第十三話 急襲
「か、鎌田先生」
「大丈夫か、なにがあった」
「わ、分かんないです。春木先生が、振込用紙が、違うから、残れって言われて、そうしたら、なんかみちゃったのかって言われて、更衣室の鍵閉められて、閉じ込められたっていうか、そう、ちょっと、違う、分かんないですけど」
「分かった。分かった。大丈夫。他に生徒は?」
「いません。多分、二人で……今日は中学生もいないからって……」
そこまで言うと、鎌田先生は暗がりでも分かるくらい、何かを睨む……憎むような表情に変わった。
「分かった。全部先生に任せろ。お前は近くの、そこのコンビニに入って、警察呼んでもらえ。パパにも連絡しろ」
「先生は」
「俺は、俺のやるべきことを果たす」
「だめっ」
反射的に首を横に振った。嫌な予感がした。
「一緒に行って、ください」
なぜか分からない。でも鎌田先生を一人にしてはいけない気がした。
「俺は大丈夫」
でも鎌田先生は、まるで全部、諦めたように否定した。
「春木先生絶対変です。危ない、絶対なんか違う」
「そんなのはもう前から分かってる。だから大丈夫」
「ど、どういうことですか?」
「子供は聞かないほうがいい。それに、まだ証拠ないし。でももう、この状況がそうだから……だから……」
鎌田先生が言いかけたその時だった。
廊下の奥からダンダンダンダンダン! とドアを叩く音がする。
「なんだあああああ? どうやって外に出たあああああ? 鍵盗んだのかあああああ? スタッフルームに入った時かああああ?」
春木先生が絶叫している。
「怒らないから開けなさい! カードがないと外には出れないぞおおおおおおお?」
カード?
疑問に思っていると、鎌田先生が私になにかを押し付けた。見てみればこのプールの社員証だった。
「これもって出て。あれはこっちがなんとかするから」
「危ないです、殺されちゃう」
「俺が殺すよ。ずっとそうしたかった」
鎌田先生は暗い顔で暗がりに向かおうとする。私が慌てて鎌田先生の腕を掴むと、バァンッと鎌田先生の身体が吹き飛んだ。そのまま鎌田先生の身体が人形みたいに廊下に転がる。
「の、鎌田先生!」
思わず叫んで鎌田先生に近寄る。鎌田先生は意識がない。どうしようと悩んでいればカシャン、とポケットからスマホが落ちた。そうだ。電話して、助けを求めないと。
110番と、119番どっちだろう。私は咄嗟にボタンを押し、祈るように電話をかけた。電話が繋がり、私は必死に話す。
「怖い人に追われています。それと人が、倒れて──!」
◎◎◎
電話をして、パトカーと救急車がほぼ同時に来た。そして私も救急車で診てもらうことになった。多分だけど、私がまだ小学生だから、なんともないと嘘をついていると思われたらしい。一応なにかあったら、ということでお医者さんに診てもらった後、病院でパパと合流した。警察の人がパパに連絡してくれたのだ。
そして起きたことをパパに説明した後、鎌田先生のいる処置室に向かった。
「鎌田くん、大丈夫か……」
「ああ、はい、なんか、特に悪いところはなく……」
「悪いところあるよ。栄養失調気味だ。亜鉛が足りないよ。鉄もだし。平均からだいぶ下回ってるよ。食事気をつけな」
そばにいたお医者さんが注意する。鎌田先生は「そういうのって守秘義務があるんじゃ」と言うが、「食事は周りの目もなきゃ一人でどうこう出来ない」とすげなく返す。
「えっと、鎌田くんはどういう状態で……」
お医者さんの圧にパパが委縮しながら尋ねた。
「吹き飛んで倒れたって言うけど、頭部のMRIの結果もMRAの結果も異常なし、今後の経過によるけど、外傷もないし……頭うってなかったんだよね?」
お医者さんが私に尋ねる。
「ごろごろ転がるみたいな」
「肩がクッションになったのかもしれない。めまいとか頭痛とか目の見え方が違う、手足の違和感が出てきたらすぐに病院って感じで、今日出来ることはもうないかな……一応、しばらく病院にいてもらうけど、この血液検査の感じだと、しばらく病院で栄養あるもの食べあほうがいいよ。警察に色々話すのもあるんだろうしさぁこの血液検査の結果ならね。数値全部低いよ」
お医者さんは独りでに頷く。鎌田先生は居心地が悪そうだった。
「じゃあ、俺は入院らしいので、そういうことで、そっちはお仕事も学校もあるでしょうし、これで」
鎌田先生は私たちに退出を促す。パパは「鎌田くん一人暮らしだよね? 今」と尋ねた。
「まぁ、ハイ、普通に」
「なら、緊急連絡先になっとくから。なんかあったら危ないし、親御さん連絡、色々あるもんね」
「いや……」
鎌田先生は拒否する。でもお医者さんが「あぁ~助かります」と感謝し、「書類持ってきて」と看護師さんに声をかけた。
「なにか急変あった時、誰とも連絡つかないの困るからね。緊急連絡先は多いに越したことがない。本当に助かります。ありがたいです~」
お医者さんは言う。鎌田先生は俯いていた。
「鎌田くん一応連絡先交換してもらっていいかな? 色々あるだろうし」
「あ、ハイ」
鎌田先生はパパにスマホを渡した。その後、色々手続きとか、お話とかをして、家に帰ったのは結局日付が変わったくらいになってしまった。
◎◎◎
それから翌日、パパと一緒に警察署に向かった。そこで、何があったのかをパパのそばで警察の人たちに説明して、その足で鎌田先生のもとに向かった。下着とか洋服の差し入れをするためだ。
「何から何まですみません」
病室のベッドの上で鎌田先生が頭を下げる。「全然全然」とパパは気さくそうに笑った。普段の無口なパパと違うし、鎌田先生もなんか、普通の人っぽい。
「鎌田くんは娘の恩人だから」
「いや、ただ、普通に、春木のこと探ってただけで、たまたま居合わせたっていうか、普通に」
鎌田先生は窓の外を見た。そして、「どこまで話をしてます?」とパパに聞く。
パパは返事をしなかった。「警察は」と鎌田先生が続ければ、「何されたかみたいな、話を」と、ぎこちなく答える。
鎌田先生が今度は私に目を向けた。
「春木、すごい、悪いやつで……俺は、なんて言えばいいんだろ。証拠を、集めようとしてて、集まらなくて、で、俺はプールのバイトしてたっていう」
言葉を選びながら鎌田先生は話す。
「ちょうだい様ってさ、春木先生のうそだよね」
学校によってルールがあやふやなちょうだい様。
でもプールにいれば正しいルールが分かる。
みんなプールのほうのルールが正しいと思ってるのは、春木先生が前にしていたみたいに「ちょうだい様ってこうじゃないのか」と、ルールを正しているから。
なんでそんな噂を流すかといえば、多分、子供を閉じ込めたいから。みみちゃんのママみたいに。
ただの想像だけど。
でも、行っちゃいけない道をおばけがいるって行かせないようにするみたいに、怖い話で来てもらうようにすることだってあるかもしれない。
「春木の前いた、プールでも似たような噂があった。あいつは色んなプール転々としてて、場所は別だけど、ちょうだい様の話は、ずっとあった。新しいプールでも、同じルール、夜に一人で願わなきゃいけないっていう」
春木先生はちょうだい様に願わないって言ってた。それは「ちょうだい様」という想像の神様を作って、悪いことをして、自分の願いを叶えようとしていた。
春木先生の願いは悪いことをすること。
じゃあ鎌田先生の願いは?
──俺が殺すよ。ずっとそうしたかった。
鎌田先生はそう言ってた。多分だけど、スタッフルームでスマホを使っていたのは、春木先生の悪いことをした証拠を掴むためだったのかもしれない。春木先生を捕まえるために。でも、それだけだったのかな。
鎌田先生は、突然吹き飛ばされてた。
あれは、お人形が。
私は鞄につけているお人形を見る。人形は険しい顔をしていた。人形が鎌田先生を突き飛ばした。鎌田先生を嫌ってるとは思えない。あの時、人形は、鍵を多分閉めて私が春木先生と鉢合わせをしないようにしていた。私が助かるようにしていた。
鎌田先生を、止めた?
鎌田先生が、春木先生を、殺さないように。
殺すっていけないことだ。それをしようとしたってことは、なんか……今すごく、危ないんじゃないか。
「おじいちゃん」
私は呟く。「ん?」とお父さんが首をかしげた。
「おじいちゃんのプール通ってて、元々、おじいちゃん先生は、みんなのこと助けてくれるけど、たぶんおじいちゃん倒れたら、そのまま死んじゃう」
「え」
鎌田先生が戸惑い、眉間にしわをよせた。
「だから鎌田先生いたら、嬉しいかもしれない」
鎌田先生が「え」と混乱する。するとパパは「ああ、バイト、プール閉鎖だろう。多分。娘がいつも通ってるプールがあるんだ。おじいさんがやっててさ、偏屈な人だから、ちょっとあるんだけど……紹介するよ」
「いや、え、いや……」
「鎌田くんがいたら安心だと思うし、今回の事件のことも聞いたら多分、なんとかしてくれると思うし、俺から話しておく」
「私も、鎌田先生のこと言っておく!」
私は何度も頷いた。
「やめてよ。倒れても俺、どうにも出来ない。医者とかじゃないし。浪人してるし」
「きゅ、救急車呼べる!」
「まぁ呼べるけどさ……」
鎌田先生は「でも」と首を横に振る。
「言っておく! 鎌田先生がいると嬉しいです」
私は鎌田先生の否定に被せる。
「いやあ……気のせいだよ。なんか、今はそう思ってるだけでそのうちちゃんとキモくなるよ。俺、普通に生徒から嫌われてるし、別にいいけど、俺みたいな奴は大丈夫って寄っていって、酷い目に遭っても困るし」
しかし鎌田先生は抵抗する。「でもおじいさん、本当危ないから、この間、ギックリ腰したし」とパパが付け足した。鎌田先生は「いや、変なところに立ち会いたくない……」と呆れ顔をする。その顔は、殺したかったなんて言った時より、ずっと、鎌田先生って感じだった。




