2026/06/04「魔女の忘れ物」
「末弟子よ」
魔女ルミナ・アルバスが末弟子を呼ぶ。
「なんですか? 師匠」
呼ばれた末弟子、ルインは頭から生えた猫耳をルミナの方へと向けた。しかしその視線は手元の魔導書に注がれている。
「君に試練を与える」
「……………」
そこでルインはルミナに視線を移した。その貌は至極面倒くさそうだ。
「何その貌」
「今度は何に影響を受けたんですか……」
面倒くさそうと言うよりも呆れているといってもいい。
「何にも影響受けてないから。君は私のことを舐め腐っているからね、たまには師匠らしいことでもしようかと思って。なに、試練と言っても難しい事じゃない。とある場所に行って、忘れ物を取ってきてほしいだけだよ」
――――――――――――――――――
「で、来たわけなんですけど……。先輩方ぁあ、重いんですけどぉお」
鞄に乗った四匹の黒猫に文句を垂れる。
「にゃーん」
「なーやー」
「なーん」
「にゃん」
四匹が口々に反論してくる。
ただでさえ重たい鞄に四匹の黒猫の重量が加算されて、か弱いわたしの肩は壊れてしまいそうだ。それなのに、誰一人としてどいてくれない。挙句にこっちも疲れているだとぉお。
「はぁあ? 絶対にわたしのほうが大変なんですけどぉお!」
「なな」
「にゃーにゃ」
「にゃにゃ」
「にゃん」
この四匹の黒猫様はどうやら鞄の上からどいてくれることはなさそうだ。脚が痛いだの、腹が減っただの、眠たいだの、言いたい放題だ。少しは末弟子に優しくしてくれてもいいと思うんだけどな。
「はぁー、わかりました。わかりましたよーだ。でも本当にこんなところにバスなんて来るんですかー?」
「にゃ」
師匠の一番弟子が答えた。
今わたしたちがいるのは終わりを迎えた廃都市だ。
遠い昔に師匠との戦争に敗北した敗戦国の首都だった場所。ココに師匠の忘れ物があるらしい。この廃都市を走り回るバスの中にあるとの事。
終わりを迎えたはずの廃都市にバスが走っているわけないのに、わたしと四匹はバスを待っている。しかもバス停も無いのにだ。
ピクリ。
耳が反応した。どこかで何かが崩れる音がした。たぶんビルの一部が倒壊したんじゃないか―――――ん? 何か近づいてくる?
「「「「にゃ」」」」
四匹が一斉に短く鳴いて一方向へ視線を向けた。わたしの耳もそちら側を向いた。顔ごと視線を動かしてそちらを見やる。そして、開いた口が閉まらなくなった。
「な」
二番弟子が鳴く。
「え? まさか―――」
「にゃ」
一番弟子が短く。
「――――まじか…………師匠のバカ」
四匹と一人の視線の先には、建造物を砕きながら捨てられた廃都市を進む一体の異形が在った。
それは竜と呼ぶには悍ましく、虫と言うには余りにも神々しかった。
全身は甲冑のような甲殻に覆われ、節で分かれた躰はその一節一節ごとに一対の虫の脚が生えている。その脚も電柱の何倍も太く、その先に生える爪は地面を強固且つ鋭利で地面を穿っていた。
頭には上下左右に開く大きな口があり、その中では人間の腕ほど長さの牙が蠢いている。一対の大きな目はよく見ると複眼になっている。
それはそれは巨大な百足の化け物がこちらに向かって来ていた。
先輩黒猫様曰く、アレが師匠の言うバスらしい。どこをどう見ればアレがバスに見えるのか。人工物でもなければネコでもないじゃないか!
「アレの中に忘れ物があるんですか?」
「なーん」
「にゃん」
三番弟子と四番弟子が鳴く。
そうですか、そうでしたか。本当にアレの中に忘れ物があるらしい。絶対にアレに食べられてるんだよ……。つまりわたしはアレの腹を掻っ捌かなければならないらしい。
はてさて、ターゲットは理解しました。得物もある物で事足りると信じましょう。
「先輩方、行きますよー!」
「「「「にゃ」」」」
四匹が返事をして鞄の上から勢いよく飛び降り、駆け出した。
わたしも少し遅れて駆け出す。
百足バスは真っ直ぐにわたしたちに向かって来ている。どうにか注意を逸らせないと。
「先輩方、攪乱お願いします!」
黒猫先輩たちが散る。百足バスは目標が散開したことで、その侵攻を止めた。躰を持ち上げて辺りを見渡している。うぁあ、マジでキモいな。
黒猫先輩たちが攪乱している間に、百足バスから距離にして五百メートルと言ったところの廃ビルの五階に、得物を一つ設置する。
次は、あっちか。
屋上まで駆け上がり、ビルからビルへと跳んで移動する。やっぱりこれが一番早い。
攪乱が効いているのか、百足バスはグルグルと辺りを見渡すだけで、一歩も動かなくなった。
よし、ココで良しっと。
二つ目を先ほどのビルの直線上のビルの屋上へ。このビルは低いけど屋上なら一つ目のと直線上になってるはず。
そうしてわたしは四つの得物を四か所に設置することが出来た。そして、百足バスを見下ろすことが出来るビルの屋上へと上ってきた。先輩黒猫たちは得物の上に一匹ずつ乗っているはずだ。
鞄から一本の棒を取り出した。
先端の尖ったそれは指揮棒だ。
指揮棒を揮う。すると設置された得物から大音響が響きだした。わたしが設置したのはアンプだ。そんなアンプから大地を揺るがすほどの大音響が響く。
百足バスがわたしを見つけた。わたしのいるビル目掛けて侵攻を開始する。その間も大音響は鳴り響く。わたしは指揮棒を揮う。
指揮棒を一か所目のアンプに向けて揮う。すると、アンプから百足バスに向かって真っ直ぐに巨大な光の剣が放たれた。光の剣は百足バスの甲殻を易々と貫通し、百足バスを地面へと刺し止める。百足バスがアンプの大音響にも負けず劣らずの咆哮を上げる。
二か所目へと指揮棒を揮う。一か所目同様に巨大な光の剣が百足バスへと放たれて、百足バスを地面へと刺し止める。三か所目、四か所目へと同じように揮う。
最終的に百足バスは四本の巨大な光の剣によって地面へと磔にされた。大量の体液が廃都市を穢す。それでも尚わたしのいるビルへと侵攻しようと脚を動かす。しかし一歩も前へ進めない百足バスは咆哮を上げるばかりだ。
「最終楽章」
指揮棒を揮う。
百足バスの躰中に魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣の上に小さな光の刃が現れた。それは一つ一つは小さな刃だが、その数は百足バスの躰を覆いつくすほどだ。
指揮棒を揮う。
躰中に現れた光の刃が百足バスに突き刺さり始める。甲殻を貫く小気味いい音が音楽を奏でている。光の刃が刺さるたびに体液が飛び散る。その体液も光の刃の熱によって蒸発した。
指揮棒を振り上げた。
百足バスの頭上に光の剣が現れる。それは二メートルほどの剣だ。先程の光の剣に比べれば小さい。しかし、止めを刺すには十分だ。
「ありがとうございました」
指揮棒を振り下ろし、光の剣が百足バスの頭を貫いた。そうしてようやく百足バスの息の根は完全に止まった。
「ふぅ……うまくいったぁあ」
「にゃん」
「なーん」
「にゃーん」
「にゃーにゃ」
いつの間にかわたしの傍によって来ていた四匹の黒猫先輩が、頭を擦り付けてきた。
「ありがとう、ございます……。ちょっと休憩してから、忘れ物を探しましょうー」
十分ほど休憩してからビルを降りた。
百足バスの亡骸の近くまで寄る。正直匂いがきつくて近寄りたくないが、近づかないと忘れ物を回収できないので仕方がない。
「にゃ」
一番弟子の黒猫先輩が先導する。三匹と一人が大先輩の後ろに続く。
「あー、これ」
それは百足バスの躰の丁度真ん中あたりの肉に埋もれていた。
見たところ変哲もないアタッシュケースだ。百足のバスの肉がこびり付いているのが大変気持ちが悪いが、開けるのはわたしの役目のようだ。猫の前脚では開けられない。
「なに、これ?」
中から出て来たのは「トランプ」だった。紙製の箱から取り出してもいたって普通のトランプだ。枚数も五十四枚で普通だ。これが忘れ物?
「にゃ」
「あってるんですか? じゃあ…………いいか」
一番弟子が言うなら間違いない、のか。
終わった終わった。今回のおしごとしゅーりょー。
大変お疲れさまでした。
―――――――――――――――――
「にゃ」
百足バスから忘れ物の奪還が完了したその日の夜。
ルミナの書斎を一番弟子のノクスが訪れていた。
「どうしたんだい? 君からココに来るなんて珍しいじゃないか。昔のように撫でてあげようか?」
ルミナが膝をポンと叩くと、ノクスはフンと鼻を鳴らしてソファに上った。
「にゃにゃ、にゃん」
「あぁ、コレかい? コレは過去への忘れ物だよ。ま。私の物ってわけではないけれどね」
手の中の「トランプ」を弄ぶ。それは百足バスの躰に埋まっていたアタッシュケースに保管されていた、あの「トランプ」だ。
五十四枚。しっかり揃っている何の変哲もない「トランプ」。
紙製の箱に名前の書かれた、誰もが知っていた誰かの所持品だったモノだ。
「にゃにゃ」
「そうだよ。君もよく知るあの子の物さ」
「なーん、にゃにゃ、にゃ」
「あははは。そうだね。これからルインは忙しくなるよ。なんせ、白光の魔女ルミナ・アルバスが動き出すんだからね」
ルミナが不敵に笑う。それにノクスが呆れるように息を吐いた。
「っしゅん……ん?」




