第十三話 授与式
ライラがダンの発言に驚いて二の句を失っていたとき、彼はさらに言葉を続ける。
「ずいぶん立派な身なりだけど、出世したんだね。騎士団にいる女性は臨時の腰掛けがほとんどだって聞いていたけど」
確かに男爵家の令嬢であるファルミナ・ソイスターのように騎士団内には臨時の職員はいるが、彼女たちは騎士団の式典用の制服を着ることはない。
ダンは内情に詳しくないので、式典用と警備用の制服の区別がつかないのだろう。
「ダン、お知り合い?」
「ええ、彼女と故郷が同じで年が近いので、幼い頃は遊んだことがあるんです。ライラ紹介しよう。彼女は私の大切な方で、ソイスター商会のアリシア嬢だ。彼女はなんと男爵家のご令嬢なんだよ? 君とは違って由緒正しい貴族なんだ」
自信満々な紹介だった。
ダンはライラとの過去をなかったことにしたいらしい。これ以上彼にかかわるのは面倒なので、特に指摘はしない。
「初めましてアリシア嬢。私は白薔薇騎士団所属のライラ・リッセンです。今夜はお楽しみください。私は用があるので失礼します」
「ええ、ごきげんよう」
ダンの新しい恋人は良識があるのか、嘲笑するダンとは違って親しみのこもった笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。
あっさりとダンとの会話を終えられた。
再びグレンと歩き始める。
「ライラ様、先ほどのお知り合いの方は、何か誤解していませんでしたか?」
「うん、だけどいいの。もう縁が切れてどうでもいい人だから」
「そうですか、珍しいですね。ライラ様がそんな冷たく対応されるなんて」
「う、うん、まぁね」
ライラは以前元カレの話題を出したときに荒ぶったグレンを見ている。
おそらく恋人関係の話題は彼には禁物なのだ。彼の過去に何かあったに違いない。こんなに美形なのだから。
だから、それを思い出すような話題を避けようと、ライラなりに彼に配慮して詳しい説明を封印する。
王女殿下と合流し、王族の登場に合わせてライラも会場に現れる。
恭しく礼をとる出席者たちに出迎えられ、国王直々にみんなに紹介される。
「狂竜をカストロ卿と共に倒した我が国の英雄の一人、新たに現れたアウラマスター、ライラ・リッセン卿である!」
会場が大喝采で溢れかえる。
ライラは打ち合わせどおりに行動して、国王の前で口上を述べ、褒美を無事に授かった。
なんと爵位が予想していた男爵ではなく一気に子爵位まで上がり、王都に屋敷まで授与された。
「国を救ってくれた英雄への恩賞には、慣例どおりでの対応では不十分のため、異例の昇進となったが、会議で異を唱える者は一人もいなかった。それほどリッセン卿の功績は我が国にとって非常に大きいものなのだ」
国王の言葉に拍手喝采が巻き起こる。
騎士団での地位も副団長まで出世し、ライラ自身驚きでいっぱいだった。
慌てて隊長のルイスたちを見れば、みんな好意的に笑みを浮かべて拍手してくれている。
「副団長! よろしくお願いします!」
いきなり上司になったライラを歓迎してくれる隊長たちの好意にライラは胸が熱くなる。
身内に恵まれて良かったと思わずにいられなかった。
「今日の主役のリッセン卿、私と踊ってくださりませんこと?」
「喜んで、王女殿下」
恭しく王女の手を取ると、彼女とともに会場の中央に移動し始める。すると、人の輪が引いてスペースができあがり、音楽の演奏が始まる。
まずは身分の最も高い王族たちがパートナーとダンスを踊って披露するのだ。
これも限られた人しか受けられない栄誉の一つだ。
一曲終わったあと、ライラが王女に礼を取ると、再び喝采が起きる。
そして次の曲が始まる前にライラは王女を連れて下がった。
「練習の甲斐があって素晴らしい踊りだったわ。ライラ、褒めてあげるわ」
「身に余るありがたきお言葉ですが、全て王女殿下のおかげでございます」
「うふふ、分かっているなら、あの男から無事に逃げ切りなさいね」
王女の視線の先には、色男シュバルツ・カストロがいた。
「やぁ、ライラ! お互い主役同士、仲良く踊ろうではないか」
そう言ってライラに手を差し伸べてくる。
「恐れながら失礼します、カストロ卿」
口を挟んできたのはグレンだ。
「確かにカストロ卿のおっしゃるとおり主役二人のダンスは場が盛り上がるでしょう。しかし、ライラ様はあいにく男性パートしか踊れないだけでなく、私という先約があります。どうぞカストロ卿におかれましては是非そちらにいらっしゃる夫人とファーストダンスをされてはいかがでしょうか」
そうペラペラと相手に口を挟ませないくらい流暢に柔らかな物腰で断りを入れる。
ちらりとグレンが視線を送った先を見れば、一人の夫人が作り笑いを浮かべながらシュバルツをじっと見つめていた。その目は明らかに笑っていない。
「では、失礼いたします」
グレンは流れるような動きでシュバルツに礼をすると、ライラの手を取り、踊りの場へ誘導する。
逃げるためとはいえ、このままではみんなが見ている場所でグレンが女性パートを踊らなくてはならない。
「グレン、大丈夫なの?」
声を抑えて彼に尋ねると、彼は嬉しそうに破顔する。
「ライラ様のお相手ができるから、これ以上の名誉はございません」
「そ、そう?」
そうでなくても尽くし過ぎだろう。そんな心配が脳裏をよぎるが、彼の心の底から幸せそうな様子を見て、なんだかライラも嬉しくなる。
胸がじんわりと温かくなるような、そんな心地よい感情だ。
久しぶりに彼の背中に手を当てて、密着することになる。
こんな役得いいのだろうか。
思わずニヤリとほくそ笑んでしまう。
「そう言っていただけて光栄です」
どうやら口から出ていたらしい。
慌てて彼を見上げたら、照れくさそうに頬を赤らめてライラを見つめて微笑んでいた。
あまりにも可愛いらしい彼の様子に胸が締めつけられるような甘酸っぱい気持ちが襲ってくる。
「その顔は反則でしょ」
顔が熱くなり、思わず文句を言うと、彼は困ったように苦笑する。
「そうは言われましても」
すぐに周りはライラたちのあべこべなダンスの担当に気づいて、ワッと大きな歓声が上がる。大いにウケたらしい。
一曲が終わって、さあ戻ろうと思ったとき、グレンの手によって引き止められる。
「もう一曲いかがですか?」
「えっ?」
また踊るのかと驚いたが、シュバルツがライラを待ち構えるようにこちらを見ながら立っているので、またダンスに誘われるのは面倒だと思ってグレンの申し出に速攻で頷いた。
すると、グレンはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。まるで一世一代の大仕事が大成功したみたいな感激具合だ。
「悪いわね、何度も付き合わせてしまって」
「とんでもない、こんな幸せなことはありません」
「大袈裟ね」
絶対的な忠誠心はまるで忠犬のようである。
隊長に以前調教したと揶揄られたが、あながち外れてなくて、困ったものである。
しかし、ライラは彼からの気持ちが全く嫌ではなかった。
むしろ、元カレと違ってライラを何でも全肯定してくれる彼の存在はとてもありがたかったのだ。
おかげで元カレにフラれても仕事が充実していたから落ち込まずに済んだのかもしれない。
「本当にありがとうね。これからもよろしくお願いするわ」
「もちろんです。末長くよろしくお願いします」
末長くなんて、まるで一生そばにいるようなセリフである。
でも。彼がいるなら、生涯現役くらいの覚悟で仕事に励むのもいいかもしれない。
彼の言葉を受けて、ライラはそう感じたのだった。
そのあと、調子に乗ってグレンを両腕で抱きかかえて退場したら、なぜか祝福モードで見送られたが、「次は私と踊ってください」と誘われても「両手が塞がっているので失礼します」と奥にそのまま引っ込んだ。
のちにそのせいでグレンが「ライラの嫁」呼ばわりされるようになるが、当の本人はニコニコして気にしておらず、周りも忠臣を冗談で言っていると思っていたのでライラ自身も特に咎めることはしなかった。
こうしてライラにとって難題イベントが終わって、やっと穏やかな日常に戻れる——。そう思っていたのに、災いは予想もしないところから訪れるのだった。




