2026/05/14「赤毛の守護天使」
「あ、どうも。天使やらせてもらってます」
「…………はぁあ」
私がお風呂のドアを開けると、そこには赤毛をツインテールにした女の子がフーセンガムを膨らませていた。どこかの学校の制服のような姿だ。そんな彼女の後ろ、浴槽の中には誰だか知らない男の人が入っている。服は着ているし、辛うじて男の人だってわかるくらいボロボロだけど。
彼女の手にはハンマーが握られている。それにはべっとりと血が付いていた。
そして何よりも異質なのは、彼女の頭の上で輝く光の環だ。
天使って…………マジ?
な、なに、この状況。
「……とりあえず、リビング行きますか」
「そうですね、どっちでしたっけ?」
「あ、こっちです」
私が先導して彼女をリビングへと連れていく。
「どうぞ、座ってください」
「どうも」
クッションを用意して彼女にはそこに座ってもらった。彼女は行儀よくクッションの上に正座をする。私もテーブルを挟んで正座をする。
「えーっと、何から聞けばいいんでしょうか」
「じゃあ、えっと。アタシは天使をやらせてもらってます、天津トキと言います。よろしくお願いします」
正座のままで頭を下げる。もう土下座みたいになってる。
天津トキ………。天使って言うには日本人みたいな名前だ。
「はぁあ、私は雲雀千春と言います。よろしくお願いします。えっと、じゃあ、どうして私の部屋に?」
「それはですね―――――」
……天使ってホントなんだ。
どうやら、彼女が天使と言うのは本当らしい。頭の上で輝くハイロゥもあれば、腰には折りたたまれた純白の翼もあった。
私の部屋のお風呂にいた理由は、私を守る為だそうです。浴槽内で召されていました男の人が私の部屋に忍び込んでいて、よからぬ事をしようとしていたので、ドンドングシャグシャしてしまったと。
それにしても、天使か…………困った。
「そうだったんですね……あ、どうぞ、粗茶ですが」
天津さんがお話をしている間に用意したお茶をお出しした。一応お客さんになるのだし、私のことを守ってくれたらしいし。
「ご丁寧にどうも。いただきます」
湯呑を受け取った天津さんは、ずぞー、と緑茶を啜った。
「ふぅ、美味しいお茶ですね。助かりました、水分補給は十五年ぶりでしたので」
「長いよ! よくそこまで長く何も飲まずにいられたね!」
あ、つい。
「ともかく、歓迎してくださってありがとうございます。疎まれることはあっても、このような歓迎を受けるとは思ってなかったので」
「歓迎しているわけではないですが……まぁ、それ自体は良いです。天津さんはどうして私を助けて下さったんですか? 私には貴女のような天使様に助けてもらえるような善行を積んだ覚えはありませんが」
私には彼女に救われるような善行を積んだ経験などない。現在進行形で会社の、社長の為の復讐劇の準備を進めているところだし。それは咎められることはあっても、褒められる行為ではないのだ。
そんな私の元に何故、天使などと言う存在がやって来たのか。
「あー、それはですね。とっても簡単な話なんですよ、ちはるん」
初手あだ名は早いんじゃないでしょうか。
さて、私はこの後の言葉を予想もできなかったわけで。出来たならもう少しまともな顔をしていたと思います。
「一目惚れしたからです」
「は?」
多分今の私は師匠に無理難題を押し付けられた時と同じくらい間抜けな貌をしているでしょうね。
「え? 今、一目惚れしたって言いましたか?」
「はい。間違いなく。アタシはちはるんに一目惚れしました。好きです、愛してます、アイラブユー」
真顔でそんなこと言う。
え? 何かの冗談? 私は師匠の弟子ですよ? ソレが天使に見初められるなんてあっていいわけがない。
「き、きゅきゅ、急にそんなことを言われても、ぼ、ぼぼぼ、僕は、あ、え、ほんとに?」
「イエス。アタシはちはるんを愛してます。天上の神々に誓って」
そんな簡単に誓わないで。
「…………………はい、理解しました」
「そうですか、ありがとうございます」
「ただ」
「ただ?」
「ぼ、僕――――私は貴女のことをまだ全然知りません。だから、返事はまだ先でもいいですか?」
時間を稼ごう。でないと考えなんてまとまるわけがない。
「はい、待ちます」
「ありがとうございます。ところで、天津さんはどこにお住まいで? お送りしますよ?」
とりあえず今日は帰っていただこう。私の心がもたない。
「下に来たのは今日が初めてなので、家はありません」
「つまり?」
「今日からアタシもココに住みます」
「……そうですか」
こうして、私と天使の天津トキさんの同棲生活が始まった。
あ、お風呂で召されていました男の人は、きちんと処理したので問題ございませんよ?
―――――――――――――――――――――
トキさんと同棲生活が始まってひと月が経ちました。ひと月の間に彼女のことが色々とわかってきました。
一つ、ハイロゥと天使の翼は私以外には見えない。
買い物に出かけても誰一人ハイロゥと天使の翼について何も言ってこなかった。町でばったり社長に逢った時は焦ったけど、何事もなかった。
二つ、生活能力が皆無であること。
炊事洗濯は当然のように、買い物も満足にできないと言う。それもそのはずなのだ。元々は天上に住まう天使様なのだから。
三つ、何でも美味しそうに食べる。
どうやら天上には食べると言う概念が不要らしい。だから十五年も飲まずにいられた。使われていなかった味覚と言う感覚を刺激されるのが気持ちいいらしい。人間には到底理解できない感性だ。
「トキさん。出かけますよ、今日は孤児院に行きますよ」
ソファに寝転がっていたトキさんに声を掛けると、「ん」と返事をして立ち上がった。
「ちはるん、その服で行くんですか?」
「え? はい、コレが落ち着きますので」
学園初等部の時の制服ですね。あの頃から背が全く伸びていないので着続けられています。悲しいですね。次の誕生日で二十なんですけどね。
「アタシも同じの着ます」
そう言ってクルリと回って見せた。すると、一瞬の間に私と同じ、学園初等部の制服に早変わり。いったいどういう理屈なのかわかりませんが、そう言ったこともあるんですね。天使様の技術は理解できるものではないですから。
「では、行きますか」
「ん」
―――――――――――――――――――――
「お疲れ様です」
「子供達、元気でしたね」
私の職場の一つである孤児院からの帰宅途中、トキさんの顔には疲れが見えます。ですがそれで気分が悪いと言った感じはありません。
「そうですね。子供たちもトキさんに懐いてましたよ」
「そうですかぁ」
他愛もない会話をしながらの帰路、普段と変わらない風景の中に異物が一つ。
「見つけたぞ、天津トキ」
道の先、真っ赤な夕焼けをバックに背の高い人影が私たちの行く道を阻んでいる。そこで私は気が付いた。周りに人が一人もいない。
いつの間にか私達は孤立していたのだ。
「堕天の罪により、粛正する」
ハイロゥを浮かせ、背中には大きな天使の翼。その背は二メートルオーバー。そんな男性の天使だ。手にはショットガンが二丁。
そして、片方のショットガンを私達に向ける。当然のように引き金に指が掛けられている。
え? ショットガン?
「ちはるん、後ろに下がってください」
トキさんが私の前に出た。その手にはいつの間にか、いつか見たハンマーが握られている。
「逝け」
引き金は引かれた。
「なんの」
放たれた弾丸をハンマーで全て叩き落した。
すごい。どれだけに分かれたかもわからないほどの、弾丸を全て叩き落した。
「だからどうした」
男性天使は二丁のショットガンを私達に向ける。そして、引き金を引いた。反動なんて無視するかのように、何度でも引き金を引く。
先ほどのようにトキさんはハンマーで叩き落そうとするが、弾丸は壁のように迫ってきており、その全てを叩き落すなんてのは無理と言うものだ。
大部分を叩き落すことが出来ても、漏れた弾丸がトキさんの身体を貫いた。
「トキさん!」
何か、私も。何か――――――。
「だ、大丈夫……ちはるんはアタシが守るから」
身体中に弾丸を受けてボロボロのトキさんが強がっている。
「これで最後だな」
ショットガンを投げ捨てて手を振る。すると手に新たなショットガンが握られる。そして銃口を私達に向ける。
トキさんはハンマーを構える。私は鞄の中に手を――――――――あった。
「やらせない!」
引き金は引かれた。弾丸は先ほどよりも明らかに多く、壁を成した。
私はトキさんの手を引いて、後ろに引っ張り自分の身体を前に出した。鞄から手を引き抜いて、握り締めた木彫りの人形を地面に叩きつけた。
「魔眼の獣は王護る盾とならん!」
私の目の前に黒白の渦巻いた膜が現れる。ショットガンより放たれた壁を成す弾丸がその膜によって阻まれ、動きを完全に止める。
男性天使は止まってしまった弾丸を見て、固まっている。そうなってもらわないと困るので助かりますね。
弾丸の全てが停止しているのを確認して、私は大きく指を鳴らした。すると、弾丸は時間を巻き戻したかのように、男性天使へと放たれた。
「何ッ!」
放たれた弾丸は男性天使の身体を次々に貫いていった。
「ッソが………」
男性天使はばたりと後ろに倒れた。頭上のハイロゥも光を失い、地面へと転がった。
「ち、ちはるん……」
その声に振り返ると、トキさんも男性天使同様に驚愕の表情を張り付けていた。
「あー、そうですね。そうですね、私は、僕は魔女の弟子です。それも貴女達天使が憎んで止まない、ワルプア・ギ・ファウストの弟子です」
我が師匠、ワルプア・ギ・ファウストの悪名は僕たち魔術師の中で知らない者はいないほど、轟いている。その上師匠は天使からも命を狙われている身でもあります。何でも、遠い過去に神様を喰ったのだとか。それが本当かどうかは僕は確かめたことがありませんが、ヨーロッパのとある国で師匠の下で勉強に励んでいた時にも、何度か天使の襲撃に逢いました。つまり、喰ったかはどうかは別にしても、天使に狙われるほどのことをした、と言うのは事実の用でした。
さて、この事実を知って、トキさんはどうするのでしょう。私のことなんて、嫌いになってしまったでしょうか。
ドン。
トキさんがハンマーを落とした。
仕方ないですよ。一目惚れしたと言う相手が、自分の憎む相手の弟子なんて聞かされたら、整理がつかないのは当然です。
「ちはるん……」
「はい」
さぁ、どんな罵詈雑言だって受け止めます。
「めっちゃかっこいい」
「は?」
「え? 魔術が使えたんですね! かっこいい!」
目をキラキラと輝かせて、このひと月で見たことないくらいに興奮しているトキさん。
なんて?
「ちょ、え? 待ってください。聞いてました? 僕はワルプア・ギ・ファウストの弟子なんですよ? いいんですか?」
「え? その、わるぷあ何とかさんのことは知らないですけど」
ほ、ほんとに…………。
「じゃ、じゃあ、えーっと?」
「より好きになった。アタシはちはるんを愛してます。前よりもずっとずっっと愛してます」
「え、えぇ………」
おかしい。
男性天使はトキさんと同じ天使様で、トキさんの同僚とかだったんじゃないですか? 其れなのに自分の愛を優先するんですか?
「ちはるん、改めて愛してます」
「…………はい、わ、わた――――こんな僕で良ければ」
はぁあ、どんな世界でも愛は全てを凌駕するらしいですよ、皆さん。
天使の恋人なんてそうそう見つけられるものでもないですけどね。……あははは。




