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女騎士は、団畜な部下を帰らせたい~最強上司は純真部下の恋心に気づかなすぎる~  作者: 藤谷 要


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第五話 異動の原因は

 グレンへの指導は、もう問題ないとライラは思っていた。

 少し働き過ぎただけで、注意すれば簡単に終わるだろうと。


 最初に違和感を覚えたのは、ライラが外回りから戻ってきて執務室の机に着席した際にグレンが「どうぞ」とお茶を淹れてくれたときだ。

 その彼の振る舞いは、どこかの貴族の館にいるように洗練されていて、思わず自分が一瞬どこにいるのか迷ったくらいだ。

 どういうことかとグレンを見れば、柔らかく目尻を下げて笑みを浮かべている彼と黒い目と合った。端正な顔立ちの爽やかな笑みに言葉を失ったのは、ただ単にこういう対応に慣れてないからだ。


 そのときは礼を言って素直に彼の好意を受け入れた。きっとグレンが自分のお茶を用意するついでにライラにも出してくれただけだと思ったからだ。


 元カレのダンでさえ、付き合っていたときに、こんな風に労わるように優しく微笑んでくれたことがあっただろうか。

 よく思い出すのは、彼が困ったような顔をしてお願いしてくる姿だ。昔から助けてきたせいか、頼まれると応えなければならない義務感が謎にあった気がした。

 でも、フラれた瞬間から、その縛りから解放されて、面倒をみる気は一切なくなった。自分でも驚くくらいの切り捨て具合だった。


「おいしいわね」


 渋みもなく、程よい温度でクセのない味は、動いてきて喉が乾いていたライラには飲みやすかった。


「実家で私も愛用している茶葉なんです」

「あら、そうなの。今度、お店を教えてもらおうかしら」

「調べておきます」


 彼の所作から良いところの出身だと推測するが、確認するつもりはなかった。

 以上で彼との会話は終わったと思っていた。グイッとカップを空にして、「ごちそうさま」と飲み終わり、少し暑くなったため、上着を脱ごうとしたら、なぜか背後から補助の手が入る。


 あれ?と疑問に思っているうちに慣れた手つきで脱がされて、振り返ればグレンがいて、素早い手つきで生活魔法をかけて上着が一瞬でパリッとアイロンがかけられた直後みたいに小綺麗になる。彼の手のひらにある魔石がチラリと見える。

魔法が仕掛けられた魔石は、魔具まぐと呼ばれている。高価なので一般人はなかなか手が出ない品だ。


「上着はどこにしまわれますか? ここですか?」

「いやいや、そのくらい自分でやるから!」


 上着を他の人みたいに椅子の背もたれに掛けようとしていたので、慌てて彼の手から上着を奪って止めた。


「肩をお揉みしましょうか?」

「え? 肩揉み? いきなりなんなの?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまったが、これは仕方がないと周囲も分かってくれるはずだ。視界に入った隣の人は、目を丸くして見入っているくらいだから。


「部下が上司を労わるのは当然でありますし、交流だと学んでおります!」

「いやいや、そんなのあなたの仕事ではないでしょう? そもそも肩揉みは業務ではないわ」

「それは申し訳ございません。以後気をつけます」

「ええ、分かれば結構。もう下がって自分の仕事に戻りなさい」


 でも、彼が去らずに語り出した内容に耳を疑う。


「副隊長殿、今日の私の仕事は終わっております。あと、副隊長殿の机にあった書類ですが、少し使いやすいように整理しておきました!」

「え?」

「それだけではありません。私でもできる処理は、もう既にしておきました!」

「は?」


 慌てて処理予定の書類を見れば、既に記入済みで、お手本のように几帳面に書かれている。しかも、いつもライラを悩ますお役人的な文章も、流暢な文体で綴ってある。

 明日実は朝礼のスピーチ担当だったが、その会話のネタや原稿まで用意されている。


「いやいや、これは私の仕事でしょ! あと私の業務文書まで私の名前で勝手に書くのは、立派な越権行為よ!」

「そうだったんですか!? ここまでは雑用の一種かと思っておりました」

「なるほど、今までのあなたの行動は、前の職場では当たり前に要求されることだったのね?」

「ええ、そうです!」


 堂々と答えるグレンを見て、ライラはすっかり怒る気が失せていた。

 黒鉄騎士団、ヤバすぎでしょ。そんな感想が脳裏をよぎる。

 ため息を一つこぼす。


「私の身の回りのお世話はここでは不要です。きっとあなたは優秀すぎたから周りが甘えてしまったのかもね。手が空いているなら、私だけでなく、他の人の仕事を手伝いなさい。ちゃんと相手に許可を取ってからね?」

「はい、承知いたしました! ご指導ありがとうございます!」


 グレンは敬礼をして、ライラから元気に去っていった。

 その大きな後ろ姿を見て、どっと疲れが出た気がした。


「ハハハハ! 副隊長に部下の教育を頼んだら、調教までされているとは驚きだな!」


 隊長のルイス・ハミルトンが大笑いしながら、ライラに近づいてくる。

 その他人事のような能天気さ具合に腹が立ち、少し寂しくなった彼の頭髪を鋭く睨めつける。


「お言葉ですが、あれは既に調教済みだった結果です。私の成果ではありません。ですが、彼の真面目さは評価できますし、仕事は優秀です。だから、なぜ前の騎士団が彼を手放したのか不思議なのですが」


 異動は普通にあるが、優秀な人材は通常なら騎士団の中で留めておくものだ。

 アウラマスターに国が爵位を与えるのも、他の国に引き抜かれないような処置と同じ理由だ。


「ああ、それなんだけどね」


 隊長が意味深な顔をしたと思ったら、目配せして移動を促す。

 人気のない場所で隊長はこっそりと耳打ちする。


「彼の指導担当の君にだけ話すけど、ここだけの話だと留めてほしい。実は、彼はあっちで領収書の処理を行っていたんだけど、横領に気づいて無自覚に摘発してしまったんだよ。帳簿の違和感に気づいて本来のあるべき形にわざわざ修正して財務に提出したせいでね。それで芋づる的に不正に関わった上司たちが処分されて、彼は安全のためにこっちに異動してきたわけ」


 言葉を失うとはこのことである。

 彼とは短い付き合いだが、あのグレンならやりかねないと思ってしまった。


「まぁ、それならこっちでは別に後ろめたいことは一切していないので、特に問題ないですね。むしろ彼の優秀さはもっと評価されるべきなのでは?」


 適性では体格的に騎士も向いていると思うが、今のところ事務処理が一番輝く役人向きにも見える。


「まぁ、あのまっすぐな性格では、狡猾さが必要な王宮勤めも難しいだろうね」


 どうやら思ったことがまた口に出ていたらしい。

 隊長が特に突っ込みもせず普通に返答してくれていた。


 それから普段どおりに職務をこなし、定時の鐘を確認してから退勤する。

 途中、グレンとすれ違い、「お疲れ様でした」と敬礼をされる。


「お送りします!」


 もはや予想の範囲だったので驚くことはなかった。


「そもそも不要よ。それに、どうせ今は近くの宿舎暮らしだから」

「いえ、私が送りたいので、是非ご一緒させてください」

「……ちょっと! そういう相手を誤解させるようなことを言わないの!」

「どんな誤解ですか?」

「あくまで一般的な話よ? 先ほどの言い方は、相手に対して好意があると言っているようにも感じるわよ。少しでも一緒にいたいと言っているみたい」

「それは誤解ではないです。副隊長のことももっと知りたいと思っております」

「ソウデスカ」


 彼の仕事熱心さは、ライラでは計り知れなかった。

 でも、その様子を見て、誤解している一部の若い女子たちがいたことにライラは全く気づいていなかった。



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