2026/05/20「闇黒都市の領主様」
ディストピア。
隣国からそのように呼ばれている都市。そこを管理している領主が私だ。
本日も執務室にて、管理者として執務の最中であるのだが……。
「アーテル、アーテル! 何処にいるの! ア―テルム!」
執務室のドアを壊さん勢いで入って来たのが私の妻、ルクス。
黄金の髪は美しく、天上の太陽にさえ劣らない輝きがある。紅玉の如き瞳には万人が魅了されることだろう。しかし、そんな彼女の美しさをこの都市に住む市民が知ることはない。
「ルクス。この時間は執務中だと今朝伝えたはずなのだけれど」
「でも、でもね。貴女に相談があったの」
パタパタと私の元に駆け寄って、首に腕を回した。はぁ、どうして私の話を聞いてくれないのか。
甘い香りが彼女から漂ってくる。鼻腔を擽るその香りに頭がくらくらとする。香水が強い……。私が香水に弱いことをわかってやってる。
「相談? 重要な事なの?」
「そう! とっても重要な事よ! だって、ワタシと貴女のことなんだものね」
私とルクスが関わる事とは、いったい何だろうか。我々が関わらなければならないような事態は、そうそう起きる事ではない。そう言った事が起きないように私も、使用人たちも手を尽くしている。
「週末は空いてるかしら?」
「週末? ……ええ、空いているけれど」
スケジュールを確認すると、週末の二日間は空白になっている。ここ数ヵ月は必ず何かしら予定が入っていたものだけど……。
「そう! じゃあ絶対に空けておいてね! ありがとう、愛しているわ!」
そう言って、私の頬に口づけをしてルクスは執務室を出て行った。
「一体何だったの…………は、続きをしなければ」
私は嵐のようなルクスのことを一旦忘れて、手元の資料に視線を戻した。
そこには都市入口の門に殺到している移民希望者について、管轄職員からの対応報告と以降の対応方法の提言がまとめられている。
ここ数ヵ月の間、私に休みが無かったのも、この移民希望者の問題が解決していないからだ。
移民を受け入れると決断すること自体は簡単だ。しかし、問題はその後だ。
移民とは即ち、我が都市の事を理解していない者たちと言うことだ。移民の全員が我が都市の意向に理解を示してくれればそれで事は済むのだが、そんなはずはない。
現実問題、管轄職員が移民からの恫喝を受けていると報告書にも書かれている。我が職員への恫喝以外にも、移民同士の諍いや都市壁周辺のゴミ問題などもある。
そんな野蛮な移民たちを受けれてしまっては、我が市民たちに危険が及ぶ可能性があるのだ。
そう言った様々な問題から移民たちを受け入れるべきではないと私は考えている。
人道や人権、差別被害者への配慮などと言う耳障りのいい言葉で私の考えを批判する者もいるが、そんな綺麗事だけでは都市運営などできないのだ。
そもそも、私を批判するならば貴方の都市で移民を受け入れればいいではないか。と言う話だ。
―――――――――――――――
「報告を頼む」
ルクスとの約束の前日、私は都市入口の門までやって来ていた。未だに数えきれないほどの移民が殺到している。自身の国や都市に帰ればいいだろうに。貴方達の国や都市も我が都市ほどではないにしろ、住み良い場所であるだろうに。
移民たちの言うような差別など、存在しないのだから。
「はい――――」
管轄職員が報告を始める。
依然として移民たちは帰ろうとしない。困ったものだ。流石にコレを解決せずに管理者である私が休みを取るわけにはいかない。
しかし、どうしたものだろうか…………。いや、目の前の問題も重要だが、それよりも。
「君」
「は、はい!」
報告してくれた管轄職員が私の言葉にびくりと肩を震わせる。
彼は去年に訪れた地方の役場で働いていた青年だ。そんな彼の働きぶりがとても気に入ったため、領主と話を付けて我が都市に越してきてもらったのだ。
そんな彼にも愛妻がいたはずだ。結婚して一年だったか。
「今日はもう帰ってもらっていい。まだ午前中だが、今日の君の仕事はココにはない。上司には私から伝えておこう。今日はもう帰りなさい」
「え、そんなはずは……」
明らかに狼狽えている。意図が伝わらなかったようだ。
「君の家は確か一番通りだったか。ココから帰るならば、道中に先日オープンしたばかりのケーキ屋があったはずね」
そこまで言って職員は私の意図を理解したのか、「ありがとうございます」と深々と頭を下げて駆け足で帰って行った。
「さて、どうしたものか……」
移民の問題は何一つ解決していない。
――――――――――――
「すまない。屋敷での仕事の最中であっただろうに」
私は屋敷の使用人を門まで呼び出した。彼女は屋敷で一番の古株で、仕事上最も信用できる使用人だ。
「旦那様のご命令とあれば、たとえ地獄の業火の中、深海の底」
大真面目にそんな冗談を言う。私に冗談を言ってくれるのはルクスと彼女くらいなものだ。
「そこまで身体を張らなくてもいい」
「して、旦那様。私は何をすればよろしいのでしょうか? まさかとは思いますが、移民たちを鏖にしろと?」
何処から取り出したのか、極東の刀を抜いて真顔で言う。
「流石の私でもそこまで惨いことをするつもりはないわ、ハスキー。貴女には私の補佐としてここでの業務をこなしてほしいの。今は移民たちを門の前から退けることが最優先。もちろん流血沙汰は無し」
「かしこまりました」
――――――――――――
ハスキーの協力があっても、移民問題の解決は一筋縄ではいかなかった。結局日を跨いでも移民たちの退去は為されていない。
会議室で対策を考えていた私とハスキー、その他数名の職員の顔には明らかな疲れが見て取れた。その中で私は、ルクスとの約束が気にかかって集中できない自分に気が付いた。
「ハスキー、君は一度屋敷に戻って、ルクスにすまないと伝えてくれない?」
「奥様との約束のことでしょうか? でしたら旦那様がお戻りください。奥様がどれほどこの日を楽しみにしてらっしゃったか、わからないとは言いませんよね?」
「そうだが、私にはこの場を収める義務があ―――」
ガシャンッ!
机が砕ける音が私の言葉を遮った。…………机が砕けた?
私と職員たちの視線が砕かれた机に注がれている。
「この机のようになりたくなかったら、今すぐお戻りください。私はルクス奥様の悲しむ貌など見たくはありません」
砕かれた机。傷一つないハスキーの拳。目の笑ってない笑顔。そんなものを見せられたところで、私がココから去る理由にはならない。
この都市に必要なものは、私一個人の感情でもルクスの一時の感情でもない。どこまでも正しく機能する秩序なのだ。
「ハスキー、貴女がルクスの事を思ってくれている事には感謝する。しかし、私にはこの都市の統治者としてこの問題を解決する義務がある。あれらをこのまま放置しては我が市民に危険が及びかねない!」
「そうですか……どれだけ言っても考えは変わらないと言うことでよろしいですね?」
俯いたハスキーが言う。
「ええ、私の考えは変わらないわ」
「そうですか、でしたら――――」
「わかってく―――――――ウッ」
ハスキーの鋭い拳が私の鳩尾に刺さった。
「旦那様をお願いできますか? ありがとうございます。では私たちも少し休憩としま―――」
そこで私は意識を手放した。
――――――――――――――――
目が覚めると見慣れた天上が視界に飛び込んでくる。どうやら自室のベッドの上のようだ。
誰かが私をここまで運んでくれたのだろう。おおよそチェイン―ハスキーの一番の友人の使用人―辺りだろう。
「おはよう……」
声に振り向くと、ベッドに腰掛けて小さくなっているルクスがいた。
いつもと雰囲気の違うタイトな服装だ。白のブラウスにハイウエストのタイトスカート。ブラウスの大きく開いた首元に目が行き、寝起きの頭が覚醒する。
「おはよう。どうしたの? そんなに小さくなって」
「ごめんね……お仕事中だったのに、ワタシの為なんかに帰ってきて……」
そう言うことか。ルクスなりに私の仕事を理解してくれていたようだ。
「謝ることはないわ。私も貴女に謝らなきゃならないから」
「え?」
「私はこれから仕事に戻るわ。だから、今日の約束は守れそうにないの。ごめんなさいね」
「…………そう、そうなのね、アーテル。貴女はそう言う人よね。うん、そうよ。貴女はそう言う人よね、ア―テルム・ディアボロス!」
バン、と音を立ててルクスが立ち上がった。
「ワタシが貴女の仕事を終わらせてきてあげるわ! そしたら明日は一日中ワタシとデートよ!」
そう言ったルクスはバタバタと部屋を出て行った。
「仕事を終わらせるって――――――まさか!」
私が思い立った最悪の解決方法。
ドドドドドドドドド。
空気すら揺らすその轟音に窓に駆け寄った。
「何をやっているの!」
窓の外を戦車が戦車とは思えない速度で庭を横切って行った。そのまま屋敷の門を破壊して公道へと飛び出した。
先ほどのルクスの発言からあの戦車には彼女が乗っているに違いない。全く、使用人たちはルクスに甘すぎる。彼女たちには然るべき罰を受けてもらわねば。
ネグリジェを脱ぎ捨てて、スーツに着替える。そしてすぐに私も屋敷を飛び出した。
―――――――――――――――――
都市の門に着いたときには既に遅かった。
「不法な移民どもよ! 我らが都市の平穏を脅かす愚図どもよ! 我らが都市に貴様たちを受け入れる義務などない!」
ルクスが戦車の上に立ち、その手には小銃が握られている。
そんな彼女を見て、一部の移民希望者は委縮して後退を始めている。しかし大部分は彼女が発砲することはないと高を括っている。
なんて馬鹿なことを……。
「ワタシが優しいうちに引いた賢い愚図どもはそのまま帰りなさい。そうじゃない愚図どもはワタシの恐ろしさを知るがいいわ!」
そう言うと、ルクスは小銃の引き金を引いた。突然の銃声に門の管轄職員を含め移民希望者たちが頭を抱えてその場に蹲った。
「そんなところで蹲ってたら、撃ち殺しちゃうわよ!」
小銃の引き金を引き続けるルクスに恐れをなしたのか、移民希望者たちは蹲りながらも確実に門の前から遠ざかっていく。しかしある程度の所まで行くと、それ以上は退かなかった。
「ふーん。そこまでは届かないとでも思ってるの? コレが見えないわけ? 主砲発射準備!」
ルクスが戦車から降り立つ。すると主砲が移民希望者たちに照準を合わせる。
「ルクスさまー、準備完了でーす」
戦車の中から顔を出したのは屋敷の使用人はチェインだった。彼女が加担しているのか……。まぁ、一番手を貸しそうな人物ではある。
「よし! 主砲、発射ー!」
「フォイエール!」
ルクスの号令にチェインが元気よく返すと、主砲が発射された。
主砲は移民希望者たちには直撃せず、その前方数十メートルの位置に着弾した。つまりルクスは彼らに当てるつもりはなく、威嚇射撃のつもりだった―――
「チェイン! シュペーアフォイエル!」
「ヤヴォール!」
何度も何度も主砲を発射するルクス。彼女の貌には悪魔的な笑顔が張り付いていた。
―――威嚇射撃、よね?
―――――――――――――――――――――
ルクスの悪魔的砲撃は数十分間続き、ようやく移民希望者は完全に見えなくなった。
「ふぅ、やっといなくなったわね。よくやったわチェイン、スティル」
「楽しかったですね。ルクスさま!」
「もう二度とやりたくないです」
口々にルクスに返すチェインとスティル―使用人の一人で主に調理を担当している―。スティルが乗り気じゃないところを見ると、ルクスとチェインに乗せられたな。
「ルクス」
「アーテル、来てたのね」
私が声を掛けると、小銃を投げ捨ててルクスが駆け寄ってきた。そしてそのまま私の腰を抱く。
「全く。無茶をし過ぎだわ。だから貴女を外に出したくなかったの。ほら、綺麗な顔が硝煙で台無しだわ」
彼女の顔に付いた硝煙をハンカチでふき取る。すると彼女は気持ちよさそうに目を細める。
「でも、これで貴女の仕事は無くなったわ! これで明日は一日デートね!」
ルクスはそのまま私に口づけをした。それを見たチェインとスティルは顔を染める。それ以外にも、ルクスの砲撃の音に釣られて集まっていた市民たちが、口笛や拍手で囃し立てた。
数日後、別のとある都市の新聞の一面をある記事が飾った。
【噂のディストピアが実在! 善良な移民希望者に対して戦車で砲撃!?】
随分と身勝手な見出しである。しかしそんな記事が市民たちに届くことはない。関所が仕事をしっかりと全うしている為、市民に届ける必要のない戯言はココで排除されるのだ。
市民たちに不要な情報は与えない。しかし必要な情報はしっかりと行き届き、彼らの意思によって運営される理想都市。理想郷ディストピア。
その統治者ア―テルム・ディアボロス・ロードは、今日も妻のルクス・カンディドゥス・ロードに振り回されているが、まんざらでもなさそうだ。
今日も今日とてディストピアは続く。
誰もが幸せ、秩序の行き届いた最高の都市の形。




