第七話 グレン視点 魔獣討伐
グレンがいる白薔薇騎士団にも魔獣討伐命令が下った。
複数の騎士団に指示があるのは、ランクが上の魔獣の場合だ。
アウラマスターは現在国内に五人いるが、そのうち二人は騎士団に所属していない。
国王の警備を担当する近衛騎士団、蒼天騎士団、そしてライラがいる白薔薇騎士団だ。
蒼天と白薔薇のアウラマスターが今回の主力となる。蒼天と白薔薇は遊撃にも対応しやすい部隊編成だからだ。
二つの組織が、魔獣が現れたという現場の森に向かう。
黒鉄騎士団は、重装備の槍攻撃が得意なため、今回の現場は不向きなので選ばれなかったようだ。
「やあ僕の嫁! 今回もよろしくね」
兜を外し、褐色の長い髪を緩く斜めに束ねて鎧に垂らす色男シュバルツ・カストロが拠点を設置中のライラに向けて気安く話しかけてくる。
彼女は視界が遮られるのが嫌だと、面当てのない兜を着用している。そのため、一瞬で変わった表情がよく見えた。
「蒼天騎士団団長殿、この度もお世話になります。冗談がいつもお上手ですね」
礼儀のため兜を脱ぎ、無表情で返事をするライラの目は、ハイライトが消えてまるで死んでいるみたいだ。
「ハハハ! その嫌そうな顔、相変わらずだね! ほんと面白くて揶揄うのが止められないよ」
「ソレハドウモ」
面倒くさそうな態度を隠そうともしないライラもなかなか強かである。
彼は侯爵家という高位貴族の出身であり、彼自身も伯爵の爵位を持っている。
役職だけでなく、身分も相当高いので、そんな彼に言い寄られて断れる人は普通ならいない。
バッサリと誘いを流し、気持ちを態度で示すライラの非礼をシュバルツは咎める様子はない。
死地を生き残った二人の深い絆と関係性をグレンは感じずにはいられなかった。
「あと、シュバルツと呼んでって言ったよね。これ命令だよ?」
すると、ライラは打って変わって笑みを浮かべる。
「ご安心ください。団長であらせられる王女殿下から呼び捨てにしなくても良いと許可をいただいております」
「ハハハハ! そうくるんだ。殿下のお気に入りは強いね。じゃあ、勝負しよう。今回の魔獣に止めを刺した奴の言うことを聞くんだ。面白そうでしょ?」
そんな賭け、危険すぎる。彼に言い寄られる口実になってしまい、ライラが困るはめになるのでは。そう心配になるが、ライラには焦った様子がなかった。
「承知いたしました。そのお言葉、お忘れなきようお願いいたします」
「ああ、またね」
シュバルツはライラの返答に満足そうに頷くと、すぐに踵を返して離れていった。
グレンはライラの傍らに足速に近づく。甲冑が擦れる金属音が、耳元にやけに響く。
「副隊長殿、大丈夫なのですか? あのような約束をして」
「あら、イシュルナー卿、拠点準備お疲れ様。魔獣の心配よりカストロ卿との勝負を心配するなんて、信頼されている証かしら?」
ライラがクスクスと面白そうに笑う。
楽観的なのか、それともシュバルツのことを実は憎からず思っているのか、よく分からなくなる。
グレンの胸がザワザワと騒がしくなり、落ち着かなくなる。
こんな自分でも理由がよく分からない嫌な気持ちは初めてで、意味が分からなかった。
「副隊長殿は、負けても大丈夫なのですか?」
「まさか! 負けるわけないけど、負けてもそれほど私にダメージはないかと思うのよ」
「では、カストロ卿の愛人になっても良いのですか!?」
シュバルツは既に結婚している。
彼に言い寄られているなら愛人として求められているのと同義だ。
「え、愛人? ないない! 相手も私が爵位をもらうって分かっているのに、愛人にするわけないでしょ? まー、前から狙われていたけど」
ライラに説明されて、グレンはやっと理解できた。一人誤解して焦っていたのは自分だけなんだと。
「差し出た真似をして申し訳ございません」
「いいのよ、私のことを心配してくれただけなんだから」
そう言って照れたように頬を染めて微笑むライラの顔を見た瞬間、急に動悸が激しくなり熱くなり始める。
「すみません、失礼します」
ライラにこれ以上見つめられると、頭が真っ白になりそうだった。慌てて逃げるように彼女から去った。
一体何が起きたのか分からないが、ライラがいなければいつもどおりだったので、彼女が原因だと理解はできた。
尊敬している上司に会うだけなのに、なぜ混乱するのかグレンには分からなかった。
今回の討伐予定の魔獣はヒョウイといい、狂竜ほどの強敵ではないが、等級的には上級に位置する。四つ足型の猫科の動物に似た体格をし、鋭い牙と爪を持つ。馬車並みの大きさなので、アウラを扱えない一般の騎士では対応しきれない。
狂竜がグレンたちの住むウィルテーン国を襲来したせいで、元々いた魔獣が追いやられ、今まで棲息していた場所から移動してしまったようだ。
現場の森は比較的王都に近い場所に位置する。人によって手入れがされており、間伐もされて通り道も作られているため、騎士たちが大勢集まっても移動に支障はなかった。
グレンたち普通の騎士は今回後方で他の魔獣がいないか見張りと対応を任せられている。
ライラを含むアウラマスターや隊長たちの姿は、今は別行動のため見えない。
探知魔法の魔具を持つ騎士が、「計画どおり、マスターたちとヒョウイの戦闘が始まったようだ」と声を上げる。
グレンたちはたまに襲ってくる小物の魔獣を蹴散らしながら、最前線での戦況に神経を尖らせる。
どんな状況になっているのだろうか。
気になるのに全く分からない焦りが、グレンを苛立たせる。
グレンとライラがいるこの距離が、まるで二人の立ち位置のように遥かに遠い。
アウラを使えなければ副隊長を助けることすらできない。そばにいることもできない。同じ隊にいても、近いようでとても遠い。
「ヒョウイの気配が消えた! やったぞ!」
しばらく時間が経ったあと、探知の担当者の声が響くと、周りの騎士たちから大きな歓声が上がる。
「みんな無事ですか!?」
「はい、全員の気配はあります!」
探知魔法では、怪我の有無は分からない。
早くグレンはみんなの——特にライラの無事を確認したくて仕方がなかった。




