【1-2】チーグ・シースト
たくさんの鳥が群れをなし、さえずりながら木々の枝に集まっていた。
鳥どもの影はまるで葉っぱのように道へと落ちている。僕がその場に足を踏み入れると、そいつらは異物が入り込んだとばかりに一斉に飛び立ち、遠くの中庭で再び群がった。
周辺には大勢の学生たちが同じように群がっている。それはそうだ、ここは大学の敷地内なのだから。とはいえ時間帯的にはまだ講義中の筈、だが連中はそんなことなどお構いなしと言わんばかりにキャンパスライフを謳歌しているようだった。
近くを通り過ぎると、クスクスと僕を笑う奴は珍しくもない。そして慌ててそいつらに耳打ちし嗜める連中もまた。ジロリと一瞥してやると、目を合わせないようにそいつらはコソコソとその場から立ち去る。そして遠目からヒソヒソ指差す連中がいるのも見慣れた光景だ。
まるで色物扱いじゃないか。まあ、癖っ毛を無理に七三分けにした蝶ネクタイ姿の膝と脛出し低身長男を見ればそうなるのも無理はないかもしれない。勿論理由はそれだけではないのだろうが。
この辺で簡単な自己紹介を済ませておこう。僕の名前はチーグ・シーイースト。若干二十歳のどこにでもいる平凡な男性……よりもちょっぴり、いや相当低いスペックの持ち主である。
主だった特徴としてはブサイク・ガリガリ・低身長、それに輪をかけて救い難い内面。花の大学生だというのにぼっち生活を貫いているのはようするにそんな僕の始末に負えない人となりの賜物である。そりゃこんな奴に近づきたがる奴などいるわけない。
「チッ……」
僕は舌打ちをし、帰路を急いだ。
ふと、油にまみれたような小汚さのこじんまりした鳥だけが一羽、別の枝にぽつんと止まっていることに気がついた。サイズのせいか位置のせいかはわからないがそいつは道に影を落としてはいなかったが、どこか影がさしている気がしてならなかった。
「あら、チーグじゃん。一人で何やってんの?」
そんなことに気を取られていると、女が僕を呼び止めた。
視線だけ送ると、そいつは見知った奴だった。顔の半分をドでかいサングラスで隠したド派手なピンク髪の大学生らしからぬドエロい服を着た女、そいつが数人のガラ悪そうな男達の中心にいたのだ。
僕は舌打ちした。どうやらさした鳥影はこいつを暗示してたらしい。
傍から見ればどう見ても接点がなさそうな僕と奴、取り巻いてた連中も同じことを思ったのだろう、
「アニア、そいつ誰?」
「そんな奴ほっとけって」
「ちっせ!本当に大学生か?ひょっとして小学生の弟とか?」
「ないだろ、顔とか全然違うじゃん」
「うわキッショ!よくそんな見た目で生きてんな」
興味のあるなしは置いといてぶしつけにじろじろ見ながら失礼なことをのたまいまくりやがった。
鬱陶しくて仕方のなかった僕は当然のように無視を決め込むものの、
「ちょっと無視しないでよ。アタシが話しかけてんの聞こえない?」
このアニアと呼ばれた女がしつこく食い下がったので僕はギロリと睨んだ。彼女をではなく、何故か僕の行く手を遮った二回りはでかい男の顔を。
「……んだよ?」
「なんだよじゃねえよ無視してんじゃねえよせっかくアニアが声かけてくれてるってのにてめえ如きがよお」
迷惑極まりない思いをさせられてる僕に上から凄んでくるその男。褐色の長身で、タンクトップから覗く筋骨隆々の腕には流線形のタトゥーが彫り込まれている。他の連中も似たり寄ったりのヤカラっぷり。相変わらずこの女が連れる男は品性に欠ける。
僕はうんざりしながらも口を開いた。
「誰だよ?知らねー顔だな」
明らかに見下しているであろう小男から言い返されたのが意外だったのか、ヤカラが少し鼻白む。
だが、すぐに他の男共の下品な哄笑が響き渡る。
「おいおい、俺達ナメられてんぞ!?」
「ボクちゃん足震えてるけど大丈夫ぅ?」
「何だか臭くね?もうちびったかw?」
「喧嘩は相手見て売れよ?あ?」
全く微動だにしてない僕を連中が一斉に取り囲む。さっきの訂正をしておこう。僕はこういう連中にはよく近づかれる。というか、絡まれる。
異変に気付いた他の学生たちが何事かと振り返ったが、どう見ても関わってはいけない連中だと適切に判断したのだろう。近くの者は見て見ぬふりをして遠ざかり、遠くにいる者は更に遠巻きからこちらを伺っている。
女がサングラスをあげて顔を露わにした。
大きな目に通った鼻筋すらっとしたEライン、客観的に見ればとても美人と言えるだろう。
「いくらあんたが人の顔覚えないって言っても、アタシとはしょっちゅう顔合わせてるんだから忘れたとは言わせないわよ」
そう、残念なことに僕の幼馴染でもあるこいつの顔は未だよく覚えている。例え顔の半分を隠していようとも気づいてしまうくらいには。
僕は苛立ちながらまた舌打ちをした。
「で、何の用だよ?アン」
アニアの事を僕はアンと呼んでいる。単に名前を略しただけだがこれが昔からの習慣なのだ。
「べっつに?相変わらず一人でいるなって思っただけ」
「見りゃわかんだろ。いつもそうだろ。一々そんなことで絡んでくるなこのバカ」
やはりと言うかなんというか、こいつは単にトラブルを持ち込んできただけだ。案の定僕の態度が相当癇に障ったのか、ヤカラの一人が胸倉を掴んだ。僕の足が宙に浮く。
「てめぇ調子に乗ってんなあ!?無事に帰れるとでも思ってんのか?ああ!?」
「もうこいつさらっちまおうぜ」
「山に埋めるか?それとも前の奴みたいに海に沈めるか?」
「お前の家族も友達も恋人も全員同じ目にあわせてやるから覚悟しろよ」
単にこれだけのことで、ヤカラが実にヤカラしい脅し文句を次から次へと並べ立てる。
と、そのうちの一人が何かに気づいたかのように訂正した。
「あ、いやカノジョなんかいるわけねーかw」
「友達もなんじゃねーの?」
ギャハハハハ!と、人を不快にさせる事を目的とした大きな笑い声で唾を飛ばしまくってきやがる。汚ないことこの上ない。
(まあその通りだけどよ……)
僕も内心認めた。ただし、別の者は存在するが。
「言っとくけど警察なんて当てにすんなよ。あいつら俺らの身内みたいなもんだから」
ヤカラはやたらと強気だった。バックに大物でも控えているのか、或いは内部関係者の弱みを握って脅しているのか。まあよくあることだ。
いずれにしろ僕としてもそんなもの当てにするつもりはない。ただしその別の者には頼る気でいるが。
突如影が、ガタイの良いこいつらを覆い隠すほどの巨大な影が覆った。
言うまでもなく、鳥のそれではない。
「な……んだお前ら?」
少し前の僕と似たような台詞を吐くヤカラその一。強気な表情のままだがその声は微妙に震えていた。屈強な体躯のこいつらより縦にも横にも二回りはでかい黒服の男達が突如わらわらと現れ囲んできたからのだから気持ちはわかる。実際、さっきの群がった鳥の数ほどはいそうだが一体どこに潜んでいたのだか。
「誰だつってんだろうが!?ああ!?」
ヤカラが吼える。一見すると好戦的だが、それは威嚇というよりは気圧されないための自身への鼓舞のようだった。
「若」
「やれ」
黒服男の一人が確認、間髪入れずに僕が答えるとヤカラどもは一瞬で地面に組み伏せられた。
その様子にざわつく構内。一方のアンは涼しい表情のままだ。
「離せ、てめ……がっ!?」
「黙れガキ」
最初は抵抗するヤカラどもも、黒服男に鉄拳やら関節技やらで痛い目を見るとすぐに黙り込む。
いや、鳥のようにさえずることは止めないようだ。
「てめえら……俺達にこんな事してタダで済むと思ってんのかよコラァ!」
「俺達はチーム・アナコンダだぞコラァ!」
「俺らのバック舐めてんのか!?お前ら全員皆殺しだぞコラァ!」
ヤカラ共はコラコラ言えば怯むと思ったのだろうが僕にはまるで効かない。
「若、どうします?」
なので、こいつらの処遇を尋ねる黒服男に僕は迷いなく答えてやる。
「丁度若い兵隊欲しがってた紛争地帯があったろ。そこに送ってやれ」
「はっ」
「「「「「……は?」」」」」
黒服は応答し、ヤカラ達は一様に口をあんぐりと開けた。言ってる意味がよくわからなかったようだ。
「お、おいちょっと待てそれどういう意味だよ?」
顔を舗装された道に押し付けられながら訊いてくるヤカラその一。
今度は逆に、僕の方こそこいつの言ってる意味がわからない。
「は?さらうんだよ。お前らがやろうとしたことと一緒だよ」
「い、いやいやいやちょっとまて。じょ、冗談だよな?」
「んなわけねーだろ。うちに喧嘩売ってくる奴をタダで済ますかよ」
僕の断言にも、連中にはイマイチ現実感がないようだ。そのうちの一人が無理に笑う。
「は……なんだそりゃ。脅するにしろもっとリアリティのあること言えっての、なあ?」
そいつが同意を求めたのは仲間達にだろう。だが、同じ仲間の一人でありながら今の今まで傍観者でいたアンが僕の方を指差し、口を開いた。
「言っとくけどそいつ、シースト家の御曹司よ。知らない?表向きは軍需産業で世界シェアトップの武器商会やってるけど、裏ではこの国一帯を牛耳ってる反社の一家」
これにようやく、それまで興奮して――或いは物理的に押し付けられ頭に血が上って――紅潮していた表情が一気に青ざめる連中。
「う、嘘だろ……シースト家っていやあこの国最強のマフィアじゃねえか!」
「ふざけんな!そんな奴だなんて聞いてねーぞ!?」
「結構有名だから知ってるものだと思ってたわ。そんなやつに突っかかるなんてチーム・アナコンダやるじゃんって感心してたのに」
携帯をいじり出しながら全く感情を込めずに答えるアン。怒ったり慌てたり泣き言言ったりと忙しいヤカラ共とは実に対照的だ。
「ア……アニア助けてくれ!」
「関係ないでしょ、アタシが絡めって頼んだわけでもないのに」
実際その通りだ。こいつはただちょっと声をかけて来ただけだ。そして僕はそれを無視しようとしただけ。話をここまでこじれさせたのは単にヤカラ達の自業自得である。
とはいえ、彼らも命がかかってることを――つまりただの脅しでないことを――理解したのだろう。地面に突っ伏したままアンに縋る。
「お前もソーソー財閥の娘じゃねえか!何とかなるだろ!?」
「何であんたらのためにうちがリスク背負わにゃならんのよ、アホか」
そう、アンことアニア・ソーソーは財閥のご令嬢。そういうハイソサエティの繋がりで僕達は腐れ縁をやっているので、彼女の家にとっても僕と敵対するのは得策とは言えない。ましてやその辺のゴロツキのために身を賭すなど論外だ。
当たり前といえば当たり前のけんもほろろなアンの態度にチーム・アナコンダとやらは逆上し、
「て、てめえ!俺達にそんな態度取ってどうなるかわかってんのかよ!?」
「こっちはお前の弱み散々握ってんだぞ!?バラされてえのか!?」
今度は僕にではなくアンを脅しにかかる。が、
「これからバラされるのはあんた達のほうなんじゃない?」
握られてる弱みなんて最初かないと思ってるのか、それともどうせすぐ殺される連中だからと高をくくっているのか、アンは全く動じなかった。
一方、必勝の殺し文句だと思っていたものが不発に終わったことを悟ったのか、ヤカラは目に見えて動じ始める。
「な、なあ!ほんの冗談だったんだよ!本気でお前……き、君をさらったりするつもりなんかなかったって!だからもう許してくれよ!」
「だ、誰か警察!警察を呼んでくれ!」
切羽詰まったのか今度は僕に向かって命乞いを始め、挙句の果てには野次馬達にまで助けを求める始末。
だが当然、誰もそんな聞く耳を持つはずもない。当然僕もだ。
「あーもううっせーなあ。邪魔だからさっさと連れてけお前ら」
僕の号令一つで、黒服を着た僕のボディーガード達はヤカラ共を担いでいった。やめろ!触んな!助けてくれ!警察呼べ!マスコミに伝えろ!七光りのボンボンが調子乗ってんじゃねーぞ!と喚き続ける様子を見ながら野次馬達は硬直していた。無理もない、こんな白昼堂々行われる拉致事件に出くわしたのだ。普通の人間なら思考停止してもおかしくないだろう。
しかし僕が周囲をじろりと見渡すと、巻き込まれでもしたらたまらないとばかりに野次馬共が一斉に視線と向けていた携帯を逸らし足早に去っていく。これも当然の反応だ、数人の見た目が厳ついだけのヤカラ相手にも動けなくなるのに、大量の見るからにその筋風の巨漢たちを従える存在に物申せるわけがない。
さっきまで騒がしかった空間も一気に静まり返った。元から僕の周りには誰もいなかったが、その半径はさらに広がってしまう。
ただ一人、アンを除いては。




