第二話 出勤はニ時間前?
暁の鐘の音で起床したライラは鏡台の前に座り、長い白銀の髪を櫛ですいていた。
鏡に映るライラの珍しい白銀の髪と紫の瞳は母に瓜二つ。故郷の北部ミルバで男爵家の庶子として生まれたが、容姿が父親に全く似なかったため認知すらされず、本妻とその子供たちに目の敵にされていた。
不遇だったライラは力を欲し、剣を握るようになった。
北部は魔獣の被害が多く、その退治までこなせるようになると、ようやく周囲の見る目が変わり、十五のときに父に似て剣の才能があると認められるようになった。
そんなとき、幼なじみだったダンに声をかけられたのだ。
一緒に王都へ行かないかと。
華奢な体格で、故郷でライラと同じように見下されていた幼馴染。
よくライラが彼を守ってきて、彼もライラを慕ってくれたから、二つ返事で快諾したのは、こうして別れた今でも後悔はしていない。
副隊長まで出世したのは、ダンとの生活を守ろうと奮起したおかげでもあるから。
フラれて家を追い出されたのだから、もう彼の朝食を作らなくて良いのに、長年の習慣とは恐ろしいもので鐘が鳴ると自然と目が覚めてしまう。
ライラは髪を一つにまとめて身支度を整えると、騎士団の女子寮を出る。
朝食まで暇だと、以前休憩中に隊長に愚痴をこぼしたら、鍛錬場の使用許可が出たので、自主練に充てようと思ったからだ。
副隊長として部下の指導が多くなっていたが、家事をしないで浮いた時間を自分に費やすことができる。
振られたのは悲しかったが、悪いことばかりではなかった。
騎士団は夜勤当番もあるので、誰かしら常時出勤している。
門番に声をかけ、修練場に向かっている途中、明らかにまだ出勤時間ではない部下が騎士の制服を着て職場にいて、しかも普通に働いているのでライラは思わず目を疑った。
「イシュルナー卿、こんな時間に何をしているの? 今日は私と同じ出勤時間のはずよね?」
「副隊長殿、おはようございます!」
グレンはライラに気づくと素早く敬礼する。
相変わらずのイケメンぶりだ。騎士の制服は今日もきちんと手入れされて乱れがない。
「早く仕事に慣れようと早く出勤した次第です! 皆様の机の回りは掃除させていただきました!」
にこやかに答えるグレンは、特に後ろめたい様子はなく、むしろ誇らしげだ。
喜んでくれるだろうと期待に満ちた黒い目を向けられていた。
「イシュルナー卿、あなたのやる気と善意はとても嬉しく思う」
「いえ、礼には及びません! これからお世話になる上官殿たちには快適に過ごしていただきたいのです!」
「うん、その気遣いはとてもありがたいし、素敵だと思うわ。ただね、昨日私が言ったことは覚えているかしら?」
「はい、もちろんであります! 残業するときは事前申請だとご説明いただきました!」
「そうね。でもそれだけではないわよね? 昨日、最後に言ったはずだけど」
「副隊長殿が最後におっしゃったことですか? 組織において、時間の遵守は当然だと……」
言いながらグレンの表情が強張った。やっとライラの気持ちに気づいたようだ。
「もしかして早く出勤したのもまずかったのでしょうか?」
自信満々な態度から一変して、後ろめたそうな表情を浮かべる。大きい彼の身体まで一回り縮んだような落ち込み具合だ。
「そうね、早すぎるのは良くないわね。あなただけ早く来させて働かせていると誤解されたら、咎められるのはあなたの上司だし、何も知らなかったら管理職として評価は落ちるわ」
「私は決してそんなつもりでは!」
「ええ、それは分かっているわ。だから、あなたのやる気は定時内でしっかり見せてくれるかしら? 期待しているわ」
「承知いたしました! 昨日に引き続き、色々申し訳ございません、以前のところでは、いちいち訊いてくるな、察して行動しろ、新人は誰よりも早く来て雑用をするのが常識だと教わったので、ここでも同じだと勘違いしておりました」
「へー、就業規則は同じはずなんだけどね、不思議ね」
嫌味ではなく本音だった。
グレンの話を聞いていて、所属が違うとはいえ、同じ組織とは思えないような指導だからだ。
「確かに、上司が違うだけで、指示が全く異なるので、戸惑うことが多いです。あの、ところで、副隊長殿もどうしてこんなに早くに出勤されたんですか?」
グレンは心底不思議そうに尋ねてくる。
確かに早く出勤するなと注意しているライラ自身も早く職場に来ているのだから、同類だと思われても仕方がない。
誤解されたのが可笑しくて、口元を綻ばせる。
「私は自主練よ。隊長から鍛錬場の許可は出ているわ。イシュルナー卿、組織において重要なのは報告、連絡、相談の報連相よ。早起きして暇だと相談したら、隊長が便宜を図ってくれたのよ。あなたも何かあったら気軽に相談することね」
「はい、承知いたしました! 早速ですが相談があります!」
「ええ、何かしら?」
「ご一緒してもよろしいでしょうか!? 副隊長殿はアウラを巧みに扱えると聞いております! 先月の狂竜の討伐でもご活躍されたとか。その技を是非拝見したいのです!」
この流れで、否と答える人は、いないだろう。
いつも剣技の訓練で教えて欲しいと部下に請われるので、今回も同じ状況になるだろうと内心察していた。
一人でやりたいことがあったが、次の機会にすることにした。
最近彼の行動を指摘してばかりで、フォローがおろそかになっている気がしたからだ。異動してきたばかりの部下に嫌われていると誤解はされたくなかった。
「分かったわ、一緒に行きましょう」
こうしてライラとグレンは共に鍛錬場に向かった。




