第十五話 赤いアウラ
ヤバい。
ライラは元カレのダンが突然現れたとき、真っ先に心配したのはグレンのことだ。
グレンには恋人関係の話は禁句だからだ。彼の恋愛関係のトラウマのせいで、彼に異変が起きたら大問題だ。
人目があるから穏便に済ませようと思ったのにダンの話している内容があまりにも変すぎて「頭、大丈夫?」とドン引きしているうちに、真面目で上司想いのグレンがダンのせいで激怒してしまった。
咄嗟に門番に視線を送り、ダンをどうにかするように手振りしたのに、彼らはグレンとダンのやり取りに集中して、こちらに気がつきもしなかった。
どんどん人が集まって野次馬が増えている。
ライラ自身が介入すれば、このおかしなダンとの会話に入らなければならない。
権力が人を狂わすと昔から言われているが、まさか元カレがそうなるとは思ってもみなかった。既にライラの中で過去の話になっていたからだ。
こんな変な思考回路をしている人と話し合うだけ時間の無駄だが、グレンの体調のためにこれ以上は彼に対応を任せてはいけない。
そう思って、グレンを止めようとしたとき、彼の身体に異変が起きた。
急激に彼の身体から圧力を感じ始めたのだ。凄まじい力が彼の内部に明らかに集まっている。まるで爆発直前の危うい気配を感じて、ライラは瞬時にアウラを発現させ、彼の周囲に防御壁を作る。アウラマスター級の技術だ。
次の瞬間、グレンから眩いばかりの光が放たれる。赤くて強い光が彼の全身から放たれていた。
彼のアウラがついに発現して、暴走している!
アウラ徴候の報告を受けてからの懸念事項がまさか的中してしまうとは。
初めてアウラに目覚めるとき、制御できなくて周囲だけでなく、自身までも傷つけてしまうことがある。
今みたいに制御不能になるからだ。
彼から発せられる赤い光がどんどん強まっていく。
初めての発現で、ここまでのアウラを出すのは珍しい。抑え切れるだろうか。見つめながら、背筋に冷たい汗を感じる。
「グレン!」
顔を顰め、目が眩みながらも、彼の名前を呼ぶ。
彼の身体がこれ以上傷つかないように。
衝撃を覚悟して、ライラはアウラを必死に制御するが、いつまでも思ったような反動が来なかった。
やがてグレンから光は消えたと思ったら、彼の身体がふらつき、地面にそのまま倒れそうになる。
慌てて彼に近づき、その身体を受け止めた。彼を抱き上げて踵を返し、治療のために騎士団へと足早に戻っていく。
「グレン、大丈夫!? 誰か救護班を呼んで!」
ライラの指示に周囲にいた人は慌てて呼びに走っていく。
「おいライラ、行くなよ! 話はまだ終わってない!」
「話すことなどないわ! 消えなさい! これ以上私にまとわりつくなら、あなたが好きな権力と地位を使って抗議をさせてもらうわ。二度と私の前に現れないで!」
少しばかり威圧を込めて怒鳴れば、ダンは怖気ついたのか、ヘナヘナと力尽きたように尻もちをつき、言葉を失っていた。
ライラは再び視線を前に戻したあと、二度と振り返らず医務室へ駆け込んで行った。
※
グレンが再び目を覚ますと、見慣れない白い天井が視界に映る。周囲は白い布のカーテンで仕切られている。
なぜベッドで横になっていたのか分からないが、最後の記憶はライラの元交際相手に絡まれて、自分の身体に異変が起きたところまで覚えている。
グレンはゆっくりと起き上がる。
「すみません、誰かいますか?」
ベッドに腰をかけてグレンが声をかけると、カーテンが奥からめくられて、ライラが顔を覗かせる。
「グレン、気分はどう? 体調に異変はない?」
心配そうなライラに続いて救護班の医師がグレンの診察を始める。
瞳孔や脈拍などを測り、一通りの問診を受けたあと、問題がないと結論が出る。
「グレンが大怪我をしなくて良かったわ。気を失ったのがかえって良かったみたいね」
ベッドのそばに立つライラは安心したように微笑む。
「一体、私に何が起きたんでしょうか?」
すると、ライラは一息置いて慎重に口を開いた。
「驚かないで聞いてほしいんだけど——、あなたがアウラに目覚めたのよ。そして、もう少しで暴走するところだったの」
ライラの説明に絶句する。
驚くなと言うほうが無理だった。
「私がアウラに目覚めたんですか?」
「ええ、そうよ。徴候があると報告を受けてから、ずっと心配していたのよ」
「責めるわけではなく、疑問なんですが、なぜ私本人には秘密だったんですか?」
思いやりのあるライラがあえてグレンに伝えてなかった。そこに重大な理由があるとすぐに気づいた。
「徴候が出ても、アウラに目覚めないことがあるからなの。ほら、現在アウラの有無が出世の条件になっているでしょう? だから万が一、徴候から失敗に終わったときに、以前失意のあまりに騎士を辞めてしまった者がいたらしいの。箝口令並の機密事項になったのは、そのためなの。だから、あなた自身には伝えられなくてごめんなさいね。色々と心配だったでしょう?」
ライラが本当に申し訳なさそうに表情を曇らせている。腕を下ろした両手を下のほうでぎゅっと握りしめていた。
そんな彼女の手をグレンはそっと掴んで両手で包み込む。
「ライラ様、そんなに力んでは手が痛みます。それに、感謝こそすれ、文句など全くありません。かえって色々とお気遣いいただき、ありがとうございます。ライラ様のおかげで私を含めて被害がなかったのでしょう」
覚えているのは激しい怒り。その感情に呑まれる直前に彼女の声を聞かなければ、グレンはおそらく無事では済まなかった。
あの声のおかげで、グレンは助かったのだ。
「本当にありがとうございます」
感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、つられて身体が熱くなる。
触れていた彼女の手を持ち上げると、その甲に親愛の口付けを落とす。
「グレン! あなたまたアウラが発現しているわよ!」
「え?」
慌てて身体を見下ろせば、ほのかに赤く全身が光っている。
唖然としていたら、自然と勝手に光は消えていく。
その間にライラは自分の手を引いてグレンから離れた。
「アウラ制御の練習が必要みたいね。第二段階以上のアウラ熟練者に指導をお願いするといいわ。私からも伝えておくから」
「あの、ライラ様にそれをお願いするのは可能ですか?」
「ええ、予定が合えば可能よ。それじゃあ、帰りましょうか。歩けないなら運ぶわよ?」
「……いえ、自分で歩きます」
悩んだのは一瞬のこと。
彼女に甘えるのも非常に魅力的だったが、冷静なもう一人の自分が「時と場所を考えろ。そもそも絵面が情けないのでは?」と鋭い突っ込みをしてきたからだ。
「そういえば今、何時ですか? ライラ様には面倒をおかけして申し訳ないです。定時後なのに残るはめになってしまって」
「まぁ、非常時にまでうるさく言わないわよ? でも、よくいるんだけど、アウラに目覚めて早く習得したいからってこっそり残って練習していく人がいるのよ。それはダメだって厳しく言っておくわ。一人の練習はまだ危険だから。自主練は第一段階をクリアした人からね」
「はい、分かりました」
グレンはライラと歩きながら胸が期待に膨らんでいく。
彼女のそばにやっと堂々と立てる機会を得られたことを。
前線で離ればなれにならず、彼女の役に立てる日がくることが、とても待ち遠しい。
ライラを見守るように一つ後ろを歩くグレンは、彼女の美しい銀髪を見下ろしながら、愛おしげに彼女に微笑んだ。
それから後日、ライラに胸キュンするたびにアウラが制御不能になるグレンに「愛のアウラ」と二つ名がつくことになるのは、グレン自身も予想もしていなかったのだった。




