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第8話 安心材料

 翌日、朝食を終えたエレノアは、ローデリックに連れられて城内を歩いていた。先導する歩調はエレノアが急がなくても良いほどに緩い。

 城内と言っても、執務以外の生活区画に限られているため、すれ違う使用人も多くはない。


 ローデリックは自発的に雑談することはないが、エレノアが利用する設備、もしくは他の人間がどう使っているかは一つずつ説明してくれる。

 あれは、と彼女が呟けば答えをくれた。 


『必要なことは全て、俺が教える』


 全て、について有言実行するつもりがあるらしい。


 更にはすれ違う使用人達に軽く声をかけ、エレノアを紹介してくれる。悪辣、という前評判からの予想とは違い、使用人達が彼に対しておびえている様子はない。ごく自然に使用人と主人の関係があり、彼らは主人へ敬意を向けているようだ。


 エレノアの知識と違うところとしては、どこか堅い雰囲気が漂っていることくらいだろうか。


「フリンツフッドとは雰囲気が違いますね、体格の良い男性が多いです」

「だろうな」


 当たり前のようにローデリックが頷いた。


「文官を除いて、ここで使う男はある程度戦える者を選ぶことになっている」

「ローデリック様もある程度、なのですか?」

「そうだ」


 ある程度、とは言うが、ローデリックは全体的にたくましい。胸板は厚いし、腕も太い。勿論、エレノアが身近で知っている男性といえば完全に文官タイプだった父と兄である。戦える人たち、の中での優劣の判別はできず、首を傾げた。


「ある程度、とは、どのくらいのことができるのですか?」

「……襲撃を受けたとき最初の一撃はしのげる可能性が高い、だな」


 思ってもみなかった基準が返ってきてエレノアは瞬いた。大会でどのくらい勝ち進めるとか、そういう基準しか今まで聞いたことがなかったからだ。

 そして、最初の一撃は、という前置きでは、戦って勝てる保証がないということになる。


「それだけでは危険なのでは?」

「だから俺やお前には外出時には必ず護衛がつく。護衛が間に合うまでの時間が稼げればいい」


 なるほど、とエレノアは相づちを打った。やはり物騒だ。


「俺が倒れると統制が破綻するからな。実際はもう少しできるとしても、俺は味方の士気を削がない程度に安全策を取る。俺とお前の周りには護衛がいることが多いが、気にするな」

「今は護衛は?」

「城の中では基本的にいない。来客があるときは必ずつける」

「ではあなたが交渉ごとに物騒な強面を連れてくるという噂は、威圧する意図ではなく護衛でしたか」


 ローデリックは一拍置いてから、心外だな、と言って口の端を上げた。


「お前に『ある程度』は無理だろう。だからきちんと男を盾として使え」


 否定も肯定もせずにローデリックが話を戻すと、エレノアは聞きなれない言葉に首を微かに傾ける。


「盾?」

「文字通りだ。万が一襲撃されたら誰でもいいから男を前に出せ、それでお前が一撃をしのげる」


 襲撃。

 今までエレノアの人生で考えたことがなかった。

 黙っているエレノアを見下ろしてローデリックが続ける。


「お前個人が狙われることはなくとも、国境で止められなければここに来る。夜盗に見せかけた小競り合いは、お前達が思っているほど少なくはない」


 お前達、が辺境の住人以外を指すことはわかった。

 思ったよりも、辺境は物騒だ。

 もしかすると盾になれと命じなくても、周りがそのように動いてしまう可能性が高いのかもしれない。武官としてではなく働いている彼らを犠牲に、うまく立ち回れるだろうか。


「そのときローデリック様はどちらに?」

「状況による。急襲されたときならここにいるだろうが、出征した後押し切られた時はわからないな」


 エレノアには、ローデリックが言っているのが単純にどの場所にいるか、以上の意味を指しているように思われた。

 妻の表情が明らかに曇ったせいか、ローデリックが気づいて付け足す。


「いざというときはお前を、離縁状と一緒にフリンツフッドに戻すよう手配はしておく。安心しろ」


 妻にする経緯からして勝手な人だったが、いざというときの話を当たり前のように言われると腹が立った。

 隣を歩く夫の袖を掴むと、彼は足を止めた。エレノアも足を止めて彼を見上げる。


「あなたが無事かわからないのに、どう安心しろと言うんです?」


 ローデリックは一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに表情を戻すと袖を掴まれた手首を返して、エレノアの腕を緩く膨らんでいる袖ごと掴んだ。

 反射的に身を引こうとしたが彼の力は強く、彼女では引き剥がせない。


「離縁状の作り方を知っているか。あれは作成するのにも手間がかかる。まず事前に申請して国王の紋章を透かした専用の紙を用意しないといけない」


 冗談なのか、真顔の彼が腕を振るだけで掴まれたエレノアの腕も大きく振られる。


「あの、私そんなこと聞いているのでは――」

「街へ行くぞ。買うものがある」


 そういうと彼はエレノアの文句を無視して大股かつ早足で歩き出した。頭一つ高いローデリックに引きずられるエレノアの足は床を滑るようだった。


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