第十四話 一方的な仲直り
最近勤務時間がライラと同じときは、グレンは彼女に同伴するようになっていた。
少しでも彼女と一緒にいたいからだ。
グレンは自分でも執着が過ぎると感じていたが、彼女のそばにいると気持ちが落ち着くので、止められないでいる。
どういう訳か、一人でいると胸の奥がザラザラして落ち着かなくなり、身体まで火照って辛くなるのだ。
最初はライラにもそこまで付き添わなくてもと言われたが、最近は特に何も言われず、むしろ体調を気遣ってくれる。
彼女の優しさに触れるたびに幸せな気分になる。
ところが、そんなグレンを非難する者もいた。
グレンのように、アウラを発現していない、ヒラの騎士たちの一部だ。
「ヒラなど、副隊長に相応しくない」
「上手く取り入りやがって」
妬み僻みで辛く当たられることもあった。
釣り合わないのは、グレン自身よく分かっている。一時はそのせいで距離を置いたほどだ。だが、幸運にも彼女が手を差し伸べてくれたので、グレンは彼女を離すつもりは全くなかった。
彼女がアウラマスターで副隊長だから誓いを捧げたわけではない。
彼女の穏やかな人柄に強く惹かれたからこそ、そばにいたいと強く願ったのだ。
今日は勤務時間がライラとズレているため、グレンは一人で出勤していた。
騎士団は王族が住まう王城に至る前に施設が位置している。
そのため、騎士団の出陣もできるように門造りは大きなものだが、普段は脇の小さな出入り口で門番の許可を得て入場する。
許可証や身分証がなければ中に入れないのだが、一人の男が入れないのか門番に対して何やら抗議している。
「副団長の知り合いなんだ。彼女と話がしたい。通してくれ! それが無理ならせめて彼女に話を通してほしい」
素通りしようと思ったが、見覚えのある顔にグレンは思わず声をかけていた。
「あなたはライラ様の幼馴染でしたよね? こんなところでどうされましたか?」
ライラの知り合いだったので、放っておけなかったのだ。
「ああ、あなたは授与式のときにライラと一緒にいた方ではないですか。ちょうど良かった。ライラに会わせてもらえませんか?」
グレンは即答できなかった。彼と会ったときのライラの冷たい反応を思い出したからだ。
忙しい彼女にこの男を会わせても良いのか判断情報が少ない。
「何かご用ですか? 伝言なら承りますが」
「それじゃあ困るんです。大事な話なので。彼女もきっと俺の話を聞いたら喜ぶと思うんですよ。色々誤解があって彼女と距離を置いていたんですが、俺が間違っていたことが先日分かったので彼女に謝って仲直りするつもりなんですから」
「なるほど。ではお名前と連絡先を教えてください。その話を聞いて彼女があなたと仲直りしたいのなら連絡をするでしょうから」
「……分かりました。彼女も立場がありますから。これが俺の連絡先だから、よろしくお願いします」
男はメモをグレンに渡すとおとなしく帰っていった。
その出来事をあとでグレンはライラと会ったときに忘れずに報告をして、メモも渡した。
すると、ライラは鼻で笑うと、メモを速攻でゴミ箱に投げ捨てていた。
「いいのですか?」
「うん、誤解も何もないからね。あーいやだわ。私が貴族になったと分かったら手のひら返しするなんて。最低じゃない?」
ライラがプリプリと珍しく怒っているので絶対に彼をライラに会わせてはいけないと悟ったグレンだった。
でも、ライラが連絡先のメモを捨てたので、二度とあの男との接点はないだろうと考えていたが、地位と権力は魅力的なのか人の常識をおかしくしてしまうらしい。
ライラは屋敷を与えられたが、まだ引っ越しの準備が整うまで宿舎に住んでいた。そのため、時間が合うときはその宿舎まで彼女を送っていた。
その帰り道の、よりによって騎士団の門の近くで、ライラの幼馴染と鉢合ったのだ。
「ライラ! ああ、会えて良かった! 君に伝言を渡したけど聞いてなかった? 君と別れてから、ずっと君に謝りたいと思っていたんだ」
突然、ライラの前に現れたと思ったら、叫ぶように話し出して騒ぎ立てるので、グレンは思わずライラを庇うように彼の前に立ちはだかっていた。
「止めたまえ。これ以上、ライラ様に無礼な態度をとるなら相応の処罰を下すぞ」
「はぁ? ライラの将来の夫に向かって、そっちこそそんな無礼な態度を取ったら大変な目に遭いますよ」
グレンは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
人は予想を超える反応をされたとき、思わず思考が停止することもある。
グレンも同じように頭の中が真っ白になったが、ライラを守らなければと、すぐさま立ち直り、耳から入ってきた情報を認識する。
「将来の夫、だと……?」
「そうです。俺とライラは将来を誓い合った仲なんですから」
得意げに話す男に対して湧いた感情は、強い不快感だ。血が煮えたぎるような強い怒りが込み上げてくる。
「何を頭のおかしいことを。これ以上ライラ様の名を語り、この方の品位を貶めるなら、我がグレン・イシュルナーの名だけではなく、我が家名でもってお前に正式に抗議させてもらうぞ」
授与式で二度も彼女と踊ったことにより、ライラの私的なパートナーはグレンだと公になっている。
ライラの婚約者を名乗るなら、グレンだけでなく、イシュルナーという家にも喧嘩を売ったのと同じだ。
「いやいや本当なんです。一緒に住んでもいたんだ。なぁ、ライラそうだろ!?」
話を振られたライラだが、彼女は無表情のまま、何も答えなかった。
「最近の君の発言をまとめれば、ライラ様と君は小さい頃に一緒に遊んだ仲で、ライラ様と再会したときにライラ様を警備員だと誤解して、ソイスター商会のアリシア嬢のことを大切な方だと紹介していたではないか。それなのに今日はライラ様の将来の夫だという。話にならない。さっさと帰りたまえ!」
「いやいや、なんで俺が完全に悪者なんですか。色々と誤解です! そりゃあ、ライラと喧嘩したときに家を出たライラを呼び止めなかった俺も悪かったと思います。ライラごめんな? でも、元はと言えば貴族になるって黙っていたライラが完全に悪いよ。こんな大事なことを言わないなんて、騙された被害者なのは俺のほうだよ。でも、そんなことはどうだっていい。ライラがこうして成功したのはそばにずっといた俺のおかげだよな? ライラだって俺とヨリを戻せて嬉しいだろ!?」
「ふざけるな!」
こんなにも他人が憎らしいと感じたのは初めてだ。
おそらく彼はライラが話していた元交際相手だろう。なぜこんな話が通じない奴が彼女と付き合っていたのだ。
ありえない。信じられない。
腹が立ちすぎて、頭が痛いくらい血が上っている。興奮しすぎて身体が熱くなり、沸騰しそうなほど荒ぶっているのが分かる。
貴族の家に生まれ、常に冷静でいることが美徳と教えられ、感情的になることを恥と習ったグレンにとって、初めての激怒だった。
このままではまずい。
体調の異変に気づいても、今さら込み上がる激流を止められない。
激しい衝撃が身体中を駆け巡る。痺れるような痛みが全身を襲う。
「グレン!」
意識を手放す前に愛しい彼女の声が聞こえた気がした。




