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【1-3】ホンモノの愛

 僕は無視して帰路につこうとしたが、何故かアンはついてきた。

 僕の隣でハイヒールの音を響かせながら、背筋と腕を大きく伸ばして脇を露わにする。


「あー、せいせいした。最近あいつらに付きまとわれてて面倒だったのよね」


 こいつから漂ってくる何とも言い難い匂いに僕は顔をしかめる。香水か体臭か、それともどっかの男の残り香を持ち込んでいるのかは知らんがとにかく好きになれない匂いだ。昔からその傾向はあったが、年々徐々に酷くなっていってる気がする。


 何にせよとても快適とは言えない状況が色々あいまって僕は斜め上に顔を上げる、僕の頭一つ分は背の高いこの女を睨みつけるために。


「……お前、こうなること見越して声かけてきやがったな」

「あんた舐められやすいからね、絶対揉めると思った」


 全くだ。人を見た目で判断する奴はとりあえず僕の態度に不快感を抱くらしく大概ああやってウザ絡みしてくる。もっとも僕としてもそんな事は長年の経験から重々承知しているのだが、かといって気を遣ってトラブルを避ける気にはならない。むしろ今みたいに、より一層のトラブルに発展させることになる。


 とはいえ、好き好んでトラブルに首を突っ込みたいわけでもないのだから、


「ったく、あんな連中自分でなんとかしろよ。出来るだろ」


 実際、世界に名だたるソーソー財閥はうちと同等以上の地力を持つ。そこのご令嬢たるこいつならば僕に頼る必要など無かった筈なのだ。


 だがアンは肩をすくめる。


「んなわけにもいかないわよ。あんたんとこと違ってうちは真っ当な商売している表の人間なんだから」

「真っ当な表の人間が裏の人間利用したりするかよ」

「そこはほら、幼馴染のよしみってことで」

「僕に何のメリットもない腐れ縁じゃねーか!」


 僕の叫びに、アンは何故か不思議な表情を浮かべた。


「何言ってんの、女の子なら何人でも紹介してあげるって言ってるじゃない?」


 ああ、言われてみればそうだった。だが……


「お前が連れてくる女なんてどうせ頭ん中金の事しかないやつばかりだろ」


 そう、初めから相手する必要などない連中だ。

 しかし僕の言葉にアンは呆れた表情を浮かべた。


「そんな子達だからあんたみたいなんでも相手してくれるんじゃない。まさか自由恋愛できるとでも思ってんの?その見た目と性格で」


 鼻で笑うアン。

 だが僕も同じように鼻で笑う。


「思ってねーし、そもそも自由恋愛なんてもんがあるとすら思ってねーよ。あんなのぜんっぶ下心ありきじゃねーか。外見とか性格とか金とか、もっと条件が良い奴が現れたらすぐそっちに目移りする奴らばっか。あ、だから自由か。良いよな自由恋愛、いつでもどこでもとっかえひっかえ可能なんだからよ。裏でいくら打算しても表で恋だの愛だの運命だのそれっぽい事いっときゃサマになるもんな!」


 僕はあえて大声で言ってやった。僕とアンの凸凹コンビを不思議そうに見ていた通行人達がビクリと肩を震わせる。まるで何を言っているのかわからないかのように怪訝な表情を浮かべて。だがどうせこいつらも内心では気づいている筈だ。そうでないのだとしたら、まだそういう選択可能な好条件の相手が現れてないだだけに決まっている。ああそうに決まってる。


「相変わらずひねくれてるわねえ、そんなんじゃいつまでたっても独り身のままよ?」


 アンが呆れた様子で指摘してくるが、僕には全く通じない。


「どうせそのうち親が政略結婚の相手連れてくるだろ。将来はそいつと形だけの結婚生活送るから大丈夫だよ」

「うわあ、寂しい人生」

「いいんだよ!僕が改心して媚び売って生きたところで財産狙いの連中しか寄ってこないことはわかりきってるんだから。この見た目で、しかも家業が反社だぞ!?まともな奴が近づくわけねーだろ!お前も含めてな!」

「確かにあんたが御曹司じゃなかったら歯牙にもかけてないわね」

「正直だなクソが!」

「でもあんたはこういう方が良いんでしょ?」

「そりゃそうだ。心にもないお為ごかしされても余計腹立つだけだろ。見え透いてんのに」


 僕の言葉に、アンが鼻息を一つ零した。


「あんたって意外と潔癖よね。むしろ純情というべきなのかしら」

「どこがだよ。ひねくれまくってるから一周してそう見えるだけだろ」

「でも、信じてるんでしょ?英雄と聖女のイロコイだけは純愛だ、って」


 その言葉に俺は間髪入れず頷く。


「当たり前だろ。あれだけは間違いなくホンモノだ」

「あんなのつくりものに決まってるのに」

「はぁっ!?ほんっとお前は見る目ねえなあ!普段からニセモノの恋愛ばっかしてるから目が曇るんだよ!」

「恋愛自体ほとんどしてないあんたに何がわかんのよ」


 こいつ、痛いとこついてきた……と思ってるだろうが、全くそんなことはない。

 だから僕は胸を張って反論してやった。


「僕が一体何度英雄譚を見返してると思ってんだ!今日だって帰ったらシーズン3のファンクラブ会員限定ボックスが届いている筈だから改めてそれを鑑賞するんだよ!」


 そう、僕が帰路を急いでいる理由はそれだ。そのために学校を早退したしたせいで厄介ごとに巻き込まれたわけだが、その厄介ごとの種がまた厄介な事を言い出している。


「いやだってそれドラマじゃん。脚本家が色々いじったやつじゃん」

「史実を元にしたフィクションってやつだよ。ちゃんと監修はチーム・サリサーがやってるから問題ない」

「でもあれ実際に本人が出演してるわけじゃないじゃん。CGじゃん。ド派手に美化されてるに決まってんじゃん」

「僕はちゃんとナマの映像でも確認してるんだよ!その上でホンモノだと判断してんの!」


 英雄譚自体は確かにフィクション作品だ。だがその素となっている英雄たちの活躍は実際にニュースなどでも放送されていた。ドキュメンタリーも含め、僕は放送されたもののほぼ全てを網羅していると自負している。そして英雄が所属する傭兵団、つまり彼らと最も近しい存在であるチーム・サリサーの面々がお墨付きを与えているのだから事実に基づいているに決まっているのだ。


 そんな僕が唾を飛ばしながら必死に主張してると言うのに、こいつはめんどくさそうにあくびをしやがる。


「あんたいつも玉虫色な癖になんでこんなしょーもないこと白黒はっきりつけたがんの?別にどっちだっていいじゃん他人の純愛(イロコイ)なんか傍から見たらただの娯楽(ゴシップ)なんだから」

「しょーもなくないしどっちでもよくないから言ってんだよ。ていうか何だよ玉虫色って。単に他の事はしょーもないしどーでもいいからこだわってないだけだよ」

「でもあんた七光りしてるじゃん」

「だから何なんだよ!?より一層関係ないだろ!別に僕がカラフルに光ってるわけじゃないんだから!」

「でもあんたイロモノじゃん」

「しょーもないこと言ってんなあ!お前さっきからずっと滑ってるぞ!?ヒデオとヤーコが純愛してないとか冗談にもなってないし面白くもなんともないからな!」


 どうもこいつは色にかけた言葉遊びをしていただけのようだ。さすがはこう見えて蝶よ花よと育てられたご令嬢、ユーモアセンスなど欠片もなくても周囲が愛想笑いを続けてくれていたのだろう。まあ七光りを虹色かなんかと勘違いしているあたりは鼻で笑われるだろうが。(*1)


 だが二人の純愛を見て取れないのは笑い事じゃない。こいつは僕の事を玉虫色だと称したが、それはおそらく大抵のことには信念を持たない僕の態度からそう見えたのだろう。確かにそれ自体は否めない。だがこと純愛に関してだけは別だ。それだけは有ってもらわないと困るのだ――


 ――何故ならそれが、僕にとっての希望でもあるのだから。


 にもかかわらずこいつは尚も食い下がろうとする。ゴシップだからどっちだって良いんじゃなかったのかよ。


「いや冗談抜きで言ってるんだけど?実際こないだのセレモニーでだって全然ただならぬ関係って感じじゃなかったじゃん。むしろ聖女ちゃん、何か別の事に気を取られてたっぽかったし」

「一体見てたんだよお前は!ヤーコ泣いてただろちょうどヒデオへの感謝の言葉を述べてる時に!」


 そのセレモニーとは今から約三か月ほど前にこの国タイテンで執り行われた英雄たちを讃える祝賀会のことだ。僕はコネもあって幸運にも壇上からほど近い席に招待されてたので彼女の感極まった表情をはっきり見ることができた。それは、紛れもなく彼への想いの表れだったのだ。


「だからそれ。あれ絶対英雄君とは別の事で泣いてたんだって」

「んなわけねーだろ、お前んちは系列違うからって後ろの方の席だったからよく見えてねーんだよ。僕は三列目から見て言ってんだぞ」

「あんま関係ないでしょそれ。大型ビジョンにも映ってたし」

「その後のニュースでも情報番組でもヤーコ様、ヒデオ氏への想い溢れ感極まるって言ってただろ!」

「んなもん何のアテにもならんがな」

「テレビ局抱えてる家の娘が言うなそんなこと!」

「テレビ局抱えてる家の娘だから言ってんのよ。あいつら数字さえ取れりゃ事実なんてどうだって良いんだから。ていうかそういう風に積極的に教育してるから」


 もうマフィア以上に反社だろこいつん家は。


「大体だな、もしお前の言うように二人大した仲じゃないんだとしたら、ああ何度も何度も命を賭けて互いを助け合ったりできるか?そこまで相手を想いあってるのにホンモノの愛に目覚めないなんてことあるか?」

「いや普通にビジネスパートナーなんじゃないの?世界の命運がかかってたわけだし」


 あー言えばこう言い返してくるクソ女にいい加減腹が立ってくる。


「カーッ!ほんっとお前って奴はしょーもねー女だなあ!むしろ女子の方がこういうシチュエーションに憧れるもんじゃねーのかよ!?」

「女子なら英雄より王子様を選ぶわよ。イケメンだし地位もあるしイタメナ人だからチ〇コでかそうだし。実際問題英雄君なんてただの傭兵その一よ?将来性ないわ」


 王子とはイタメナ国第三王子アレクセス王子のことだ。確かに彼は相当なイケメンだが人種だけでチ〇コがでかいかどうかまでわかるわけねーだろ。


「聖女はその王子を振ってヒデオを選んだから尊いんだろーが!大体何が将来性だ!大富豪の娘の癖に!男の一人や二人養う気概を持てよ!」

「イケメンだったらそうしてあげてもいいけど、英雄君ってどんだけ甘く見積もってもギリフツメンレベルのモブ顔じゃん?ヤル気ない」

「だ!か!ら!尊いんだろーが!」

「それは男側の視点でしょ。女性視点だとやっぱない。英雄君が王子に勝ってるとこなんて、たまたまチート級の鎧との相性が良かったことだけじゃん」

「それこそが運命だろーが!魂と魂が惹かれ合ってたからこその出会いだろーが!」

「魂とかw聖女ちゃんじゃあるまいしwそういうのは見えてから言えっつのw」


 アンがゲラゲラ下品に哄笑しだした。確かに僕には……というか普通の人間に魂などというものは見えない。が、聖女にはそれが見えるとされ、それで人の本質のようなものを見抜くのだそうだ。勿論科学的には証明されていないが、それは単に検証できないからという理由が大きい。聖女がどう主張しようと確認しようがないからだ。もっとも聖女に近い資質を持った人間も少なからずいるため全く検証できないというわけではなく、事実、魂そのものとまではいかないまでも常人では知覚できない特殊な波長のようなものは科学的に検出されていたりする。


 まあ今はそんなことどうでもよく、僕は自分の耳をふさぎながら喚き散らした。


「あー!もういいもう聞きたくない!お前と喋ってたらこっちの魂まで汚れてくる!」

「まだそんな余白があるとでも思ってんの?」

「あーそうだなその通りだな!じゃあいよいよシーズン3観て魂清めなきゃだな!」

「んなもんで清まるようなもんかいな」


 あー言えばこう言う。ほんとこいつはムカつく。なので少々言い返してやるとしよう。


 僕はへらへらと笑って、


「アニアさんが言うと説得力ありますよね~。あれもこれも汚れ切ったところを綺麗に取り繕ってるのに全然取り繕えてないですもんねそう見えないですもんね」

「何言ってんの。アタシが綺麗に繕ってるのは元々普段見えないとこだけしそれもちゃんと上手くいってるのあんたも知ってるでしょ?」

「あー、そうでしたそうでした。クソ女なこと包み隠さない芸風でしたよね。さすが財閥ご令嬢、すごい度胸だとは思うんですけど、できることならちょ~っとくらい見えるところも取り繕った方が世のため人のためになると思うんですけどね~」


 さすがのアンもイライラしてきたらしい。青筋を浮かべながら僕を見下すように睨みつけてくる。


「あんたにだけは言われる筋合いないんだけど。アレもこれも虫ケラみたいに小っちゃいのを隠しもしない分際で」

「だったらそんな小さい奴なんか見失って二度と声かけてこないでくださいね~!それじゃ!」


 ぶんぶんと手を振ったのはアンへの別れの挨拶……というわけではなく、送迎車を呼んだだけだ。瞬く間に安全確認を無視しているとしか思えない爆走っぷりでやってきた黒塗りの高級車のドアを開け、飛び乗る。


「ちょっと待ちなさい!まだ用は済んでないんだけど!?」(*2)

「だったらその辺でシてろ!クソ女らしくな!」


 捨て台詞をはき捨ながら、アンが入ってこないうちに扉を閉めた。


『ちょっとチーグ!まだ話があるつってんだよ!コソコソ隠れてないで降りてこいクソ虫!ケツの穴までちっさいんかお前は!』


 外でアンが何やら喚きながら窓を叩いているが無視だ無視。いくら頑張ろうと防弾仕様だし人の力でどうなるものでもない。


「出せ」


 命令すると、運転席に乗っていた若い女が気だるげに振り返って確認してくる。


「よろしいんですか?」

「いいから早くし……ろア゛ッ!?」


 運転手は指示に従ったのか、僕が全てを言い切るよりも先にドゴンッと急発進した。


「……て、てめえ!あぶねえだろ!」

「いえ、今のは後ろから追突されたみたいで……」


 前の座席の背もたれに顔面を思い切り打ち付けた僕の怒号に運転手はそう弁明してきた。


 確かに発車にしてはおかしな衝撃音だった。だがリアガラス越しに確認してみるものの背後に車体のようなものは確認できなかった。代わりにアンが中指おったてながら仁王立ちしていたが。


 めんどくさそうにシートベルトを外し車体を確認しようとした運転手を僕は止める。


「もういいからさっさと行け」

「でも安全確認しないことには……」

「うっせえ!奴隷として売り飛ばされたくなきゃさっさとしろ!」

「へ~い」


 応えるや否や運転手は車を急発進させたので今度は後頭部をしこたま打ち付ける結果となった。


 まあ確かに発車だとこのように後ろに反る筈なので、最初の一撃は背後からのものなのだろう。


「アンの奴……何かしやがったな」


 実際、アンの近くでは不思議な事が起こることがしばしばある。僕の周りにどこからともなく屈強な黒服たちが集まるのと同じようなもので、おそらくソーソー家が娘のために何か仕込んでいるのだろう。


 ともあれそんなアンと後腐れて別れたのでこれであいつとも絶縁……とはいかない。こんなやり取りはこれまでも枚挙にいとまがないのでこれからもあいつとの腐れ縁は続くのだろう。


 もっとも好意があってのことではない。僕としては……というかあいつからしてもそうだろうが、二人の関係はシンプルに家の事情だ。ソーソー家はマスメディアから世界的製薬会社までをも抱える巨大財閥であり我が家とは色々とやり取りがある。反社と関係がある時点でコンプラ的にアウトだろうが、今のところそれが表立って問題になってはいない。多少黒い噂がまことしやかに囁かれてはいるが、メディアだけでなく政財界も掌握しているため概ね陰謀論という扱いになっている。


 アンは僕とは違い容姿に優れ、また社交的でもある。むしろハメを外し過ぎてたくさん問題を作るタイプだ。さっきの件のように僕も何度か巻き込まれている。こっちが一方的に便利使いされてるようでシャクではあるが、実のところあいつのことは――好きではないにしろ――そこまで嫌いではない。美人だから、とかいう話ではなく実はあいつに感謝しているのだ。


 ――僕をこんな性格(クソ)にしてくれたことに。

(*1)諸説ありますが仏教に関連してくる用語らしいので異世界ものでは扱いにくいです。

(*2)類義語:用を足す。

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