第八話 結婚するなら強い人
ヒョウイの討伐に見事成功した。
女好きのシュバルツだが、彼の腕は確かなので、そこだけはライラは信頼している。
お互いの部下の援護もあり、狂竜のときと同じように今回も協力してとどめをさせた。
怪我人はいるが、致命傷ではないようだ。緊迫した慌ただしさはなかった。
治療班に運ばれていく同僚たちをライラは黙って見守っていた。
視線を感じて振り向けば、グレンが離れたところでこちらを見つめている。
後方部隊の様子を尋ねようかと思ったとき、近くで気配を感じた。
「さすが僕の嫁! 切りつけた回数もとどめのタイミングも同じで引き分けだなんて痺れるね。まさか狙ってやってる?」
「まさか、賭け事までしたのに勝ち以外は狙いません」
「へぇ?」
彼の表情は笑っているが、疑いの眼差しで見られている気がする。
でも、団長に勝てば目立ちすぎで角が立ち、負ければ相手の言いなりになる。今回の結果は、なかなか良い落とし所だった。
「ちなみに僕に勝ったらどんなお願いをしようと考えていたの?」
別の面白いものを見つけたみたいにシュバルツは気を取り直していた。
「爵位をいただいたあと、きっと私のもとに縁談が舞い込むと思うんですよ。ちょっと立場的に断りにくい場合もあると思うので、団長殿のお名前をお借りしたかったんです」
「後ろ盾を求めるわけではなく、僕の名前を借りる? どんなふうに?」
「断るときに、結婚するなら団長殿より強い人じゃないと嫌だと言いたいんです」
すると、シュバルツは大きな声で笑い出した。腹まで抱えて本気でウケている。
「あー、本当に僕の嫁は面白いね。いいよ、その断り文句、最高だね。ついでに僕の顔を立ててくれて感謝するよ。許可するから僕の名前を好きに使うといい」
ひとしきり笑ったあと、そう答えるシュバルツの目尻には笑いすぎて涙まで浮かんでいた。
「ありがとうございます」
ライラも満面の笑みで答える。
こういう気前の良い点と、彼の堅苦しくない気まぐれな性格も割と気に入っていた。
ただ、妾の子で散々辛苦を舐めてきたライラは、高位な貴族とはいえ彼の愛人になるつもりは微塵もなかったが。女好きという点で好感度は常にマイナスである。
「じゃあ、後日授与式で会おう。帰ったら今回の労いも兼ねて開催するって聞いているよ」
まだ何も聞いていなかったライラはシュバルツからもたらされた情報に目を丸くする。
いよいよ貴族の仲間入りするときがきたようだ。貴族社会のしきたりに疎いライラは、心の中で覚悟を決める。
その様子をグレンが暗い表情で見つめていたことに気づきもせずに。
「副隊長、今お時間いいですか?」
「はい、なんですか」
部下に話しかけられて、ライラは自分の業務に忙しなく戻っていった。
※
「結婚するなら団長殿より強い人じゃないと嫌」
兜の面板を上げていたグレンの耳にもしっかり聞こえてきた。ライラのはっきりとした声が。
その意味を理解した瞬間、胸に鈍い痛みが走る。
結婚を断るために彼女が別の男を引き合いに出しただけで、こんなにも動揺するなんて。
胸だけでなく、身体全体も燃えるように熱い。ライラが他の男に微笑むだけで、グレンはどんどん嫌な人間になっていく。醜く苦しい感情に支配されて、何をするのか自分自身を制御できない感覚が恐ろしかった。
今はただライラと距離を置いたほうが良いと思わずにいられなかった。でも、彼女から目が離せない。まるで心が囚われたみたいに。
「おい、大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」
気づいたら、同僚が肩に手を置いて話しかけていた。
「うわっ、なんだ。肩まで熱いぞ。おい、救護班!」
「いえ、大丈夫です! 怪我や病気ではありませんので!」
ライラと関わると不調になるなんて、恥ずかしくて話せるわけがない。
「ご心配をおかけしてすみません。失礼します!」
グレンは鎧姿のまま、慌てて逃げるはめになった。
残された同僚は、先ほどグレンの肩に置いた手を呆然と眺める。
「本当に大丈夫なのか……?」
グレンが先ほど視線を送っていた先を確認すれば、そこには副隊長が立っていた。
「そうだ。副隊長に相談しよう」
同僚はグレンの異変をライラに伝えるのだった。
まさかこれがきっかけで、さらなるグレンにとって試練が課されることになるとは、ライラを忘れて元に戻ろうと仕事に没頭するグレンは予想もしなかった。




