私とパパは普通にスマホのトークアプリでも繋がってるけど、パパは返事しない。「パパそういうの苦手で」というけど、パパは普通に仕事で使ってるし、なんならリモート会議もする。
嫌な気持ちになりつつ、私はポストに向かった。パパは「うちはお金ないから」「将来のためにパパは仕事してるんだよ」とか言う割に、もう読まなくなった新聞を止めない。私も読まない。
誰も読まない新聞を回収しようとすると、ゴミ捨て場で見た人形が、ポストのそばに鎮座していた。
なんなのこの子。
怖いよりも先にイラっとした。パパについてのむしゃくしゃもあるけど、拾おうとして変な顔してきて、拾わなかったら拾わなかったでついてくる。
「わがまま‼」
怒ると人形は何にも分かってないような顔で、じっと私を見ている。おうちに来るんだったら険しい顔なんてする必要なかったじゃん。
なんなんだろう。
むしゃくしゃしていると、ヘッヘッへッと声が近づいてきた。
しばらくすると元気に散歩する犬と引きずられるようにリードを引く──というより犬に引きずられてるお爺さんが現れた。
近所で一人暮らしをしているおじいさんだ。パパは「孤独死に気をつけないとな、ああいうお爺さんは」と言っていたけど、私のことも少しは気にしてほしいところ。
「おはよう……ってあれ、お人形さん飾ってるの? カラスよけならもう少し高いところじゃないと駄目だけど……セールスよけ?」
お爺さんは人形を見て首をかしげる。セールスどころかこんなの飾ってたら近所の人によけられてしまう。でも、ゴミ捨て場で拾おうとしたらキレられて、大人しく置いてきたらついてきた、なんて言っても分かってもらえない。自分の説明にもこんがらがってくるし。本当に何なのこの子。
「おはようございます。これは……」
「ブゥウ」
説明に迷っていると犬が人形の足をかじった。「こらこら」とおじいさんが犬を叱るけど、犬はおじいさんを舐め腐っているのでやめない。人形は無表情だ。私に連れていかれることは嫌なのに噛まれるのはアリってどういうことだ。腹が立つけど、足を噛みちぎられそうになっているので、仕方なく助けてあげた。
「やめて。この子いたいいたいしちゃう」
私はお爺さんの犬を撫でて人形から離す。
お爺さんの犬はお爺さんだけを舐めているというか、お爺さんを自分のペットだと思っているので、他の人の言うことはすんなり聞く。お爺さんだけ見下してるのだ。この犬は。パパみたい。パパも他人の目は気にするのに私のことどうでもいいから。
「ごめんね、おうち守るお人形さん怪我させちゃって……」
おじいさんが申し訳なさそうな顔をするけど──。
「……」
人形はとんでもない形相をしてガタガタ頭を揺らしていた。せっかく助けたのに私を拒絶するように眉間にシワを寄せている。助けなきゃ良かった。
「お人形さんもこんな震えて悲しそうにしてるじゃないか。ほら、いなりあげ、謝りなさい」
お爺さんが自分の犬を叱る。
人形は悲しそうな顔どころか私が睨まれてるし、お爺さんの犬こといなりあげじゃなくてこの人形に謝ってもらいたい。
というかお爺さんはこの人形が、紐とかで引っ張るとブルブル震えるタイプの人形だと思ってるらしい。自発的に震える呪いの人形なんだけどな。
「ブゥ」
そして犬は謝らない。もう飽きたと言わんばかりにぐいぐい紐を引っ張って、お爺さんを連れていく。
「お人形さんごめんなあ。あと、気を付けるんだぞ。帰りとか、変な人に連れていかれないようにな。どんなに優しそうでしっかりしてそうでも関係ないからな。声かけられてもついてくんじゃないぞ」
「ありがとうございます。お気をつけて」
私のこと心配してくれるのは嬉しいけど、おじいさんのほうが危なそう。犬に引きずられて側溝とか落とされたりしそうだし。
私は改めて人形に向きなおる。人形は私に対して険しい顔をしている。助けてあげたのになんだこの顔。ゴミ捨て場から引っこ抜いたときも変な顔してきたし。普通逆じゃん。
そう思って、ハッとした。
この人形、感情表現が、逆なの???
「……拾ってもらって嬉しかったってこと?」
私が問いかけると、人形はとんでもない形相をしたままブルブル震えた。嬉ション犬仕草ってこと?
私は人形の意思を判断するため、人形を連れ家に入り、スマートフォン手にした。
ひとまず、人形が燃やされる画像を人形に向けてみる。人形の表情は変わらない。どこからどう見ても無表情のまま。こんなの絶対嫌なはずなのに。
次に私は、この人形が着ているようなデザインと似た系統のアニメサイトにアクセスし、スマホの画面を人形に向ける。
するとやはりとんでもない形相で震え出した。
この人形、不愉快なことは無視するタイプ……?
そして嬉しくなって顔が緩むのを抑えるためにめちゃくちゃ厳しい顔をするタイプ……?
図書館にあるラノベの溺愛すれ違いもので無限に見たタイプだ。拗らせすれ違い愛情表現がホラー怪異で応用できることなんてあるんだ。
とんでもない形相をして家の前に鎮座されたときは「絶対呪い殺されるじゃん」「理不尽すぎ」と思っていたけど、入れてほしいとか見守りとかそういうタイプだったなら納得できる。
「え、ごめん。顔と感情逆のタイプだった?」
天邪鬼にもほどがあるけど、ゴミ捨て場で放置と犬にかじられたり燃やされるのが好きな人形なんていないだろうし、感情が逆とすれば家についてきてるのも納得がいく。
じゃあ、うちの子にしたほうがいいのかな。
というかついてきちゃってる以上、捨てたら呪われそうだし。
「でもずっと外にあったやつだし犬とか猫の……汚い……感じがあるから……心あろうがなかろうがお風呂には入ってもらうからね」
そう言うと人形はとんでもない形相になり震え出した。心なしか白目まで向いている。綺麗好きらしい。もしくは犬猫に色々されててさっさと身体洗いたいのか、どっちかだろう。絶対汚いもんね。床にあった人形なんて。おねしょシートと変わらない仕上がりだし。
一応私は「犬とか猫好き?」と聞いた。人形から表情が消えた。絶対やられてるじゃんこれ。っていうか、おじいさんの犬、呪い殺されない?
「おじいさんの犬殺しちゃだめだよ。犬に引きずられてるけど、犬死んだらぼけちゃうよおじいさん。犬の名前、いなりあげって言ってたでしょ。ずいぶん前に死んじゃったおばあさんが好きだったのがいなりあげだったんだよ。お婆さんが死んだあと、お爺さんの家にはぐれてきたの。だからお爺さんにとっては大事なんだよ。そんな犬呪っていいと思う? 駄目でしょ?」
私は一応説得してから、人形を連れ洗面所に向かう。
「エタノールで殺菌したいけど……無理? エタノール知ってる? 酒、除霊とかになる? っていうか呪い系のなにかなの? 全然そういうの分かんないんだけど、そういうのってばい菌大丈夫なのかな……」
質問に対して人形はとんでもない形相を維持している。
エタノールいけるらしい。エタノールがいけるなら食器洗剤もいけるだろうし、ノロウイルス殺すような洗浄剤でもどうにかなるはずだ。元はゴミ捨て場にいたし犬に対して猛烈に嫌悪示してるんだから。絶対汚くされてる。それに、パパは私が洗剤を2~3本使い切ったところで気付かない。お掃除とか料理が、絶望的に下手な人だから。洗剤がすぐ無くなったって言っても、「そういうものなんだなあ」で終わる。
私は徹底的に人形を綺麗にすることにした。




