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女騎士は、団畜な部下を帰らせたい~最強上司は純真部下の恋心に気づかなすぎる~  作者: 藤谷 要


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第六話 手強い常識

 一週間が経った。

 チラチラ。グレンからの視線にライラが気づくのは、今日で三回目である。

 目が合えば満面の笑みを向けられるので無碍にはできない。


「副隊長、とても好かれたようだね。上司冥利に尽きるじゃないか」

「尻尾があったら全力で振っている勢いだな」


 隊長や年嵩の先輩たちが面白そうに話題にしている。

 それを苦笑いでライラは受け流す。


 残念ながら彼らの突っ込みはライラも同感だったからだ。

 

 グレンはライラの指示どおりに他の人の仕事も手伝うようになった。


 一日の終わりにわざわざライラの元にやってきて報告に来るのだ。

 そのおかげで知り合いも増えているらしく、彼の口から第三者の名前が上がるようになっている。

 あとからライラにも礼を言ってくる人もいたので上手くやっているようだ。


 勤務中はお昼休憩と訓練以外で現在あまり接点がないので、一時期よりは平穏な日常に戻りつつある。


 ただ、その少ない接点が問題だった。

 最初、出勤時と退勤時にグレンは随行しようとしていた。


「許可しない。自分のために時間を使いなさい」


 そうライラがバッサリと断ったので、彼は素直に引き下がった。

 そのせいなのか、昼休憩のときに食堂で同席するようになったのだ。


 ライラの部下たちも当然食堂を利用しているので、グレンが何か変なことをしでかさないかと実はハラハラしていたが、副隊長であるライラを敬う姿勢に他の者たちは安心したのか彼は無事に歓迎されていた。


「副隊長って戦闘がなければただの綺麗なねーちゃんに見えちゃうから、舐めた態度を取る奴がいるんだよな」

「それはひどいですね。そんな人は私が絞めておきます」

「おっ、よろしく頼むよ」

「こら、イシュルナー卿を唆してはダメよ。何をするのか分からないんだから」


 ライラの注意は本気だったが、他の人は冗談だと思ったのかドッと笑いが起きる。笑っていないのはライラと話題のグレンだけだ。


「ご安心ください。常識の範囲内で済ませます」


 グレンがライラを見つめて微笑む。


 その常識が誰よりも怪しいのだが、ここにいる部下で誰も分かる人はいなかった。





「副隊長ばかりずるいです!」

「そうですよ! グレンさんを独り占めして!」


 定時近くになったときだ。

 相談があると言われて相談室に集まれば、他の部下たちから文句が出た。

 主に女性ばかり。彼女たちは良いところのお嬢さんたちだ。

 王城の裏方で働けるほど礼儀や知識はないが、国関連の組織で就職したという経歴や箔をつけたり、身分のある人とご縁をつくったりしたい人が騎士団にコネで入団してくることがある。

 その人は騎士の補佐的な仕事を与えられ、訓練は軽い別メニューで用意され、現地へ行くこともない。もちろん騎士団の式典にも出られない。

 任期は臨時で長期雇用ではないからだ。


「えーとね、言いたいことはすぐに理解したけど、今は勤務中だから上司への言い方ね、一応」

「申し訳ございません」

「ただ、あなたたちの言い分は分かったわ。教えてくれてありがとうね。私がイシュルナー卿の指導にあたっているのが不満というわけね。具体的にどの場面で独り占めしていると感じたのかしら?」


 話を聞いていれば、グレンがライラばかり構っているせいで、話しかける機会が全くないらしい。

 彼女たちも本当は分かっているのだ。ライラではなくグレンの行動に問題があることに。

 でも、話しやすいライラにしか文句を言えなかったのだろう。


「グレンさんは伯爵家の四男なんですよ。ご縁を是非とも作りたいんです! あんなに美男子なのに婚約者がまだいないみたいなんです」


 彼女たちの代表として、先ほどから話しているのは、男爵家の令嬢であるファルミナ・ソイスターだ。

 実家が繁盛している商家でもあるので、騎士であるライラに対して遠慮はなく物怖じしない。


「なるほど、それならちょうどいいわ。彼に明日手伝いに向かわせるから一緒に仕事をすればいいわ」

「本当ですか? ありがとうございます! でも、副隊長はグレンさんのことは何とも思ってないんですか?」

「部下に手を出す主義ではないの」

「そうなんですね! それを聞いて安心しました」


 彼女たちは満足そうに去っていった。

 グレンは以前の職場で雑用としてこき使われ、まともな常識の中にいなかった。そんな中、優しく指導してくれたライラに会い、刷り込まれた雛のように慕ってくる。今の彼に必要なのは、他の人からの評価と交流で、ライラとの時間だけではないことは確かだ。


 そうすれば、彼のおかしな常識も徐々に訂正されていくだろう。

 このときは、そう安易に思っていた。



 次の日、約束どおりグレンを彼女たちの仕事へ向かわせる。

 定時近くになり、グレンが戻ってきていつもどおりにライラに進捗の報告にやってくる。


「文章の修正のお手伝いをしてきました。文章の基本を理解していなかったので、沢山の指摘になってしまいましたが、習得すれば後々役に立つと思います」

「ご苦労様。あなたの特技が役立って良かったわね」


 特に問題はないごく普通の報告だと感じていたが、臨時のお嬢さんたちからあとで話を聞くと全く印象が違っていた。


「もーありえないんですよ! 書類をチェックして返ってきたと思ったら、赤い付箋がびっしり貼られていて、別物になっていたんですよ。しかもネチネチしつこく! 一文が長すぎて、読み手が主旨を捉えづらい。修飾語がどこにかかるか分からない。主語と述語が合っていない。読点の打ちすぎ、ブレスと読点は違う。文尾が“である”と“です”と表現が統一されていない。“なので”が続きすぎる。長文を分けて短文で。直しても直しても、指摘ばかり! もうあの細かさにはついていけません! ちょっとあの人はないですねー。あの人を指導できる副隊長って、正直すごいです」


 グレンの常識は、なかなか手強かったようだ。

 そのせいで、なぜかライラの評価まで上がっていた。


 でも、相手に合わせて指導レベルは変える必要はある。グレンの常識を修正しなくてはと、翌日彼を見かけたときに再び指導しようと声をかける。


「イシュルナー卿、ちょっといいかしら?」


 昨日の細かすぎる指摘を注意すると、いつもなら素直に受け止めるグレンが珍しく顔を曇らせる。


「……副隊長殿のおっしゃるとおりです。しかし、実は彼女たちですが、目上の人間である副隊長を軽んじる発言をしていたので、常識の範囲ですが現場の厳しさを伝えようと少し懲らしめる意味で、あのような対応をしてしまいました。申し訳ございません」


 そのしゅんとした小さくなった様子が、まるで叱られて落ち込んでいる犬のようで、ライラの目には可愛らしく映ったのだ。


 まるで胸がキュンとした甘酸っぱい感情にライラ自身も驚く。


「え、えーと、分かっているならいいのよ。私のことを気遣ってくれてありがとうね。じゃあ、もう行っていいわ」


 動揺を隠し、平静を装って彼と別れる。


 そのあと隊長にグレンの様子を聞かれたので、昨日の彼の様子を話すと、彼はいつものように腹を抱えて大笑いする。


「イシュルナー卿自身も本当になかなか手強いなぁ。これでアウラさえ習得できていたら、騎士として出世すること間違いないんだけどなぁ。本当に惜しいなぁ」


 隊長の言うとおりである。アウラを使えなければ、どれほど優秀な人材であろうと、今の騎士団では上に行くことは難しかった。


 アウラの習得は人それぞれだ。

 極限の状態に陥って目覚めることもあれば、勝手に使えるようになっていることもある。

 隊長クラスの条件は、アウラを扱えること。そうでなければ一生ヒラのままだ。


「剣の太刀筋も良いのにもったいないわね」

「そうは言っても仕方がないだろう、こればかりは」

「そうですね」


 隊長とこんな会話をした翌日。白薔薇騎士団に緊急の指令が下される。

 魔獣が国内で発生したので討伐命令が出たのだ。

 ライラはもちろん討伐隊に指名されていた。


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