2026/05/17「魔女とウサ耳と魔道具と」
「あーあ、暇」
閑古鳥の鳴く店内から外を眺めながら溜息。
現在店長は私を残して傷心旅行中だ。何でもナンパした女性にこっぴどくフラれたらしい。そんなわけで、私が只今店長代理でございます。そんなわけで、世間的には今日から超長期休暇が始まっているらしいが、私には一切関係ない。超長期休暇中だろうと店は開くし、客はやってくる。やってくるはずなのだが……………。
「暇じゃん」
オープンしてかれこれ二時間、誰一人として来店はない。虫一匹だって来ない。
常連さんたちは一体どこへ行ってしまったのだろうか。もしかして店長代理である私に愛想尽かしてしまったんだろうか。もしそうなら由々しき事態である。
私のことは嫌いになっても、お店のことは嫌いにならないでください! なんてね。
さて、冗談はさておいてどうしたものか。
あまりの暇さに店内の掃除は隅々まで終わってしまっている。普段は絶対に手を付けないような場所まで終わった。店内の床を見渡してもピカピカだ。
こんなことなら、休みにすればよかっ―――
カランコロン。
ドアベルの音に私の兎のように長い耳がピクリと反応する。
お客さん!
「いらっしゃいませ!」
一見さんでした。
奉仕服を着た女性です。
「マレフィカとはココであっていますでしょうか?」
手に持ったメモを見ながら女性が尋ねる。
「はい、間違いないですよ。ココが魔道具屋マレフィカです。私は店長代理のエインセルと申します」
「そうでしたか。ご主人様よりお使いを頼まれまして――――」
女性は王都に住む貴族の館で雇われているメイドさんだそうで、名前をメリュジーヌ。
メリュジーヌさんは主人のお使いで王都よりわざわざこんな片田舎までやって来たそうだ。大変な苦労をしてご来店いただいたのだから、その望みを叶えてあげたいものだ。
と、息まいてみたのは良いのですが。
「――――と言うことなんですが……ありますでしょうか?」
礼儀正しいメリュジーヌさんが私の顔を覗き込む。
「確認してきますので、どうぞ店内でお待ちくださいませ」
私はそそくさと店舗の二階へと上がっていく。
メリュジーヌさんのご主人がお望みの品は確かにココにある。あるのだが……それを渡していいものか。
望まれたのは、俗に「皇鍵」と呼ばれる封印指定魔道具だ。
その力とは、一度使用すればこの世界のルールを書き換えることが可能となる。誰もが望む「願望器」。それはすなわち「神」に為ることに相違ない。
為り代わりは許されず、傲慢は罪だ。
「神」を侵すその魔道具は為り代わりを防止する為、封印指定されているのだ。封印さえしておけば、簡単に作れる代物でもないだけに、ひとまず安心と言ったところだ。
しかし封印を解きさえすれば、生まれたばかりの赤子であろうと使うことが出来る。「皇鍵」を持って願うだけで良いのだ。
そんな「皇鍵」を誰とも知らない貴族に渡していいものだろうか。否!
たとえメリュジーヌさんが遠路はるばるご来店なさってくださったとはいっても、「皇鍵」はおいそれと渡せる代物ではない。
「お客様、大変申し訳ないのですが、お探しのお品物をお渡しすることは出来ません」
二階から降りて、椅子に腰かけて待っていたメリュジーヌさんへと深々と頭を下げる。
「理由、聞いてもよろしいですか?」
真っ直ぐに私を見下ろしてメリュジーヌさんは言う。その声には怒りはない。酷く冷静な声だ。
「はい、お探しのお品物は確かにココ、マレフィカにございます。しかし大変危険な代物なのです。使用方法を誤れば、この世界さえも破壊しかねない代物です」
世界を壊せる代物だと話してもメリュジーヌさんの顔色に変化はない。少しは動揺してもいい筈なのだが。
「ご主人様が使用方法を誤ると? ご主人様は王国内でも指折りの魔術師でございます。そのようなお方が使用方法を誤るとは考えられません」
毅然とした態度でメリュジーヌさんは返す。そのご主人様の実力を疑っているわけではないのです。ご主人様の目論見を疑っているのです。
「失礼いたしました。私はお客様のご主人様を愚弄しているわけではございません。ただ、私の目を持ってそのお方が「皇鍵」の使用者として相応しいかを確認する義務があるだけでございます」
そう、私には「皇鍵」の封印を護る者として、使用者の選定する義務が存在する。その義務を放棄するわけにはいかないのだ。
「……………そうですか。なら―――――」
メリュジーヌさんは立ち上がり、私の頭に手を当てた。その掌が熱を持つ。まさか!
「力づくで――――」
気が付けば私の頭上に魔法陣が展開されている。これは、もしかして、死バッドエンド?
ぎゅっと目を瞑る。それしかもう私にはできることはない。
魔法陣が煌々と光を湛える。いつ魔法が発動してもおかしくない状況だ。
ごめんなさい、店長。私はこの店を守ることが出来ませんでした。
終ぞ、魔法が発動する。
「――――――合格!」
「はへ?」
魔法陣からは大量の花びらが舞い落ちてきた。
突然のことに私は目を見開いてメリュジーヌさんを見上げた。
「は? ――――――――店長?」
そこにはメリュジーヌさんは居らず、傷心旅行中の店長が私の頭を撫でながら笑みを湛えていた。
猫のような黄金の瞳で、太陽のような金髪の店長だ。
曰く、今朝傷心旅行から帰宅したとのことで、そのまま帰って来ても面白くないから、抜き打ちテストでもしてやろうとの事だった。
「いやぁあ、えらいえらい。ちゃんとワタシの言いつけを守ったね。流石はワタシの弟子だ」
ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる店長は満面の笑みだ。
「え、あ、ありがとうございます……」
普段はそんなに褒めてくれないくせに、急に褒めるんだから…………調子狂いますね。
「なんだぁあ、照れてるのかぁあ? かわいいやつだな」
店長が私の顔を覗き込んで、ニヤリと笑った。
「て、照れてなんかいません! お土産、お土産下さいよ」
「アハハ、そうだったな。たくさんあるぞー」
店長はどこから取り出したのか、傍らに置かれた巨大なリュックから次々とお土産を取り出していく。せっか店内を掃除したのに、また散らかりそうです。
ココは王都から離れた片田舎に或る魔道具屋マレフィカ。
天才魔女の店長と、その弟子であるウサギ耳の少女が営むちょっと変わったお店。
今日も今日とて、お客様がご来店。
「いらっしゃいませ。ようこそ、魔道具屋マレフィカへ」




