2026/05/27「戴冠の獣」
ドラゴン。
それは様々な逸話を残す伝説上の生き物。
時には天候を操り、時には人々を導き、時には人々に恐れられた。
しかし、それは過去の話だ。
現在、凰暦二十四年。初夏も過ぎた五月も下旬。空にはフェアリードラゴンが飛び交っている。
統一国家オリドゥスの初代皇帝、サタナス・ドラコーが世界を統一したのが、凰暦の始まりだ。
そして、凰暦になって一番大きく変わったことが、ドラゴンの存在だ。
サタナスが始めた統一戦争で初めて使用された兵器が、魔術だ。
これまでの世界では考えられなかった魔術を実用的な兵器へと転換したのが、オリドゥスの科学者たちだ。そう、魔術師などと言うものは存在しない。魔術とは科学の発展形なのだ。
その中でサタナスが率いたのが、ドラゴンだ。オリドゥスの軍隊に人間の兵隊など存在せず、機械的な兵器も存在しない。その全てがドラゴンに置き換えられているのだ。
ドラゴン率いるオリドゥスの軍事力は他国の軍事力を大きく上回っていた。
初めこそドラゴンに対して通常の兵器が効果的であったが、それをオリドゥスの科学者たちが許すわけがなかったのだ。
科学者たちはドラゴンに様々な改造を施した。ある者にはどんな攻撃にも耐えうる防御力を。ある者には何人も届かないほどの飛翔力を。ある者には万象を燃やし尽くす火力を。
様々な改造を施されたドラゴンたちによって、サタナス率いるオリドゥスは世界を蹂躙していった。
そうして、世界はサタナス・ドラコー率いる統一国家オリドゥスによって統一された。
そうして、凰暦が始まった。
そして現在。
「邪魔だなぁ」
空を飛び交うフェアリードラゴンを睨みながら少女は独り言ちた。
太陽光で煌めく黒髪と猫のような金色の瞳が特徴的な少女、ネロ・ドルススはドラゴンが嫌いだ。
凰暦が始まってドラゴンに嫌悪感を感じている人間は多くいる。それもそうだ、ドラゴンとは敗戦国の人間にとっては恐怖の対象以外の何物でもないのだ。
ネロはフェアリードラゴンの目から逃れるように、路地裏へと脚を向けた。彼女が向かうのは、常連となりつつあるレストランだ。
カランコロン。
「いらっしゃいませ」
ドアベルと共にカウンター内にいた店主の女性が声を掛けた。
「昨日と同じでお願いします」
「はいよ」
店主の女性が返すとネロはカウンター席へと腰を掛けた。店内にはネロと店主しかおらず、閑古鳥が鳴いていた。
「はい、オレンジジュース」
「ありがとうございます…………でも言わなくても」
オレンジジュースに口を付けたネロに店主はアハハと笑いを返した。
「いやいや、注文の復唱は基本だよ」
「うぅ」
ブクブクとオレンジジュースを泡立たせて抗議する。
「アハハ、そんなに膨れないの。料理も作るから、待っててね」
「やっぱりカレンさんの料理はおいしいね」
運ばれて来た料理を口いっぱいに頬張ってネロは店主―――カレンに称賛を贈った。
「ありがとう。君は物好きだね」
カウンターに頬杖をついて、照れ隠しにネロの頭を撫でた。
「そんなことな―――――」
―――――――――カランカラン、バーンッ!
入り口からドアが壊れんばかりに音が聞こえた。
「―――――?」
ネロとカレンの視線が入り口に注がれた。
そこには三人の大男が立っている。しかし、普通の男じゃない。
三人の頭はドラゴンの物になっていた。ドラゴニュートだ。ドラゴニュートの男たちはそれぞれ小銃を握っている。
「お前がネロ・ドルススだな? 一緒に来てもらうぞ」
一人のドラゴニュートが言いながら、料理を頬張るネロの腕を掴んだ。
「ご飯食べてるじゃん!」
ネロはドラゴニュートに掴まれた腕を掴み返して、ドラゴニュートを床に叩きつけた。そして椅子から降りた。
そんなネロに残った二人のドラゴニュートが小銃を向けた。
「カレンさん、ちょっと暴れていい?」
振り返ってカレンに聞いた。その顔は少し不安げだ。
「いいよ。やっちゃいな」
不安げなネロに対して、カレンは親指を立てて笑顔で応えた。
「わかった!」
そこからは蹂躙だ。
ネロは小銃を持ったドラゴニュートに対して一切の恐怖を感じていなかった。
ドラゴニュートたちが引き金を引くよりも先に小銃をネロが蹴り上げた。小銃に気を取られたドラゴニュートたちの無防備な腹に拳を叩き込まれた。ドラゴニュートたちは口から大量の血を吐き出す。さながらブレスのようにも見えるが、単なる吐血である。前屈みになった二人のドラゴニュートの頭を蹴り上げた。そして二人のドラゴニュートたちはそのまま泡を吹いてひっくり返った。
床に叩きつけられたドラゴニュートは、残り二人が伸びているの見て頭に血管が浮き出た。握った小銃の引き金を引いた。
大量に放たれた銃弾がネロに向かった。
「ネロ!」
カレンが思わず叫んだ。
しかしその叫びが届くことなく、放たれた銃弾がネロを貫いた。ドラゴニュートは起き上がって、なおも引き金を引き続けた。そして玉切れを起こすまで弾幕は続いた。弾幕によって砕かれた壁が土煙を巻き上げた。
「ね、ネロ…………」
カレンは腰から崩れ落ちた。
「満足?」
「あ?」
土煙の中から聞こえた声にドラゴニュートの小銃を握る手に力が入った。
「満足ですか? って聞いてるんですけど!」
「――――ンガッ!」
土煙から飛び出してきたネロの飛び蹴りがドラゴニュートの顔面にクリティカルヒットした。
「カレンさん……」
飛び蹴りからしっかりと着地したネロが崩れていたカレンをカウンターから覗き込んだ。
「ネロ?」
涙を流しながらカレンが見上げた。
「もう一回ご飯…………作ってくれてもいいですか?」
グゥゥゥゥゥゥゥ。
大きな腹の音が静かになった店内に響いた。
「ハハ、アハハハ。ありがとうね、ネロ。何でも作ってあげるよ」
立ち上がったカレンは涙を拭いながら笑顔を返した。
「ありがとーございます! カレンさん大好き!」
カウンター越しにネロがカレンに抱き着いた。
「でも何でさっきので無事だったの?」
「あたし、セリオンズ・ドラコーなの」
ドラコーとは、ドラゴン。
そして、セリオンとは、黙示録の獣のことだ。
セリオンズ・ドラコーは、サタナス・ドラコーが直々に作り出した、七体の人類に対する尖兵だ。




