第十二話 元カレ再会
ライラはグレンと共に登城していた。これからエスコートする王女を迎えに行く最中である。
城には来賓客が多く訪れている。忙しそうな人と先ほどから廊下ですれ違う。
「はー、緊張するわね。まだ魔獣の前にいるほうがマシだわ」
思わず愚痴をこぼせば、隣にいたグレンがくすりと笑う。
「そんなことをおっしゃるのはライラ様だけですよ」
そう澄ました顔で答える彼は式典用の騎士服を身につけている。やはり恵まれた鎧のような肉体に晴れの日の制服はよく似合う。
ライラも同じ服を着ているが、男性と比べて迫力が弱い気がする。
「先日のドレス姿も素敵でしたが、今日のお召し物もよくお似合いですね。ライラ様の制服姿を見ると、気が引き締まります」
「! あ、ありがとう。グレンもいつも素敵よ」
グレンの褒め言葉は最近遠慮がない。ストレートすぎる部下からの好意に上司なのに動揺して胸がドキドキ落ち着かなくなる。
しかも、以前は裏表のなさそうな敬意だけだったが、最近はどういうわけか色気まで感じるようになって別人みたいだ。
先日、休日に彼から食事に誘われたとき、話を聞いた同僚から絶対にドレスで行けと言われたので着飾っていったら、感激したグレンに手に口付けされて、まるで大切な女性みたいに扱われて戸惑うことも多い。
ただの上司と部下の関係のはずなのだが。
職場でグレンと話していると、たまに上司がニヤニヤと気持ち悪い笑みを向けてくるので居心地の悪さを感じる。同僚たちも意味ありげな視線をたくさん送ってくるので、少し落ち着かない。
おそらくグレンの徴候を気にしていると思うのだが、すっかりなりを潜め、現れなくなっている。まだ様子見である。だが、同僚たちのあからさまな視線は正直そろそろ注意レベルだろう。
嬉しそうに隣で微笑むグレンを見れば、彼がこうして幸せそうにそばにいてくれるだけで、ライラも落ち着くようになっていた。
黒鉄騎士団の男たちがグレンを返してくれと文句を言ってきたこともあったが、ライラが「グレンは(うちの騎士団にとって)なくてはならない存在だ」と要求を一蹴すると、上着を脱いで休んでいたライラを"ただのねーちゃん"だと勘違いしたのか随分舐めた態度をとって暴行を加えようとしてきたので、ちょっとお仕置きしてあげた――なんて私刑をもちろんすることはなかった。上司にきちんと報告して、規律を乱す行為として彼らは懲戒処分の対象となったのだ。
そんな彼らが「第二隊副隊長をヒラの騎士と勘違いして生意気な態度を罰しようとしただけなのに、なぜ自分たちが処罰されるのか理解できない」と証言したので、日常的な体罰が疑われ、監査部による調査が行われることになったようだ。
グレンは色々と思うことがあったのか「ライラ様と会えて良かったです」と声を詰まらせて抱きついていたので、よほど前の職場が辛かったのだと察して、彼の背中をよしよしして慰めてあげた。
黒鉄騎士団が良いほうに変わることをライラは祈っている。
「あれ? もしかしてライラか?」
聞き慣れた声に振り向けば、よく見知った人物が、綺麗な若い令嬢を連れて、廊下に立っていた。
しかも、彼の装いは平民とは思えないほど畏まった正装だ。まるで貴族みたいな立派な格好は昔とは別人のようだった。
「えっ、ダンなの?」
ライラは驚いて元カレの名前を口にしていた。
※
子供の頃、ダンは小柄で小さく女の子みたいに弱々しく、ライラの子分のようにくっついて従順だった。
でも王都に来てから年月とともに成長してライラよりも大きくなると男らしくなり、ライラはそんな彼を頼もしく感じて、彼から交際を申し込まれたときに快く了承したのだ。
なにより彼はライラに対してとても優しかったから。
一緒に暮らし始めたとき、これから幸せな二人の生活が始まるのだとワクワクしたのを覚えている。
でも、女性は家庭を守るべきという彼の価値観は絶対で、仕事に誇りを持っていたライラのために譲るつもりは全くなかった。
しかしダンだけの稼ぎでは生活できず互いに生活のために働いていたが、彼はライラの仕事を「所詮結婚までの腰掛けだろう?」「責任もない結婚するまでの臨時の仕事のくせに」と軽んじるところがあった。
そんな彼だったから、ライラは彼の顔色を伺って働いていた。
ライラの出世話だけでなく、仕事の話も不機嫌になるので気を遣ってあえて控えていた。
文句を言われないために家事は手を抜かず、どんなに仕事が忙しくても、早起きして彼のために食事を用意していた。
それでも彼は朝から晩まで働いて家にいないライラにいつも不満そうだった。
彼が職場でなかなか評価されなかったのもあるが、ライラが正式に夫婦になってからでないと肉体関係は嫌だと条件をつけて断ったのも大きかった。
未婚のまま子供を産めば婚外子となり、父親に責任を要求できない。ライラの過去を知っているはずなのにダンは自分を信用してないと理解してくれなかった。
そんな中、狂竜討伐があった。褒美で爵位をもらうかもしれない。そんな大事な話はたとえダンが嫌がっても伝えなければと話を切り出そうとしたときだ。
彼から別れ話を切り出されたのは。
「はぁ、また自慢話? もうそればっかり。俺のことなんてどうでもいいんだな。俺たち合わないから別れよう」
「そう、分かった」
ライラが家事を全部一人でしても当たり前のことで感謝すらしてくれない。
一生懸命に働いて生活を支えても嫌な顔をされ続けた上での別れ話。ダンにあった好感度は一瞬で底をついた。
ライラはあっさりと彼の話を了承して、家を出ていくことにも頷いていた。
速攻で荷造りをして宿舎への入居手続きを終えて引っ越したのだ。
ダンにフラれてから連絡を全然取っていなかったので最近の彼の近状を全く知らなかった。だから、まさか彼が王城に招待されて出席していたなんて予想もしていなかった。
彼を見かけたとき、驚いて思わず声を上げたのは、そういう理由からだった。
別に今さら彼と話すつもりは全くなかったのに、彼はライラが対応したと勘違いしたのか、ニヤリと笑いながら近づいてきた。
ライラの上から下まで眺めたあと、彼はフッと鼻で笑う。
「やぁライラ、久しぶりだね。今日は警備の仕事? ご苦労様だね」




