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すてられたぱぱ

 世果を残して、洗濯機、冷蔵庫、テレビ、録画機など主要な家電が全て無くなっていた。ゴミ袋には少なからず朝まで冷蔵庫に入っていた食品が捨てられ、机には一筆別れてくださいと文言があった。電話もメッセージアプリもブロックされ、まだ何も送ってないのにしつこいなら弁護士を通す、裁判してもいいと記されていた。


 後日郵送されたのは、離婚届。


 この間、世果はエリカの存在について触れなかった。ただ家電のあった場所を眺め、「お弁当買ってきたほうがいい?」と聞いてきて、それから学はエリカと離婚し、諸々の手続きや始末を終えてもなお、世果にエリカについて話すことはしなかった。


 話せるはずがない。


 ホストと蒸発して妻に出ていかれた男。


 お前に結婚なんて出来るはずがなかったのだと、うっすらフィルターをかけられ世間から見られている気がして、居心地が悪い。


 ずっと息がつまりそうだった。誰も素性を知らない新天地に向かいたいと夢想するが、子供の為にと(たか)が一瞬だけ外れた3LDKのローンは重い。これから先、子供の将来、自分の仕事と悩みを分担できる筈の存在は、自分だけ居ない。


 そういう不安を、どこにも吐き出せない。ブログやSNSでも始めれば違うのだろうが、そういう気力すらなかった。毎日やっていくのでせいいっぱい。


 学は人形を入れた紙袋を握りしめる。


 小学生の授業はなにかと変則的だ。明日紙袋が必要になった。明日スポンジが必要になった。明日少量の米が必要になった。そういうのばかりだ。30人程度のクラスで30人きちんと持ってくるのかと疑問だし、全員が持ってくる前提で教師は準備しているのかと疑わしい。


 しかし、紙袋を持ってこなければいけない日、用意できずに大丈夫だろうと娘を送り出した一週間後のこと。三者面談で学校に向かい、学は後悔した。


 廊下に並べられたパイプ式の机に並べられた図画工作の作品群。皆、紙袋のパッケージを生かし、自由に物を作ってみようという題材で、世果のものだけ画用紙で作られていた。


 周りの作品は、学も知っている書店や、低価格帯のファストファッションなど、どれもありふれて、同じ店の紙袋で柄が被っているようなものだっていくつもあった。クオリティは千差万別。ロゴが真ん中に来るように几帳面に作っているのもあれば、半ばロゴが分断されているものまで、生徒一人一人の性格を表すようなものだった。


 しかし、世果のものだけが、真っ白だった。学校で支給されたであろう画用紙を使っていた。


 三者面談の日から何日経っても、季節が変わっても、何年経っても、学は紙袋を捨てることが出来ない。今日人形を入れている紙袋は、いつのものかすら分からない。そういうものがいっぱいある。


 鬱々としていると、寺の屋根が見えてきた。まだそこまで近づいてはいないのに、線香の匂いが鼻腔をかすめる。嫌な臭いだと思う。もう嗅ぎたくはないと学は紙袋を握りしめる。


 学の子供の頃、家で気が休まる瞬間はほぼなかった。


 行動的な母親と、生まれたときから見たことがない父親。「女手一つで育てている」「父親代わり」を体現したような母は能動的だったが、学とは気質が会わなかった。


 周囲の親子関係を見るたび、自分と母親の関係について漠然と違和感を覚えていた。


 祖父母の会話から「あんたは気質は父親似だからね」と聞くたびに、なんとなく、自分と同じように父親は暗い気質で、ゆえに母親と折り合いがつかなかったと想像していた。


 家で母親の愚痴を聞く。


 母親の機嫌を取る。


 繰り返すうちに、自分が何を思っているのか、何を感じているのか、理解するまでラグが生じるようになった。自分の身にふりかかる理不尽を咄嗟に受け流すけれど、後になってつらくなる。叫びだしたい衝動に駆られるも、何かを伝える勇気は出ない。高校を卒業し、大学を出て、就職をして。


 一人暮らしをして、そこからはずっと疎遠だった。絶縁する気はないので正月は帰るも、帰ったことを後悔するまで時間はかからない。でも今年は帰らないという勇気もない。そういう関係で生きていたこともあり、結婚に否定的だったのだ。


 ゆえに、ちょうど結婚式を挙げるかどうするかエリカと話をしたとき、エリカが「身内でちょっと病気してるのがいるから、一旦なしにしたい」といった言葉に救われた。学は結婚式を免除されたことが本当に嬉しく、エリカに後ろめたい程だった。


 そうして宙ぶらりんになっていた結婚式の資金は全額、学が見たこともないシャンパンになり、知らない街の下水に流れていった。


 浮気された、裏切られた。


 そう思えなかった。ただただ、どうしようという未来の不安が先行した。その不安が今になって蘇る。

 紙袋の中身を、寺に持って行って供養を頼む。


 その後どうしようと学は怖くなった。厄介払いされないだろうか。実はこの人形はとても恐ろしいもので、これからもっと別の寺を紹介されるなどして、自分の手に負えないことが起きてしまうのでは。

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― 新着の感想 ―
蒸発しちゃった…でも離れられてよかったよ、やばい女と。学氏は別に悪くないよ、引っかかったのがやばい女だっただけですよ。 ああ〜〜!!!!?3LDK買っちゃってたんですか!?そっかよのかちゃんのために……
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