第十四話 新しいうわさ
病院の帰り道、私はパパと一緒に夕焼けの道を歩いていた。
病院から出てすぐはパパは良くしゃべってたけど、病院から遠ざかるごとに無口になっていく。
パパはいつもこうだ。外の人と話すときは、ちょっと明るいキャラ。
家に帰ると無口。喧嘩したあとは、私のこと嫌なんだよねと思う。
普通の時は違う。
パパってこんな人なんだろうなって思う。
だってもう死んじゃった、パパがいじめられていたらしい上司の人に対して、パパはすごく明るかった。「やめてくださいよ~」なんて電話口で笑っていた。
「鎌田先生さ、色々苦労してるって言ってたけどなに」
私は慎重に聞いた。なんとなく、聞いちゃいけない雰囲気がして。
「ご両親、早くに事故で、死んじゃってるんだ。それで、弟さんと暮らしてた。お前みたいに、プール好きで。大会に出たがるっていうより、プールが好きな子、みたいな。ただ……弟さんも死んじゃったんだ」
「弟も事故に?」
「違う。自分で、自分のことを殺してしまった。そういうことがあるから、警察官のひとも、鎌田先生も、お前のことを気にしてるし、本気で心配してる。そうなってほしくないから」
「じゃあ鎌田先生の弟って、春木先生がなんかしたの」
「……そういうのは警察の仕事だ。だから、もしお前が、この人悪いことしてるって思っても、ちゃんと、警察に連絡しなきゃだめ」
「うん」
パパは口数が増えた。私に対してはすごく少ないのに。でも、これって私のこと心配して、なのかな。
私は鞄につけてる人形を見る。人形は険しい顔をしてた。
「パパさ、前に、私が整形したほうがいいかって聞いたの覚えてる」
「覚えてない」
パパはすぐ首を横に振った。
「顔変えたほうがいい」
「お前が変えたいなら、きちんと自分のお金で、やればいい」
「パパはどう思うの?」
私は思いきって聞いた。パパは「別に」と短く答える。
「俺は、お前の顔について、なにも、思わないっていうか……お前が変えたいのに、変えるなとは言えないし、変えたくないって言ってるのに、変えろとは言えない」
「だって、ママに似てるよ。嫌でしょ」
私は俯いた。パパの顔を見たくなかった。それで、嫌なんだなって確信を持ちたくなかったから。人形の顔を見る。表情が消えている。
「……別に、お前が誰に似てようと関係ないよ」
パパは長い沈黙のあと答えた。無視されたのか不安になるくらいの、長い沈黙だった。
「そのままでいいってこと?」
パパに尋ねる。人形は険しい顔をしていた。
「俺は、別に、どうでもいいよ」
人形から表情が消え、パパがちょっと躓いた。私は慌ててパパの腕を掴もうとするが、パパは私を巻き込まないように手を払いのけようとした。
「パパ……」
「危ないから」
パパは自分が転びそうになったのに、素っ気なく視線を落とし、自分が躓いたところを確認している。
「何も段差ないのに」
パパが不思議そうに地面を見た。「お人形のバチだよ」と私は呟いた。このお人形は、プールで鍵の開け閉めをしていた。怖い話でよく、入っちゃいけない場所に閉じ込められちゃったというのがあるけど、それをしてた。
この間、もしかしてと思って、人形を置いたまま鍵を持って玄関を出た。勝手に鍵閉めてくるのかなと様子を伺うと、全然鍵閉めてくれなかったので、戸締りしてくれる人形じゃないけど。
春木先生の時、人形は鍵を閉めたり開けたりしていた。
鎌田先生が危なくなった時、吹き飛ばしていた。
どちらも、私だけじゃどうにもできない時。
そういう時は、手助けしてくれるのかも。パパみたいに。本当に大変な時だけ。
今パパが転びかけたのは、人形のせいか分からないけど。
「なんでバチがあたるんだよ」
「パパの選ぶ言葉が、悪いからじゃない? パパ、物忘れもするし」
「いやあ……」
「鎌田先生はもっと、ちゃんとしてる。パパと似てる無口なのに」
「いやぁ……大学生の記憶力と比べられても」
「それに、いやあって誤魔化すところ鎌田先生に似てる。鎌田先生も同じ」
「うぅん」
パパは不服そうだった。そしてお人形を見る。
「前から思ってたけど、これ不気味だよな」
「そういうこと言うともっとバチあたるよ」
「怖いなあ」
「そうだよー怖いお人形だよ。漢字練習帳の画数の多い漢字だけ消してくるんだから」
そして、扉を開け閉めできる、鎌田先生が怖いことしないように止めてくれるお人形。
私はそんなお人形を抱きしめながら、パパの腕を取っておうちに帰ったのだった。
◎◎◎
『臨時ニュースです。20■■年8月■日7時頃、果港拘置所に拘留されていた37歳の男が死亡しました。男は自身の勤めるプールにて盗撮、児童買収児童ポルノ禁止法違反、不同意わいせつ罪の疑いで逮捕され、概ね犯行を認め拘留されていましたが、同日拘置所を脱走。半径30キロ圏内にある大型商業施設群を繋ぐ人道橋中央において自らの衣服を捨てると、「許してください」「助けて」と大声で叫んだあと、自らの首を締め自死をはかり、死亡した模様です。家宅捜索中であった男の家からは、動画ファイルが複数確認されており──』
『全裸の男が突然叫び出してて……酒に酔ってるにしてもおかしくて……薬物やってそうな感じ? 見たことないような……雰囲気というか、自分で自分の首絞め始めたと思ったら、完全に、頭は地面で、身体は上向いてて……』
『ネットで、今すごい回ってるじゃないですか、何十万って、拡散されてるやつ……あのままです。AIとかじゃない。あの通りっす』
『なお、現在発生中の連続不審死の事件と関連性があるかも捜査中とのことです──以上拘置所前から中継でお送りしました』
『犯人はこっくりさんみたいな感じで、噂を作って子供を誘いだしていたとのことですが』
『卑劣ですね……卑劣としか言いようがない』
『プールや塾など、勉強や習い事もそうですが、今は共働きも多いですし、家の中に一人でいるよりは大人の目があったほうがいいと思っている親御さんもいらっしゃると思うので、本当に……あってはならない事件だと思います』
『容疑者は子供や保護者から信頼を得ていた、いわゆる人気者だったとのことですが……』
『講師に限らず一般的には、信頼されるよう働くわけですが、別の目的をもって信頼を得ようとする人間もいるわけですからね。感じがいい、優しい、仕事が出来るからと言って、不用意に更衣室に出入りしていたり、禁止された場所でカメラを持ち込むといったことがあれば、あの人に限ってと思わない、別の人がやっていれば怪しむようなことは、一律に怪しむ、評価するということは犯罪防止の観点でとても大事なことです』
『さて、現在ダークウェブ、通称従来のネットワークでは確認できない裏サイト等で出回っている児童ポルノおよび盗撮動画を取り扱ったサイトで、動画を再生した人間が不審な死を遂げる溺死事件が複数確認されている……とのことですが』
『解剖の結果によると連続不審死に関してはいずれも自らの目や手を激しく傷つけた形跡があったとのことです』
『サイトに関しては今回の容疑者も利用していたとのことですが、利用者情報を、誰かが入手して殺していっている、ということは』
『現時点では何とも。ただ今回、あまりにも不可解な点が多すぎることから、死亡した容疑者が利用していたサイトを利用すると、自分の死の光景、死ぬ瞬間が流れ、そのまま殺されてしまうなんて噂が……』
これで続編最終回となります。ありがとうございます。




