おしょう
線香の匂いが強くなる度、不安も増す。意を決して寺の敷地に入ると、丁度、和尚らしき男が門の傍に立ち、学に目を向けたところだった。学は会釈する。和尚の表情は固く、きゅうっと器官が詰まりそうになるが、なんとか堪えた。
「あの、ここで人形のお祓いとか供養って、出来るとネットで見て」
「……ええ、まぁ、予約制ですけどね……」
和尚は警戒しているように見えた。予約、そんな仕組みがあったのかと学は焦る。見落としていた。自分に非があることは理解しているが、出来ればもうこのまま人形を見てもらいたかった学は「今日は、無理でしょうか」と食い下がる。
「まぁ……外ではなんですから、中にどうぞ」
和尚は学を警戒しながらも本堂に案内する。学が後を追うと、「和尚!」と若い男が廊下から走ってきた。
「私の徒弟です。今の時代、どこも人手不足でしょう。だから、ああいうのも入れるんです。デリバリーと掛け持ちでね」
若い男は和尚の弟子らしいが坊主ではなく金髪だった。
「お祓いっすか⁉」
弟子は軽い調子で和尚に話しかけた後、学をまじまじと見る。
「お前には関係ない。あっちへお行きなさい」
「ええ」
若い男は渋々去っていく。「どうぞ、楽にしてください」と促された学は、板敷きに腰をおろす。
「あの、これ……」
学は紙袋から人形を取り出しながら、娘が人形を拾ったこと、そして自分の身の回りに起きた出来事を話した。和尚は最低限の返事しかしないまでも、疑うそぶりはせず、ただただ学の話を聞いていた。
「……不審な死が相次いでいると、貴方は思っているのですね」
学が話し終えると、和尚は学の目をしっかり見据えた。
それではまるで、ただ自分がそう思い込んでいるだけみたいじゃないか。学の胸の奥に苛立ちがくすぶる。
危険なことが起きている。それも娘の周りで。しかし和尚は「娘さんのことですからね。大抵の親ならば、気になるでしょうが」と学の心のうちを悟るように付け足した。
「恐ろしい目にあったのは事実です。でも、人形を拾ったからとは思えません。事件については、ニュースで知っています。どちらも、人形のせいで道に背いたのではなく、元々道に背いた人間です。お子さんが人形を拾った日取りより、前でしょう? 容疑者たちが罪を重ねていたのは」
和尚の冷静な指摘に、学は返事が出来ず唾を飲み込んだ。確かにその通りだ。誘拐を繰り返していた女も、盗撮を続けていた男も、そして学の上司も、みな娘が人形を拾う前からそうだった。
「不気味に見える人形ですが、祓うものは感じません。娘さんが心配なら、人形を寺に持ってくるよりも、すべきことがあるんじゃないですか?」
和尚は静かに告げた。
すべきことに、思い当たることはいくつもある。和尚はふうっと一息つくと、また話し始めた。
「出来ることから始めることは、万物に共通する教えです。しかしそれは、大事なことから目を逸らす為の手段にしてはなりません。神の教えに関わらず、犯罪に巻き込まれた子供に親がしなくてはならないことは、その子と向き合うことです。お祓いはしません。そのままおかえりください」
和尚は立ち上がると、閉じていた戸を開けた。
「この人形は」
「お持ち帰りください。傷つく出来事があって、心のよりどころにしているかもしれません。きちんとお子さんに返すように」
「なら、この人形は持っていても……」
「ただの人形ですから」
和尚は手短に話し、学に退出を促す。学が出ていくと、「もう終わったんすか⁉」と、弟子の男が軽い調子で声をかけてきた。学が何か言う前に、和尚が「当たり前だ。何もない。うちは何もないものにお祓いをしてお金を取るような寺じゃない」と返す。
「え、でも」
弟子は和尚に異論があるらしい。しかし和尚が「どうぞお帰りください」と促してきて、学は寺を後にした。




